スロー地震学

スロー地震学 - 低速変形から高速すべりまでの地震現象の統一的理解に向けて

領域概要C02 物理班(課題番号 JP16H06478)
非平衡物理学に基づくスロー地震と通常の地震の統一的理解代表:大阪大学 理学研究科 波多野 恭弘

  1. 総括・国際班
  2. A01
  3. A02
  4. B01
  5. B02
  6. C01
  7. C02

研究目的

阪神大震災を契機として整備されてきた高精度の地震観測網と地殻変動観測網により、プレート境界がゆっくりすべることで発生する「スロー地震」が日本で初めて発見された。それを皮切りとして、同様の現象が世界各地のプレート沈み込み帯でも次々見出されてきた。スロー地震はプレート境界で普遍的に発生し、通常の地震と同様にプレート運動によって生じた弾性ひずみの解消に大きく寄与しているのである。とくに南海トラフでは、多種多様なスロー地震が巨大地震発生域を縁取るように発生しており、スロー地震によるひずみ解消ダイナミクスと巨大地震発生機構の関係が強い関心事となっている。
スロー地震の規模やすべりダイナミクス自体は、高精度の観測研究によりかなり分かってきている。通常の地震と同様なプレート境界のすべり運動であることはもちろんだが、そのマグニチュード(M)や継続時間は通常の地震と同様に大きなものから小さなものまで幅広く存在する。継続時間が比較的長く地震波を出さない「スロースリップイベント」(SSE)では、M7近くなることもある。微弱な地震波を出す「微動」においては、M1以下の小さな地震「低周波地震」が連続して発生していると考えられている。しばしばSSEと微動はほぼ同じ場所と時間に起きる。両者の中間的サイズの現象「超低周波地震」も知られている。
しかし、なぜこのように多種多様なスロー地震が発生しうるのか、それぞれの発生メカニズムは謎に包まれている。これらスロー地震の多様性を少数原理から統一的に理解することは、本領域の中心課題の一つである。
スロー地震の多様性は、いわゆる普通の(急激に滑って地震波を出す)地震もあわせて考えると一層興味深い。普通の地震における断層破壊ダイナミクスもきわめて多様であるが、平均的挙動に注目するとシンプルなスケーリング則が成り立っている。地震の規模は継続時間tと地震モーメントMo(震源断層面積とすべり量の積に比例)で特徴付けられるが、普通の地震ではおおむねMo∝t3という関係が成り立つ。同様に、多様に見えるスロー地震においても平均でみればMo∝tという関係が成り立っているのである(Ide et al. 2007)。このスケーリングは、スロー地震が一発の不安定なイベントではなく、多数の不安定なイベントが弱く相互作用して連動していることを示唆するが、物理的実体に基づいた統一的な理解はいまだされていない。このように、多様なスロー地震と普通の地震のなかに普遍的なスケーリング則や統計則を探すことも本領域の中心課題の一つである。
また、とくに南海トラフにおいては巨大地震とスロー地震の発生域が隣接しており、両者は密接に関係していることが予想される。他の沈み込み帯においても巨大地震に先行してスロー地震がしばしば観測されているが、現時点で両者の関係について何か物理的なことが言えているわけではない。このようなスロー地震と通常の地震の相互作用について、ロジックを丁寧に積み重ねた定量的理解が必要とされており、これも本領域の中心課題の一つとなっている。 本研究課題では、上に述べた領域全体の目的・課題に対して主に統計物理的な観点から寄与することを目指す。

研究内容

計画研究の概要を、領域内の他の計画研究とのつながりを重視した形で説明する。

  1. 室内アナログ実験とその数理モデル解析を通じて、スローな現象と速いイベントの協働・競合・切り替わりの機構について一般論を構築する。プレート境界の現場を忠実に再現するのではなく、むしろ細部を極限までそぎ落とすことで現象の本質を明らかにし、C01班のモデル研究で解明されるスロー地震の仕組みに関して簡便な理解を与える。
  2. 実験室での摩擦法則はしばしば無反省にプレート境界まで外挿して使われるが、そのスケールには三桁以上のギャップがあり、実験室での結果を直ちにプレート境界に適用するのは無理がある。実験室の摩擦法則の依拠する物理過程を同定し、そのスケール変換性を理論的に解明することで、B02室内実験とC01地球科学モデルの橋渡しを行う。
  3. すべり・空隙・流体・熱の非線形相互作用モデルを用いてスロー地震と通常の地震を統一的に記述し、スロー地震に重要と思われている流体移動ダイナミクスの役割を解明する。同時に、モデルの長時間計算によって、断層構造(とくに空隙などのダメージ)の時間発展を研究し、沈み込み帯の水理学的・地質学的構造の形成過程まで解明する。観測で明らかになる電磁気構造(B01)、および断層構造と流体移動(B02)の理論的説明を与えることまで目指す。

メンバー

研究代表者
  • 波多野 恭弘大阪大学 理学研究科
研究分担者
  • 山口 哲生東京大学 大学院農学生命科学研究科
  • 住野 豊東京理科大学 理学部第一部
  • 鈴木 岳人青山学院大学 理工学部
研究協力者(教員・研究員)
  • 大槻 道夫大阪大学 基礎工学研究科
  • 吉野 元大阪大学 サイバーメディアセンター
  • 桂木 洋光大阪大学 理学研究科
  • 高田 智史東京農工大学 工学研究院
  • 瀬戸 亮平広州大学 中国
  • 堀 高峰海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター
  • 新山 友暁金沢大学 自然科学研究科
  • 石井 明男大阪大学 基礎工学研究科
  • 隅田 育郎金沢大学 自然科学研究科
  • 松川 宏青山学院大学 理工学部
  • Sumanta KunduUniversity of Padua, Italy
  • Anca Opris海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター

研究サブテーマ

分担者課題
  • 波多野恭弘 「非線形動力学」
  • 山口哲生 「ゲルを用いた摩擦構成則の制御と地震発生サイクルに関する研究」
  • 住野豊 「レオロジーの急峻な変化を示す流体を用いたスロー地震模擬系の構築と解析」
  • 鈴木岳人 「震源過程における熱・流体・空隙生成相互作用が生み出す非線形性の数理的解析」