火山センターでは,火山やその深部で進行する現象の素過程や基本原理を解き明かし火山噴火予知の基礎を築くことを目指して,火山や噴火に関連した諸現象の研究を行っている.その基本的な研究方針は地震研究所の2009年サイエンスプランで掲げられた「火山活動の統合的解明と噴火予測」および科学技術学術審議会により2019年1月に出された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)の推進について(建議)」に基づいている.
本センターは2004年度に「火山観測の将来構想」を作成し,その中で主たる観測対象とする火山を3つに分類し,a)観測網を強化し研究成果を上げるべき火山として,浅間山,伊豆大島の2火山を,b)研究成果が短期的には大きく望めないが,将来のために観測を継続・改良すべき火山として,三宅島・富士山・霧島山の3火山を,c)他機関が既に観測網を整備している等の理由で基本的には撤退する火山として草津白根山を挙げた.全国の火山噴火予知研究コミュニティーで了解を得つつ,この構想に基づいて順次更新・整備を進めてきた結果,浅間山・伊豆大島では多項目観測網の強化が進み,霧島山では広帯域地震観測網を火山体に集中することができた.富士山の観測は着実に継続しており,三宅島については次の噴火に備えた観測網の強化が進んでいる.草津白根山については撤退を完了した.2010年度以降は,観測所等の施設は観測開発基盤センターに移管されたが,同センターの火山担当教員との協力・共同の元に研究方針に沿った整備を進めている.2022年度には,主な観測対象火山のデータをリアルタイムで表示する新たなシステムを導入した.観測網の強化・整備は一段落したと言えるが,観測を担うことのできる人材が急速に減少しつつあり,現状の観測網をこれまでどおりに維持することは相当な困難を伴う.これは地震研に限らず全国的な傾向であり,国内の火山観測における大学の役割を見直す時期が来ていると考えられる.伊豆大島や三宅島等次の噴火が切迫する火山を念頭に置きつつ,新たな火山観測研究の将来構想を早急にまとめる必要がある.
本センターの観測研究の対象となっている主たる火山の近年の活動は以下のとおりである.浅間山では2004年の活発な活動以降に大きな活動は無く,2008年,2009年,2015年,2019年に弱い噴火が発生したのみである.しかしながら,2019年8月に発生した小噴火は活動度が極めて低い状態で発生したものであり,気象庁の噴火警戒レベルは1であった.この不意打ちともいえる噴火は観測を継続する上で安全管理の問題に影響を及ぼしている.伊豆大島は顕著な活動は無いものの,マグマ蓄積を示す基線長の伸びは継続している.富士山では目立った活動は無い.霧島山・新燃岳では2011年1月26日に約300年ぶりの本格的な準プリニー式噴火が発生し,それ以降は活発な活動が継続している.新燃岳は2017年10月に再噴火し,翌2018年3月には山頂火口から溶岩が溢れて北西に流れ下った.爆発的な噴火活動は2018年6月まで続き,山頂火口を埋めた溶岩や西斜面の噴気孔からは今も噴気が立ち上る.霧島山・硫黄山では2018年4月に小規模な水蒸気噴火が発生し,噴気活動は消長を繰り返しつつ2023年中も続いている.伊豆・小笠原諸島の西之島で2013年11月から始まった噴火は,周辺の浅海を溶岩で埋め立て新しい火山島を作り出し,約2年の活動後一旦終息したが,2017年4月と2018年8月に再度活発化し流出した溶岩により西方と南方への拡大が進んだ.2019年12月には再度溶岩流出が始まり,2020年8月まで続いた活動により旧島部分は完全に埋まり,面積が大幅に増加した.2022年7月よりガス放出などの表面活動が再開している.2023年にも微弱な噴火活動があり,4月の活動では空振も確認された.
本センターでは主たる観測対象火山以外についても様々な観測研究を行っており,新たな火山活動があれば国内外を問わず観測あるいは調査研究を実施している.西之島から約300km南の福徳岡ノ場海底火山は2021年8月にマグマ水蒸気爆発を発生し,噴煙高度が16kmに達した.また,国外では,トンガ王国のフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ海底火山が,2022年1月に巨大噴火を発生し,現地では降灰や火山性津波による大きな被害が発生した.その噴火に伴う地震や大気波動は世界中で観測され,また,大気波動による津波(気象津波)は日本にも被害や影響を及ぼした.これらの噴火を契機に,トンガ王国・フィジー共和国・バヌアツ共和国と共同で,広域に災害を及ぼし得る海域火山噴火の理解と監視を強化する研究を開始した.また,実験・理論,シミュレーション,地質学,物質科学的手法等に基づく火山の基礎研究も実施している.以下,火山毎および研究手法毎に,最近の主たる研究成果を紹介する.
