鯰絵紹介
安政江戸地震と鯰絵
・安政江戸地震は、安政二年十月二日(1855年11月11日)の夜四ツ時(午後9~11時)に発生した内陸地震で、江戸市中での被害は、本所や深川などの低地で大きく、本郷や駒込などの台地では比較的軽微であった。
・直後に火災が発生して翌日の午前まで延焼し続け、7,000人以上の死者が生じ、多くの人々が屋外での生活を余儀なくされた。
・地震発生から約2ヶ月の期間に、地震鯰と鹿島大明神の俗説を題材として描かれた鯰絵が江戸市中に出回った。
・地震直後には、地震の鎮静化を期待して、鹿島大明神が地震鯰を押さえ込んでいる鯰絵があるが、江戸市中で再建工事が始まると、一時的に復興景気が生じて、地震鯰は世直し鯰として描かれた。
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鯰の掛軸
この鯰絵の上方には鯰を描いた掛軸が描かれており、地震後の復興景気によって儲けた職人や商人たちが、神主や僧侶に守られた鯰の掛軸を拝んでいます。地震直後は災いをもたらす元凶として地震鯰が描かれていました。しかし、江戸市中で再建工事が始まって復興景気が生じると、好景気で儲けた人々にとって鯰は有り難い存在となり、世直し鯰として描かれるようになりました。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000347 -
なんぢうやかぢ仮宅
この鯰絵は、信濃・大坂などの地震を表す鯰の姿をした男たちが、新吉原が焼失した後に臨時の営業所として営まれた仮宅を冷やかしに来た様子を描いています。上方には、鯰たちと女郎たちの掛け合いが記されており、鯰の子は「地震を起こす前に蒲焼にされてたまるか」と言って、次の大地震発生をほのめかしています。表題の「難渋や火事の仮宅」は、地震や火災で焼き出されて、仮屋住まいで難渋している人々の心情を表しています。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000543 -
瓢箪
この鯰絵には、職人の姿をした恵比寿が瓢箪で鯰を押さえている姿と、鯰の息から生じた場面で、地震後の復興景気によって儲けた職人たちが、酒宴を開いている様子が描かれています。恵比寿は神々の留守居を勤める留守神であり、鹿島大明神に代わって瓢箪で鯰を押さえています。この瓢箪で鯰を押さえる構図は、東海道の大津宿付近(滋賀県大津市)で土産物として売られていた大津絵の画題である「瓢箪鯰」を元にしています。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000541 -
かべ土も落ちてうるほふ銭だるま
この鯰絵では、地震で崩れ落ちた土壁の穴から、鯰のような衣を身に着けて、小判やさし銭などで作られた顔の達磨が現れています。今度の地震と火災で、富裕層は所持していた家屋敷を失い施金を強いられました。上方に書かれている短歌は、金持ちがこれまでに貯め込んだ金銭が地震で無に帰したことを詠んでいます。これは、人間はもともと無一文であるという禅の諦観を表しているものです。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000503 -
世直し鯰の情
この鯰絵の詞書には、地震の時に人々を助けたのは伊勢神宮の神馬ではなく鯰たちであり、鯰を悪く言わない人々だけを助けたことが書かれています。下方には人間の姿をした鯰が、潰れた家の下敷きになった人々を助ける様子が描かれています。この鯰絵からは、地震を起こす張本人としてではなく、社会悪や病魔を取り除く救済者として、鯰が崇拝され賞賛されていたことがわかります。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000552 -
大津ぶれぶし
表題の「大津ぶれぶし」は、地震で多くの建物が潰れた「大潰れ」と、大津絵を題材とした俗謡である「大津絵節」を掛けたものです。大津絵とは、江戸時代に近江国(滋賀県)の大津宿付近で土産物として売られていた手彩色の戯画のことです。上方の詞書は、俗謡の大津絵節の替え唄であり、下方の絵には、鯰の芸者が弾く三味線に合わせて踊る鯰の職人が描かれており、地震後の物価や賃金の高騰を鯰に謡い踊らせています。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000568 -
地震用心の歌
この瓦版の上方には、五首の短歌が書かれており、魚・鳥・虫・草・木の名前を短歌に折り込んで、地震に対する人々の感情を表しています。下方の絵には、障子や襖・戸板などで四方を囲った仮小屋で過ごしている人々が描かれています。地震とその後の火災によって焼け出された江戸の人々が、打ち続く余震におびえながら、不自由な生活を送っていた様子がわかります。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000520 -
鯰と職人たち/鯰大尽の遊び
この鯰絵には、地震後の復興景気によって手間賃が高騰し、にわかに儲けた大工や左官などの職人たちが、鯰大尽のおごりで宴を催している様子が描かれています。鯰は職人たちに「何か面白い芸をやってくれ」と言っていますが、職人たちは「ちょっと気が重くてやれない」と言っています。地震と火災で潤った職人たちは、他人の災難に乗じて儲けたことに、後ろめたさを感じていた様子がうかがえます。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000547 -
治る御代 ひやかし鯰
この鯰絵には、地震後の復興景気で賑わう仮宅へ、冷やかし半分に見物に来た鯰や職人たちが、女郎に恨み辛みを言われている様子が描かれています。仮宅とは、新吉原が地震や火災で営業ができなくなった時に、江戸市中の家屋を借りて設けられた臨時の営業所のことです。仮宅は、地震後の十月二十日に営業の申請がなされ、十一月四日に許可を得て十二月から翌年春にかけて営業されました。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000544 -
玉屋地新兵衛桶伏の段 火夜苦の門並
この鯰絵は、浮世草子「玉屋新兵衛 小女郎」に基づくもので、「玉屋地新兵衛」の「地新」は「地震」を表しています。下方の絵では、桶伏の刑になった鯰の新兵衛に、鯰の小女郎が酒の入った瓢箪を差し入れている様子が描かれています。桶伏とは、遊女屋の支払いができなかった客が、窓のついた大きな桶をかぶせられて道端にさらされた新吉原の私刑のことです。上方の詞書は、必ずしも下方の絵を説明しているものではありません。
東京大学地震研究所図書室特別資料データベースレコードID:L000554
【参考文献】
・木下直之・吉見俊哉 編『ニュースの誕生 かわら版と新聞錦絵の情報世界』(1999)
・コルネリウス・アウエハント著,小松和彦・他 共訳『鯰絵-民俗的想像力の世界』(1979)
・宮田登・高田衛 監修『鯰絵-震災と日本文化』(1995)
鯰絵はすべて東京大学地震研究所所蔵
※このWebサイトは2013年の東京大学地震研究所一般公開で展示した“図書室展示:江戸の鯰たち~幕末の江戸に群れる地震鯰~(地震研究所図書室・地震火山噴火予知研究推進センター・地震火山情報センター)”を基に作成しました。
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