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ギリシャ国会議員団が地震研究所を訪問(新築された1号館の前での記念撮影)
目次
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第838回地震研究所談話会 |
話題一覧 (★は以下に詳しい内容を掲載、☆は概要をHPに掲載) |
Stress field in subduction zone by inversion of earthquake focal mechanisms - the Vanuatu and Izu-Bonin Wadati-Benioff zones as examples Cenka Christova 生田領野、安藤雅孝・田所敬一・奥田隆・杉本慎吾(名古屋大) 高森昭光・新谷昌人、Alessandro Bertolini(ピサ大学)、Riccardo DeSalvo(カリフォルニア工科大学) 負の応力降下量と破壊伝播 宮武隆・木村武志・安田拓美 ★LaCoste型広帯域地震計の試作〜学部3年生学生実験より〜 新谷昌人・武尾実・森田裕一・中村翔、井出哲(地球惑星) 富士火山のマグマ供給システム 藤井敏嗣・安田敦 小型オーバーハウザー磁力計を用いたベクトル磁力計の作製と性能評価 清水久芳・歌田久司 八ヶ岳地球電磁気観測所地磁気観測システム 歌田久司・清水久芳・小山茂・小山崇夫・上嶋誠・小河勉・馬場聖至 地震研究所火山観測網の整備 森田裕一・火山噴火予知研究推進センター プレート間結合推定高度化のためのGPSと小繰り返し地震の同時インバージョン手法の開発 五十嵐俊博・宮崎真一 高速すべりの摩擦法則:離散要素法シミュレーションによるアプローチ 波多野恭弘 |
LaCoste型広帯域地震計の試作〜学部3年生学生実験より〜 新谷昌人・武尾実・森田裕一・中村翔、井出哲(地球惑星) |
東京大学理学部では学部3年生の後期に学生実験を行っており、地震研究所も参加しています。例年は観測に重点を置いた実験ですが、2005年度は初の試みとして、地震計を作るところから始めて観測までいこうという企画を立てました。地震研からも何人か協力していただき、思ったよりも良いものができましたので、この場を借りてご紹介します。
広帯域地震計の要素 今回製作したのは、長周期まで測ることができる広帯域地震計です。地震計は通常、ばねとおもりで構成されます。数秒以上の長周期の地震波を検出したい場合は、なるべく周期の長い振り子を作る必要があります。究極は無定位、つまり周期無限大の振り子です。しかし、そのような振り子を作るのは技術的に難しく、作ったとしても非常に不安定になります。そのため、制御回路と一緒に用いられます。つまり、広帯域地震計の要素は、無定位振り子と制御回路です(図1)。この二つについて、設計・製作する必要があります。 広帯域地震観測で現在よく使われているSTS地震計の場合、板を曲げたばねを用いた振り子をバランス調整によって無定位化しています(図2下)。おもりの位置をPIDという電気回路によって制御して、360秒までの長周期の地震波を検出することができます。図2上は、STS地震計の写真です。 さて、いったいどのような地震計を作るか。これまで、いろいろな方が、いろいろな形の長周期の振り子を考えています(図3)。どれを作るかと学生に問い掛けたところ、LaCoste型(図3、J)を選択しました。
まず水平か垂直かという選択肢がありますが、垂直型をやりたいと。次に無定位化する方法には、STSと同じようなやり方などいくつもありますが、LaCoste型を選択すると。私は最初の説明でLaCoste型は少し難しいと言ったのですが、学生はあえてこれを選択するというのです。やる気のほどが多少見えた、ということでしょうか。 LaCoste型広帯域地震計の製作 LaCoste型は、おもりをばねで斜めにつってあります(図4)。LaCosteという名前は、重力計で有名です。LaCoste型の特徴は、広いレンジで無定位化できることです。またLaCoste型の条件は、角度αを90度にすること、ゼロ長ばねを使うことです。そのような条件にすると、加速度を受けたときにおもりが変位しますが、広い範囲にわたって無定位の条件を出すことができます。 LaCoste型広帯域地震計を製作する際、考慮すべきことがいくつかあります。一つ目は、ゼロ長ばねをどのようにして作るかです。まず、ゼロ長ばねとはどのようなものか、ということから考えなければなりません。二つ目は、ヒンジ部分の工夫です。ヒンジ部分は、なるべく復元力を与えないような弱いもので作るけれども、壊れてはいけない。三つ目は、無定位化をどのように調整していくか。このような事項を検討しました。 実際にやるべきこととしては、質量配分を決めてモーメントを計算し、必要なばね定数はいくらかを求めなければなりません。また、ヒンジ部分を実際にどのように作るか、工夫が必要です。それから、工作で作るため、どうしても誤差が出ます。誤差を打ち消すことを考慮して無定位化する調整機構も必要です。具体的には、C点を上下に動かすとおもりの位置を調整でき、水平に動かすと周期を調整できることが分かりました。 まず、ゼロ長ばねが必要ですが、これは売っていません。ゼロ長ばねとは、力とばねの長さが完全な比例関係にあるばねです。例えば、力を2倍にすると長さも2倍になるようなばねです。普通のばねは、ある程度力を加えると初めて伸びが始まる。通常のばねの力と長さの関係は、図5グラフの赤線で示されます。この赤線は、力をゼロに延長していっても、長さはゼロにはなりません。