長尾・伊藤研究室

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研究概要

データ同化のための新しい4次元変分法

「データ同化」は、数値シミュレーションモデルと観測・実験データを、ベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であり、現代の気象予報はデータ同化が支えていると言っても過言ではありません。 気象予報を始めとする大規模な数値モデルに基づくデータ同化では、主に「4次元変分法」と呼ばれる手法が用いられていますが、従来の4次元変分法は、予測結果の不確実性を評価することができませんでした。 例えば、台風の進路予測でしばしば用いられる予報円は、中心位置の予測に関する不確実性を表現したものですが、これは4次元変分法とは異なる手法を用いて算出されています。

長尾研究室では、「2nd-order adjoint法」と呼ばれる手法を導入することにより、予測結果の不確実性評価が可能な新しい4次元変分法の開発に成功しました。大規模数値モデルに基づくデータ同化の場合でも、異なるデータ同化手法をアドホックに組み合わせることなく、この新手法によって予測およびその不確実性評価を統一的に実施することが可能となりました。

今後、本手法の様々な分野への展開が期待されます。本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Ito, S., H. Nagao, A. Yamanaka, Y. Tsukada, T. Koyama, M. Kano, and J. Inoue
Data assimilation for massive autonomous systems based on a second-order adjoint method
Phys. Rev. E94, 043307, doi:10.1103/PhysRevE.94.043307, 2016.

古記録からの微動検出に向けた深層学習モデル

2002年に深部低周波微動(微動)という通常の地震とは異なる性質を示す振動現象が世界で初めて観測されました。それ以降、微動に関する多くの研究がなされており、将来起こりうる巨大地震の予測に活用できるかもしれないと期待されています。しかし、現状では微動に関するデータは直近の約20年分しか存在せず、数十年から数百年の周期を持つ巨大地震との間の関係性を明らかにするためには、より長期間のデータが必要とされます。

本研究では、約50年前の振動波形が直接紙に書き記されている地震記録のスキャン画像から、専門家の目視による検出に代わって効率的に微動を検出するため、深層学習手法の一つである畳み込みニューラルネットワーク(CNN)に基づくモデルの開発に着手しました。古記録をもとに作成した人工波形画像を用いてモデルの学習を行った数値実験では、各画像に微動が含まれるかどうかのみを正解として与えた教師データを学習に用いたのにもかかわらず、モデルは画像内のどの部分に微動が含まれるかまで正しく検出できることが確認されました。

現在は、実際の古記録への適用に向けて実データを用いたモデルの学習・改良に取り組んでいます。本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Kaneko, R., H. Nagao, S. Ito, K. Obara, and H. Tsuruoka
Convolutional neural network to detect deep low-frequency tremors from seismic waveform images
Lecture Notes in Computer Science, Vol. 12705, pp. 31-43, doi:10.1007/978-3-030-75015-2_4, 2021.

磁性体で発生する相転移の理論的予測

「相転移」とは、温度や外場などを変化させたときに、物質の中での状態が大きく変わってしまう現象のことを指します。相転移のことを研究する上で、一番簡単なモデルが磁石です。とても薄いある種の磁性体のフィルムに外から磁気的な刺激を与えたのちに刺激を取り去ると、フィルムの上に磁力の強い場所と弱い場所の模様ができることが知られています。

本研究におけるコンピュータシミュレーションによって、この模様には大きく分けて3種類あることが分かりました。これらの模様にはお互いに徐々に変わるのではなく、ある値を超えると突然次の模様に変わる、という性質があります。これは相転移の典型的な例です。また、これらの模様は空間の対称性とスピンの対称性(N極とS極を入れ替える)によって自然に分類されることも分かりました。

本研究では,どの種類の模様ができるかを,対称性による相の分類を取り込んだ新しい方法を使って理論的に予測することに成功しました。そうやって得られた理論的な結果は、実際にコンピュータでシミュレーションした結果ともほぼ合っていることが確かめられました。今後は、磁石や岩石のような相転移を示す物質に対して、その物質の持っている見えないパラメータの値を推定するために,本手法を応用することを目指しています。本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Anzaki, R., S. Ito, H. Nagao, M. Mizumaki, M. Okada, and I. Akai
Phase prediction method for pattern formation in time-dependent Ginzburg-Landau dynamics for kinetic Ising model without a priori assumptions of domain patterns
Phys. Rev. B103(9), 094408, doi:10.1103/PhysRevB.103.094408, 2021.

