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2006年 2月号

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目次

第835回地震研究所談話会
話題一覧
今月のピックアップ
   パキスタン北部地震による建築物被害の概要

第835回地震研究所談話会
話題一覧

火山噴火のモデル化におけるマグマ破壊実験の意義について
(2005年度日本火山学会賞研究奨励賞受賞講演)

市原恵美

2004年浅間山噴火の解釈−地震振幅、空振振幅、噴出物量の関係について−

大湊隆雄

対話型検測システムwinの機能強化(1)

中川茂樹、針生義勝(防災科研)、卜部卓・鶴岡弘・酒井慎一

パキスタン北部地震による建築物被害の概要

真田靖士

波形インバージョンによる3次元速度構造モデルの構築

纐纈一起・引間和人

粉体高速すべりのレオロジー

波多野恭弘

☆は以下に内容を掲載

パキスタン北部地震による建築物被害の概要

地震火山災害部門 真田靖士

 土木学会・日本建築学会合同調査団

 2005年11月、パキスタン北部地震の建物被害調査の機会を得ましたので、本日はその結果についてご報告させていただきます。
 調査団の名称は「土木学会・日本建築学会合同調査団」で、早稲田大学の濱田政則先生を団長とする総勢14名です(表1)。日本建築学会から派遣された建築系の団員は、私を含め5名です。被害調査は当然ですが、復旧技術支援も目的としており、被害調査の結果や日本の技術を紹介するために、現地でセミナーも開催してきました。今日は、主に建物の被害調査結果について紹介させていただきます。
 調査日程は11月18日から27日の10日間で、そのうち4日間調査を行いました。まず19日にパキスタンの首都であるIslamabadの調査を行いました。Islamabadは震源から100kmくらいの距離にあります。20日にBattal、23日にBalakotとAbbottabad、そして24日に震源に近い大きな都市であるMuzaffarabadを調査しました。
 パキスタン北部地震は、2005年10月8日、現地時間の午前8時50分に発生し、震源位置は北緯34°26′、東経73°32′のカシミール・パキスタン支配域、震源の深さは10km、マグニチュードは7.6と報告されています。死者数は、11月2日の時点で7万3000人以上ということでしたが、詳細は不明だと思われます。


各調査地域の被害の概要

 それでは、五つの調査地域について被害の概要を説明します(図1)。当然のことですが、被害は概して震央に近いほど大きかったと言えます。震源に近い調査地域から見ていきます。

 Muzaffarabadは、震央から南西に約10kmの地点にあります。非常に大きな斜面崩壊を起こしたことで有名な都市です(図1①)。崩壊を起こした斜面に建っていた建物は、100%倒壊しました。運良く斜面崩壊を免れた場所では、揺れによる倒壊率は20〜30%という感じでした。Muzaffarabadは、かなり険しい山に囲まれた山岳都市で、崖地を利用して住宅が建てられています。図1①下はMuzaffarabadの中心街ですが、住宅が崖にへばりついているような状態です。斜面崩壊を免れてはいますが、引き続き非常に危険な状態にあるという印象を持ちました。

 Balakotは、震央から北西に約25kmの所にあります。かなり大きな被害が出たことで有名な町で、Muzaffarabadと同様、斜面崩壊を起こしました(図1②)。崩壊斜面上の倒壊率は100%です。揺れによる倒壊率は70〜80%と、メモには書いてあります。しかし、Balakotでは、斜面崩壊を起こしている場所を明確に区別できませんでした。そのため、実際には斜面崩壊の影響を受けているかもしれない建物もあり、揺れによる倒壊率が若干大きく感じられたのかな、と今は思っています。