(1)地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開・維持
(1-1)海洋島地震観測網
ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.
(1-2)海洋島電磁気観測網
ポナペ(ミクロネシア連邦),アテーレ(トンガ王国),モンテンルパ(フィリピン),カンチャナブリ(タイ),ワンカイヨ(ペルー),南鳥島の各観測点における地磁気3成分と全磁力の観測を海洋研究開発機構と共同で継続した.地磁気三成分確定値を用いた国際標準地球磁場モデル(2020年DGRF)作成のための準備を行った. 2022年1月15日に発生したフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火に伴うアテーレ観測点の磁場変化に,電離圏起源と考えられる2時間程度の磁場変化が見られることを見出した.この変化はアピア(サモア)におけるインターマグネット地磁気観測点においても確認でき,これらを用いて大規模噴火に伴う電離圏内電流の変化に関する研究を開始した.また,2021 年までの観測値の公開準備を行った.
(1-3)海底ケーブルネットワークによる電位差観測
フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.電位差成分の永年変動(時間1階微分)と,短期主磁場変動の地磁気ジャークや海流変動との関連の調査を継続した.また,電位差変動から地下電気伝導度構造の推定を目的として,電磁誘導数値モデリング手法の開発も継続して行なった.
(2)海半球観測網を補完する長期アレイ観測
(2-1)海底地震観測
海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を継続して行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.また,位相速度測定が困難であった海洋底を伝播する Love波の新たな測定手法を開発し,実用的な精度でのLove波の基本モード位相速度の測定を実現させた.
海底広帯域地震計の高度化するため微差圧計を追加し,Oldest-1アレイ観測より標準仕様として使用している.この追加により,傾斜ノイズ除去に加え,海中重力波起源のノイズを除去することで,30以上の長周期上下動成分のノイズレベルを最大20dB低減できるようになった.
本センターが実施した海底地震観測の記録は,2014-2016年に観測を実施したオントンジャワ・アレイまでの記録がOHPデータセンターより公開済みである.本年はOldest-1アレイ観測記録・チリ三重会合点での観測記録を新たに公開した.
(2-2)海底電磁気観測
三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録しており,巨大振幅津波の波源域推定に貢献した(Ichihara et al., 2013, Earth Planet. Sci. Lett.).東北地震の震源域および日本海溝を横断する2次元電気伝導度構造を推定したところ,太平洋プレートと上盤プレートの境界面付近の構造に注目すると,沈み込み直後の境界面近傍に顕著な高電気伝導度領域が存在すること,深部に移動すると低電気伝導度に遷移することをが明らかとなった.これは,含水率の違いを反映していると解釈でき,2011年の東北太平洋沖地震の断層破壊が海溝付近まで伝搬したことに影響していると推察される(Ichihara et al., 2023).更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.
観測開発基盤センターと共同し,ニュージーランド北島ヒクランギ沈み込み帯で繰り返し観測されるスロースリップイベントに伴う電気的な構造変化の抽出を目的とした,長期の海底電磁気観測を開始した.この観測のためにOBEMに新たな計測モードを追加し,また電池用耐圧容器を大きくして,電位差計測をハイサンプリングで1年間継続できる仕様に改造した.改良したOBEM3台を,定期的にスロースリップイベントが観測されている海溝陸側斜面に設置して,2023年11月より計測を開始している.2024年秋にこれらのOBEMを回収し,電池を詰め替えたのちに再設置して,更に1年間観測を継続することを計画している.
(3)海半球ネットワークデータの編集・公開
Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した.
各種機動観測データの公開を継続した.定常観測点データに関しては,海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.
(1)次世代の海底地震・測地観測システムの開発
本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.
