「プレートの底」の話
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地震研究所 川勝均


図0-1: レシーバー関数イメージングによる (東北日本とWP2).イメージおよび波形の赤色は,上から下に速度が急に増える場所に対応(青はその逆) .80kmの深さにプレートの底に対応すると見られる速度の急激な低下(青イメージ)が見られる.
図0-2: 北西太平洋の深海底に静かにたたずむ観測点WP2.

「プレートの底」の話


プレートテクトニクスによれば,太平洋の海の下には広大な一枚の板(プレート)があり,1年に10cmほどの速さでするすると水平に動いています.差し渡し数千キロメートルにもおよぶプレートが一体となって動くというのは,考えてみると不思議なことです.そのためにはプレートの下が滑りやすくなっている仕掛けがあるはずです.プレートに底はあるのでしょうか?またその下のアセノスフェアとはなんでしょう?


図1:プレートテクトニクスの概念図 (啓林館「地学II」より,一部加筆)

LABと書いたらプレートの底

地震・火山など多くの地学現象を統一的に説明するプレート・テクトニクス理論の根本には,堅いリソスフェア(=プレート)が柔らかなアセノスフェアの上をすべるように動くことが暗黙のうちに了解されています.従ってプレートの底(リソスフェア・アセノスフェア境界,lithosphere-asthenosphere boundary, LAB)の状態を知ることはプレート・テクトニクスの原理を理解することに直結する重要な課題です.しかしながらその実体は,プレート・テクトニクスが提出され半世紀近くたった現在も謎に包まれたままなのです.近年,遠くで起きた地震の波の解析から地震観測点直下の構造を調べる手法が発展したことにより,大陸の下にプレートの底LABが見つかったといういくつかの報告があります.しかしながら大陸は構造が複雑なので,その下のLABの詳細はなかなかわかりません.より構造が単純な海の下ではどうなっているのでしょう?

海の底に光を地震計を

日本の研究者たちは,地球のなかを覗くための観測の空白域である海洋底に地球物理観測網を構築する「海半球ネットワーク計画」を推進し,北西太平洋とフィリピン海中央の約5000メートルの深海底に最高性能の「広帯域地震計」を設置しました.陸上の観測点と同程度のノイズレベルにおさえるため,掘削船により深海底に孔を掘り,500メートルの深さに地震計を埋め込んだ孔内広帯域地震観測点です.データ回収にあたっては,宇宙飛行士の若狭さんがおこなったと同じように,海上の船から遠隔操作でロボットアームを使います(図2).海の底は,宇宙と同じように地球観測のフロンティアなのです.


図2:遠隔操作による深海底での作業

P-S変換はレシーバー関数の合い言葉

プレートの底に急に地震波の速度が減る場所(LAB)があると,遠くで起きた地震から伝わってくるP波は,一部S波に変換され観測点にとどきます.この変換されたS波を有効にとらえる解析手法を「レシーバー関数解析」と呼びます(図3).孔内観測により良質の波形データが得られたことで,陸上と同様の高分解能の解析をおこなうことが可能となりました.その結果,プレートの底に対応すると考えられる急激な地震波速度の減少(浅い方から深い方へ)が見いだされ,海洋プレートの底がシャープなものであること,またその速度低下の度合いが大きいことが明らかになりました.海洋プレートの底LABがみつかったのです(図0-1).


図3: レシーバー関数解析の概念図と解析から得られたWP2下のS波の速度構造.

海洋プレートは中央海嶺で生まれ,年を経て冷えて重くなり日本海溝のようなところからマントルの中に戻ります.プレートとはこの冷えて堅い部分を指すので,その底より下では温度がより高いと考えられます.しかし温度は急には上がらないので,P-S変換を起こすようなシャープなLABを作らないはずです.すなわちLABが観測されたことは,プレートの底は温度だけで決まっているのではないということを意味します.

プレートの下のミルフィーユ

スキーがよく滑るのは,スキーの板の底に氷の溶けた薄い水の層ができ摩擦を小さくするからです.私たちはプレートの下のアセノスフェアには,岩石がすこし溶け滑りやすくなった薄い層がたくさん重なっており,これによりプレートが水平に動きやすくなっていると考えました.フランスのお菓子ミルフィーユと似たような構造なので,ミルフィーユ・アセノスフェアと呼んでいます.


図4:ミルフィーユ・アセノスフェア モデル

ミルフィーユは少し堅いパイの層の間にクリームがサンドイッチ状に挟まった構造ですが,なかなかきれいに食べることが難しく,マナー教室で上手に食べる方法を教えているくらいです.実はこの難しさは,ミルフィーユが切る方向によって堅さが異なる“異方的”な構造を持っていることに起因します.従ってミルフィーユ・アセノスフェアもこの様な性質を持つはずで,地震波の異方性として,鉛直方向に伝わる地震波の速度が水平方向に伝わるものに比べて遅くなることが予想されます.

海の下の低速度層として知られる領域(約100km~200kmの深さで,アセノスフェアに対応すると考えられている)が,このような地震波の異方性をもつことはよく知られている観測事実ですが,その原因についてはあまり解明が進んでいません.われわれのミルフィーユモデルは,この様な今まで説明されてこなかったアセノスフェアの性質も説明可能なもので,新たな作業仮説として魅力あるものです.

「ふつうの海洋マントル」でいこう

私たちは固体地球科学の根本問題であるアセノスフェアとは何かを解明すべく,沈み込み帯でもない,マントル対流の湧き出し口でもない,「ふつう」の海洋マントルの性質を高性能の海底広帯域地震計と海底電磁気計を機動的広範囲に展開して調べる観測研究を計画しています.あと5年ほどすると様々な問題に明快な解答を与えられると楽しみにしています.


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