2.5.7 2011年東北地方太平洋沖地震に関する研究

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は,マグニチュード9という,これまで我々が東北沖で発生する地震に対して想定していた規模をはるかに上回り,しかも非地震的と考えられていた海溝軸付近の浅い場所で大きな地震動と巨大津波を励起した.この巨大地震を事前に想定することはできなかったが,震源域周辺の海域の観測体制がある程度整備されていたのに加え,1995年の阪神淡路大震災以降,陸域には地震(高感度・広帯域・強震),測地(GNSS)観測網が世界に類を見ないほどの高密度で展開されてきており,これらのデータに基づいて,東北地方太平洋沖地震の発生メカニズムやその後の余震・余効変動,さらには本震発生前の前駆的地殻活動に関する詳細像が明らかになってきた.

(1) 東北地方太平洋沖地震の10年前から続いたb値低下

東北地方太平洋沖で発生した過去の地震活動のb値を気象庁カタログ等を用いて解析した結果,2011年の東北地震発生の10年以上前から,震源域周辺でb値が低下していたことが明らかになった(図30).特にb値低下の大きな領域は,東北地震の大すべり域とよく一致する.また,東北地震発生後はb値が回復した.このb値変化は,巨大地震発生前に応力が集中してきたことを反映すると考えられる.巨大地震発生前後におけるこのようなb値変化は,2004年のスマトラ地震でも同様であった.一方,北海道の太平洋沖でもb値低下が生じており,2003年に十勝沖地震が発生した後も,b値の現象が継続していることから,今後に巨大地震が発生する可能性がある.

(2) 東北地方太平洋沖地震の発生前に見られたゆっくり滑りの伝播

2011年東北地方太平洋沖地震前のおよそ1ヶ月間の連続地震記録に対して地震波形の相互相関処理を行うことで,前震活動の詳細な時空間分布を推定した(図31).その結果,本震発生の約1ヶ月前の2月中旬と,約2日前の最大前震M7.3の発生後に,本震の破壊開始点へ向かう震源移動現象がほぼ同じ領域で2度起きていたことを明らかにした.それぞれの移動速度は1度目が2~5 km/日,2度目は平均約10 km/日であった.この前震活動には,ゆっくりすべりの指標と考えられている「小繰り返し地震」が含まれていた.2度の震源移動は本震の破壊開始点へ向かってゆっくりすべりが伝播したことを意味する.つまり,ゆっくりすべりの伝播が,本震の破壊開始点へ応力の集中を引き起こし,本震の発生を促した可能性がある.巨大地震発生に至るプレート境界でのすべりの挙動(地震の直前過程)に関する知見を深めるうえで重要な成果が得られた.

(3) 余震活動から描き出された2011年東北地方太平洋沖地震の大滑り域

余震分布の特徴と大滑り域の相補関係を東北地方太平洋沖地震の余震活動に適用することで,本震発生時の大滑り域の広がりを推定した(図32).新たに定義された大滑り域は,地震波や測地データを基に推定された滑り分布と同様に宮城県沖では広範囲に広がる一方,それらと比べてより複雑な形状を示した.特徴的な点として,南側の福島県沖・茨城県沖まで伸びる細長い大滑り域の存在が明らかになった.大滑り域の外側では,プレート境界面上のほぼ同じ場所で繰り返し発生する,小繰り返し地震も多数分布していた.この地震は,大滑り域から解放された応力による,大滑り域の外側での余効すべりを示唆している.

(4) 東北地方太平洋沖地震にともなう北茨城・いわき地域の誘発地震活動

北茨城・いわきの誘発地震活動域に展開した高密度な地震観測網のデータを用いて,震源域の詳細な地震波速度構造と高精度な震源分布を推定した.震源分布は北茨城地方において南西傾斜の明瞭な面上分布を示すが,いわき地方では小さな共役断層系からなる複雑な面上分布を示す.2011年4月11日に発生したいわき地震(M7.0)の震源の北側には,顕著な高速度体がイメージングされた(図33).この高速度体はいわき地震時の大滑り域に概ね一致し,高速度体内の余震活動は低調である.また,いわき地震の震源域の深部には流体の存在を示唆する低速度体ならびに低比抵抗域がイメージングされた(図21)(比抵抗モデルは2.5.4を参照).このような地殻内の不均質な構造が,誘発地震活動の時空間発展を規定していたと推察される.

