東京大学地震研究所 一般公開2026

地震研究所図書室「特別資料」展

-「地震研究所図書室特別資料」公開記念-

展示概要

 地震研究所図書室では、地震・火山・津波など地震研究所に関連の深い災害をテーマとした貴重資料のコレクションを所蔵しています。これまで、これらの資料をデジタル化して「東京大学地震研究所図書室特別資料データベース」でオンライン公開してきましたが、今年度から「東京大学デジタルアーカイブポータル」の「地震研究所図書室特別資料」としてリニューアル公開しました。

 今回は、リニューアル公開を記念して、掲載されている貴重な資料の中から代表的なものを精選して展示します。

■ 以下、画像をクリックすると東京大学デジタルアーカイブポータルで閲覧できます
安政見聞誌 上

安政見聞誌 上 アンセイケンモンシ ジョウ

 『安政見聞誌』は、上・中・下の全三巻で構成されている木版本。仮名垣魯文の編著で、地震後の安政3年(1856年)に出版された。文章に加えて29の挿絵が収録されており、地震被害や人々の行動について具体的な様子を知ることができる。
 図は亀戸天神社~柳島町の周辺の様子である。図の右端が亀戸天神社で、本殿は無事であったが境内の建物は大破した。その周辺の武家屋敷や町屋には倒壊が多く、絵図の右端から起こった火災によって門前町が一丁(約1㌶)焼失した。図の左側にある柳島町でも町屋や通りの南側にある武家屋敷の長屋などが軒並み大破・倒壊しており、その後火災により焼失した。

諸国海辺地震津波書

諸国海辺地震津波書 ショコクウミベジシンツナミガキ

 安政東海地震・安政南海地震(1854年)の被害状況についての瓦版。
 図はその津波で大破したロシアの軍艦ディアナ号である。日露和親条約の締結交渉で訪れていたプチャーチンの乗艦であった。この図ではロシアの軍艦は作りが精巧で堅固であるという説明文が添えられているが、帆柱の中ほどにある物見台が損傷した状態で描かれている。

鯰絵の概要

 「鯰絵」は、地震の元凶とされた「鯰」を主に描いた刷物である。特に江戸時代後期の安政江戸地震(1855年)後に多数版行され、地震後わずか約2ヵ月間に、現存しているだけで200種類にもおよぶ鯰絵が出回った。
地震直後には地震の鎮静化を期待して、鹿島大明神が地震鯰を押さえ込んでいる姿や、被害に遭った人々が鯰を懲らしめて発散する姿が多く描かれた一方、復興景気で職人たちが恩恵を受けたり、富裕層の富が崩れて庶民に再分配されたりするようになると、「世直し鯰」として肯定的に描かれることも多くあった。
 地震研究所図書室では約100点の鯰絵を所蔵している。

しんよし原大なまづゆらひ

しんよし原大なまづゆらひ シンヨシワラオオナマズユライ

 新吉原は安政江戸地震とその後の火災によって甚大な被害を受けて、花魁や遊客に数多くの犠牲者が出た。花魁や遊客たちは大鯰を、禿は小鯰を捕らえて、口々にののしりながら地震の仇討ちをしているが、当の大鯰は花魁に乗られて喜んでいる。 地震後に復興景気の恩恵を受けた職人や鳶たちが絵図の左上から止めに入ろうとしている様子も見える。

参考文献:宮田登, 高田衛監修『鯰絵 : 震災と日本文化』(里文出版,1995)

[江戸鯰と信州鯰]

[江戸鯰と信州鯰] [エドナマズトシンシュウナマズ]

 安政江戸地震を表す「江戸」と長野に甚大な被害をもたらした善光寺地震(1847年)を表す「信州」の2匹の大鯰が、地震で被災した人々に懲らしめられている。 その一方で、地震後の復興景気で儲かった職人たちは、懲らしめている人々をなだめている。 右上にはこの騒動に駆け付ける鹿島大明神が描かれている。