つまり、力がゼロのときにもばね自身の物理的な長さがあり、力を2倍にしても長さは2倍にはなりません。 通常のバネを買ってきて裏返すことによって(図5上)、ばねの初期張力を与え、力と長さの関係が図5グラフの青線で示される特性のばねを作ることができます。このばねの長さをうまく調整することで、緑色の線で示した特性のばねにすることができます。これは力がゼロに相当するばねの長さがちょうどゼロになるようなばね、つまりゼロ長ばねを作ることができます。これは実際に、LaCosteの重力計で使われているテクニックです。このばねは、小さい力に対してはばねの物理的な長さのままですが、ある程度以上の力に対しては力を2倍にすると長さも2倍になるという比例関係が成り立ちます。 このような試行錯誤をいろいろ行い、地震計を実際に製作しました(図6)。加工部品は、地震研究所の技術開発室に製作を依頼しました。ヒンジはなるべく薄くし、さらに、板ばねに縮む向きの負荷がかかると弱いので、伸ばす向きに力がかかるようにヒンジの構造を工夫しました。調整機構は、ねじによる粗調整とマイクロメーターによる微調整を取り入れています。それから、コイルも自分で巻いて、地震計が完成しました。親しみが持てるように、「地震Kくん(EQK)」という名前も付けました。 電気回路については、やはり学生が計算して、STS地震計とまったく同じ特性になるような回路を設計しました(図7)。 図8は、実際に作っているところと、完成した広帯域地震計です。先の部分が銅できていてトップヘビーになっており、長周期化に必要なモーメントを稼げるようになっています。ゼロ長ばねも自分たちで作りましたが、長いばねをひっくり返すのが難しく、結局2連結することで所定の性能を出すことができました(図8左下)。 鋸山観測所におけるSTS地震計との並行観測 製作した地震計とSTS地震計との比較を行うため、千葉県富津市の鋸山地殻変動観測所に持って行きました(図9)。鋸山観測所には、STSの地震計の近くに微気圧計と温度計があります。それらは、環境測定のデータとして使いました。図9右下は、制御回路と記録装置です。 図10は実際に観測したスペクトルで、中央付近で盛り上がっている部分が脈動帯です。60mHz?1Hzの脈動帯では、STS地震計とほとんど一致した結果が得られました。さらに、脈動帯だけ取り出して波形を比較すると、細部まで非常によく一致していることから、STS地震計と同等の信号が出ていることが分かります(図11)。 鋸山での観測中に、比較的近地の地震が起こりました。2006年2月3日の茨城沖を震源とする地震で、鉄道が止まったりしました。結構近かったので心配だったのですが、振り切れることなく、正しく測定できました。STS地震計が観測した地震波形と比較しても、ほとんど同じです(図12)。 2月2日には、フィジー付近を震源とする遠地地震が起きています。これも適当にフィルタリングした結果、やはりSTS地震計とほぼ同じ波形であることが分かりました(図13)。近地地震では縦軸の目盛りが0.2mm/sであるのに対して、遠地地震では1μm/sです。だいぶ小さい地震波ですが、それでもきちんとキャッチできました。 STS地震計との性能の違い−気圧の影響 STS地震計と違うのは、短周期(高周波)側にノイズが出ていることと、長周期側にもやはりノイズがあることです(図10参照)。今回は簡単化するためにノイズ特性のあまり良くない位置センサーを使っているので、短周期側のノイズは位置センサーのノイズだと思われます。長周期側では、例えば、図12の地震波形をよく見ると最初の方がゆらゆら振れています。この長周期ノイズは、周期からいっておそらく気圧ではないかと考えました。 ここから先は学生実験の後に私が解析したのですが、気圧の影響は二つ考えられます。一つは、空気の浮力です。気圧が高くなると、おもりにかかる浮力が増加して、おもりを上昇させます。その結果、下向きの加速度と同じ信号が生じます。もう一つは、断熱的温度変動です。気圧が高くなると、空気が圧縮されて気温がわずかに上昇します。すると、ばねが伸びておもりが下降し、上向きの加速度と同等の信号が生じます。空気の浮力と断熱的温度変動は、向きが逆です。ばねに作用するのが断熱的温度変動で、空気浮力はおもりに直接作用します。 地震計の観測データと、気圧データから理論的に計算した空気の浮力と断熱的温度変動の予測値を比較したものが、図14です。細かいところは違うのですが、断熱的温度変化(adiabatic)の波形が、観測された地震波とだいたい同じような傾向を示していることが分かります。一方、空気の浮力(buoyant)は小さな効果で、観測された地震波とは逆向きであることが分かりました。 まとめ 学部3年生の学生実験で、LaCoste型広帯域地震計を製作し、地震観測にも成功しました。この地震計は、力学系についてはあまり問題がないと思われますが、位置センサーの低雑音化と気圧の影響の除去が今後の課題です。気圧の除去については、耐圧容器などに入れることで、より高性能になると思います。 この実験では、以下の方々にご協力いただきました。この場を借りて、お礼申し上げます。 地震計部品製作: 技術開発室 内田正之氏・松本繁樹氏 ゼロ長ばね製作: 地球計測部門 高森昭光氏 鋸山観測: 地震地殻変動観測センター 平田安廣氏 気圧データ: 海半球観測研究センター 綿田辰吾氏 実験を行った学生 牛江裕行・太田和晃・楠田千穂・佐藤友彦 |
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