 少し余談になりますが、パキスタン北部はヒマラヤ山系の西端に位置し、かなり険しい山岳地帯です。そのため、日本では使わないような険しい山の頂や山腹にも集落が点在しています(図2)。こういう地域で地震防災を進めていくのは非常に難しいのではないか、という印象を受けました。
 Battalは、震央から北西に約30km離れた小さい町です。揺れによる被害は部分的にかなり顕著ですが、大規模な斜面崩壊は見られませんでした(図1③)。全体的には、だいぶ被害が小さいという印象です。
 さらに離れて、震央から南西に約40kmにある比較的大きな町Abbottabadまで来ると、被害は大幅に減少します(図1④)。まれに倒壊した建物があるという程度です。むしろ、補修あるいは補強を不適当に施した建物の方が、我々としては気になりました。
 そして、震央から南西に約100kmの所にある首都のIslamabadでは、ほとんどふつうに生活を送っており、被害は見られませんでした(図1⑤)。ただし、鉄筋コンクリート造の高層マンションが1棟だけ倒壊して、JICA(国際協力機構)の日本人職員とそのご家族が亡くなられました。日本でも大きく報道されましたが、現地でも相当大きな社会問題になっておりました。
 全体をまとめると、震央付近のMuzaffarabad、Balakotでは地すべり被害が極めて甚大でした。このような場所では、建物の下が持っていかれてしまうため、被害要因の特定が困難な場合が多くなります。今回の私たちの調査では、揺れによる被害要因を明らかにすることに重きを置きました。そのため、地すべり被害が見られなかったIslamabadとBattal、Abbottabadの3都市で個別建物の調査を行いました。

柱梁接合部の問題

 4日間も調査をしていると、いろいろな問題が見えてきます。あまりよくない材料、あるいは技術を使っている、社会システムが不十分である、といった問題が出てきました(表2)。今日は、その中から2点について紹介させていただきます。
 一つ目は、柱梁接合部の問題です。どっぷりと建築の話になってしまいますが、我々としては今回一番気になった問題であり外せませんので、紹介させていただきます。もう一点は、損傷した建物を使っている例を紹介させていただきます。

 図3が、柱梁接合部に問題がある建物です。Abbottabadではまれに倒壊した建物があると言いましたが、その一つです。この建物はレストランで、ぱっと見たところ2階建ての1階が壊れたのかなと思って車を降りました。ところが、実際は3階建てで、1階と2階がぐしゃっとつぶれている状態でした。
 よく調べてみると、パキスタン特有のある被害に気が付きます。縦に伸びる柱と横に伸びる梁がくっついている部分を柱梁接合部といいますが、この部分の損傷が目立つのです。なぜ、こうなってしまったのか。接合部を拡大した写真が、図3下です。このレストランは、鉄筋コンクリート造です。現地の建物は、石を積み上げた組積造と鉄筋コンクリート造がほとんどです。石を積んだだけのものが崩壊するのを防止するのは難しいですが、鉄筋コンクリート造なのに崩壊しているということが、我々にとって問題に感じられたのです。鉄筋コンクリート造では、鉄筋を組んでおいて、そこにコンクリートを流し込みます。梁からきている鉄筋が柱に刺さることによって、構成されているのです。梁からの鉄筋を柱に真っ直ぐ刺しただけでは、少し力がかかっただけで抜けてしまうので、ふつう鉄筋を折り曲げます。しかし、パキスタンではそういうことは基本的にやっておらず、梁の鉄筋を真っ直ぐに柱に突っ込んでいるだけです。少し力が加わったら、すぐに抜けてしまうような状態です。

 図4は、日本とパキスタンの典型的な地震被害を比較したものです。日本の建物の場合、接合部のディテールをしっかりデザインしているので、接合部は壊れずに、柱の部分などが壊れてしまいます。一方、パキスタンの建物の場合、接合部のディテールがあまりにも脆弱なので、接合部が壊れてしまいます。

 図5は、柱と梁の簡単な模式図です。梁と柱の接合部が破壊されてしまうと、積んであった積み木が崩れるように、簡単に建物が倒壊してしまうことが、すぐにお分かりいただけると思います。私たちは大きな問題の一つとして、この柱梁接合部の問題を持ち帰ってきました。

損傷建物の使用の問題

 もう一つの問題である、損傷建物の使用について簡単に紹介させていただきます。図6は、斜面崩壊を起こしたMuzaffarabadにある商業店舗です。一見したところ、揺れによく耐えられたな、という感じがする建物です。しかし、正面から見ると柱が傾いていることがはっきり分かります。構造的には、相当ぎりぎりという感じです。日本ではこういう状況の建物には、まず入りません。ところが驚いたことに、こちらの人はふつうに店の営業を続けていました。こういう建物が、そこかしこで見られます。日本の場合、技術者が危険度を判定して、危険な建物には「入っていけません」といったシールを貼るシステムができ上がっています。二次災害が怖いですから、応急的な危険度の判定を行うシステムが必要だと指摘してきました。

