2.7.2 固体・流体複合系としての地球惑星物理学の展開

(1) 青い地球の地震学

地震学を,多圏相互作用・惑星科学まで広げる可能性を持ったフロンティアとして,本研究グループは「青い地球の地震学」を推進している.以下,具体的な研究成果について述べる.

これまで個別の力学系として考察されてきた大気・海洋・固体地球だけでは説明できない波動現象が次々と見つかってきている.1991年フィリピンピナツボ火山噴火時に,特定周期に卓越振幅を持つレイリー波が世界各地で観測された(図35).また2010年チリ地震や2011年東北沖地震などの巨大地震が発生した津波が太平洋を横断する速度は,理論予測よりも1-2%程度遅く伝搬していた(図36).これら一見異なる波動現象は,大気—海洋—固体地球を一つの力学系と見なし,その系に存在する多圏間の波動現象の特徴として統一的に理解される.火山噴火時にみられた特定周期での超過振幅は,大気—固体地球間では大気中の長周期音波の分散曲線と固体地球の長周期表面の分散曲線の交点で強烈な共鳴現象を引き起した.一方,海洋−固体地球間では津波の分散曲線は固体地球の弾性波の分散曲線とは交差せず,津波と弾性的・重力的に結合した固体地球側の付随的振動が津波速度の低下を招いた.統一理論に基づくによる合成波形は,卓越周期を持つ長周期レイリー波と速度低下する遠地津波波形を見事に再現した.

2011年東北沖地震による津波が,日本などの太平洋の島々と海洋底で,電気伝導体としての海水の地球磁場中の動きにより励起された地球磁場擾乱として観測された.流れ場と誘導される電磁場の関連を定量的に議論でき1次元と3次元の計算手法を開発した.

脈動帯域から常時地球自由振動帯域にかけて,Rayleigh 波の振幅よりLove 波の振幅が数倍大きいという特徴がある.これまで考えられてきた励起メカニズムでは,観測されたLove 波とRayleigh 波の振幅比を説明することは難しい.観測された振幅比の説明をするためには,海底地形と海洋表面波との相互作用が重要であることを指摘し,励起振幅を定量的に説明可能であることを示した.また,地震波干渉法を地球規模に適応し,相互相関関数からマントル・コアを通過する実体波を抽出することに成功した(図37).

(2) 活火山における固体・流体複合過程の観測的研究

火山を固液複合現象の実験場としてとらえ,観測研究をおこなっている.今までのわれわれの研究から火口直下の構造および固液複合系振動システムが解明されつつある阿蘇火山で,将来の噴火に伴う火山性流体の移動をとらえるべく京大・九大・東北大と共同で観測研究を継続的に行っている.(a) 広帯域地震ネットワークによる火山性微動のリアルタイム・モニターシステムを整備・維持し,基本周期15秒の長周期微動源(火口直下の火道系内での熱水活動による)のモニタリングを行った(図38).(b) 長周期微動の周期・振幅変化から火山浅部流体系時間変化を探った.継続観測によりこの火道系の振舞いが東北太平洋沖地震の際,顕著に変化した事が新たにわかった.

火山活動に伴う大気音波の発生と伝搬を固体・大気音響結合系として理解するため,京都大学防災研究所と共同で諏訪之瀬島と桜島にマイクロフォンを設置し継続して観測を行った.また,火山噴火予知センターと共同して2011年1月に始まった霧島新燃岳火山噴火を観測するため広帯域圧力計を,加えて伊豆大島島内でも広帯域圧力計を設置した.

(3) 海溝周辺における間隙流体流動と熱輸送過程の研究

南海トラフ,日本海溝周辺での観測調査により,熱流量分布が海洋地殻の構造と密接に関係すること,間隙流体流動による熱輸送が沈み込むプレートの温度構造に影響していることを明らかにした.

(3-1) 南海トラフ海域

南海トラフの底(海溝軸近傍)における熱流量は,沈み込むプレート(四国海盆)の年齢によらず,場所によって大きく異なることが知られている.この熱流量の地域性の原因や,地震発生帯の温度構造との関係を明らかにすることを目的として,トラフ軸に沿って詳細な熱流量測定を実施した.その結果,紀伊半島沖の東経136度付近に熱流量分布の顕著な境界があることが明らかになった.境界の西側では熱流量が異常に高くばらつきが大きいのに対し,東側ではばらつきが小さく東向きに急激に減少する.この境界は巨大地震の震源域境界や,地震活動が変化する場所に近く,地震発生過程と温度構造の関連を示唆している.一方,四国南方では,ばらつきも東西方向の変化も小さいことが判明した.

この南海トラフ底の熱流量分布には,四国海盆海洋地殻の構造との対応が認められる.異常に高く,ばらつきが大きい熱流量は,海盆中央の北東―南西方向に拡大した部分で観測され,その両側の東西方向に拡大した部分では,ばらつきが小さい.拡大方向の変化に対応して地殻の透水率構造が変化し,それが地殻内の間隙流体循環に影響して熱流量分布の差を生じるものと推測される.この流体循環はプレート境界付近の温度にも影響するため,トラフ底熱流量の東西方向の変化は,地震発生帯の温度構造の変化を反映していると考えられる.

また,紀伊半島沖のトラフ陸側では,付加体を断ち切る断層が海底に達する付近で熱流量の高密度測定を行い,断層に沿った間隙流体の上昇による熱流量異常を検出した.さらに,堆積物中の温度の長期計測を実施し,そのデータから流体湧出速度の時間変動を求める研究を進めている.

(3-2) 日本海溝海域

北緯39度付近の日本海溝海側では,海底年齢に比べて高い熱流量が観測されることが報告されている.この異常の広がりと原因を調べるため広範囲での測定を行い,海溝海側の高熱流量は局所的なものではなく,日本海溝北半部に広く分布することを明らかにした(図39).熱流量値は一様に高いのではなく,数kmのスケールで変動する.また,高熱流量の海側への広がりは,海溝軸から150 km付近までに限られる.これらの結果は,高熱流量を生じる要因が海底下浅部にあること,沈み込みに伴うプレートの変形に関係することを示している.

この高熱流量は,プレートの曲がりによる海洋地殻の破砕に起因すると考えられる.地殻内の間隙流体の流動と熱輸送について数値計算を行った結果,破砕によって透水率の高い層が海溝に向かって厚さを増すとすると,高熱流量が生じることが判明した.これは,透水層内での流体循環が層の下から熱を汲み上げるためであり,透水層の厚さの増加が本質的に重要である.このモデルを検証し,沈み込むプレート上層部の温度構造と流体分布を明らかにするために,熱流量と電磁気の合同探査を2014年より開始する.