RCLETD」カテゴリーアーカイブ

2.9 Research Center of Large-scale Earthquake, Tsunami and Disaster

3.9.6 STAR-Eプロジェクト「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」

 2021年7月より,文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」(通称:STAR-Eプロジェクト)の研究課題として,「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」(略称:SYNTHA-Seis)が発足した.本研究課題は地震研究所(計算地球科学研究センター,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センター)を中核機関とし,大阪大学大学院基礎工学研究科をはじめとする全国の情報科学・統計科学・数理科学関連の大学・研究機関が参画しており,2026年3月までの約5年間に及ぶプロジェクトである.

 今世紀初頭に始まった現在の第三次人工知能ブームは,いまだに止まるところを知らず,地震分野においても深層学習による地震波形データからのP波やS波の検出能力は,時に経験豊かな地震学者の目を上回ることもしばしばである.しかしながら,地震研究において取り扱う地球内部起源の振動現象には,通常の地震以外にも多種多様なものが混在しており,それらを分類しながら検出する人工知能技術は,まだ確立されたとは言えない.また,地震研究においては現象の検出だけではなく,検出された現象の情報に基づく地震活動の時空間分布や地球内部構造等のモデリングにより,地震の発生環境や発生メカニズムの解明を目指すことが地震防災・減災の観点からも重要である.この地震学におけるモデリングでは,「自然知能」と言うべき人間の頭脳によるところがまだ大きく,人工知能が自然知能を凌駕するまでにはまったく至っていない.本研究課題では,「人工知能と自然知能の対話と協働」をテーマに,深層学習と経験者の目による地震・微動検出手法の深化,および人工知能と自然知能による地震モデリング手法の共進化をねらい,地震研究の新展開と地震防災に貢献する.

 2023年は,波形信号データからの地震波検出を行う深層学習の開発,および低周波地震検出のための観測点選択アルゴリズムの開発を行った.まず,地震波検出のための深層学習モデルとして,Generalized Phase Detection 法 (Ross et al., 2018)を発展させ,地震波形の局所的な情報を地震波検出モデルに組み入れることにより,検出精度の高い地震波判別が可能になった(Tokuda and Nagao, 2023).群発地震データに適用したところ,他の深層学習モデルと比べて,検出精度の高さを確認することができた.次に,マルチプル・クラスタリング手法を用いて低周波地震検出のための観測点選択を行う手法を開発した(徳田・長尾,2023),この手法によって,低周波地震波形スペクトログラムを用いて,観測点選択,及び選択した観測点における低周波地震検出モデル構築を同時に行うことが可能になった.東北地方のHi-net観測点(観測点数88)で検出した低周波地震データに適用した結果,11個の観測点群に分割できることがわかった.その他の研究として,地震波検出のための深層学習モデルを効果的に転移学習する手法の開発に着手した.人工データ,及び実データへの適用では,これまでの深層学習モデルと比較して誤検出を大幅に抑制できることがわかった.今後は,手法のさらなる精緻化を図っていく予定である.

文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」
https://www.mext.go.jp/a_menu/kaihatu/jishin/projects/

令和3年度採択課題:人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開
https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/SYNTHA-Seis/

3.9.6 STAR-Eプロジェクト「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」

2021年7月より,文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」(通称:STAR-Eプロジェクト)の研究課題として,「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」(略称:SYNTHA-Seis)が発足した.本研究課題は地震研究所(計算地球科学研究センター,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センター)を中核機関とし,大阪大学大学院基礎工学研究科をはじめとする全国の情報科学・統計科学・数理科学関連の大学・研究機関が参画しており,2026年3月までの約5年間に及ぶプロジェクトである.

今世紀初頭に始まった現在の第三次人工知能ブームは,いまだに止まるところを知らず,地震分野においても深層学習による地震波形データからのP波やS波の検出能力は,時に経験豊かな地震学者の目を上回ることもしばしばである.しかしながら,地震研究において取り扱う地球内部起源の振動現象には,通常の地震以外にも多種多様なものが混在しており,それらを分類しながら検出する人工知能技術は,まだ確立されたとは言えない.また,地震研究においては現象の検出だけではなく,検出された現象の情報に基づく地震活動の時空間分布や地球内部構造等のモデリングにより,地震の発生環境や発生メカニズムの解明を目指すことが地震防災・減災の観点からも重要である.この地震学におけるモデリングでは,「自然知能」と言うべき人間の頭脳によるところがまだ大きく,人工知能が自然知能を凌駕するまでにはまったく至っていない.本研究課題では,「人工知能と自然知能の対話と協働」をテーマに,深層学習と経験者の目による地震・微動検出手法の深化,および人工知能と自然知能による地震モデリング手法の共進化をねらい,地震研究の新展開と地震防災に貢献する.