まとめ

 今回の被害調査の結果を簡単にまとめます。震源近傍では、地すべり被害が甚大です。鉄筋コンクリート造の柱梁接合部のディテールがあまりにも脆弱なものが多いこと、損傷を受けた危険な建物を使用している例が多数あるといった問題点が明らかになりました。
 最後に、図7はCDA(Capital Development Authority)主催の現地セミナーの様子です。被害調査報告や、日本の耐震診断や耐震補強技術、建築確認制度の紹介などを行いました。
 今回は時間が15分と限られているため、あまりくわしくお話しできませんでしたが、2月3日に開催する「日本建築学会・パキスタン地震調査報告会」では3時間たっぷりとお話をさせていただきます。ご興味があれば、ご参加いただければと思います。

質疑応答

— 二つ質問があります。一つは、地すべりではなく、揺れがひどい所では、建物がほとんど全部壊れていましたか。例えば、モスクなどはきちんと造っているので、壊れていない場合もあるようですが、いかがでしたか。モスクは壊れていないとなれば、建て方によって強度が相当違うということになります。全部壊れてしまっていれば、しかたがないということですよね。

 二つ目は、ほかの種類の構造物、例えば橋や電柱の被害はどうでしたか。

真田:Muzaffarabadや震源近郊に特化してお話させていただきます。まず、すべての建物が被害を受けています。橋がずれているのを見かけましたし、電柱もかなり傾いているのを見かけました。

— その電柱は、崩壊した家屋が押して傾いたのですか。

真田:いえ、違います。道の真ん中に建っている電柱も傾いていました。生産技術研究所の小長井先生は、電柱の傾きを調査して入力の方向を推測されたりしていますが、今回も調査されたと思います。相当傾いていました。

— それは、地盤が軟らかくなったから傾いたというのではなさそうですね。

真田:細かく見ていなかったので何とも言えませんが、町の中心は斜面崩壊の影響をそんなに受けていませんので、そうではないと考えられます。

— 私の質問は、日本の建物に比べて、あちらの建物が弱いのかどうかをお伺いしたいのです。

真田:基本的には弱いと思います。

— 橋は、日本と似たような造り方をしています。接合部などもわりときちんとしていますから、なかなか壊れません。それが壊れているものですから、揺れが相当大きかったのかなとも思います。

真田:橋といっても、私が見かけたものは、石を積んでいるものです。鉄の橋は壊れていないものがあるとは聞いますが、見には行っていません。エンニジアリング・ストラクチャーといったものは、あまりありません。
 最初の質問のお答えをさせていただきます。ほかの構造物もありますが、一番多いのは石積みの組積造です。隣のイランではほとんどが日干れんが造ですから、パキスタンでも日干れんが造が結構あるかと思っていたのですが、実際は石積みがほとんどでした。石積みは明らかに弱いので、総崩れという状態です。あとは、鉄筋コンクリートの枠組みに、積んであるだけの組積壁を非構造壁として用いる建物です。典型的な建物は、その2種類です。おそらく鉄が手に入りにくいのだと思います。造り方は、倒壊に相当影響すると思います。現地の技術者が鉄筋コンクリート造の建物を造っていましたが,あまりディテールなど関係なしに造っているようでした。
 モスクが壊れないというのは、有名な話としてあるかもしれません。確かに、施工の品質としてはいいとは思いますが、それでも限度があります。一つ面白い例を紹介します。Muzaffarabadには、JICAが造った小学校があります。日本のデザインで建設されたもので、被害は小さかった。現地で建物の性能をざっと計算したのですが、強度がベースシア係数で0.48くらいありました。また、周りの建物が結構壊れている中でモスクは、確かに建っていました。モスクは特に目立ちますから、現地の人が見ると、やはり神様が助けてくださったと感じるかもしれません。しかし、モスクの強度を計算すると、0.14くらいしかないんです。確かに建っている部分もありますが、倒壊してしまった部分もあります。その辺りは、科学的に見ていかないとだめではないかな、という印象を持っています。

— 性能(強度)というのは、どういう数値ですか。

真田:入力加速度に相当するものを強度指標(ベースシア係数)として考えます。例えば,0.14というのは、建物が剛体であり、ねばり強さがないとすると,0.14Gで倒れるということになります。建物の水平の強度を重量で割った値で、大きいほどいいと言えます。

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