東京大学 地震研究所
加藤愛太郎 研究室
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研究内容

研究内容

地震が発生する仕組みはとても複雑です。当研究室では,地震観測に基づいて地震発生過程の理解を深めるための研究を進めています。国内外で発生した大きな地震の前に観測された地震活動(前震活動)の解析や,高密度・多点の地震観測網を展開して取得した大容量の地震波形データの解析等を行っています。例えば,地震活動の検出性能を向上させることで,2011 年東北地方太平洋沖地震(M9.0)の発生前に,本震の震源近傍でスロースリップが2回発生していたことを見出し,巨大地震の発生を促進した可能性を指摘しました。さらに,2014 年チリ北部地震(M8.2)や2016年熊本地震(M7.0)の発生前にも類似の現象が起きていたことを明らかにしました。これらの前震活動には,活発なものから極めて低調なものまで幅広い多様性が見られ,複雑な様相を呈します。どのようにしてこのような多様性が生じるのか,スロースリップが地震発生にどのように関与しているのか,といった着眼点で研究に取り組んでいます。

大地震発生前の断層の固着状況の変化を示す概念図.

大地震の発生過程

地震は,地下で断層がずれ動くことで発生します。大地震がどのように発生するのか,つまり,断層がどのようにして動き出すのかという基本的な問題は,長年の間,謎のままです。大地震が始まる過程は,異なる時間・空間のスケールで進行する変形が関与しているため,とても複雑であり多様性にも富んでいます。本総説では,最近の観測・理論・実験的研究の成果をもとにして,大地震の発生過程について統合的なモデルを提案しています(Kato and Ben-Zion, 2021, Nature Reviews Earth & Environment, https://rdcu.be/caT5j)。

まず,前震と呼ばれる大地震の発生直前に近傍で生じる地震活動に着目して,既往研究により提唱されてきた3つの地震発生モデルの特徴をまとめています。次に,地震・測地データの分析により,いくつかの大地震(2019年リッジクレスト地震など)の発生前(数年前)に見られた,地下の広域変形が震源域周辺へと徐々に集中(局在)化した例を示しました。大地震の発生直前においては,移動を伴う前震活動やスロースリップが同時に発生することで,断層面近傍に変形の集中(局在)化が進み,大地震の発生を促進した例(2011年東北地方太平洋沖地震や2014年チリ北部地震など)についても議論しています。このプロセスは時間とともに段階的に進む点が特徴です。そのため,変形だけを見ていても,大地震の精度の高い直前予測は難しいことを意味します。この特徴は,断層のずれがなめらかに加速的に増加するという既往モデルの再考の必要性を提示しています。天然の断層はギクシャクとした断続的な動きをしやすく,力が十分たまっていれば小さな前震(破壊)でも大地震を引き起こすことが考えられます。

論文の後半では,スロースリップと地震発生の関連性に加えて,不均一の強い構造をもつ断層面を用いた近年の室内実験や理論研究にもとづいて,大地震発生に至るプロセスの多様性について議論しています。最後に,大地震に至る過程の多様性を説明できる統合的な地震発生モデルを提案するとともに,大地震の発生過程を理解する上で不可欠な今後の研究の見通しについて述べています。

図:大地震の発生過程を示すモデル(Kato and Ben-Zion, 2021)。(a) 地下の広域変形が,(b)震源域周辺へと徐々に集中(局在)化し,(c) 大地震の発生直前に前震活動やスロースリップが同時に発生することで,断層面近傍に変形の集中(局在)化が進み,大地震の発生が促進される。

0.1満点地震観測による断層構造の複雑性

2000年鳥取県西部地震の震源域に1000点の地震観測網を設置して,約1年間にわたり連続波形記録を取得しました。その波形データを用いて,高精度な震源分布と地下の地震波(P波)速度構造の推定に成功しました(Kato et al., 2021, Communications Earth & Environment)。震源分布から推定される断層形状は複雑で,北北西-南南東の走向の断層面だけでなく西南西―東北東の共役関係にある断層面も複数分布することが,様々なスケールにおいて明瞭に示されました。また,長さ200 mの左横ずれ型の発震機構解で特徴づけられる地震クラスターは,厚みが10 m以下と狭い領域に集中しており,概ね平行な4つの板状構造(長さ~30 m)に分かれていることがわかりました。さらに,地震活動が約30 m/日の速さで移動しており,流体移動の関与が考えられます。このように,断層構造の複雑性が地震活動のパターンに影響を与えていることを意味しています。

図:2000年鳥取県西部地震震源域の中で発生したM2.2の地震に伴うクラスター活動。a)震央分布図。50mのスケールバー。b), c) 図aのAA’とBB‘のプロファイルに沿う深さ断面図。鉛直な断層面上に地震活動が集中。d), e) 時空間分布図。f)M-T図。

