地震研究所ロゴマーク 東京大学地震研究所ニュースレター

2005年5月号

目次

ニュースレターの発刊に当たって
今月の話題
「国際地震・火山研究推進室」の開設
第1回日本学術振興会賞
平成17年度文部科学大臣表彰若手科学者賞
平成17年度共同利用研究課題
第827回地震研究所談話会
・話題一覧
・今月のピックアップ
次世代の海底ケーブル地震観測研究のためのシステム開発

ニュースレターの発刊に当たって

東京大学地震研究所 所長 大久保修平

 東京大学地震研究所では,地球科学に関する基礎的な研究,地震予知・火山噴火予知に関する研究,災害の未然の防止・軽減に関する研究など幅広い分野について,日本のみならず世界の中核拠点として研究を推進しています.このような研究活動と同時にそれらの成果を広く社会に還元することも研究に携わるものとして重要な任務のひとつであると考えています.わたしたちの活動を社会に発信するメディアとして,平成5年(1993年)以来「東京大学地震研究所広報」を刊行していますが,近年ではインターネットによる情報発信が急速に重要性を増してきました.インターネットの活用による情報発信は質・量・タイミングのいずれをとっても,従来の冊子媒体と比較して優れているように感じられます.しかしながら,一方でホームページのサイト内部を探索させることなく,情報の出し手としてお見せしたいものを受け手となる皆様にわかり易く提示することが重要であるとも認識しています.この観点で,地震研究所における様々な研究に関する活動・情報を定期的にとりまとめて社会に発信することもまた,大いに意義があると考えています.

 今般,“定期的に情報を取りまとめる”ことを念頭に,最新の情報を自由に閲覧することが可能なホームページの特質を生かしつつ,これまでの「広報」を刷新し「東京大学地震研究所ニュースレター」を発刊することとしました.新しいニュースレターは読者の環境を考慮し,従来どおりの冊子によるものとホームページによるものとの両方の形式で提供します.ニュースレターを通じて地震研究所の研究活動についてより多くの人々に知っていただくことを願っています.

今月の話題
「国際地震・火山研究推進室」の開設

国際地震・火山研究推進室 室長 加藤照之

地震研究所では,特別教育研究経費によって2005年4月1日から「地震・火山に関する国際的調査研究」事業をスタートしました.この事業を推進するために地震研究所内に「国際地震・火山研究推進室」(略称:国際室)を開設しました.地震研究所はこれまでも日本列島を中心としてアジア・太平洋地域を対象とした世界トップレベルの地震・火山研究を行ってきましたが,昨今の情勢をふまえ,本事業では先ま進諸国との連携を一層強化するために国際地震・火山研究推進室世界の一線級の研究者を客員教授・客員研究員として招聘します.さらに今後は,全国共同利用の機能も用いながら,アジア・太平洋地域に地震研究所の研究成果を還元するなどの活動を積極的に推進し,同地域における地震・火山研究の中核研究機関となることをめざしたいと考えています.昨年暮れに発生したスマトラ島沖の巨大地震・津波を契機とした同地域の地震・津波災害からの復興事業や同地域で発生する火山活動など迅速な対応が求められる国際的活動にも対応できる体制を作っていきたいと考えています.この事業を円滑に進めるため,国際室に教授4名,助教授2名と技術職員を置き,運営にあたっています.

国際地震・火山研究推進室のページへ

武井(小屋口)康子助教授
第1回日本学術振興会賞を受賞

 地球流動破壊部門 武井(小屋口)康子助教授が第1回(平成16年度)日本学術振興会賞を受賞しました.日本学術振興会賞は創造性に富み優れた研究能力を有する若手研究者を早い段階から顕彰し,その研究意欲を高め,今後の研究の発展を支援するために平成16年度に創設されたものです.今般「固液複合系の力学物性の研究による固体地球科学の展開」が認められ,受賞となったものです.

 平成17年3月22日(火)に日本学士院(東京都台東区)で授賞式がありました。

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地震予知研究推進センター 中谷正生助手
平成17年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞

 地震予知研究推進センター 中谷正生助手が平成17年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞しました.この若手科学者賞はわが国の科学技術分野において高度な研究開発の能力を有する若手研究者を表彰するものであり,今般「摩擦滑りの物理化学に関する実験的・理論的研究」が認められ,受賞となったものです.なお,本表彰にあたっては(社)日本地震学会からの推薦を得ました.

平成17年4月20日(水)虎ノ門パストラル(東京都港区)で授賞式がありました.