「ミルンの手紙」について

 ジョン・ミルン(John Milne)は1876年に鉱山学を教えるお雇い外国人として来日したが、日本の地震や火山活動に関心を深め、日本地震学会の設立を主導するなど、1895年に帰国するまで日本の地震研究の発展に貢献した。
 イギリスに帰国後はワイト島のシデ(シャイド、Shide)に地震観測所を設置して地震研究を行った。この間、ミルンはイギリスのキュー観測所長であったチャールズ・クレーに度々手紙を送っている。地震研究所ではクレー宛ての手紙を中心に1898年~1912年に書かれた53枚の書簡を「ミルンの手紙」として所蔵している。

ミルンの手紙 1898年7月4日

活字化
July 4th, 1898

Dear Dr. Chree,

That there should be a difference of 1/2 a minute between us is possible, although 15 sec. would have been more likely. Such differences **** **** to our ***** with regard to a possible origin. I can’t well measure what you sent me―it is too fuzzy, but if we trim/time the big waves at Kew and Shide the shift will be **** *****. My seismogram is more stretched out than yours. Getting the meaning of the time mark is a little troublesome. By looking at the caliper plate while it is in the box there may be a lot of parallax. Better look at it when the second box is out in broad daylight. And another way is to make a few caliper marks at known times before and after the 1/2 hour by placing a bit of cardboard over the tube down which the light goes. From this calculate times of the caliper mark given by the watch.

You can not very well determine my commencement because the time marks in the contact print are not very clear. For the original 59.75***=1 hour. Your range of 11.2 against my 16 ***is another illustration that we have something like a flood of movement amongst an archipelago of islands―at one place big waves and at another small. We should know more about the quake when we get records from Toronto, San Fernando etc.

From BA report 1896 γ 183 you will see that I gave for our instruments a time error of 7.5 seconds. When you get the meaning of the caliper marks shown by the watch a few artificially produced calipers or shakes will indicate how near this is to correctness.

Yours very truly,
John Milne

翻訳
1898年7月4日

親愛なるクレー先生

私達の間で1/2分の誤差はありえますが、15秒の誤差の方が可能性は高いと思います。このような起点に関する私達の**との誤差**。 先生が送って下さったデータは不鮮明でよく計測出来ませんが、キューとシデの大きな波の時間を測ればシフトは***でしょう。私の振動図は先生のよりずっと引き伸ばされています。刻時点の意味を理解するのが多少面倒です。箱の中のキャリパープレートを見ると多くの視差がありえます。第二の箱を日中の明るい時に見てみると良いでしょう。もう一つの方法は、ライトがつくチューブを小さな段ボールでカバーする事により、1/2時間の前後の時刻でキャリパーマークを付けることです。これで、時計により付けれらたキャリパーマークの時間を計算します。

密着印画の刻時点はあまり明確でないので、私の開始を見極めるのは難しいでしょう。初期の59.75は1時間です。私の16**に対する先生の11.2の範囲は、一か所では大きな波、他の場所では小さな波というように、諸島の中で次から次へ起こる活動のようなものであることを明らかに示しています。トロント、サンフェルナンドから記録簿を入手したら振動についてもっと良くわかるでしょう。

英国協会1896 γ 183レポートから、私達の器械に7.5秒の時間差を与えた事がわかると思います。時計により示されたキャリパーマークの意味がわかった時、人為的に作られたキャリパー或いは振動がどの程度これに正しいか示す事でしょう。

敬具
ジョン・ミルン

ミルンの手紙日付記載なし

ミルンの手紙 日付記載なし

 名誉幹事を務めた英国協会地震調査委員会を通してミルンが発出した文書。ミルンは、世界各国の地震観測所の観測データの収集・比較検討にも取り組んでいた。


翻訳
拝啓
上記住所宛に、貴殿の最初の記録或いは1899年英国協会レポートに発表された貴観測所のシリーズの後に記載されたもの、そして、今年の12月31日までの記録のコピーを送って頂ければ大変助かります。このお願いは、同様の器械を所有している全ての観測所にお送りしています。その回答は1900年3月末には印刷され発行されると期待しています。

