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2005年12月号

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目次

在外研究だより
パリ地球物理研究所に滞在して (地球計測部門 教授 山下輝夫)


第833回地震研究所談話会
話題一覧
今月のピックアップ
   上下に回転しながら沈み込むスラブによるマントルウエッジの変形と,その地学的応用

在外研究だより
パリ地球物理研究所に滞在して

地球計測部門 教授 山下輝夫

IPGP 地震研究所とパリ地球物理研究所(以下,その頭文字を取ってIPGPと呼ぶ)は,学術交流協定を結んでおり,近年活発な人的交流が行われている.ただ,今のところ地震研究所からの訪問者のほうが多いのが,多少残念ではある.

 私は,2005年9月から,2006年4月までIPGPの地震学部門に客員教授として滞在しており,滞在中,感じたことのいくつかを簡単に記してみたい.といっても,フランス語ができるわけでもなく,またIPGPの全貌を把握しているわけでもない.近くの何人かの方との英語での雑談などがもとになっており,誤解もあるかも知れない.

 IPGPは,CNRS(フランス国立科学研究センター)とパリ第7大学が共同設置した研究所だとのことであり,そのため,様々な職種があり教育にきわめて多くの時間を割いている人もいる.本研究所は,パリ第6大学,第7大学とともにJussieuキャンパスにおかれている.Jussieuキャンパスは,よく言えば近未来的だが,パリの街にはなじまない,いささか安っぽい建物からなる,あまりうるおいのないキャンパスである.東大にあるような生協の書籍部や購買部に相当するものはなく,学生がリラックスするのは地べたに座るかカフェに行くくらいではなかろうか.現在,Jussieuキャンパスは,アスベスト除去の大工事中であり,いずれ第7大学はセーヌ川の対岸に,IPGPについては,Jussieuキャンパスの直ぐ外に移転する計画があるそうである.

 IPGPは,地球物理についての大学院教育のパリでの中心にもなっている.我が国の大規模大学に見られるように,学部教育中心時代の残滓をそのまま抱え,様々な部局が複雑に絡み合って大学院教育を行うということもない.IPGPは,300名弱のスタッフを擁する大きな研究所であり,内部交流の強化が懸案の一つになっているようである.毎週,木曜日に行われている所内外の研究者による1時間程度の分野外の研究者の聴講を強く意識したセミナーは,その工夫の一つであろう.EUとしての研究プロジェクトも盛んに行われており,地震学部門では,ドイツの研究者などとの協力の下,チリ付近のプレート沈み込み解明のための研究プロジェクトも推進されている.

 CNRSは国の機関であり,全領域の科学研究を推進している.自らの研究所のほかに大学の構内に多くの共同研究室を設置しており,全国的視野からの研究の推進を可能としている.我が国では,法人化後,各大学は縦割り傾向が強くなり,全国的視野からの研究推進が困難になりつつある.研究に果たす大学の役割をも大胆に見直しつつ,全国共同利用などの全国規模の視点が必要な研究組織の将来像についての参考例として検討する価値はあろう.

 私が,こちらに来てまもなくのころであるが,さすが科学の伝統というべきか,10月のある週末にフランス全土で,Fete de la Science (科学の祭典)というものが行われていた.IPGPでも一般公開をし,廊下で展示や説明を行っていた.私の部屋の前を「ジャポネだ」と言いながら通り過ぎていった近くの小学校からやってきた騒々しい一団がスティック・スリップモデルの話を熱心に聞いていた.日本と違って,大きな地震や火山噴火が本国内にあるわけではないので純粋に地球物理という立場からの関心であろう.しかし,年配者の中には,未だ科学者についての尊敬の念は強いようだが,研究者の給与は必ずしも良くはなく,金融分野などへの学生の志向が強くなり科学への関心はさめつつあるという話も聞く.

