科学研究費・学術変革領域研究(A) 「Slow-to-Fast 地震学」プロジェクトの活動を継続した.地震研では,全国11の大学・研究機関に所属する情報科学と地球物理学の若手研究者を中心に,データに潜む Slow・Fast 地震のシグナル検出や活動様式・震源特性の解明や,Slow・Fast 地震のモニタリング手法の刷新,Slow・Fast 地震の統計科学的・地球物理学的性質を明らかにするための研究を推進している.南海トラフ沈み込み帯の深部低周波地震(LFE)の長期的な挙動に関する理解を深めるために,先行研究(Kato and Nakagawa 2020)によって構築されたLFEカタログのアップデートをおこない,2022年4月から2024年8月までのLFE活動の様子を明らかにした.2024年豊後水道のスラブ内で発生したM6.6 の地震の発生直前に着目すると,北東方向へ移動するLFEの主要なエピソードが起きていたことがわかった.主要なエピソードの移動方向とは逆方向の移動(RTR)がM6.6の震源域を通り越した後に,M6.6の地震が発生した.さらに,M6.6地震後には豊後水道でLFEの活動が活発化し,高速移動を示す筋状の活動(Streak)が多数発生した.この結果は,スロー地震とスラブ内地震の間に相互作用が働いていた可能性を示唆する.
「EPRC」カテゴリーアーカイブ
3.5.7 チリ沈み込み帯での前震,本震,余震活動に対する非地震性すべりの影響
摩擦則等を用いた力学的なシミュレーションから,大きな地震の前後や最中の破壊過程では,地震性すべりと非地震性すべりが複雑に相互作用することが知られている.しかし,そうした相互作用を観測により直接的に描き出した事例は,地震前及び地震時に関して言えば,機器観測された大きな地震の数に比べて限られている.観測により非地震性すべりと地震性すべりの相互作用を明らかにすることは地震のメカニズムを理解する上で基本的かつ重要な課題である.本年度は,チリの沈み込み帯において発生した2014年イキケ地震(M 8.1)を対象に,非地震性すべりが本震と最大余震の発生過程に及ぼした影響を調べた.また,2017年バルパライソ地震(M 6.9)を対象に,非地震性すべりと群発的な前震,本震,余震活動の関係を再解釈した.具体的には,高サンプリングのGNSSデータと地震活動を解析し,非地震性すべりと地震性すべりの時空間分布を明らかにし,それらの関係を解釈した.
イキケ地震に関しては,本震と最大余震(M 7.6)の間の27時間の間に余効すべりが発生していたことが明らかになった.この余効すべりは長期的なすべり欠損が小さい領域で発生し,さらには本震に先駆けて8ヶ月程度の過渡的な非地震性すべりが発生していた領域であった.この領域は本震と最大余震の震央の間に位置するため,非地震性すべりを起こす領域が本震による破壊伝搬を減衰させ,最大余震の発生領域まで一挙に破壊することを防いだとみられる.さらに,本震と最大余震間の27時間に最大余震域で中規模な地震が間欠的に発生し,最大余震の発生45分前にはその震源の近くでM 6.1の地震が発生していたことが明らかになった.これらの地震の背後で先述の余効すべりが発生していたことから,この余効すべりは直接最大余震の震央に応力を加え,最大余震の核形成を促進したと考えられる.摩擦特性の研究から余効すべりは地震の核形成を駆動できないと考えられてきた.しかし,非地震性すべり領域の中に小さな地震性すべり断層(中規模地震のパッチ)が多数埋め込まれている状況では,余効すべりであっても地震性すべりの領域に直接応力を加えることで,小さな地震性すべり断層がまとまって大地震を起こす状況を作り出せることを本結果は示唆している.