2022年は,波形信号データからの地震波検出に向けた深層学習モデルの開発に着手し,既存モデルの改良を行うことにより,検出精度を大幅に向上させることが可能であることを示した.また波形画像データからの低周波微動検出に向けた深層学習モデルの構築を継続実施した.現在のようなデジタル記録以前においては,地震波形データはペンによって振動を連続的に記録紙に直接書き記したドラム式のアナログ紙記録として保存されていた.数十年〜数百年という地震発生サイクルの時間スケールを考えると,過去の地震波形データにスロースリップイベントに伴う低周波微動が記録されているかどうかを詳しく調べ,その特徴をさらに明らかにすることは,地震学において当然検討すべき重要課題である.本研究において開発した学習済みの畳み込みニューラルネットワーク(Kaneko et al., 2021)にHi-netデータから生成した大量の画像データを学習させ,本研究所が約50年前に運営していた和歌山観測所熊野観測点で1966〜1977年に得られた紙記録に適用したところ,当時の低周波微動を多数検出することに成功した(Kaneko et al., 2023).今後は最新鋭のGPU計算機を利用した大規模学習によって畳み込みニューラルネットワークを強化し,昔の微動カタログを充実させていく予定である.

文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」
https://www.mext.go.jp/a_menu/kaihatu/jishin/projects/

令和3年度採択課題:人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開
https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/SYNTHA-Seis/

3.9.5 災害復旧時の社会経済分野における大規模数値解析手法の開発に関する研究

 企業,家庭,銀行などの経済主体は,他の経済主体やライフラインなどのインフラストラクチャと密接な依存関係を持って機能しているため,これらの経済主体の集合である経済システムは大地震などの局地的な自然災害に対して脆弱となりがちである.そのため,大規模な災害に対する復旧計画を立案する際には各経済主体間の依存関係を考慮することが望ましい.このような分析においては,個々の経済主体を時系列で自律的に動くエージェントとしてモデル化しその相互作用を陽に解像するエージェントベース経済シミュレータが適しているが,数億エージェントからなる大規模経済においてはシミュレーションコストが膨大となり災害復旧の分析に適用するための課題となっている.

 この課題を克服するため,計算地球科学研究センターでは多数のCPUを搭載した分散メモリ型並列計算機において高速実行可能な,高性能計算に基づく高分解能エージェントベース経済シミュレータ(HP-ABES)の開発を進めている.数値シミュレーションの信頼性担保のためには観測値の再現性を確認する数値検証が重要となる.これまでGDP, 家計消費総額,GVAといった全国レベルの経済指標を用いてHP-ABESの数値検証を行ってきたのに対し,2023年においては株式会社帝国データバンクが提供する140万社の日本企業の時系列データに従って企業エージェントの初期状態を設定できるようHP-ABESを拡張した上で,各産業部門(108部門)と各企業についてのシミュレーション結果を観測値と比較する数値検証を実施した.モンテカルロ・シミュレーションによって得られた2015年から2019年における各企業の生産記録の推定値は大半の企業において誤差20%以下の精度で観測値と合致し,また,各産業部門の上位2割に入る大企業の生産記録が忠実に再現されたように,高い精度でシミュレーションが実施できた.大災害の際,企業はその立地やサプライチェーンの状態により生産活動が影響を受けるため,災害後の経済を高精度で計算するためには個々の企業レベルで観測結果を再現することが重要となる.開発したHP-ABESが個々の企業レベルでの観測結果を再現できるようになったことは,大規模災害後の経済を正確にシミュレーションする上で大きな進歩であると考えられる.