第833回地震研究所談話会
話題一覧

超背弧地域に産する比較的大規模な新生代玄武岩類の成因:パタゴニア北部,ソムンクラ台地を例に

折橋裕二(地震研),元木昭寿(リオデジャネイロ州立大),Miguel Haller (パタゴニア国立大),平田大二(神奈川県博),角野浩史(東大・地殻化学),岩森 光(東大・理),三部賢治(地震研),長尾敬介(東大・地殻化学),安間了(筑波大・自然)

上下に回転しながら沈み込むスラブによるマントルウエッジの変形と,その地学的応用

本多 了,折橋裕二,三部賢治(地震研究所)

Hi-net傾斜計を用いた日本列島表面波位相速度のマッピング

西田究, 川勝均, 小原一成(防災科学技術研究所)

Receiver fuction alalysis of the Hidaka collision zone

D.S. Ramesh (客員研究員), H. Kawakatsu, S.Watada

衝撃波管モデルに基づく高粘性マグマの破砕基準の推定

小屋口剛博・三谷典子

平成17年度浅間山電磁気構造探査序報

橋本武志(北大,地震研客員),鈴木敦生,茂木透,山谷祐介(北大),三品正明(東北大),中塚正(産総研),小山崇夫,小山悦郎(地震研),小川康雄,相沢広記,氏原直人,松尾元広,平林順一,野上健治(東工大),田中良和,鍵山恒臣,宇津木充,神田径,宇都智史,大久保綾子(京大)

上下に回転しながら沈み込むスラブによるマントルウエッジの変形と,その地学的応用

本多 了,折橋裕二,三部賢治(地震研究所)
元木昭寿(リオデジャネイロ州立大)
角野浩史(東大・地殻化学)
Miguel Haller (パタゴニア国立大)

 本発表では,超背弧地域における玄武岩類の成因に関する折橋らの仮説の力学的側面について検証を行いたいと思います.

 折橋らの仮説のキーポイントは,深さ410-660kmの遷移層では,それより上のマントル部分に比較して水が多く入りやすいという点です.図1は,マントルに入り得る最大の水の量に関する最近の推定をまとめたものです.このような場合にマントル深部から物質が上昇してくると,遷移層で水を吐き出し,ウェットなメルティングが起きるというのが折橋らの仮説の基本です.

 遷移層がほかのマントル部分に比較して水が多く含まれるということに関しては,Bercovici and Karatoも,モデルを提唱しています(図2).マントルが遷移層から上部マントルへ上昇するところで,メルティングが起こります.ところが,そのメルトは重いので上昇せず遷移層の上にたまると,彼らは考えています.このメルティングによって,上昇するマントルの化学組成が影響されます.つまり,マントル全体が対流を起こしているにも関わらず,地球化学的な異常が存在することを説明するモデルです.

 図3は,折橋らのモデルです.スラブが上方に回転することによってマントルが上に持ち上げられ,遷移層の上で融解します.そして,生成されたメルトは上昇していき火成活動が生じる,というモデルです.

 ところが,もしこのメカニズムで火成活動が起こるとすれば,上昇流は広範な地域で起きているはずですから,このような火成活動がどこでもありそうなものです.

 図4は,超背弧地域の火成活動の分布図です.超背弧とは,沈み込み帯の後ろに形成される火山フロントよりもはるかに遠く離れた地域をいいます.超背弧の火成活動の分布を見ると,どれも大陸地域にあります.これは,水が大陸の下に局在していることを示しているのかもしれません.

 そこで,ここでは,大陸の下の遷移層には水があるが,海洋地域には水がないという仮定を設けることにします.

 モデルは非常に簡単なもので,「コーナーフローモデル」と呼ばれているものです(図5).図のようなコーナーの中に粘性率が一定のマントルがあったとします.上の方の壁は固定されており,もう一方の壁は沈み込みながら回転するスラブを表すとします.回転速度が0であると,McKenzieのコーナーフローモデルと同じになります.回転の項が入っていても,流れは解析的に解けます.このモデルを使って,遷移層(図の影で示した部分)がどのように変形するかを計算します.

