2.8.1 素粒子検出デバイス開発研究

対象物体の内部密度を決定するためには,宇宙線に含まれる高エネルギー素粒子の透過率を,さまざまな方向別に測定しなくてはならない.この測定,すなわち素粒子の飛来を検知する方法として,二つの方式がある.すなわち光電方式と原子核乾板方式であり,それぞれが相補的なメリット・デメリットをもっており(表1),それぞれの特長を生かした観測が行われている.以下では,それぞれの方式ごとに,これまでの技術開発について述べる.

(1) 光電方式トモグラフィー装置開発

光電方式の装置では,シンチレーターと光電子増倍管とを用いて,ミューオン等の高エネルギー粒子を検出する(図1).具体的には,10㎝程度×数m の短冊状のシンチレーターを用意し,それをミューオンなどの荷電粒子が通過するときに発する微弱な光を光電子増倍管で電気信号に変換する.その発光回数をカウントすることでミューオン等の到来数を測定することができる.このような短冊状のシンチレーターを井桁状に配置して1枚の検出面を構成すれば,粒子がその検出面上のどの部分を通過したのかを,10㎝程度の精度で決定できる.さらに対象物体に向けた2枚の平行な検出面を数メートル程度離して設置しておき,ミューオンがそれぞれの検出面を通過した位置を結べば,その飛来方向を知ることができる(図1).当センター教員により,2枚の検出面からなるミューオン・トモグラフィー装置が2009年までに開発され,それを用いた浅間山頂付近の透視に,世界で初めて成功していた.

この成功を受けて当センターが発足した2010年以降は,次の4点に重点を置いて,内部透視装置の高度化の開発研究を進めた.すなわち,(a) 低雑音化, (b) 省電力化,(c) 堅牢化,及び(d) 小型化,の4点である.(a)は透視可能距離の延長,及び観測所要時間の短縮を図るために必須の項目である.(b)は,商用電源が使えない野外であっても,ソーラーパネル等を用いることで透視観測を行うために必要となる.(c)は,トンネル内などきわめて湿度の高い場所での観測を行うことを目指している.(d)は,透視装置を気軽に輸送することを狙っている.これにより,国内外の産業プラントや,ピラミッドや寺院等の巨大構造物の内部透視に役立てたり,車両等によるアクセスが困難な場所でも設置できるようにしたりすることが可能となる.以下では開発研究の進展を述べるが,概要をつかむには表2表3表4 ,及び 表5を参照されたい.

(1-1) 超低雑音型装置の開発

ミューオンラジオグラフィーの雑音要因の一つに,電磁シャワーに起因する偽イベントをミューオンの飛来と誤認することがあげられる(図2).背景雑音(BG)とよばれるこの要因を低減するために, 2010年以降,カロリメータ方式の検出器の開発を進めてきた(表2, 図3).その結果,雑音を2010年比で99.9%以上も低減させ,(a) 観測所要時間の短縮,及び(b)透視可能物体の厚みの上限値を向上させることができた.より具体的には,(a)については,薩摩硫黄島(厚み<1,000m)の観測に要する時間が,2008年時点では約40日だったものが,2013年には3日程度に短縮され,10倍以上の速度向上が達成された.また,(b)の透視可能厚みについては,開発前に500m程度の厚みが透視限界だったものが,2013年には約2,000mと4倍以上の性能向上を達成している(表 2).

(1-2) 極低消費電力装置の開発

野外で宇宙線ミューオンの観測を行う場合,商用電源が利用できないことがしばしばある.したがって光電方式のミューオン観測にとって,消費電力をソーラーパネルによる発電で運用できる程度までに省電力化することは,透視対象を広げる上で重要である.

そこで,Cockcroft-Walton回路を応用したミューオン透視装置の開発を行った(図4).この光電子増倍管の消費電力はチャンネル当たり1mW以下と小さく,電圧変換器,データ収集基盤それぞれが消費する電力量を加えても,システム総消費電力は10W程度に抑えることが可能である.これにより,ソーラーパネルを用いた野外でのミューオン透視装置観測が可能となった.測定装置は日射量の特に少ない浅間山北側斜面に設置されたが,冬期間のソーラーパネルへの積雪による一時的な観測中断はあっても,ほぼ一年を通して,安定的な観測を行えることを確認した(図5).

(1-3) 堅牢化-苛酷環境仕様の装置開発

野外のさまざまな観測環境に対応できなければ,ミューオン透視装置の適用範囲は限定的なものとなってしまう.とくに湿度や粉塵は,光電方式透視装置で用いている電気回路に大きな影響を与えることが容易に想像できる.

たとえば先端が閉じている水平坑道では,坑道入口から100m以上奥に入ると,通気性の欠如のため,湿度はほぼ100%となる.実際にミューオン測定器を,水平坑入口から350m進んだ地点に設置したところ,そこでは湿度は常に97%以上を示しており,一日で測定器表面に結露が生じた.そこで,このような常時多湿環境でも観測可能な,耐湿仕様ミューオン検出器システムを開発した.開発した耐湿ミューオン検出器システムは,2012年8月に前述の水平坑内に設置され,試験観測が行われた(図6).観測開始以降,落雷故障を除けば2014年現在まで安定的に稼動していることから,耐湿性能が実証されたと考えている.