3.9.4 CREST次世代インテリジェント地震波動解析プロジェクト

 日本には,国の機関等が整備した数千点の観測点で得られる高精度地震計測データのほか,建造物,電気・ガス等のライフライン,スマートフォンが持つ加速度計等のデータが存在しており,これらを活用する次世代の地震計測ビッグデータベースが構築されつつある.最先端ベイズ統計学に基づいて,これらの多種多様な地震計測データを包括的に解析するためのアルゴリズム群を開発し,地震防災・減災や地震現象の解明に役立てることを目的とするプロジェクトが,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測解析手法の開発と応用」(略称:「情報計測」CREST)における研究課題「次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析」(略称:iSeisBayes)として,2017年10月に発足した.本研究課題は,地震研究所の地震学の専門家と,東京大学大学院情報理工学系研究科の統計学の専門家との異分野交流プロジェクトであり,2023年3月までの5.5か年にわたって実施された.2020年度からは,東北大学大学院工学研究科の流体力学の専門家グループが新規加入し,同分野において用いられているスパースセンシングなどの新しい情報科学技術に基づく地震データ解析アルゴリズムの開発を行った.

 本プロジェクトの最終年となる2023年は,3月に公開の最終成果報告会を開催し,iSeisBayesにおいて中心的な役割を果たした13名の研究者が講演を行った.この模様は,ニュースレターNo.3(最終号)に特集号として掲載した.
 情報科学と地震学を融合するというiSeisBayesの精神は,2021年度から開始となった文部科学省「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」(STAR-Eプロジェクト)等の後継プロジェクトに受け継がれ,現在もわが国における「情報×地震」分野の発展に貢献し続けている.

 本研究課題には,計算地球科学研究センターの他,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センターの教員と研究員が参加した.

[情報計測] 計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用プログラム概要
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah28-3.html

H29年度採択課題:次世代地震計測と最先端ベイズ統計学との融合によるインテリジェント地震波動解析
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/project/1111092/1111092_2017.html

iSeisBayesホームページ
http://www.eri.u-tokyo.ac.jo/project/iSeisBayes/

3.9.3 「富岳」プロジェクト先端的数値解析の研究開発

 ポスト「京」(現在の「富岳」)を有効に活用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的重要課題のひとつとして「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」を2019年度までに実施し,この過程で,大規模シミュレーションを可能とする先端的数値解析の研究開発のための基礎的な数理研究と計算科学研究の学理が涵養された.2020年度以降においては,「富岳」成果創出加速プログラムにおいて,「富岳」の性能を引き出すように計算科学・計算機科学の最先端技術を駆使して地殻変動・地震動・地盤震動・都市地震応答等の地震に関する高性能大規模シミュレーション手法を開発した.
 上記の過程を通して,首都直下地震を対象とした山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析や10Hzまでの精度保証が可能な1000億~1兆自由度級の有限要素法モデルを用いた断層から地表までの地震動解析や地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行うための数値計算技術が整備されつつある.また,地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,これらの問題への展開も進められている.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年・2015年・2018年・2022年に選ばれるとともに,2016年・2017年においてはハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞,2021年には富岳上で人工知能により物理シミュレーションを高速化する方法を開発することで,断層から都市までを単一の有限要素モデルにてモデル化し地殻中の波動伝播から地表付近での地盤増幅,構造物の応答までを高分解能で連成して解く世界で初めてのシミュレーションを実現 (HPC Asia 2022 Best Paper賞受賞)するなど,計算科学の分野においても高い評価を受けている.
 
 2023年においては,これまで富岳等のCPU計算機において開発を進めてきたデータ駆動型手法による物理シミュレーションの高速化手法をGPU計算機においても実行できるよう研究開発を実施した.この手法は過去の時刻歴の求解データを学習し反復法ソルバーの初期解の予測に用いることで解析精度を落とすことなく時系列シミュレーションを高速化できる手法であり,GPUの限られたメモリサイズ・計算機特性を踏まえたアルゴリズム開発・拡張などを実施することで,南海領域の3次元高詳細粘弾性地殻変動解析においてGPUを用いた従来手法比で8.6倍の高速化を得た.以上のように,新しい分野を開拓するとともに,継続的に高い国際的評価を受けている.

