3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a) ミューオンによる火山体内部のイメージング

観測中もしくは観測に着手した火山としては,霧島新燃岳,薩摩硫黄島火山,昭和新山,浅間山,桜島火山,ストロンボリ火山及びカナリア諸島がある.

鹿児島県と宮崎県の境にある霧島山新燃岳火口から南に5.0 kmの位置に,ミュオグラフィ観測装置を2014年9月に設置し,観測した.現火口底の表面地形は航空機合成開口レーダーで詳細に調べられており,火口底の一部が陥没していることが報告されている.一方,今回のミューオン観測からは,表面だけではなく,内部にまで空洞化が及んでいることが分かった(図3.8.4).具体的には2011年1月26日噴火の噴出孔の直上に,マグマのドレインバックで生じる低密度部分が発見された.今回の実証観測により,多くの噴火事象において安全とされる,火口から5㎞はなれた位置からのミュオグラフィ観測が可能となることが示された.これで,これまで観測が出来なかった噴火中の火山にも適用できるようになり,今後ミュオグラフィの適用範囲が格段に拡大するものと期待される.

浅間山北側斜面では,火山噴火予知観測研究センターの支援を受けて,2010年度に開発したソーラーパネルで駆動可能なMu-CAT(Muon Computational Axial Tomography)システムによる観測を継続している.浅間山東側に設置されている従来型システムと組み合わせることにより,浅間山山頂付近の密度構造を2方向からモニターすることができる.これにより火山活動の推移予測に貴重な3次元データをオンライン・リアルタイムで取得している.

 また,地震火山噴火予知研究計画への貢献として,活動が活発化している桜島火山のイメージングに,京都大学防災研究所との共同研究を継続している.2015年11月に,低雑音カロリメータでの観測を開始し,データの取得が行われている.

 また,ナポリ大学との共同研究として,伊ストロンボリ火山の火道観測計画を進めてきた.同火山の観測インフラは十分には整備されておらず,また,火道の直径が10m程度と小さいことが予想されたため,ミューオン検出器として,電源不要かつ空間分解能の高い原子核乾板を用いた.火口付近を通る視線方向からは,その周りの視線方向からよりも,多くのミューオンが飛来していることがわかった.このことは,火口付近の平均密度が低いことを示している.現在,ナポリ大学及びサレルノ大学らの共同研究者と論文執筆中である.

 ハワイ諸島と同様,ホットスポット型の火山群島である,カナリア諸島・ラパルマ島でミューオン観測を実施した.同島では,1949年の火山活動により長さ数キロにわたる断層が生じた.地質学的調査及び考察から,この断層は大規模な山体崩壊の予兆であるとされ,崩壊が起きた場合,アメリカ東海岸まで高さ10mもの津波が届くという予測もされている.様々な物理探査技術を駆使し,この断層を調べることが重要である.ミューオグラフィーを用いれば,深さの下限値,破砕帯の幅・空隙率などの重要なパラメータを得られることは,2011年の田中らによる糸魚川断層観測で実証されている.

ラパルマ島の場合,予想される破砕帯の幅が数mと糸魚川に比べ非常に狭いことと,現地での電源確保の難しさから,原子核乾板検出器による観測を行った.有効面積0.2m2のECCを106日間に渡って設置し,回収・現像を行った.現在イタリア・ナポリ大学,サレルノ大学と共に乾板画像の解析中である.観測の概要や期待される観測器の性能については,Surveys in Geophysicsに共著論文を投稿中である.

(b)  大気ニュートリノを用いた,地球深部の化学組成推定

地球中心核の主成分は,内核外核共に鉄,ニッケル,軽元素の合金であると考えられており,その化学組成を知ることは,核形成のメカニズムや核のダイナミクスを知る上で重要である.近年高圧実験の進歩により,地球中心部における圧力での合金の物性を測定することが可能となったが,軽元素の種類の特定には至っていない.また,地球深部の試料の採取によって核の化学組成を知ることは,現状では不可能である.そこでわれわれは大気ニュートリノを用いて,原子番号(Z)と原子量(A)との比(A/Z比)をイメージングする手法の開発を行い,次世代の大型ニュートリノ検出器を用いてそれが可能であることを示すことに成功した.