各種の記録簿を比較するために、下記の七つの項目のある表形式で作成されている事が望ましいです。

  • (1) 番号  クレー先生の記録簿にある地震の番号
  • (2) 日付  月日
  • (3) 開始  最初の運動出力記録のグリニッジ標準平均時間で、時間、分、そしてそれらの小数で記されている。
  • (4) D. first P. T’s.  つまり最初の初期微動の周期。進む中で最初に均一な肥厚、或いは活動の第一段階を意味する。
  • (5) 最高値  この記載は、次の欄に記載される振幅によって認識されるような主要で大きな動きを意味する。
  • (6) 振幅  記録された時間の反対側に秒角で示される。
  • (7) 周期  時間と分

表の最後に備考欄があり、参照している地震の番号に対応する番号を付け足してあります。重要な振動図を送る際は、少なくとも一つは(開始或いはよく記載された段階など)その発生がグルニッチ標準平均時間で記録されているものと同じである必要があります。そして、(もし時間の掲示が鮮明でなければ)一時間に該当するミリメーターの正確な数字を述べなければいけません。

敬具
英国協会地震調査委員会
名誉幹事ジョン・ミルン

寛政四子年肥前国嶋原山々燃崩城下町々村々破損ノ圖

寛政四子年肥前国嶋原山々燃崩城下町々村々破損ノ圖 カンセイヨンネノトシヒゼンノクニシマバラヤマヤマモエクズレジョウカマチマチムラムラハソンノズ

 寛政4年(1792年)の雲仙岳の噴火と、島原半島での被害について描かれた絵図。絵図の中央上端に雲仙岳の一部である普賢岳、右側に山麓を流れ下る溶岩、中央に地震によって大崩壊した前山(眉山)と崩壊した土砂に押し潰された村々、右下に辛うじて被害を免れた島原城が描かれている。
 前山の大崩壊で発生した岩屑流(がんせつりゅう)と、その流入によって有明海で発生した大津波のために、島原の城下町だけでなく沿岸の村々も壊滅的な被害を受けた。有明海に流入した岩屑流によって、城下町沿岸の有明海が埋め立てられ、沖合には幾つもの島ができた。絵図下端の有明海の中には島が描かれており、前山の大崩壊と大津波の直後は約30の島があったようである。

参考文献:北原糸子・他編『日本歴史災害事典』(吉川弘文館,2012年)

[安政江戸地震に関する瓦版]

[安政江戸地震に関する瓦版] [アンセイエドジシンニカンスルカワラバン]

 江戸での被害の様子が描かれた瓦版。上段の詞書には、日本橋を起点に東西南北の江戸市中の被害の様子が記されている。 日本橋より東、隅田川沿いでは町屋や大名屋敷の倒壊・焼失が多く、日本橋より西、市ヶ谷や四谷では建物の倒壊は少なかったとあり、日本橋より南、三田では建物の倒壊は少ないが、築地の武家屋敷では被害が大きく、 日本橋より北、吉原や浅草では町屋の倒壊・焼失が多かったとある。 さらに、丸の内での大名屋敷の多数焼失について追記されており、末尾には、江戸市中の土蔵の破損が41万ヶ所余あったことや、御救小屋(被災者救済のための仮小屋)の場所(5ヶ所)について記されている。
 下段の絵には、倒壊した町屋や土蔵、町屋の下敷きになった人々とそれを助け出す人々、倒壊した町屋からの出火と逃げ惑う人々といった、安政江戸地震における江戸市中での被害の特徴が描かれている。

地震研究所図書室特別資料(東京大学デジタルアーカイブポータルにて公開)

https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/collection/erilibsc

 地震研究所図書室が所蔵する地震・火山・津波など地震研究所に関連の深い災害をテーマとした貴重資料のコレクション(鯰絵や瓦版など)を検索・閲覧できます。 今回展示している資料もすべて地震研究所図書室特別資料から画像データを公開しています。

リニューアルのポイント

IIIF(International Image Interoperability Framework)に対応

IIIF(International Image Interoperability Framework)は、画像等のデジタル化資料の効果的・効率的な相互運用を行うことができる国際的な枠組みです。

画像の自由利用化

「地震研究所図書室特別資料」で公開する画像は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの「CC BY 4.0」相当の条件で自由利用が可能になりました。

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