バルパライソ地震に関しては,先行研究により約2日前に最大前震があったことと,それと同時期に前駆的な非地震性すべりが始まっていたことが知られており,これが本震の核形成過程の一部と考えられてきた.しかしながら,この非地震性すべりは核形成過程の一部ではなく,偶然本震の震央近くで発生した非地震性すべりである可能性は検証されていなかった.そこで,前震の前から地震後の余震の期間まで一貫した解析を行い,最大前震発生から本震後数日間の間,統計的には異常な地震活動が継続していたことを明らかにした.さらに,非地震性すべりに関しては,GNSSの解析や繰り返し地震の解析から,本震を境に非地震性すべりの速度が増加しなかった,すなわち余効すべりが見られなかったことがわかった.したがって,本震前に観測されていた非地震性すべりは地震後まで一続きのイベントと考えられ,本震前に見られた非地震性すべりは核形成過程の一部とは考え難いことを提案する.以上の考察から,2017年バルパライソ地震に伴う前震,本震,余震の全体は,非地震性すべりにより駆動された群発的な地震と解釈できる.
3.5.14 光ファイバ振動計測による陸域超稠密地震観測
分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)技術を用いて,四国中央部において超稠密な地震観測を2024年12月上旬から2025年3月下旬にかけて実施した.観測には,徳島県三好市池田町を起点に,国道32号線と国道192号線に沿う2本の光ファイバを使用した.それぞれの光ファイバの測線長は約50㎞であり,観測期間中に発生した深部低周波地震の波動場を2つのファイバに沿って明瞭に記録することに成功した.
SATREPS「災害に強い社会を発展させるためのトルコにおける研究と教育の複合体の確立―マルテスト」のサブ課題「地震・地殻変動観測に基づく北アナトリア断層の活動評価」の第2期が継続している.2024年5月下旬から,北アナトリア断層を南北に横断する光ファイバケーブルを用いてDASの連続観測を開始した.光ファイバケーブルはマルマラ海東部に位置し,測線長は陸域と海域をあわせて約27kmである.マルマラ海周辺で発生する微小地震や遠地地震の良好な波動場が記録されていることを確認した.また,雑微動記録を用いて北アナトリア断層周域の浅部地震波速度構造の推定を進めている.
3.5.13 歴史地震に関する研究
2017年度より地震研究所と史料編纂所との連携による「地震火山史料連携研究機構」が設置(2024年度再設置)され,地震予知研究センターからも教員・研究員が参画している.同連携研究機構では,東京大学デジタルアーカイブズ構築事業および災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の一環として構築した「日記史料有感地震データベース」(https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/eri-hi-cro/database/nikki/top_all2.html),「地震史料集テキストデータベース」(https://materials.utkozisin.org/)を公開している.
1923年関東地震の余震に着目し,日記記録と観測記録の比較や既刊の地震史料集の記述の再検討と,有感記録の完全性についての検討をおこなった.1830年京都地震の際の上賀茂神社での被害や神社の対応について詳細に分析した.1703年元禄関東地震の際の三浦半島における津波および隆起、土砂災害に関する史料を収集した.また,歴史地震の震度判定を生成AIによって半自動化する試みを行った.大量の地震史料テキストを震度判定するために震度判定表を生成AIに学習させ,入力した地震史料テキストに対して震度判定させ,震度のほか判定の信頼度や根拠を出力させることができた.市民参加型の歴史資料解読プロジェクト「みんなで翻刻」の運営を継続した.
3.5.12 日向灘における国際深海科学掘削計画推進プロジェクト
日向灘は,巨大地震の発生してきた強い固着域である南海トラフの西端に位置し,固着が弱いと考えられている琉球トラフへの遷移域である.日向灘・豊後水道における巨大地震の発生は確認されていないものの,南海トラフ地震の破壊領域の端に位置し,地震活動や固着メカニズムの解明及び防災計画立案に対し重要海域である.南海トラフと琉球トラフの境界に九州パラオ海嶺が存在し,そこを境として沈み込むプレートの凹凸や熱流量値が急激に変化している.また海山列の沈み込みが上部プレートの破砕や応力の局所的な増大をもたらし,日向灘・豊後水道における地震発生に大きく影響を及ぼしているであろう.これまでになされていない詳細な構造推定や原位置の岩石物性の把握を進め,定量的に地震分布・発生との関係を導く必要がある.
このプロジェクトでは,海山が現在沈み込みつつあるトラフ付近に焦点を当てる.沈み込む海山の前方に微動・超低周波地震が分布しており,明瞭な関連性が見られる.しかしながら,海山の具体的な位置・形状,プレート境界断層の形状,上盤内部の構造は十部に得られたとはいいがたい.加えて,過去に掘削が実施されていないため物性が不明であり,定量的なモデル評価が困難である.地震波による地殻構造推定が不可欠であると同時に,掘削を通じたコア採取・原位置計測・室内実験,孔内観測が必須である.