広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に突入させて自己埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を,ROV等の潜水艇による支援(設置・回収時)を要する運用方式で実用化した.2010年以降での複数の観測結果から,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により可能となる次世代機(NX-2G)の開発研究を科研費基盤研究(A)の補助を受け2015年から進めた.2016年10月にNX-2G試験機での実海域試験を実施,2017年4月に福島県沖日本海溝陸側斜面にて,既設置のBBOBS近傍にNX-2G試験機を設置,長期試験観測を開始し,2018年10月に回収,基本的な自律動作の機能が想定通りであることを検証した.更なる改良によるデータの質向上を確認するため、再試験を2025年度以降に実施する予定である.
また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めると共に,海底での条件次第ではこれまでのBBOBSでも傾斜変動が計測可能であることも,複数地点での試験的観測データにより分かってきた.使用している広帯域地震センサーの長期間での安定性には問題は無さそうで,観測対象次第では有用と考えられる.2020年10月に,房総半島南東沖に2015年7月に設置したBBOBST-NXを5年ぶりに回収し[図3.7.5],2年間の地震・傾斜連続データを得ることに成功した.水温データも4年間分を取得した.これらのデータの解析処理を進めたところ,過去の傾斜観測時には不明確であったBBOBST-NXのセンサー部での温度依存性が明確になり,今後はセンサー内部で精密な温度記録を得て,より高精度な傾斜変動データの取得を狙う.なお,前述したNX-2Gでも傾斜観測は可能であり,機動的で高密度な海底地震・地殻変動観測アレイの実現性が見えてきた.
1990年頃からの課題である,水深6000mを超える超深海域での海底地震観測を実現させるため,2012~2013年に新発想の機構で超深海用海底地震計(NUDOBS)を開発し試験観測の実施後に,水深9200mでの長期観測(2013~2014)を無事開始したが、回収時に無応答で未回収状態である.この推定問題点を解決し,現代的な研究目的に対応する広帯域地震観測が可能な,超深海用広帯域海底地震計(UDBBOBS)の開発を,2021年に科研費(学術変革・分担・代表:田中[2021〜2025])を得て再開した.UDBBOBSに用いる上で有力な候補となる小型・低消費電力な広帯域地震観測用センサー(Silicon Audio社,203-60)について,実験室での検証試験を行った.2個の同一形式センサーを用いて,それらの内部雑音が無相関であると仮定すると,その平均的雑音レベルが簡単な計算から得られる,という手法により,周期100秒でもNHNM以下と,長周期側での内部ノイズレベルも優秀であることが確認できた.現在,製造会社と低消費電力化・高感度化・粗傾斜データ出力について改修を進めている.加えて,この加速度センサーの低ノイズ性能を活かすため,UDBBOBS専用のデータレコーダーをOBS用の現行品を元に差動入力仕様へ改修した.また,2023年には科研費(挑戦的研究(開拓)・代表:塩原[2023〜2026])が採択され,UDBBOBSを実現できる見込みが確実になった.2012年に開発したNUDOBSはプロトタイプ機として機構・サイズ的に扱い難い面があったので,今回のUDBBOBSではそれらの点を考慮した機構設計を進め,地震観測機能を内包する耐圧容器の設計も新しい加速度センサーに合わせて行った.2024年度以降での機能実地試験,その後に長期試験観測の実施を予定している.
(2)最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発
電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される.OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,長いケーブル(EFOS-6は6km,EFOS-2は2km)を海底に展張して良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.上記「ふつうの海洋マントル計画」では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2[図3.7.6]とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.
今後進めるべき方向の一つは,EFOSによる観測を世界中の様々な海域で実施して,遷移層の水のグローバルな分布を明らかにすることである.しかし現状のEFOSは,設置および回収に無人探査機(ROV)を必要とし,このことがEFOS観測のグローバル展開を困難にする要因となっている.現在のEFOSは耐圧容器にガラス球を用いているために深海有人探査機での取り扱いができない.2017年度はこの点を改善して有人探査機でも扱えるよう,耐圧容器を金属製に変更した.2018年度および2019年度には,科研費基盤研究(B)により有人探査機による展張・回収システムを検討し,作成した.このシステムを有人潜水調査船「しんかい6500」により設置する観測航海がこれまでに2度採択された(2019年8月・小笠原海盆,2021年6 月・伊豆諸島青ヶ島東方沖)が,いずれも海況の不良により,機器設置を行うことができなかった.次回の設置機会に向けて,さらなる開発と観測準備を継続している.
