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2006年 8月号

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インドネシア科学院のLukman Hakim副理事長(右から2人目)と懇談する大久保所長

目次

今月の話題
インドネシアからのお客様
 (1)インドネシア科学院 副理事長 
 (2)インドネシア・ファジャール誌記者
第841回地震研究所談話会
・話題一覧
・今月のピックアップ
   常時地球自由振動の励起源の空間分布推定
 地球は、周期150〜500秒の帯域で、微弱ながら常に振動し続けています(「常時地球自由振動」)が、何が原因かはよくわかっていません。今月のピックアップは、その起源に迫る研究成果の報告です。

今月の話題

インドネシアからのお客様

 近年インドネシアでは、地震・津波災害が多発しています。スマトラ沖では2004年12月にM9.0、2005年3月にM8.7の巨大地震が、ジャワ島でも2006年5月にM6.3、7月にはM7.7の地震が発生し、大きな被害をもたらしました。このためか、今月はインドネシアからのお客様の来所が相次ぎました。

(1)インドネシア科学院 副理事長

 日本学術振興会との会議のため来日していたインドネシア科学院(LIPI)副理事長のLukman Hakim教授が、8月29日、地震研究所を訪問し、地震・津波等の研究に関するLIPI・東京大学間の共同研究の可能性について強い興味を示しました(表紙写真)。意見交換の結果、まず地震・津波等を専門とする両国の研究者を集めたワークショップを開催するための調整を進めることになりました。

 LIPIは、インドネシアの科学研究を一手に担う大統領直属の研究機関で、4,000名を超える職員を擁し、政府への科学技術に関する助言や、社会科学を含む試験研究の実施など、幅広い活動を行っています。またアジア学術会議では、日本学術会議のカウンターパートとなる機関です。

 今回の訪問では、国際室の加藤照之教授やインドネシアを研究フィールドとする都司嘉宣助教授、金子隆之助手から、インドネシアとの協力関係、2004年スマトラ地震・津波の教訓や、衛星画像による火山監視研究などについて、それぞれ紹介しました。

 LIPIは、最近、京都大学、東北大学等の日本の大学と連携を強化しています。また相次ぐ自然災害のため、大統領から防災対策を強化するよう特に指示があるとのことです。このため、Hakim教授は、地震・津波の分野で社会科学も含む包括的な研究協力を東京大学と行いたいという積極的な姿勢を示しました。

 Hakim教授は2003年からLIPIの副理事長を務めていますが、1994年に東京大学で科学技術政策の博士号を取得されており、今回「赤門」を再訪するのが楽しみだとのことでした。

LIPI では、津波災害軽減のためPadang市の津波マップを作成

(2)インドネシア・ファジャール誌記者

 外務省国際報道官室の招きにより来日したインドネシア・ファジャール誌上級記者のWaspada Santing氏が、8月1日、地震研究所を訪問しました。大久保所長との懇談の後、山岡耕春教授より日本の地震研究の現状について、都司嘉宣助教授、真田靖士助手よりインドネシアにおける津波や地震被害調査について、それぞれブリーフィングを行いました。

 帰国後、同氏は日本の印象をまとめた記事を現地の新聞に投稿しましたが、地震研訪問については、「日本の地震・津波対策、災害から学び、未来を救う」というタイトルになっています。

第841回地震研究所談話会
話題一覧           ★は以下に詳しい内容を掲載、☆は概要をホームページに掲載

  1.伊豆−ボニン弧の火山活動の時空間分布と斜め沈み込みの数値モデル

     本多 了、吉田武義(東北大院)、青池 寛(JAMSTEC)

☆2.波形インバージョンによるグローバル内部構造モデルから示唆される
    670km不連続面の性質

     竹内 希

★3.常時地球自由振動の励起源の空間分布推定

     西田究

☆4.含水条件におけるマントル遷移層構成鉱物と超塩基性メルト間の元素分配

     三部賢治・折橋裕二・中井俊一・藤井敏嗣

  5.7月17日ジャワ地震の震源過程速報

     山中佳子・行谷 佑一

常時地球自由振動の励起源の空間分布推定

地球流動破壊部門 西田 究


 1998年日本人のグループによって「常時地球自由振動」という現象が発見されました。それ以来、多くの観測で確認されていますが、実際に何が地球をゆすっているかについては未だに確定的なことは分かっていません。何がゆすっているかについて、最近二つの説が出ています。一つは、大気の擾乱が地球をゆすっているというもの。これは、我々が言い始めたことです。もう一つは、地震研究所の綿田辰吾さんたちが最初に言い始めたのだと思いますが、海洋の擾乱が地球をゆすっているというものです。大気起源と海洋起源、どちらのメカニズムの方がもっともらしいかについて、観測からどこまでおさえられるかを調べたので、お話しします。

