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2006年 6月号

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学術交流協定に署名する地震研の大久保所長と、
南カリフォルニア地震センターのジョーダン所長

目次

今月の話題
南カリフォルニア地震センターと学術交流協定を締結
第839回地震研究所談話会
・話題一覧
・今月のピックアップ
   「新館免震建屋地盤系の強震観測計画−免震建物における杭変形の観測−

今月の話題

南カリフォルニア地震センターと学術交流協定を締結

太平洋プレートと北米プレートが、陸上で“横ずれ”を起こし、1992年にはランダース地震(M7.3)、1994年にはノースリッジ地震(M 6.7)が起きている米国カリフォルニア州は、日本と並び、世界でも、最も地震に関する観測と研究が進んでいる地域の一つです。

地震研究所は、6月1日、同州オクスナード市で、南カリフォルニア地震センター(Thomas H. Jordan所長)と、両機関の研究活動における交流・協力を促進するための協定を締結しました。

同センターは、カリフォルニア大学各校、カリフォルニア工科大学、スタンフォード大学等の大学及び関連機関から構成されるコンソーシアムで、本部は南カリフォルニア大学に置かれています。1991年に創設され、国立科学財団と米国地質調査所の経費により、南カリフォルニアの地震に関する情報収集と、それらの総合研究、防災・減災のための情報発信等に取組んでいます。

今回の協定締結を記念し、6月1〜3日には合同ワークショップが開かれ、日米を代表する地震研究者約40名が、地下構造探査から地震予知に至る幅広い分野で、最新の研究成果を報告しました。大久保所長、平田副所長を含む地震研究所の7名と、全国共同利用研究所として地震研が招待した東工大などの研究者のほか、日本で教える米国人教授、米国で教える日本人教授らも参加し、地震学研究における両国の緊密さがわかります。

今回締結された協定は、今後5年間に渡り、研究者の交流、共同研究の実施、会議やシンポジウムの共催、情報及び出版物の共有を推進するものです。同センターとは、過去にも個別の共同研究を行ってきましたが、包括的な交流協定を結ぶのは、日本では地震研究所が初めてです。


地震研・南カリフォルニア地震センターの合同ワークショップ

会場となったオクスナード市の青い空

第839回地震研究所談話会
話題一覧 (★は以下に詳しい内容を掲載、☆は概要をHPに掲載)

1.FEM-βを用いた不均一体モデルの破壊現象のモンテカルロシミュレーション

    若井淳・堀宗朗・小国健二

2.浅くならなかった最近の伊豆半島東方沖の地震活動 ☆

    酒井慎一

3.海溝付近で起きる謎の超長周期微動

    山中佳子

4.Scaling laws for mantle plumes; from a point source to

  Rayleigh-Benard convection ☆

    熊谷一郎・J.Vatteville・A.Davaille(IPGP,France)、岩田心・栗田敬

5.中部地方におけるネットワークMT法観測(序報)

    上嶋誠・小河勉・ 小山茂,、山口覚(神戸大理)、村上英記(高知大理)、

    藤浩明(富山大理工)、吉村令慧・ 大志万直人(京大防災研)、

    丹保俊哉(立山カルデラ砂防博物館)、歪集中帯地殻比抵抗研究グループ

6.新館免震建屋地盤系の強震観測計画 ★

    壁谷澤寿海・坂上実・纐纈一起・古村孝志・壁谷澤寿一

新館免震建屋地盤系の強震観測計画

免震建物における杭変形の観測

壁谷澤寿海・纐纈一起・坂上 実・古村孝志・壁谷澤寿一

新館の杭に地震計を設置

 「新館免震建屋地盤系の強震観測計画」は、平成17年度所長裁量経費をいただきました。半分は研究、半分は業務のような内容になっています。免震の建物では強震計が設置してあるのが当たり前であって、地震が起きたときに地震研では記録が何もありませんでしたというのはさすがに恥ずかしいでしょう、という程度の動機で始めたものです。しかし、どうせやるのなら、ほかでやっていないことをやろうと考えました。

 全体の観測の目的は、以下のように要約できるかと思います。(1)(特に長周期地震動などに対して)上部構造の免震効果は十分か?、(2)免震構造(新館)における実効入力は? 非免震構造(本館)とは異なるか?、(3)免震構造における杭の設計用応力は? 非免震の場合より低減可能か?、です。

 免震の効果は十分にありました、という結果は当たり前の結果です。しかし、特に長周期地震動などに対して上部構造の免震効果が十分かどうかは、検証されていません。また、地震研には非免震構造の本館もあるので、免震の実効入力はどうか、非免震とは異なるのか、という話も少しはできるでしょう。この辺りまでは、だれでも思い付くところです。私たちは、さらに免震構造における杭の設計をどのようにしたらよいかに焦点を絞って、観測を計画しました。ここでは特に、杭の観測計画について紹介したいと思います。