深海でのEFOSの設置・回収作業が可能な有人/無人探査機は世界中を見ても,極めて数が限られる.一方,マニピュレータがないため複雑な作業はできないが,深海底でケーブルを展張する機能はある各種曳航体が使用可能な研究船は,多くの国で保有している.これらの曳航体を用いた設置・回収が可能になれば,EFOSによる観測の機会が格段に増えることが期待される.我々は,深海曳航体(ディープトウ)によって設置/回収できるよう,EFOSの全面的設計変更を行い,このシステムについても本格的な開発を進めている.
(a)ミュオグラフィ検出器 - 並列ミュオグラフィの強化
2006年に地震研究所が火山内部を世界に先駆けて描き出して以来,ミュオグラフィは急速に世界に広まりつつある.ミュオグラフィとは,宇宙線に含まれる高エネルギー素粒子・ミュオンの強い透過力を利用して,キロメートルを超えるサイズの巨大物体内部を透視し,その内部の密度構造を可視化する技術である.これまで第2世代システムのノイズ低減能力を強化することで2013年に薩摩硫黄島で発生した噴火において,マグマの昇降をとらえることに成功しているが,薩摩硫黄島は小規模火山として位置付けられるため,ミュオグラフィを桜島のような中規模火山に適用しようとすると,より厚い岩盤を通り抜けることができる極めて低強度のミュオンを一定時間内にできるだけ多く記録する必要がある.そのために2014年に設置された桜島ミュオグラフィ観測所(SMO)を観測装置の並列化により継続的に強化してきた.
2015年から2017年にかけて学術交流協定,知的財産協定など種々の協定を締結してきたハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの協働により,2017年には軽量高解像度ミュオグラフィ観測システム(Multi-wire-proportional-chamber-based Muography Observation System; MMOS)を開発した.これは軽量でありながらも第2世代システム以上の高いノイズ低減能力と従来技術を一桁以上凌駕する解像力を実現した.ただ,有感面積が不十分であったため,2018~2019年にかけて口径を順次拡大し,現在では5.9㎡となっている.2019年度はこれをさらに拡大し,2020年に入るまでに総有感面積は9㎡に到達した.また,2019年度には並列化に起因する故障率を低減する目的で複数台の観測装置すべての通信系統を無線化することで通信故障率が軽減されたが,2020年度は電気系統においても,安定運用を妨げる要因があることが明らかとなり,その対策を講じている.
一方,並列化の段階で得られたデータについても解析・解釈が進んだ.2017年終わりから2018年初めにかけて桜島における噴火が昭和火口から南岳火口へと推移したが,それに合わせて観測された昭和火口底直下における直径200m程度の密度上昇現象について考察を行い,それがプラグ様の物体であることが分かった.2020年度も引き続き口径を拡大することで時間分解能を上げ、 時系列画像を取得していった結果、南岳火口下にプラグ形成を示唆する高密度構造物の成長が見られた。このプラグは南岳火口の活発化に伴って形成されつつあるものであることが想定されるが,今後更に時間分解能を上げた解析によって,切迫性評価にどう活用できるか引き続き火山学の各分野の研究者とさらに連携して検討していく.2022年度までに大口径化(約10平米)を達成した多線比例係数管方式の高解像度軽量ミュオグラフィ観測装置を用いることで桜島において低雑音の連続観測を行うことができるようになった。その結果、時系列的な火山透視画像を定常的に生成できるようになり、噴火推移に伴う事象分岐を調べる手段の準備が整った。2023年2月ごろ、南岳火口から昭和火口に突如として噴火活動が推移した。その後も南岳火口及び昭和火口双方からの噴火が続いている。ミュオグラフィ観測データの解析により、噴火が発生している火口の間で密度増加のスイッチングが起きていることが分かった。すなわち、南岳火口が噴火しているときには南岳火口近傍の密度が上昇して、昭和火口近傍の密度が減少する。昭和火口が噴火しているときには昭和火口近傍の密度が上昇して、南岳火口近傍の密度が減少することが分かった(図3.8.1)。
(b)ボアホール設置型ラジオグラフィー
宇宙線ミュオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミュオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.しかし,ボアホールのような狭隘な空間では,センサーの有効面積を大きくとることが困難であり,ミュオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.