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平成17年度共同利用研究課題

研究課題一覧

特定共同研究A  特定共同研究B  一般共同研究  研究集会

第827回地震研究所談話会
話題一覧
浅間火山2004年噴火前後における噴煙活動の変動と推定される噴火準備過程

鍵山恒臣(京大理学研究科,地震研客員教授)・小山悦郎

地震動パラドックス解明のための動力学的断層モデルに基づく震源のモデル化

三宅弘恵

地殻応力の絶対量を高い信頼性で求めるための応力測定法に関する開発研究

佐野 修,武井康子,中谷正生(地震研),伊藤高敏(東北大),伊藤久男(産総研),李剛(山口大),平田篤夫,水田義明(崇城大)

実体波から推定される上部マントルのQの周波数依存性

志藤あずさ(地震研), 唐戸俊一郎, Jeffrey Park(Yale Univ.)

3成分磁力計の整備

上嶋誠・小河勉・小山茂

☆次世代の海底ケーブル地震観測研究のためのシステム開発

金沢敏彦・歌田久司・佐野修・森田裕一・塩原肇・篠原雅尚・酒井慎一・山田知朗

☆は次に内容を掲載

次世代の海底ケーブル地震観測研究のためのシステム開発
所長裁量経費課題
代表者:金沢敏彦
共同提案者:歌田久司・酒井慎一・佐野 修・塩原 肇・篠原雅尚・森田裕一・山田知朗

何が「次世代」か

海底ケーブル地震観測システム 私たちはまず、次世代の海域の地震観測において何が重要かを考えました。それは、現状を見れば一目瞭然です。陸域には基盤観測網があり、2000点ほどの地震観測点がすでにできています。GPS観測も行われています。それに引き替え、海域においてリアルタイムでデータをとることができる海底ケーブル地震観測システムは、日本周辺で限られた場所にしかありません(図1)。
 地震予知あるいは地震研究を今後進めていく上で、何が次世代か。最終的な目標は、海域にも陸域の基盤観測網なみの観測網、つまり20km間隔で2000点くらいの観測点をつくることです。そこで、私たちは海底ケーブルによるリアルタイムの高密度観測を実現する地震観測システムについて検討を行いました。
 今までの海底ケーブル式地震計は、一度置くと置きっぱなしでした。大きなイベントが終わった場合には、そこから引きはがしてほかに持っていってもいいのではないか、という考え方もあります。例えば、地震発生確率が高い宮城沖に敷設し、実際に地震が起きて研究的な役割が終わったらはがし、南海に持っていってもいい。次世代の海底ケーブル地震観測システムは、機動性も考慮すべきだと考えています。
 ところで、海域に地震観測網をつくると何がいいのでしょうか。
 例えば、平成15年に起きた十勝沖地震の余震観測を図2に示します。図2右は、陸域観測網とすでに設置されていた3点の海底地震計のデータから求めた余震分布、図2左は自己浮上式の海底地震計と3点の海底地震計のデータから求めた余震分布です。陸上観測網による結果は、余震の震央位置や深さがともにはっきりしません。一方、海底地震計観測によるものは、余震がプレート境界に沿って発生していることが明瞭に分かります。両方を比較すれば、現場に高密度な観測網があることが地震観測においていかに重要であるか、分かっていただけるかと思います。

平成15年十勝沖地震


費用対効果に優れた新しいシステムの開発

 将来、20km間隔で観測点が2000点というリアルタイム高密度観測を実現できる海底ケーブル地震観測システムをつくる場合、ネックとなるのは予算です。従ってコストを格段に落とし、しかも地震研究のために必要な性能を確保したシステムを考えていく必要があります。
 平成16年度には、地震研究所のメンバー7名と海底ケーブル通信技術やセンサ技術を専門とする電気海洋工学技術者9名から成る検討委員会を6回開催しました。既存のケーブル式の海底地震観測システムは、通信用海底ケーブルシステム技術をそのまま転用したものです。それらは地震の調査研究にとってはオーバースペックであるという考え方に立ち、格段に費用対効果に優れた新しい海底ケーブル地震観測システムの開発を目指した技術的検討を行いました。
 海底ケーブル専門家の“常識”は、私たちにとってはすべて“非常識”です。私たちは海底ケーブルの専門家と“対決”しながら、新しい地震観測ケーブルシステムの仕様、信頼性、故障したときの対応など、全体システムと開発課題などについて、徹底的に議論しました。

海底ケーブル地震観測システムの仕様

 私たちが検討した主要システムの仕様を図3に示します。20km間隔で地震計40台を設置し、ケーブル長は800-900kmです。陸揚局は2ヶ所で、ケーブルの両端が陸揚げされています。運用年数は20年。両端を陸揚げしてあれば、どこかでケーブルが切れても、陸側につながっているケーブルを通してデータを送ることができます。故障したときの欠測リスクを減らし、データを確実に取得できるように考えました。
 検討委員会で6回にわたって検討した結果、従来の4分の1くらいのコストで新しい海底ケーブル地震観測システムを実現可能であるという見通しを得ることができました。今年度は、どういう伝送方式を採用するかなどシステムの細部を詰めた上で、詳細設計を実施し、試作器をつくってみることを考えています。いろいろな部品をつくることによって、リスクや正確なコストを算出することが、次のステップになります。