2020年4月に,国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program; IODP)に対して掘削予備提案を提出した.その後国際ワークショップ(2020年9月)等を経て,2022 年8 月に提案が受諾され,掘削実施に向けた準備に入った.地震学・地質学・地球化学など学際的な連携が不可欠であり,国内(海洋開発研究機構・京都大学・高知大学・神戸大学など)のみならず,アメリカ・カナダ・ニュージーランド・フランスなどを含めた国際性の高いプロジェクトである.日向灘~豊後水道域では,海底地震観測,GNSS 観測が継続的に実施されていることに加え,防災科学技術研究所による N-net の敷設が予定された.科研費基盤S研究「海山の沈み込みは巨大地震域の固着を弱めるか:南海トラフの2海山での検証」が,2024年4月から開始され,海底熱流量観測,地下構造推定,海山の影響のモデル構築が進められている.さらに2025年度には海洋開発研究機構による海底歪み計測の開始予定である.こうした関連研究と引き続き連携していく.
3.5.11 三浦半島断層群(主部/武山断層帯)における重点的な調査観測
三浦半島断層群(主部/武山断層帯)は,三浦半島を横断して複数併走して分布する,長さ約11 km以上,北西走向の右横ずれ主体の断層帯である.断層群主部を構成する衣笠・北武断層帯,武山断層帯は,神奈川県横浜市・横須賀市など首都圏近傍に位置するA級活断層として,従来から注目され,数多くの調査研究が行われてきた.既往の調査研究の結果得られた断層帯の活動履歴や平均変位速度などの活動性データに基づき行われた長期評価では,今後30年以内に地震が発生する確率が国内の主要活断層帯の中で高い部類であり,特に武山断層帯は今後30年以内の発生確率が6-11%と非常に高くなっている.また,強震動予測では,武山断層帯が活動した場合,震源断層の直上にあたる首都圏南部の広い領域が震度6弱以上の揺れに見舞われ,震度6強のり災人口が約13万人と見積もられるなど,甚大な被害をもたらす可能性が指摘されている.しかし,一方,断層帯の長期評価で採用された平均変位速度の幅が大きく,信頼性が高くないこと,断層帯が相模湾・浦賀水道の海域に達している可能性があり,正確な断層長が不明であることなど,武山断層帯の長期評価には重要な課題があることが指摘されている.また,武山断層帯をはじめとする三浦半島断層群はフィリピン海プレート上面のメガスラストと近接し,相模トラフで発生する巨大地震との連動の可能性があることから,断層帯とフィリピン海プレート上面の構造的な関係を解明することが望まれる.加えて,強震動予測を行う上で重要な震源断層面の形状や断層帯を含む地下構造,近接する複数の断層帯の構造的関係を推定するための反射法地震探査等の地球物理学的手法による構造探査や物理探査は,三浦半島断層群においてこれまで十分に実施されていない.このような課題を解決するために,2023年度から3ヵ年で「三浦半島断層群(主部/武山断層帯)における重点的な調査観測」が開始された.このうち,サブテーマ1.1「活断層の詳細位置・形状・活動性解明のための調査」を担当し,2024年度は引き続き断層帯の変動地形解析を行うとともに,断層帯の平均変位速度の信頼性向上のためのボーリング調査を実施した. また、断層帯の相模湾側延長部において高分解能極浅層音波探査を実施し, 断層帯海域延長部の複数地点において完新世に繰り返し断層活動が発生した痕跡を見出した.