首都圏地震動イメージング

巨大地震発生時に都市部における構造物の揺れを即時的に評価することは、構造物の被害の推定だけでなく地震後の迅速な復旧活動や二次的な災害の軽減につながります。構造物の揺れを計算するためには構造物直下における地震動を与える必要がありますが、すべての構造物において地震動を直接観測することは現実的ではありません。しかしながら、関東地方では首都圏における地震像の解明を目的として、2007年度以降、首都圏地震観測網(MeSO-net)が整備されています。都心部を中心に数kmの観測点間隔でおよそ300点の地震計が設置されており、稠密な観測網の一つといえます。先行研究(Kano et al., 2017)では、限られた地震観測記録から、レプリカ交換モンテカルロ(REMC)法により観測機器のない場所での地震動を推定する「地震動イメージング手法」を開発しました。

本研究では、この手法を実際にMeSO-netで得られた観測記録に適用して首都圏の地震動イメージングを行った上、構造物の揺れの簡易評価に用いられる速度応答スペクトルを計算しました。その結果、高層建築物で卓越する周期5-10秒の長周期地震動に対して、観測波形の大部分を説明可能な地震波動場のイメージングに成功しました。観測波形が再現されている上、推定された応答スペクトルも観測から得られる応答スペクトルと良い一致を示しました(図)。また、様々な規模の構造物の揺れの評価に向けて、周期1-10秒の地震動イメージングを行ったところ、振幅の大きな成分の直達波の地震動がある程度再構築でき、また応答スペクトルを再現することに成功しました。この結果は、構造物の応答評価という観点において、地震動イメージング手法が1秒程度の短周期帯まで適用可能であることを示しています。

今後の地震動イメージング手法の更なる高度化や高速化により、将来的に地震発生時の即時的な被害推定や二次災害の軽減に貢献することが期待されます。本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Kano, M., H. Nagao, K. Nagata, S. Ito, S. Sakai, S. Nakagawa, M. Hori, and N. Hirata
Seismic wavefield imaging of long-period ground motion in the Tokyo Metropolitan area, Japan
J. Geophys. Res. Solid Earth122, doi:10.1002/2017JB014276, 2017.

人工知能による約50年前の地震計紙記録からの低周波微動の検出

1995年兵庫県南部地震を契機にわが国で整備された高感度地震観測網Hi-netをはじめとする空間的に稠密な地震計ネットワークの構築により、スロー地震の一種である「低周波微動」(以下、微動)が西南日本で発見されました(Obara 2002)。微動は通常の地震よりもはるかに振幅が小さく、継続時間が数時間以上に及ぶこともあるのが特徴で、西南日本でも月に数回程度の頻度で発生していることがわかっています。微動は沈み込むフィリピン海プレートと上盤プレートとの境界に沿って、通常のプレート境界型大地震よりもやや深いあるいはやや浅い領域で発生しており、これらの大地震とも関連していることが予想されています。これまでの微動の発生時刻や震源位置をリスト化した「微動カタログ」(例えば、Obara et al., 2010)が公開されていますが、通常は複数観測点の連続地震波形デジタルデータから信号処理によって微動の検出を行っていることから、微動カタログはこれらのデータアーカイブが充実した2001年以降のものしか存在していません。南海トラフのプレート境界型大地震がおよそ100〜200年周期で発生していることを考えると、現代の地震観測網が構築される以前の微動を検出して、過去の微動カタログを作成することが極めて重要であることは明白です。

そこで本研究では、人工知能を利用して、約50年前に稼働していた東京大学地震研究所 和歌山観測所の大量の地震計古記録からの微動の検出を行いました(図1)。当時の地震計はドラムに巻かれた紙にペンで1日分の波形を直接描いており、近年、その画像化とデータベース化が進められています(Satake et al., 2020)。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)として残差学習モデルResNetを採用し、古記録を模した人工的な波形画像データ(Kaneko et al., 2021)および現代のHi-netのデジタルデータから生成した5万枚以上の波形画像データをCNNに学習させました。

学習済みのResNetを和歌山観測所 熊野観測点(三重県)で得られた1966年から1977年の古記録に適用したところ、これまでに知られていなかった当時の微動を多数発見することに成功しました(図2,3)。一方で、地震波形を紙に安定して記録するには多くの技術と経験が必要であり、ペンの太さの時間変化などが微動検出の障壁になる場合があることも判明しました。今後ますますデータベース化が進められていく古記録に普遍的に適用できるよう、文部科学省「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」(STAR-Eプロジェクト)のご支援によって最近導入した最新鋭の深層学習用GPU計算機を利用し、さらに大量のデータをCNNに学習させることにより、本研究で開発した古記録からの微動検出のための人工知能技術を強化していく予定です。本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Kaneko, R., H. Nagao, S. Ito, and H. Tsuruoka, K. Obara
Detection of deep low-frequency tremors from continuous paper records at a station in southwest Japan about 50 years ago based on convolutional neural network
J. Geophys. Res. Solid Earth, Vol. 128, Issue 2, doi:10.1029/2022JB024842, 2023.

