地震以外の“揺れ”から探る地球内部構造

Global Surface Wave Tomography Using Seismic Hum, Kiwamu Nishida, Jean-Paul Montagner and Hitoshi Kawakatsu, Science Vol. 326. no. 5949, p. 112, 2009

Abstract Full Text

2009/11/8 18:52 更新


概要

地球内部の構造を知るには、地震波の伝わり方が重要な手がかりとなります。これまでは、"地震"の引き起こした地面の震動を観測する事によって、全地球的な(=地球深部までを含めた)地震波速度構造が調べられてきました。今回初めて、地震以外が引き起こした振動から、全球的な地球内部構造を推定する事に成功しました。今後この手法は、地球ほど地震が起きていない他の惑星の内部構造を調べる上で、有力なツールになるかもしれません。

発表内容

地球内部の状態を知る上で、地震学的な手法は重要な役割を果たしてきました。地震が引き起す地震波は、固い場所を通ってくる場合には観測点に早く到達し、柔らかい場所を通ってくる場合には遅く到達します(図1)。1980年代以降、この“ずれ”をCTスキャンに似た方法で調べる事によって、地球の3次元的な内部構造が調べられてきました(地震波トモグラフィー)。地震以外の現象が引き起こす地面の揺れを調べる事で、地球の内部構造を知る事はできないのでしょうか?

図 1☆印は震源を表し▲は地表の観測点を表す。

2004年にShapiroらは、脈動と呼ばれる周期10秒程度の海洋波浪起源の地震波を使って、カリフォルニアの地殻構造を推定する事に成功しました。脈動は、単に地震観測をする上での“ノイズ”であると、長い間考えられてきました。脈動は常に色々な方向から到来しているため(図2右)、“地震”が引き起こした地震波(図2左)を隠してしまうためです。彼らは、色々な方向から常に到来しているという事実を逆手に取り、脈動の伝わり方から地球の内部構造を調べたのです。この研究に続き同種の研究が盛んに行われるようになりましたが、局所的な研究に限られていました。なぜならば、この手法で全地球的な構造を調べるためには、周期数100秒の地面の振動を調べる必要があるからです。このような長周期の振動は(地球自由振動)、長い間、巨大な地震(M6以上)のみが引き起こせると考えられてきました。

1998年、日本人のグループによって地震が起こっていない間も周期数100秒の帯域で地球が揺れ続けているという現象が発見され、常時地球自由振動(seismic hum, Earth's background free oscillations)と名付けられました(Nawa et al. 1998, Suda et al. 1998, Kobayashi and Nishida 1998)。最近の研究によって、海洋波浪や大気現象がその原因だと考えられるようになりました。海洋や大気現象が常に地表のあらゆる所を叩いているため、あらゆる方向に伝わる地震波が励起されています。しかし、常時地球自由振動の振幅は非常に小さいために精度よく測定する事は難しく、そこから地球内部構造の情報を引き出す事は難しいと考えられていました。

図 2 ある瞬間の地面の揺れの様子を説明示した図。図左が地震の場合、右が常時地球自由振動の場合。地震時には震源から同心円上に伝播する。常時地球自由振動現象は常にあらゆる方向から波が到来しているので、図右のように風が吹いたときの水面のような状態である。脈動も図右のように色々な方向から波が到達している。動画

今回17年(1986-2003)という長期にわたる質の良い常時地球自由振動のデータを使う事によって、精度の問題をクリアーし、相互相関解析という手法を用いて、観測点間を伝わる表面波の伝播を捉える事に成功しました(図3(A))。

図 3 (A)相互相関関数を観測点間の距離で並べた図。観測点の間を表面波が伝播している様子が見て取れる。ある波形に注目するとまずR1という波が到達し、次にR2という波群が到達する。R1は左下の図に示したように、二つの観測点を通る経路のうち短い経路をたどって伝わった表面波を表している。一方R2は長い方の経路を伝わった表面波を表している。(B)図A中の赤枠を拡大した図。黒線は観測波形、赤線は理論的に計算した波形を表している。[Nishida et al., 2009]

図3(B)では観測データに加え理論波形(赤)を重ねています。理論波形との微小な違いは、理論計算に用いた地球内部構造モデルからの“ずれ”の情報を含んでいることを示しています。理論波形よりも観測波形の方が速く到達している場合、その波は固い場所を通ってきた事を表しています。逆に、観測された表面波が理論より遅く到達している場合は、柔らかい場所を通ってきた事を表します(図1)。この“ずれ”を系統的に調べて、表面波トモグラフィーと呼ばれる手法で3次元S波速度構造を求めた結果が図4です。深さ140kmでは環太平洋にそって柔らかい領域があります。一方340kmと深い場所の日本の直下などでは、プレートの沈み込みに伴った固い領域が見て取れます。これらの結果は“地震”を用いて推定された結果と調和的です(図5参照)。この事は“地震”の情報を用いずに全地球的な地球の内部構造を推定することに、初めて成功した事を示しています。

図 4 表面波トモグラフィーによって求めた、S波3次元速度構造。赤い色は柔らかい領域を表し、青い色は固い領域を表す。一番上の地図で示した点は今回の研究で使った観測点(54点)を示しています。[Nishida et al., 2009]

図 5 地震波を使って決定したモデルとの比較。比較にはHarvardモデル[Gu et al., 2001]を用いた。互いに似たの速度異常のパターンを見て取れる。

今後の展望:惑震学に向けて

"地震"を使わずに内部構造を調べられるという事は、地球以外の惑星の内部構造を探査する上で大きなメリットとなる可能性があります。 他の惑星では地震活動がどの程度あるか分かっていない事が多いため、地震の情報を使わずに内部構造を推定する手法が非常に大切だと考えられます。 今回火星に対して簡単な理論的な見積もりを行いました。 何が地面を揺すっているのかは、惑星によってまちまちですが、地震を使わない探査の可能性を探っていく事は、惑震学(惑星の震動学)を構築するためには不可欠でしょう。現在日本でもMELOSという火星惑星複合探査が検討されており、火星内部構造を調べる上で地震学的な手法は重要であると位置づけられています。

参考文献


その他の参考文献、資料

常時地球自由振動