あらゆる部分を詳細に検討

センサノードの構成 これまでに私たちが検討した内容について、もう少し詳しく話をしたいと思います。海底地震計は、光中継器筐体の中に地震計と通信装置が入っています(図4)。筐体の両側には、本体とケーブルを接続するカップリングが付いています。既存の光中継器筺体は、25年は壊れずに腐食もしない長期信頼性、800気圧に耐える強度と気密性など、通信用ケーブルに必要なスペックを満たした物が使われています。しかし地震観測用には、必ずしもそのスペックを満たす必要はないと考えています。各部についていろいろな検討を加え、簡略化できないか、不要ではないかと検討してきました。
観測システムの中で一番大事なのは光中継部です(図5)。観測データの伝送方式には、コスト的に使えそうなものがいくつかあります。1波再生中継(3R)方式、低密度波長多重(CWDM)再生中継併用方式、二重化再生中継(3R)方式、波長多重(WDM)/ラマン変調方式です(図6)。それぞれ特徴があって、部品の点数も違います。この4つの方式の信頼性とコストについて、おおよその比較を行いました。

さまざまな観測データ伝送方式

   装置の故障率は、FIT(Failure In Time)という単位で示されます。FITは10億時間で発生する故障件数を示し、100FITの装置は10億時間作動すると100件の故障が起きます。それぞれの中継方式によってコストも故障率も違います。表1上は、20年間の使用でどのくらい故障するかを示したものです。例えば1波再生中継方式では、100FITの故障率の装置を使うと20年で49.9%、つまり半分が死んでしまいます。波長多重/ラマン変調方式では、100FITの装置で1.1%ですから、100台のうち1台壊れるか壊れないか。1000FITの装置を使うと、どの方式でもほぼすべてが壊れてしまう。地震観測を考える上で、どのあたりのFIT数の装置を選び、どういう方式を選ぶかが、最後の決め手になると思っています。

表1:観測データ伝送方式別コスト・容積および故障率の比較
観測データ伝送方式別コスト・容積および故障率の比較

 最近、振動や傾斜を感知する加速度センサについても、小型で、それなりの性能を持った新しいものが出てきました。そういう新型の加速度計が使えるかどうかも、改めて検討しました。
 そして一番大事なのは、あまりにも基本的なことですが、水密構造です。ここで選び方を間違うと、大変です。ケーブル式の海底地震計をつくって海に入れたが、たちまち水が入って壊れてしまいましたというのでは、話にならない。ケーブル通信技術で培ってきた技術を使わないというのは、それなりに信頼性があるものを別に探さないといけないということです。
 その一つの参考になりそうな例が、Geo-TOC地震計です。Geo-TOCは、リタイアした神奈川県二宮-グアム間のTPC1という国際通信ケーブルを地震研究所が譲り受け、6年前に伊豆大島の近くに設置したケーブル式の海底地震計です。6年間にわたって観測データを地震研究所に送り続け、そのデータは気象庁にも配布しました。故障して陸に上がっていたGeo-TOC地震計を分解して、それぞれの部品が6年間のうちに劣化がどのくらい進んだかを調べました。

Geo-TOC地震計の解体調査

 Geo-TOCの水密構造は、ダブルOリングによるシール構造になっています(図7左)。水も入っていませんでしたし、Oリング自体もそんなに痛んでおらず、過剰な圧縮のひずみなどは見られないことが分かりました。グアム側に付いているハイドロフォン用のコネクター(図7右)は、通信用ケーブルでは使われない市販品ですが、6年たっても十分に働いていることも確認しました。

広域観測網の実現を目指して

南海地震の想定震源域 最後に、次世代のケーブル地震観測システムを検討することによって最終的に何を狙っているのかについて、お話します。
 図8は、東南海・南海地震の想定震源域です。地震研究所では、文部科学省の委託研究として、自己浮上式の海底地震計25台を使い、この海域を平成15年度から繰り返し観測しています。南海トラフにおける精密な地震活動を観測し、より詳細なプレート境界の形状を求めたり、構造と地震活動を対比することによって予測精度の向上を図ることを目指したものです。次世代のケーブル式海底地震計を設置することによって、このような自己浮上式の海底地震計に替わる広域の観測網を実現し、リアルタイムで海域地震の研究を進めることができると考えています。