「海洋アセノスフェアの柔らかさを測る」
〜アセノスフェアの地震波減衰〜

"Determination of Intrinsic Attenuation in the
Oceanic Lithosphere-Asthenosphere System"

N.TAKEUCHI, H. KAWAKATSU, H. SHIOBARA,
T. ISSE, H. SUGIOKA, A. ITO & H. UTADA
Science, vol 358, issue 6370, pp.1593-1596, 2017.


海洋底地震観測がアセノスフェアの柔らかさの観測にとって重要であることを示す概念図.



プレートテクトニクスは現象説明の枠組
 柔らかいアセノスフェアの上を硬いリソスフェアが水平移動し,大陸と衝突して地震や火山活動などさまざまな現象を引き起こす.... プレートテクトニクスは表層の現象を統一的に説明する枠組ですが,なぜアセノスフェアが柔らかいかなど,一連のシステムを実現する「しくみ」については言及していません.「プレートテクトニクスのしくみを理解する」,これは地球科学の重要課題と言えます。


アセノスフェアの柔らかさを測るのは容易でない

 柔らかいアセノスフェアの「柔らかい」というのは,本来は「低粘性である」という意味です.しかし海洋リソスフェアやアセノスフェアの粘性を直接観測することは困難なので,私たちは「地震波減衰」という柔らかさの指標に着目し,(1)地震波減衰を精密計測し,(2)岩石実験の結果と比較することを試みました.
 しかし地球の自転とコマの自転を比較しても明らかなように,精密計測できる時間スケール(地震波周波数)と,実験室で再現可能な時間スケールを合わせるには困難がありました.アセノスフェアでの高周波数地震波減衰を計測するには技術が必要なのです.


海半球センターの匠の技
 海半球観測研究センターには匠ならではの技がいくつかあります.この研究で用いたのは,海洋でのその場観測技術と,高周波数地震波伝播のシミュレーション技術です.

 高周波数の地震波でアセノスフェアを調べるには,対象物に近づくこと,つまり海洋底で観測することが重要になります.一番上の概念図でもわかるように,海洋域だけを通ってくる地震波が観測でききるようになり,計測精度がグンとあがります.最高性能の地震計(電力消費が大きい)を長期間稼働できるように低消費電力のシステムを開発するとともに,地震計を海洋堆積物中に埋めることによりノイズを軽減しました.


 また高周波数の地震波減衰を推定するには,複雑な地震波伝播のシミュレーションが重要になります.地球内部の細かい不均質によって地震波が複雑に伝播方向を変える現象(地震波散乱という)を統計論的に記述して,計算機上で正確に再現しました.これにより地震波減衰を精密計測することが可能になりました.


実際の観測と結果

 開発した海底地震計を北西太平洋に展開していたところ,2011年東北地方太平洋沖地震の余震をたくさん観測することができました.これにより古い太平洋の下の減衰を精密計測することができました.


 計測結果をまとめると上の左図のようになりました.リソスフェアでは,周波数によって随分と減衰の強さが違いましたが,アセノスフェアではほとんど変わりませんでした.最近の岩石実験によると,岩石が溶け始める温度(ソリダス温度という)に近づくと,周波数に依存しない高減衰状態になるそうです.地震計で観測できない帯域まで今回の結果を外挿すると恐らく右図のようになっていて,周波数非依存のコブが現れることがアセノスフェアの高減衰の原因ではないかと考えています.
 こういうコブが現れる原因が今後わかると,アセノスフェアが柔らかい理由も推定できるようになります.


<リンク>
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 UTokyo Research(東京大学の成果紹介サイト)
 Physics World の記事(英国物理学会の会員誌)

<メディア関連対応>
 プレスリリース (詳しい内容はこちら
 日本経済新聞 2019年5月19日 30面「プレートなぜ動く 解明へ カギは軟らかい岩石の層」
 日刊工業新聞 平成29年12月22日 「海洋底の岩盤層 柔らかさの”その場観測” 東大など