大気ニュートリノは106eVを下回るものから1014eVを上回るものまでと,幅広いエネルギーを持っている.ニュートリノの断面積は概ねエネルギーに比例するため,特にエネルギーの高いニュートリノ(VHEニュートリノ)は,地球内部で吸収される.この吸収を用いて,地球内部の質量密度を測定することができる.この研究は既に南極点における,アイスキューブ実験ですすめられている.

一方,低エネルギーのニュートリノは,断面積が極めて小さく,地球を容易に貫通するため,質量密度の測定には適さない.しかし,太陽ニュートリノや原子炉ニュートリノの観測により,ニュートリノは質量を持ち,その結果,ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動).その変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,媒質中の電子数密度で決まる.従って,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定することで,地球内部の電子数密度を測定することができる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることで,地球内部の平均的な化学組成を測定することが可能となる.

 今年度は以下の項目について研究を行った.

  1. 化学組成の測定精度は,検出器の感度(有効体積×時間),エネルギー分解能,角度分解能によって決まる.それらの依存性について調べた.有効体積50メガトン,エネルギー分解能20%,角度分解能14度(@1GeV)の検出器によって20年間の観測を行えば,現在提案されている地球中心核の化学組成の大半を弁別できることが分かった.同時に,水素の含有量は3wt%の精度で決定できることが分かった.
  2. ハイパーカミオカンデ実験を用いた場合の測定感度の見積もり,及び系統誤差の見積もりを行った.ハイパーカミオカンデ20年の測定によって,地球中心核の組成が鉛の場合,水の場合等,極端な組成モデルは99%以上の有意度で棄却できることが分かった.また,組成がマントルと同じ物質とした場合は,90%程度の有意度で棄却できることが分かった(図3.8.5).つまり,現在計画中の次世代ニュートリノ検出器を用いることで,地球中心核の平均化学組成が測定可能であることが分かった.系統誤差はニュートリノ振動パラメータの不定性に起因するものが支配的であり,地球の物質密度分布の不定性に起因するものは十分小さいことが分かった.

今後は,ハイパーカミオカンデ計画や南極に建設が計画されているPINGU計画に積極的に参加し,化学組成の測定感度の向上に貢献していく. 

(c) 宇宙線電磁成分を用いた,表層土壌水分のモニター

地表に降り注ぐ宇宙線には,ミューオン以外にも電子,陽電子,ガンマ線から成る電磁成分が含まれており,これらは厚さ数十m程度の比較的薄い構造物の透視に適している.今年度は電磁成分測定に特化した検出器の開発を行い,桜島において本格観測を開始した.

今後は桜島における観測結果の解析や,その他の地滑り多発地帯での観測とデータ解析を行っていく.同手法は構造物中の水分量の時空間変動を測定する新たな手法であるのみならず,数mから数十mまでの,X線でもミューオンでも透視できない構造物の透視を行う手法であるため,巨大樹の空洞測定等,幅広い応用が期待される.

(d) 地球ニュートリノグラフィの開発

火山のミュオグラフィ技術を,東北大学ニュートリノ科学研究センターの地球ニュートリノ観測技術に融合させることで,地球内部を透視する地球ニュートリノグラフィに使える可能性のある反電子ニュートリノ方向検知技術を見出した.液体シンチレーターにリチウムを添加することで方向感度が大きく向上することに注目し,地球ニュートリノの方向検知性能の比較を行った(図3.8.6).地球ニュートリノグラフィのデモンストレーションの結果,破局噴火を起こす様な巨大マグマだまり,地球形成過程で局在化したコア・マントル境界の巨大不均質構造など新たな観測窓を開ける他,原子炉モニタリング,天体物理学への貢献などの波及効果も大きいことが期待される.http://www.nature.com/srep/2014/140424/srep04708/full/srep04708.html