 新館では6ヶ所に地震計を設置しました(図1)。1階に2ヶ所、7階に1ヶ所設置していますが、建物の上の方は鷹野先生も研究されていますし、剛体に近い運動をしますから、免震層で切ったところだけを考えて3点くらい測れば十分だと思います。免震層の下に3ヶ所設置し、基礎の上に1個、杭の中に2個の地震計を埋め込みました。こういうことをやった例は、日本では(たぶん外国でも)今までにないと思います。

図1:地震計の配置

 今回の特徴は、地震計を杭に埋設することです。工事の方にいろいろご協力いただき、さまざまな工夫をして埋め込みました(図2)。地震計は、いざとなったら取り出せないわけではありませんが、実際は将来とも埋め殺しになると思います。

図2:地震計の杭への埋設

免震構造における杭の設計応力

 杭の設計は普通、図3に示した方法で行います。上部構造があり、その重さが杭に上からかかります。さらに、地盤の変形によって杭の応力が生じます。それが線形か非線形かは地震動レベルによって違い、さらに液状化が生じたりもしますから、杭の設計用応力の算定はなかなか難しいわけです。いずれにせよ、杭がポキッと折れてしまわないように設計をします。

図3:杭の設計応力の算定 (左)静的設計:上部構造から作用する力 (右)応答変位法:地盤の強制変形による力

 免震構造物と非免震構造物の応答加速度の違いは、図4のようになると想定されています。免震の場合は、長周期化されて力の応答が減ります。図5は、免震・非免震の新館上部構造の応答を比較した結果です。免震では、ゴムで力をさえぎることで、層せん断力が半分から3分の1になっていることが分かります。

図4:免震構造物の応答低減


 では、免震構造では杭の設計用せん断力を3分の1に低減していいか、という話になります。実際、新館の上部構造は3分の1ではありませんが、非免震の9割くらいには低減しています。しかし、それは設計用地震動の仮定によるものであって、地震では何が起こるか分かりません。長周期震動や、アスペリティ、そのほか条件の違いによって地震動が倍や半分にもなることは容易にあるうるので、免震構造だからといって何でも信用していいわけではありませんが、とにかく杭の設計用応力はかなり減らせるかもしれません。

 ところが、そう簡単な話ではないのです。杭は地中に埋め込まれているので、上から力がかからなくても、地盤の強制変形によって相当程度の力が生じる可能性があります。もちろん、きちんとした設計ではそこまで考えられているのですが、計算するのが難しい。杭というのはよく分かっておらず、非線形の話も考えると仮定だらけで計算しているわけです。

図5:免震・非免震の新館上部構造の応答の比較

杭基礎の現地・振動台実験

 とにかく今は、主に仮説によって設計している。では実験をしたらどうなるか、それもやっているわけです。我々がやっているのは、実際の建物を使った実験です。実際の建物を横から押してみたりして基礎近くの地盤の応答を実験的に求め、それが仮説と合うか合わないかを確かめています(図6)。

図6:実際の建物での杭の静的水平載荷実験

 さらに実際にゆらさないと動的な性状は分からないので、振動台を使った実験も行われています。この方法は繰り返し実験が可能ですが、本当に地盤と構造物系を模擬しているかという問題があります。兵庫県三木市にある防災科学技術研究所のE-ディフェンス(実大三次元震動破壊実験施設)を使った振動台実験では、地盤を模擬した土槽に杭を入れ、その上に高さ20mくらいの構造物を載せて実験しています(図7)。この方法で仮説を確かめることが本当にできるか、という話もあります。実際の建物で、杭を埋めて、それが実際どういう挙動を示したか、ましてや免震のときにどうなったかを観測した例は、皆無に近い状況です。

図7:地盤杭構造物系の振動実験(E-ディフェンス)

 図8は、2006年4月21日に発生した地震の観測例です。地震研での加速度は数ガルと、とても小さい地震でした。そもそもこのデータを使えるのかというレベルなのですが、免震層では多少ゆっくりした応答になっています。

図8:観測例(2006年4月21日2:50伊豆半島東方沖M=5.4)

 杭端、杭中間、基礎下の三つの波形をとってきて差をとり、そのひずみレベルに落とさなければなりません。絶対変位にただ換算するのは簡単ですが、差をとってその差の変位をきちんと出すのは案外難しく、ここまでくるのにフィルタリングなど苦労しました。この試行により0.1mmオーダーの高精度で相対変位が算定可能であることが分かります。今後は、変位の真ん中がどのように曲がるのか、別途解析を進めていきます。

 以上、新館における強震観測の目的、計画、背景などを解説しました。

質疑応答

-- 杭の変位を測ることで、杭が傾いているのか、たわんでいるのかも分かるのですか。

壁谷澤:測っているのは加速度です。横のデータだけですから、傾きは起きますが回転はわずかです。基礎は、杭を完全に固定しています。だから、上部で回転は基本的に生じないと考えていただいてよいと思います。

-- 杭の中間と上では、変位はどちらが多いのですか。

壁谷澤:当然、上の方です。上がずっと大きく、ほとんど真っ直ぐに近く、中間がややたわんだ感じになるのですが、その変形状態が観測から出せればいいと思っています。

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