(5) 東北日本の活断層の変動地形・古地震活動調査

東北太平洋沖地震の一月後に発生した福島県浜通りの地震に伴う地表地震断層について地表調査とトレンチ調査を行った(図34).一回前の地震発生は約4万年前であり,巨大規模の海溝型地震により上盤側で特異な伸張性の応力状態になった結果であることが分かった.内陸活断層の活動がプレート境界の挙動に支配されるこがを示された.

(6) 東北地方太平洋沖地震の余震観測

海底地震計データにより,余震の震源決定を行った.気象庁が震源決定を行っている地震のうち,2011 年3 月12 日から9月3 日までの期間で,1210 個再決定した.深さ方向の誤差は3km 以下,水平方向の誤差は5 km 以内である(図35).また,海底地震計観測網で再決定された余震と,気象庁の震源位置の差異を(図36)に示す.本震時に大きな滑りが推定されている本震震源付近では,余震活動が低調である.また,福島県沖から千葉県房総半島沖の震源域南部では,太平洋プレートに,フィリピン海プレートが接触していることが推定され,この領域では余震が少ないことから,本震時の破壊がこの付近で停止したことが示唆される.

(7) 東北地方太平洋沖地震の余震活動予測

国際共同実験である「地震活動予測実験[Collaboratory for the Study of Earthquake Predictability’ (CSEP)]」に基いて今後24時間後までの地震発生を予測する実験が,地震活動のクラスター性を用いる手法によって行われている.2011年東北地方太平洋沖地震の余震の発生予測実験をCSEPの予測実験で用いられているモデルによって,事後的に実施した(図37).M9の地震の発生を事前に考慮することなく,また,用いられた地震カタログは完全でないにもかかわらず,検証試験の結果,地震後の数日後からパスした予測モデルがあることがわかった.しかし,東北地方太平洋沖地震発生直後では,すべてのモデルが正しく予測することができなかった.今後数年間は日本中で地震活動が活発になる可能性があり,時間依存の地震発生予測を行う必要がある.本研究によって,時間依存の地震発生予測モデルを改良する必要性が示された.

(8) 2011年東北地方太平洋沖地震の静的・動的応力変化に対する地震活動の応答

中部地方の飛騨山脈付近で発生した近接した2つの地震クラスターに注目し,東北地方太平洋沖地震がもたらした静的・動的な応力変化に対する地震活動の変化を明らかにした(図38).西側クラスターの地震活動度は本震発生後に若干の増加を示し,静的応力変化により期待される地震活動度の増加と概ね一致する.一方,東側のクラスターでは,本震による表面波の伝播中に最初の地震が発生し,その後,西側クラスターに比べて非常に活発な活動が見られた.この活発な地震活動の要因として,静的応力変化だけでは不十分で,表面波が作り出す動的応力変化による断層強度の減少や,2次余震による影響が考えられる.

(9) 東北地方太平洋沖地震後の南関東での大地震の地震発生確率の変化

2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)(M9.0)の後,南関東の地震活動は活発化した(図39).この変化が大地震の発生確率に与える影響について,気象庁一元化震源に基いて調べた.この地震の後,M≧4の地震はb=1とするグーテンベルグ・リヒターの規模別頻度則でよく表せることが分かった.さらに,地震数の減少は,大森−宇津式でp = 0.5とした時によく一致した(図40).つまり,減衰の仕方は有意にゆっくりしている.これらの事実に基いて,M6~7の地震の発生確率を2012年3月30日を起点とした色々な期間に対して求めた.3年以内に発生する確率は,東北沖地震前に比べて高かったが,考えられる誤差を考慮すると,それより長い期間以内に発生する確率は,統計的に有意に変化していなかった.南関東における確率論的地震ハザードの評価では,時間だけでなく空間的にも変化していることに注意することが指摘された.