2016年熊本地震の本震発生前に見られた前震域の拡大

2016年熊本地震の前震や本震に伴って発生した一連の地震活動の震源カタログを高い精度で推定し,その時空間発展を詳細に分析しました。その結果,4月14日の前震(モーメント・マグニチュード(Mw)6.2)発生以降,地震発生域が時間の経過とともに徐々に拡大する様子を捉えました。前震域の拡大は,断層の走向方向に加えて傾斜方向(浅い・深い)にも起きており,4月16日に発生した本震(Mw 7.0)の破壊開始点へ向かう動きも見られました(Kato et al., 2016, Geophys. Res. Lett.)。前震域の拡大は,前震(Mw 6.2)がきっかけとなって生じたゆっくりすべり(余効すべり)の伝播によるものと考えられます。前震による応力の載荷に加えてゆっくりすべりにより,本震断層面への応力載荷が進行し,本震の発生が促進されたと考えられます。

図:2016年熊本地震の前震(Mw6.2)発生から本震(Mw7.0)発生直前までの地震活動の時空間発展図(概念図)を示す。断層の走向方向に加えて,断層面の傾斜方向(浅い側と深い側)にも地震活動が拡大していく様子が分かる。右下に,その際のGNSS観測点の時系列データを示す(Kato et al., 2016)。

2014年チリ北部地震(Mw8.2)の発生前に見られた段階的な固着のはがれ

2014年4月1日にMw8.2の地震が,沈み込むナスカプレートと陸側の南アメリカプレートとの境界で発生しました。この地震の発生前の地震活動を高い精度で推定して地震カタログを新たに構築し,その時空間発展を詳細に分析しました。また,この地震カタログを用いて,プレート境界面上の非地震性すべり(ゆっくりすべり)の指標と考えられる繰り返し地震の抽出を行いました。2013年夏(本震発生の約270日前)から本震発生までの間,地震活動度,非地震性すべり量,常時地震活動度,震源移動現象の発生頻度が間欠的に増加し始め,その増分も時間とともに大きくなりました。さらに,前震活動が最も活発であった本震発生前の約2週間には,陸上のGNSS観測網によりプレート境界面の固着が緩んだことを示す変位が地表で生じたことが報告されています。繰り返し地震により明らかとなった非地震性すべりの存在を考慮すると,地震性すべりと非地震性すべりの両方が本震発生前の間欠的な固着の剥がれに寄与していたことが考えられます(Kato et al., 2016, Scientific Reports)。

図:2014年4月にチリ北部で発生したIquique地震(Mw8.2)の発生に至るまでの地震活動解析の結果。(Kato et al., 2016)。(a)地震活動の時空間の発展図。青丸が検出した地震,赤星が小繰り返し地震を表します。(b)M>3.8の地震の積算個数を青色曲線で示す。(c)小繰り返しから推定された非地震性すべりの累積時間変化。

2011年東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)の発生前に見られたゆっくりすべりの伝播

2011年東北地方太平洋沖地震前のおよそ1ヶ月間の連続地震記録に対して地震波形の相互相関処理を行うことで,前震活動の詳細な時空間分布を推定した。その結果,本震発生の約1ヶ月前の2月中旬と,約2日前の最大前震M7.3の発生後に,本震の破壊開始点へ向かう震源移動現象がほぼ同じ領域で2度起きていたことを明らかにした(Kato et al., 2011, Science)。それぞれの移動速度は1度目が2~5 km/日,2度目は平均約10 km/日であった。この震源移動を伴う前震活動には,プレート境界面上のほぼ同じ場所で繰り返し発生する「小繰り返し地震」が含まれていた。小繰り返し地震は,ゆっくりすべりの指標と考えられており,2度の震源移動は本震の破壊開始点へ向かってゆっくりすべりが伝播したことを意味する。つまり,ゆっくりすべりの伝播が,本震の破壊開始点へ応力の集中を引き起こし,本震の発生を促した可能性がある。巨大地震発生に至るプレート境界でのすべりの挙動(地震の直前過程)に関する知見を深めるうえで重要な成果が得られた。

東北地方太平洋沖地震発生前の前震活動の時空間分布(Kato et al., 2011, Science)。青色の丸印は震源を表し,その大きさはマグニチュードに比例する。横軸は日付,縦軸は海溝軸に沿う距離を示す。赤い破線は震源移動のフロントの位置を表す。黒色の星印:本震M9.0の震源,黄色の星印:最大前震M7.3の震源,赤い星印:小繰り返し地震の震源,EMZ:震源の移動現象が見られた領域。