3.9.2 巨大地震関連現象の解明に資するデータ同化およびデータ駆動型モデリングの研究開発

(1)革新的データ同化の創出を目指して

 科学研究を進める上において,物理・化学法則等に基づく数値モデルと,観測・実験に基づくデータの比較が重要であることは論をまたない.しかしながら,近年の巨大スパコンの登場や大規模地球観測網・実験設備等の整備に伴い,大規模数値モデルと大容量観測データを突き合わせることすら容易ではなくなってきた.数値モデルと観測データをベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であるデータ同化は,時々刻々と入力する観測データに基づいて各時刻における状態の逐次推定を行う「逐次データ同化」と,予め決められた時間窓において観測データと最も整合する状態を探索する「非逐次データ同化」とに大別される.大規模数値モデルへデータ同化を実装する際には,4次元変分法を始めとする非逐次データ同化を用いるのが常套であり,例えば気象予報は主に4次元変分法に基づいて行われている.
 従来の4次元変分法は,事後分布の局所最大を与える状態を推定するのみであり,その不確実性を推定することが原理的に不可能であるという大きな欠点があった.我々は,2nd-order adjoint法を採り入れ,不確実性評価が可能な4次元変分法を開発することにより,これを解決した(Ito et al., 2016).このようにして得られた不確実性は,観測デザイン最適化のためのフィードバックともなる極めて重要な情報である.

 2023年はこの不確実性評価法を,超大規模数値モデルへの適用を見据えた更なる高速・高効率な方法へと昇華させるために,2nd-order adjoint法を用いた乱択基底に基づく行列前処理法を新たに開発した.この行列前処理法は2nd-order adjoint法を内部反復で用いることで,不確実性評価の際に求解が必要な連立方程式の係数行列の対角スケーリング前処理を高速に実行することができ,連立方程式の求解を安定的かつ高速に実施することを可能にする.この行列前処理法を簡易な設定の1次元の速度構造推定問題へ適用したところ,速度構造の不確実性評価において,行列前処理なしの場合に比べて数倍から数十倍の高速化が観測された.

(2)情報と計測の融合に資する数理的手法の開発

 本センターは,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」において,平成29年度に採択された研究課題「ベイズ推論とスパースモデリングによる計測と情報の融合」に参画し,本学大学院新領域創成科学研究科,統計数理研究所,海洋研究開発機構との協働により,ベイズ推論に基づいて実験計測効率を最大限に高める「ベイズ計測」を実現するための情報数理基盤の開発研究を実施している.

 本CREST課題の最終年度である2023年は,2.5次元古典スピン系の磁化ダイナミクスを双極子間相互作用を含む時間依存 Ginzburg-Landau (TDGL)方程式によって実現した,平衡状態で見られるドメインの空間パターンを分類する方法論(Anzaki et al., 2021)をテストベッドに,複雑なモデルから少数モードで構成される有効モデルを抽出する手法開発を完遂した.

3.9.1 計算地震工学分野での大規模数値解析手法の開発に関する研究

断層-構造系システムとは,対象とする断層と構造物から成る地殻と構造物のモデルである.断層から生成される強震動と,その強震動に対する構造物の地震応答を計算するために使われる.開発されてきた独自のマルチスケール解析手法を改良し,大規模化・高速化を実現し,断層-構造系システムの解析を行っている.なお,大規模化・高速化の結果,従来の手法を凌駕する時間・空間分解能で,断層から伝播する地震動に対する構造物の地震応答を計算することに成功した.断層-構造系システムの根幹である地震波動の計算では,地盤・地殻構造の幾何形状を詳細にモデル化することが重要であり,このためには有限要素法を用いる必要がある.しかし,有限要素法は差分法に比べ,計算コストが膨大となる.数理的な観点から分析し,計算コストを低減させる効率的なアルゴリズムを考案し,マルチスケール解析手法の計算コードに実装した.実装に際して並列化性能を上げることにも成功した.また,断層-構造系システムの応用として,広域都市の震災想定を高度化することを目的として,広域都市をモデル化し,その地震時応答をシミュレーションする統合地震シミュレータ(IES)の開発を進めてきた.断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発では,このように基礎的な数理研究と計算科学研究にも重点が置かれている.断層-構造系システムの具体的な対象として,大規模地下トンネルや原子力発電所といった実際の大規模構造物も挙げられる.実構造物に忠実な大自由度の解析モデルを構築し,改良されたマルチスケール解析手法を適用し,地震応答を計算している.構造物の特性を理解するためには,民間企業等の協力が必須であり,共同研究を介することで実構造物のより現実的な地震応答解析手法の構築をすすめている.