3.5.10 森本・富樫断層帯の重点的な調査観測
森本・富樫断層帯は石川県の金沢平野の南東縁にある長さ26 km,北東走向の活動的な逆断層である.平均変位速度は約1 m/千年とされ,北陸地方に分布する活断層のうち,最も活動的な主要活構造である.本断層帯の周辺には金沢市をはじめとする北陸地方有数の人口密集地が分布しており,その長期評価は本断層帯の活動に伴う地震被害を想定する上で大変重要である.長期評価では,発生する地震規模はM7.2,今後30年間の地震発生確率は2〜8%と高く,強震動評価としては,この断層帯が活動した場合には,震源断層近傍の金沢平野をはじめとして,富山県西部も含む周辺の広い領域が震度6弱以上の強い揺れに見舞われる可能性を指摘している.しかし,本断層帯の長期評価を行う上で最も重要な断層活動性のデータは不足しているほか,強震動予測を行う上で重要な震源断層面の形状や盆地の構造を推定するための反射法地震探査をはじめとする地球物理学的手法による探査は十分に実施されていない.このような課題を解決するために,2022年度から3ヵ年で「森本・富樫断層帯の重点的な調査観測」(研究代表者 岩田知孝・京大防災研教授; 2024年度より浅野公之教授)が開始された.このうち,サブテーマ1.1「活断層の詳細位置・形状・活動性解明のための調査」を担当し,断層帯の変動地形解析・群列ボーリングおよびトレンチ掘削調査による活動性調査および断層帯南部の浅層反射法地震探査を実施した. また, 3年間の成果に基づき,断層帯の詳細位置・活動性を総括するとともに, 強震動予測のための震源断層モデルを構築した.
3.5.9 変動地形・活断層
内陸地震や海溝型地震の長期予測やメカニズムを実現・解明するためには,地震による長期的・永久的な地殻変動と地球表層プロセスによって形成される変動地形の形成過程・メカニズムを理解することが必要不可欠である.そのため,本センターでは日本列島および世界の変動帯の活断層・変動地形を対象に分布・形態・活動性を解明するとともに,最新の観測技術・手法開発の推進に取り組んでいる.また,「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第3次)」を通じて,全国の研究者と共同し,航空LiDAR等を用いた詳細地形データの生成やこれらに基づく地殻変動解析,宇宙線生成核種による年代測定等の,活断層の位置・形状・活動性の解明に向けた新しい観測技術の確立・適用に向けた取り組みや,古地震活動・断層構造の複雑性を考慮した内陸地震長期予測モデルの構築を目的とした調査・研究を進めている.
2024年度は,元旦に発生した2024年能登半島地震に伴う地殻変動について緊急調査を実施し,沿岸部で認められた地震時海岸隆起量や内陸部の地表変状の分布を明らかにした.また,活断層の活動性や位置・形状の解明を目的とした調査を,森本・富樫断層帯(3.5.10),三浦半島断層群(3.5.11)や,長期評価のための活動性データが不明な津軽山地西縁断層帯(南部)・筒賀断層・宮古島断層帯(「活断層評価の高度化・効率化のための調査手法の検証」事業),Huaytapallana断層を対象として行った.津軽山地西縁断層帯(南部)では,反射法地震探査及びボーリング調査を行い,活動性を明らかにした.筒賀断層・宮古島断層帯では,新手法である宇宙線生成核種年代測定を試み,活動性解明に資する結果が得られた.また,ペルー向けSATREPS「地震直後におけるリマ首都圏インフラ被災程度の予測・観測のための統合型エキスパートシステムの開発」の中で,1969年の地震とともに地表地震断層が現れたHuaytapallana断層を対象としたトレンチ調査を実施し,その活動性について調査を行った.災害軽減計画では,糸魚川―静岡構造線断層帯,阿寺断層帯において変動地形・古地震・構造地質調査を行ったほか,能登半島や十日町断層帯において変動地形調査・航空レーザー測量データ解析等を行った.
3.5.8 地震活動の特徴に関する研究
地震活動モデルの高度化を目的とし,ハイパーカミオカンデの建設にともなう世界最大級の大空洞掘削工事によって生じる応力場の時空間変化と誘発地震活動の高精度な把握を進めている.2022年9月から,高感度地震計(34台)をハイパーカミオカンデの建設サイト直上に高密度に展開し,連続波形記録の取得を継続している.取得した連続波形記録に対して,深層学習モデルを適用することで地震波の走時データの時系列を取得し,震源決定を実施した.初期解析結果によると,面状分布を示すクラスター活動が起きていたことが明らかとなり,その中では震源移動が複数回生じていたことも見出された.