首都直下地震の正確な被害想定のためには,正確な震度予測が不可欠である.震度予測を行うためには,震源断層の特定と,断層姿勢,すべり量,そして断層の粗さについての理解が重要であるが,特に断層の粗さについては未解明の点が多く,観測に基づく定量的評価はほとんどなされていない.この観測の空白域を埋めるために,断層物質の直接サンプリングと,ミュオン透視を組みあわせ,断層粗さの直接観測を目指している.今年度は関東大震災及び元禄地震の震源域の一部と推定されている,房総半島南部の石堂断層のミュオン透視の観測準備・昨年度に得られたコアサンプルの分析・新たに製作したボアホールミューオン検出器の性能評価を行った。コアサンプルのCT画像分析(図3.8.2)から,深さ6 m,30 m, 45m の位置に、密度差を伴う明瞭な断層が発見された.これらの断層は概ね平行であったが,浅い地点の断層ほど、高角になっていく傾向が見られた.他の深さでも断層は多数観察され,当初の予想と異なり断層面周辺は複雑な密度構造をしていることが分かった.
中央海嶺下の部分溶融によって、最上部マントルに枯渇層が形成される。この枯渇マントルは、重い鉱物や水がメルトに取り去られるために、溶ける前のマントルに比べ低密度・高粘性であることが知られている。そのため詳細な枯渇度の空間分布を知ることは海洋プレートの構造やダイナミクスを考える上で非常に重要である。しかし従来の研究の多くは、中央海嶺を含む2次元的な断面における枯渇度変化のみに焦点を当ててきた。本研究では数値モデリングを用いて中央海嶺-トランスフォーム断層系における3次元的な枯渇度分布を予測した。その結果、(1)枯渇度は一般的にプレート拡大速度と共に増加すること、(2)トランスフォーム断層と断裂帯の下で低枯渇度となり、その傾向は低プレート拡大速度・長いトランスフォーム断層を考慮した場合に顕著であること、(3)脆性破壊を考慮すると海嶺軸に平行な方向の枯渇度変化が小さくなること、が明らかになった。またトランスフォーム断層の長さによる枯渇度の変化はプレート拡大速度が低い時ほど大きいことから、深海性かんらん岩の組成が低プレート拡大速度でばらつく原因の1つとしてトランスフォーム断層の長さが挙げられる。
分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)技術を用いて,四国中央部において超稠密な地震観測を2024年1月中旬から3月下旬にかけて実施した.観測には,徳島県三好市池田町を起点に,国道32号線と国道192号線に沿う2本の光ファイバを使用した.今年度は従来と異なり,それぞれの光ファイバの測線長が約50 kmと長くなり,震源決定精度の向上や観測される波群の見かけ速度の推定精度の改善が見込まれる.
SATREPS「災害に強い社会を発展させるためのトルコにおける研究と教育の複合体の確立―マルテスト」のサブ課題「地震・地殻変動観測に基づく北アナトリア断層の活動評価」が,今年度から本格的に始動した.北アナトリア断層周辺におけるDAS観測を来年度から実施するために,現地における光ファイバケーブルの敷設状況の把握や,導入予定のDAS機材を用いた国内での試験観測を実施した.
2017年度より地震研究所と史料編纂所との連携による「地震火山史料連携研究機構」が設置され,地震予知研究センターからも教員・研究員が参画している.同連携研究機構では,東京大学デジタルアーカイブズ構築事業および災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の一環として構築した「日記史料有感地震データベース」(https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/eri-hi-cro/database/nikki/top_all2.html),「地震史料集テキストデータベース」(https://materials.utkozisin.org/)を公開している.
1923年関東地震の余震に着目し,日記記録と観測記録の比較や既刊の地震史料集の記述の再検討などをおこなった.地震被害を発生させる諸要因(自然素因・社会素因)は重層的で相互に複雑に関係しあっており,マルチスケール分析を用い地理学の視点から俯瞰的に捉え,被害発生構造モデルを作成することで理解が進む.このような地震被害のマルチスケール要因分析に関する書籍を出版した.市民参加型の歴史資料解読プロジェクト「みんなで翻刻」の運営を継続した.