常時地球自由振動とは

 まず、常時地球自由振動について簡単にまとめます。地震が起きていない期間は、地球はゆれていないと思われていました。ところがよく解析してみると、地球は常にふらふらゆれていることが分かってきたのです。これが、常時地球自由振動です。

 常時地球自由振動の第一の特徴としては、伸び縮み基本モードが励起されています(図1)。横軸は周波数で3-5mHz、縦軸は年で、10年分くらいのデータを表しています。縦の筋が、1回ずつの伸び縮み基本モードに対応しています。伸び縮み基本モードは表面付近にエネルギーを持っているので、地表付近に励起源があり、地球をたたいているのは間違いないと分かります。

図1 常時地球自由振動のスペクトログラム(Nishida et al.[2000])

 二つ目の特徴は、励起振幅の季節変動です。縦の筋が赤、黄、赤、黄と変化していることから、励起振幅の季節変動を見てとることができます。励起振幅の季節変動は、励起源は固体地球内部というより大気海洋現象だということを示唆しています。

 三つ目の特徴は、図1には示していませんが、モード間の励起のされ方の相関が低いこと。これは、地表付近で面的に広がったものが地球をゆらしていることを示唆します。図1を見ると、0S29(3.7mHz)と0S37(4.4mHz)というモードが、ほかより大きく振幅しています。これは、大気音波と共鳴しているモードであることが分かっています。大気音波と共鳴していることから、大気中に励起源がエネルギーを持っていることを示唆しています。

 これらの観測事実から我々は、大気擾乱が励起源だと考えています。水平スケールとして1km弱くらいの大きさを持ち、大気の対流セルが地球のベタ一面をたたいていて、地球をゆすっているということです。そのような仮定のもとに理論的に見積もってみると、観測された常時地球自由振動の励起源を説明することができることが分かりました。

海洋起源?

 ところが2004年12月、常時地球自由振動の励起源は海洋擾乱であるとするRhie and Romanowiczの論文が『Nature』に出ました。彼らは二つの地震計アレー、日本のFNETとカリフォルニアのBSDNを利用して、常時地球自由振動の励起源、どこが地球をゆすっているかを推定しました。その結果求められた励起源の空間分布が、図2上です。1月は北大西洋のあたりに励起源があり、6月は南半球に励起源があることを示しています。図2下は海洋波浪の波高分布です。励起源が波の高いところと一致していることから、海洋現象が地球をゆらしているのではないか、つまり海洋擾乱による励起だと言うのです。

図2 励起源の空間分布と波動分布(Rhie and Romanowicz[2004])

 Rhie and Romanowiczは励起源の空間分布を推定していますが、いくつか問題点があります。一つは、イベントを仮定した解析を行っている点です。どこか地球上のポイントで起きた現象に対して適した解析をしています。特にノンリニアなスタックをしているため、強いところを強調してしまっています。図2上を見ると、そこだけに励起源があるかのように見えます。しかし、たとえ全体に強くても、ほかよりわずかでも強いポイントがあれば、そこだけに励起源が決まってしまう解析方法なのです。

クロススペクトルを用いた励起源の空間構造推定

 そこで我々は、もう少し実際の現象に則した解析方法で励起源の空間分布を推定しようと考えました。実際には、54点のSTSの上下動データのクロススペクトルを用いて空間構造を推定しました。すべてのペアのクロススペクトルを計算した結果が、図3です。計算した相互相関関数を、横軸に時間、縦軸に2点間の距離で並べています。波動が伝わっている様子が分かります。地球の表面にベタ一面、均質な励起源があったと仮定すると、レーリー波の定常励起に対応するような波動伝播を見ることができます。レーリー波は、伸び縮み基本モードに対応します。緑が均質な励起源に対しての合成波形、赤が観測波形です。振幅の異常が少し見えます。このようなずれを説明する励起源の空間分布を推定しようというのが、基本的なアイデアです。

図3 相互相関関数の計算結果

 次に、2観測点間のスペクトルの相互相関関数ではどこに感度があるかについて、お話しします。図4左は、AQUとHIAという2観測点間のクロススペクトルをとったときに、どこの励起源に敏感かを示した図です。左側は5mHz(周期200秒)、右側は10mHz(周期100秒)のレスポンスで、上がクロススペクトルの実部です。2観測点の大円上の異常に関して敏感であることが分かります。ほぼ大円上に大きなエネルギーを持ち、高周波数側になると減衰の影響が出てきます。極にもエネルギーを持つのですが、基本的には大円上の励起源に対して敏感です。

図4 励起源に対する感度(左)と励起振幅の異常(右)