大規模データ同化に基づく摩擦特性空間分布不確実性の高解像評価

地震は断層がすべることで発生しますが、その運動形態は断層面内に発生する摩擦力の空間分布に依存します。 摩擦力の空間分布の詳細を調べることは複雑な断層運動の物理的理解に大きく役立ちます。地下深くの断層を直接見て調べることは困難なので、取得可能な限られた観測データを使って、「現実に観測されている運動が実現されるには摩擦力の空間分布はどうあるべきか」を推定し、さらに、その不確実性の空間分布を評価することで、「主要な運動に寄与している場所はどこか」を推定する必要があります。 これらを達成するために地震のシミュレーションモデルとベイズ統計学を合わせたデータ同化などの手法が近年利用されつつありますが、地震のモデルは一般に規模が大きく、既存のデータ同化法では「次元の呪い」により計算が大規模化し推定が困難になるという問題がありました。 この計算量的な困難さは推定したい空間分布の解像度を制限してしまうので、本来あるべき空間分布の詳細な構造およびその不確実性の評価を達成するための新しい手法の開発が求められています。

本研究では、近年提案された数値解析の知見に基づいた新しいデータ同化手法(Ito et al., 2021)を豊後水道沖のスロースリップ発生帯を模擬した地震モデル(Hirahara et al., 2019)へ適用し、摩擦力空間分布の不確実性を高解像・高精度に評価する手法を開発しました(図1)。 これにより、解像度を制限することなく不確実性の詳細な構造を現実的な計算量で評価できるようになりました。本研究成果は、地震運動の物理的理解への一助となるだけでなく、推定される詳細な不確実性の構造と運動の比較に基づいた効率的なデータ取得の指針へのフィードバックなど、実用的な問題への貢献も期待されます。本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Ito, S., M. Kano and H. Nagao, Adjoint-based uncertainty quantification for inhomogeneous friction on a slow-slipping fault, Geophysical Journal International, Volume 232, Issue 1, January 2023, Pages 671–683, https://doi.org/10.1093/gji/ggac354

地震波形の全体・局所領域に対する複数の深層学習モデルを統合した地震検出手法

図1: 開発した深層学習モデルのアーキテクチャ。南北、東西、上下3成分の4秒波形全体を用いた全体モデル、及び前半2秒、後半2秒波形を用いた局所モデルを作成し、各モデルの検出確率の積を最終検出確率と定義した。
図2: GPD法では地震波形と誤検出する一方、提案手法では正しくノイズと判定できた波形例。横軸は時間、縦軸は規格化(最大振幅は1)された振幅を表す。上下方向成分の波形(100 Hz)を表示した。
図3: 群発地震(2016 Bombay Beach swarm)の検出例。上段:南北、東西、上下成分を重ね合わせた波形データ(100 Hz)。中段:GPD法による検出確率(0.1秒ごとに表示, 赤:P-波、青:S-波)。下段:提案手法による検出確率。

今日、地震検出は地面の動きを測定する地震計に基づいて行われています。 地表面は人間活動を含む様々な要因によって常に揺れ動いていますので、 地震を検出するためには測定された揺れの中から地震波特有の揺れを識別する必要があります。 従来の識別方法は揺れ幅の急激な時間変化を評価し、閾値を超えた場合に地震波と判定していました。 近年、AI技術の発展に伴い、深層学習モデルに基づく地震検出AIの開発・研究がおこなわれてきました。 これまで蓄積された地震波データをAIに学習させ、従来手法では見落とされていた地震波の特徴を捉え、より精度よく地震を検出することが可能になりました。

本研究ではこうしたAI技術のさらなる向上のため、新しい深層学習モデルを開発しました。 具体的には畳み込みニューラルネットワークと呼ばれる深層学習モデルを用いたGPD(Generalized Phase Detection)法を発展させ、地震波形全体だけでなく、地震波形の局所的な情報も取り入れたモデルに改良しました(図1)。 このアイデアの基本は私たちの生活の中でも経験することです。例えば、蝶/蛾、梅の木/桃の木の識別は、遠方から全体だけを見ていると見誤ることがありますが、羽や花(局所情報)を注視すれば正確な識別ができます。 それと同様に、改良したモデルでは全体波形、及び局所波形、それぞれについて地震検出モデルを作成し、各モデルによる判別結果を統合したものを最終結果としました。 このように波形の局所情報を明瞭な形でモデルに取り入れる(つまり注視する)ことにより、誤判定しがちな波形をより精度よく判定できるようになりました(図2)。 連続波形データに応用した場合も、誤検出が少なくなることがわかりました(図3)。 本研究の成果として、検出精度の向上だけでなく、全体波形、及び局所波形それぞれについてモデルを作成するという検出モデルの新たな枠組みを提案したことも重要です。 これによりモデル作成についてのレパートリーが増え、地震を検出する対象地域に合った柔軟な検出モデル作成に貢献することが期待されます。 本研究の詳細については、下記の論文をご覧下さい。
Seismic-phase detection using multiple deep learning models for global and local representations of waveforms Geophysical Journal International, Volume 235, Issue 2, November 2023, Pages 1163–1182, https://doi.org/10.1093/gji/ggad270