断層-構造系システムにおける地震波動の計算の高性能化を目指し,大規模で複雑な断層系の震源過程をシミュレーションするために,三次元不均質体内のき裂伝播を効率的にモデル化可能なPDS-FEMをベースとした高性能計算シミュレーション手法の開発を行っている.これにより,複雑な断層形状,不均質な摩擦特性,不均質で非線形な材料などを含む大規模な三次元モデルにおいて,super-shear ruptureを含む多様な震源過程をより詳細にモデル化出来るようになり,強震動シナリオ構築に寄与すると期待される.2022年においてはPDS-FEMに基づく動的な断層破壊の数値解析手法とその並列実装を開発した.既存の断層破壊モデルのほとんどは経験則に基づいて初期応力を設定しているが,本モデルにおいてはクーロン摩擦と遠方境界条件下での断層の静的平衡を考慮し初期応力を計算することで断層の複雑形状や断層強度・材料の不均一性と整合した初期応力を設定する.FEMベースの断層破壊シミュレータにおいては断層表面での摩擦の計算のために高コストな接触解析を必要とするが,PDS-FEMにおいては要素中にあらかじめ設定した亀裂面を用いて断層面をモデル化することで接触解析が不要となるため,FEMに比べて低コストで計算できる現実の断層は多くの小断層が重なり合った複雑な形状をしているが,数値シミュレーションにおいてはそれらを重なり合わない滑らかな平面の集まりとしてモデル化することが多い.このような単純化は,現実と大きく異なる破壊挙動をもたらす可能性がある.そこで2023年においては,摩擦パラメータのわずかな違いが重なり合う2つの断層間でのすべりの飛び移りに大きな影響を与える可能性があることを2次元のシミュレーションにより示したうえで,J-SHISで公開されている断層トレース情報を用いて複雑な断層構造を反映した中央構造線の高詳細モデルを作成した.今後,この高詳細モデルと,広く用いられている断層形状を簡略化したモデルを用いて中央構造線の破壊挙動の比較を行う予定である.

3.9 計算地球科学研究センター

教授 市村 強 (センター長),古村孝志(兼務),佐竹健治(兼務),田島芳満(工学系研究科,兼務)
准教授 ラリス・ウィジャラットネ,長尾大道,鶴岡 弘(兼務), 中川茂樹(兼務),藤田航平
助教 伊藤伸一
特任研究員 徳田智磯,Gerardo Manuel Mendo Pérez,加藤慎也,平田 直
学術専門職員 長﨑由美子,吉田美和
外来研究員 大塚悠一,桑谷 立,椎名祐太,高橋勇人,前根文子,三橋祐太,森川耕輔,山本 実,吉田健太,Gill Amit,今田耕太郎
大学院生 村上颯太(D3),Dharmasiri Migel Arachchillage Kasun (D3),Jeffrey Michael Church(D2),安久岳志(M2),Elia Nicolin(M2),Julian Palacios Espinoza(M2),Joshua Panganiban(M2),Li Wenrui(M2),麻生豊大(M2),金川航希(M2),Khatiwada Pramod(M2),Sayson Stanley Brian(M2),Shi Yuxian(M2),柳田真輝(M2),楠井俊朗(M1),中尾 魁(M1),Hamza Amerr(M1)
特別研究学生 Kai Eberl Hamuro

計算地球科学研究センターは,東日本大震災を契機として2012年4月に設立された巨大地震津波災害予測研究センターで培ってきたシミュレーション技術等の計算科学分野における知見を十分に活用しうる目途がついたことにより,当該分野の研究体制をさらに強化するとともに,従来の地球科学との融合をより加速していくため,巨大地震津波災害予測研究センターからの改組により2019年9月に設立された.本研究センターでは,地震研究所で培ってきた固体地球観測と高速計算によるシミュレーション技術を融合した計算地球科学の創成を目指している.関連する学内連携を強化しつつ,観測データを活かす高性能計算プログラムとそれを使った大規模シミュレーションの研究開発を行い,計算地球科学の国際的卓越性の確立を目指すとともに,地震・津波・災害の現象解明・予測研究分野での学際的・国際的に卓越した若手世代の育成を目指している.