 大円パスに対する極に、どちらが大きいか小さいかをプロットすると、大局的なことが分かります。図4右は、相互相関関数が均質なモデルに対して大きいか小さいかをプロットしたデータです。赤が大きく、青が小さい。この図で何が重要かというと、図3の均質なモデルからのずれは単なるデータのエラーではなく、長周期波長の特徴を持っているということです。つまり、励起の不均質構造のデータを持っているということを示しています。

空間分布の推定方法

 このようなデータについて、どのようなインバージョンをしたか示します。まず、励起源空間分布のモデルは、球面調和関数を7次まで分解しました。7次のものに対して、励起源がランダムな擾乱である、擾乱のスケールはレーリー波の波長よりも十分に短いと仮定して、レスポンスを計算します。モデルを3?10mHzのレスポンスで畳み込み、滑らかさの制約などを置き、観測クロススペクトルにフィッティングします。インバージョンの結果が、図5です。

図5 クロススペクトルを用いて推定した励起源の空間分布

 1年を2ヶ月ずつに切り分け、約10年分のデータをインバージョンしました。1月-2月と11月-12月は太平洋の北部が大きく、大局的にいうと、0次、1次の長波長構造が卓越していることが見て取れます。北半球では、冬場は1次の目玉が太平洋にあり、夏になるに従って環太平洋の方に移動し、冬になると戻ってくるという流れになります。

 もう一つ重要なことは、短波長に対してはあまり感度がなく、南半球については解像度がだいぶ低くなっています。次に重要なのは、アジア・ユーラシア大陸を見ると、いつも青色になっていることです。図5では、絶対振幅の大きさを色で表しています。1は平均値、0が2倍ですから、大陸では、励起源は非常に弱くなっていることを表しています。

 これらの結果を、図2に示したRhie and Romanowiczによる励起源の空間分布と比較してみます。北半球の冬は太平洋の北側が大きいといった、大局的なところは対応しています。南半球の解像度が低いのですが、夏についてもRhie and Romanowiczの結果と調和的なパターンが出ています。

 ただし、強調しておきたいのは、Rhie and Romanowiczの結果と調和的な場所に励起源があるように見えますが、ローカライズされたものではないということです。大きな目で見ると、やはり長波長が卓越しています。

まとめ

 以上のことをまとめます。クロススペクトルを用いた常時地球自由振動現象の励起源の空間分布推定法を開発しました。その結果、長波長構造が卓越していること、面的に分布していることが分かりました。常時地球自由振動現象は、海洋のInfragravity waveでは説明しづらいことも分かりました。海洋のInfragravity waveが重要な励起源だと考えられているのですが、Infragravity waveが励起源だとすると、主に大陸棚や非常に浅いところにトラップされていて、海岸に沿った非常に細い励起源が強いパターンになるべきです。また、1月に太平洋地域で強く、6月には環太平洋、南半球で強いという季節変動を読み取ることができています。これは、大局的にはRhie and Romanowiczによる励起源の空間分布と調和的です。それから、大陸上の励起源が弱い。大陸の上に励起源が決まれば、海ではないと言えます。しかし、励起源が海の上にあるから、海か陸か白黒をつけられない。今日最初に言ったほど強いことは言えないのですが、現実の現象はこうなっていたということをお話させていただきました。

質疑応答

綿田:どうもありがとうございます。海洋のinfra-gravity waveでは説明しづらいということを説明できるような海洋起源モデルを考えていかなければいけないと思います。

所長:こういう話を聞いていると、地球回転の励起源と同じような印象を受けます。チャンドラーの起源がどこにあるかを古屋正人さんなどが一生懸命やっていますが、そういうものと比べてはいけないのですか。

西田:海洋の方にも励起源がメゾスケールなものになってしまって、大気の角運動量の変化もスケールが違っているので、なかなか1対1で対応できないと思っています。大気擾乱に関しても、気象側からもよく分かっていません。類推とうまくつなげるとすごく面白いと思うのですが、取っ掛かりとして難しいかなという印象があります。

− 周期300秒と400秒くらいの大気とカップルしたものは、どうやって説明するのですか。海洋であるとすると、説明できるのですか。

西田:海洋の中に励起源があると、そこだけ大きくなります。でも、いくつか問題があります。固体の中にあると出てこないで、大きくなりません。大気中に置くと、今度は大きくなりすぎてしまうので、複雑な問題がもっと卓越する可能性があります。現実としては、どちらか一方だけということではないのかもしれませんが、海洋の中しかなければ、ピークは二つは出てこないと思います。

綿田:大気中に励起源を置くとほかのモードよりもケタで大きくなります。観測事実はケタではなくて、1?2割程度です。ということは、大気中ではなくて、地中でもない。つまり、海洋であるという考え方が妥当だと思います

西田:大気中でも置き方にもよると思うのですが。

綿田:大気中に置くと、本当に励起がとても大きくなります。ほとんど共鳴モードしか励起されなくなってしまいます。

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