 解の求め方を簡単に説明します.2次元で非圧縮の流体を考えますから,流れ関数を定義することができます.

eq1

流れ関数を運動方程式に入れてやると,流れ関数は次の方程式を満たさなければいけません.

eq2

あとは,境界条件を考慮するだけです.それは以下のように表されます.

eq3

従って,答えは以下のようになります.

eq4

解は,スラブの沈み込みによる引きずりによる解と回転による解を重ね合わせたものになっています.そして,このほかにもう一つ満たさなければいけない条件は,スラブは回転しているので

eq5

となります.これらを解いて流れを求め,遷移層にあった物質の変形を求めればいいのです.

 このようにして得た結果を,南米パタゴニアにあるソムンクラ台地の火成活動に応用します(図6).ソムンクラ台地の火成活動は,いわゆる超背弧地域の火成活動として位置付けられており,火山フロントから背弧側へ数百km離れたところで起こっています.

 図7は,火山岩の年代と海溝からの距離を示しています.右の図は折橋らの図を上下ひっくり返して示しています.下が現在で,上が過去です.また,この地域のテクトニクスの歴史をまとめてみると,左図のようになります.

fig7fig6

 Ignacioらが言っているように,ソムンクラ台地の火成活動が起こったところは,だいたい沈み込むプレートが回転した時期,つまり2800万年前から2000万年前に当たります.我々は,プレートが回転したときにプレートが変形して,上下方向の回転になったと仮定します.また,折橋らは,火成活動が海溝の近くから背弧側へ向かっているように見えることも指摘しています(図7青い矢印).

 計算に必要なパラメータを見積もってみましょう.沈み込み速度は,プレート運動の復元から求めることができます.その値は,ソムンクラの火成活動の前で年4cm,後で年10cmと推定されます.現在に近くなると年4?3cmと再び小さくなっているのは,海嶺が沈み込んだことに関係しています.

 スラブの沈み込み角度の推定は,非常に難しいです.現在は30度くらいです.そして,2000万年?1400万年前は火山フロントが現在と似たような位置にあるので,2000万年前には現在と同じ30度くらいとしても良いでしょう.それより以前になるとさらに分からなくなるのですが,一つの手がかりとして,昔の火山フロントの位置が現在のそれより海溝側にはみ出しているということがあります.海溝が動かず,火山フロントの下の和達?ベニオフ帯の深さがほとんど変わらないとすると,ある程度,角度を見積もることができます.そして,45度以上と見積もりました.

 図8は計算結果です.左の数字は,スラブの最初の沈み込み角度で,上から45度,60度,80度です.上の数字はスラブの沈み込み速度です.左が年0cm,右が年2cmです.もっと大きな場合は,図9でお見せします.遷移層が800万年間で時間的にどのように移り変わってきたかを色で示しています.

 黄色の帯は,現在のソムンクラ台地のだいたいの位置を示しています.ソムンクラ台地の下が盛り上がり,それが沈み込み帯から遠い方に移っていくような解を探すことになります.すると,左上と右の三つが良さそうです.ここでは,スラブの回転する軸は火山フロントの下くらいと仮定しています.

 図9は,スラブの沈み込みの速度を年4cmから年7cmに変えたものです.これくらいになってくると,解を探すのがだんだんと難しくなってきます.少し強引ですが,下の二つが答えとして良さそうだと思えます.つまり,昔はスラブの最初の滑り込み角度が80度くらいだったものが,800万年の間に30度くらいになったという解です.

fig9fig8

 結論です.水がどこでもあると,マントルが上昇しているどの場所でも火成活動が起きてしまいますから,大陸地域の下で水が遷移層に多く含まれているという仮定のもとで,折橋らの仮説の力学的側面に関して検討を行いました.本当は,温度なども考えなければいけませんが,そういうことは一切考えていません.

 その結果,沈み込みの速度が年2cm以下と遅い場合,あるいは沈み込みの角度が800万年で50度と急激に変化する場合には,折橋らのシナリオが起きる可能性があることが分かりました.地質学的に考えて,どちらも起こり得るのではないかと考えています.

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