また,噴火中の火山周辺や産業プラントなど,浮遊する粉塵濃度は極めて高い環境下では,電子回路部品に侵入する粉塵により,集積回路間の短絡等が引き起こされ,安定したミューオン観測を行うことができない.通常のハウジングでは,装置を保護しても,隙間から少しずつ粉塵が入り込み,長期間の測定を行うことができない.そこで,①小型ミューオン透視装置,②ステンレス製ハウジング,③圧力調整器.圧力調整器で構成されるミューオン透視システムを開発した.ステンレス製ハウジング内部の圧力を常に1.1気圧程度に保つことで粉塵の流入を抑えた本システムは,2010年より試験運用され,2014年2月現在,故障なく安定してミューオン透視測定が実現できている(図7).

(1-4) 小型化-携帯型軽量装置の開発

マルチアノード光電子増倍管と波長変換ファイバーを組み合わせたミューオン透視装置の小型化を行い,大きさも重量も手提げかばん程度の検出器(図8)を開発した.2009年に,大きさと密度が既知のターゲットを用いて,同検出器の性能を検証を行った.検出器の有効面積は30×30$\rm {cm^2}$,角度分解能は±14mrad,対象物は幅40cm,厚み5m,重量15トンの鉄塊(密度7.8 g/$\rm {cm^3}$)である.30日間の観測により,対象の密度は7.3±1.0 g/$\rm {cm^3}$,幅は37±15cmと、誤差10%以内で精度良く決定された.

海外での観測調査では重量制限があるために,ミューオン透視システムを分割して,複数の運搬者が手荷物として運べると便利である.そこで,架台部,電源部,センサー部,及びデータ処理部について,それぞれモジュール化を行った.このシステムを少人数の観測者が日本からインドネシアに手荷物として運搬し,観測点で組み立てることにより,速やかにミューオン透視観測を開始することができた.測定装置は2013年9月からインドネシアプランバナン寺院群のシヴァ祠堂(高さ 47m)で耐震強度評価を行う目的で測定が行われている(図9).

(1-5) ボアホール内設置型装置の開発

宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来するため,断層破砕帯や地滑り面等,地下にある構造物を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.このとき,ボアホールのような狭隘な空間では,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.

2012年から2013年にかけて,直方体型シンチレーターストリップを2チャンネル組み合わせた耐水型検出器を製作した (図10) .それを実際のボアホールに挿入して,深度と透過ミューオン強度の関係から,周囲の地盤密度を求めることを試みた.2012年に東大構内の弥生観測井ボアホールにおける観測,及び2013年に跡津川断層破砕帯を貫くボアホールからの観測を行った.弥生観測井の近傍には,東京大学工学部3号館地下部分に空洞が存在することがわかっているので,それを検出できるか否かの試験観測を行った(図10).その結果,空洞が存在しないと仮定したモデルは,3σの有意度で棄却出来ることが分かった.また,空洞が存在する仮定したモデルにより推定された空洞部分のバルク密度は,1.05±0.08g/ccと得られた(図11).また,空洞以外の領域について推定された密度は過去の掘削調査の結果とよく一致した.跡津川断層についても,概ね断層の走向方向に密度の低い領域がイメージングされ,破砕帯を可視化したものと考えている.

(2) 原子核乾板方式ミューオン・トモグラフィー装置開発

原子核乾板方式では,臭化銀の乳剤を塗布した乾板を用意し,乳剤層を荷電粒子が透過するときに残す飛跡を,現像処理して可視化する.現像された乾板を縦・横・厚み方向の3次元的にトレースすることにより,飛跡を方向別にカウントすることができる(図12).飛跡のカウントが画像処理技術の発達のおかげで自動化されたことにより,原子核乾板方式のミューオン・トモグラフィーが実現した.

本センターでは,設置当初の2010年時点に,自前の原子核乾板飛跡読取装置を保有していなかったので,その後,主としてイタリア・サレルノ大学との共同研究を通じて,読取装置の技術導入に努めてきた(表4図13).2013年末には,読み取り速度を従来の4倍程度に高速化させることに成功している.2014年内には10倍速化も達成できる見込みが立ち,長い解析処理時間が必要という,原子核乾板方式のボトルネックが大幅に軽減された.

一方,乾板データの雑音低減を図るため,乾板と鉛板を交互に複数重ねた新型の多層型乾板検出器を考案した.これは雑音要因となる低エネルギー粒子の飛跡を積極的に曲げ,信号である高エネルギーミューオンの飛跡と容易に識別できるようにしたものである.この方式の検出器を,2012年に昭和新山山麓に4ヶ月間設置し,解析を行った.観測結果から,実際にノイズが低減していることが確認され,より信頼性の高い火山観測手法が可能となることが示された(図14).