大西洋の爆弾低気圧によって励起された脈動実体波

Teleseismic S wave microseisms, Kiwamu Nishida, Ryota Takagi, Science, 2016, Vol. 353, 919-921, doi:10.1126/science.aaf7573

ポイント

  • 大西洋で発生した爆弾低気圧による海洋波浪が励起したP波・S波を日本の観測記録を使って検出しました。震源情報を定量化することによって、その発生メカニズムを明らかにしました。
  • 嵐によってP波だけでなくS波が励起されていることを初めて検出しました。
  • 嵐によるP波・S波を利用することで、地震・観測点ともに存在しない、海洋地域を通過する嵐直下の地球内部構造を推定し、新たな地球科学的な知見を与える可能性があります。

大西洋で発生した爆弾低気圧

海が荒れると、海洋波浪が脈動(注1)と呼ばれる地震波を励起することが知られています。 脈動を構成する地震波の中でも、特に地表付近を伝わる表面波 (Rayleigh波Love波) と呼ばれる地震波の振幅が大きい事が知られています。脈動表面波は世界中大陸の真ん中でも観測され、 特に波浪の高い場所付近(~1000 km)で振幅が大きいことが知られています。

2014年12月9日爆弾低気圧が大西洋で発生しイギリスやアイルランドに被害をもたらしました。 次の週の研究グループ内でのミーティングで、日本の地震計で見えないかと話題になりました。 時として脈動は10000 km以上伝播することが知られているからです。 そこで日本のデータを解析してみることにしました。

日本の地震計で大西洋の嵐を追跡する

大西洋で2014年12月9日に発生した爆弾低気圧時の地震計記録を解析しました(図1)。12月9-11日の期間の 日本列島の高密度の地震計観測網Hi-netの地震計記録(3成分)を解析した所、爆弾低気圧によって励起された周期5-10秒のP波を を検出しました。 大西洋から伝わる表面波は検出できませんでしたが、 P波は地球深部を10000 km以上伝わり日本にまで到達していたのです(図2)。 観測されたP波の振幅は0.1μmと一見小さいですが、 同じ地域で起こったマグニチュード6の地震にも匹敵します。 日本付近の波浪によって励起された脈動よりも大きくもありました。 さらに驚くべきことに、P波と同時にS波(水平方向に偏光したSH波、鉛直方向に偏光したSV波)ともに検出しました。S波の検出は 世界で初めての事です。 特にSH波は理論的にはSV波に比べ桁で小さいと予測されていたため、驚きの観測結果です。

地震波逆伝播法を用いて震源の位置を精密に推定した所、低気圧の移動にともない震源が移動している様子が明らかとなりました(図3)。 12時間かけて北東に移動し、次は南へ進路をかえ、さらに12時間後には東へと進路を変えたことが分かります。海底地形と比べてみると、 震源は等深線に沿って移動している様子が分かります。これは特定の水深で脈動実体波が共鳴して振幅が大きくなっている事を示してい ます。またS波の震源はP波より若干西側の堆積層が厚い領域に推定されました。これは堆積層内のS波速度が遅いため、S波が堆積層に 閉じ込められて、 結果として振幅が強調されていると解釈できます。また、堆積層内で多重反射する際にSV波のエネルギーの一部がSH波に変換したと 考えられます。P波・SH波・SV波にどの程度のエネルギーが分配されているかは、今後脈動の励起メカニズムを探る上で重要な観測量 となるでしょう。

図2 爆弾低気圧によって励起された地震波の伝播を示した模式図。

より定量的に理論を検証するため、海洋波浪モデル(WAVEWATCHIII)を使ってP波の理論的な予想値と比較しました。 すると、震源位置・強さともに理論値と観測から推定した値と整合的であることが分かりました。以上の結果を総合すると、 P波の振幅はこれまでの理論でおおよそ説明可能ですが、S波について定量的な比較は未だ難しい事が分かりました。 今後、理論の高度化が重要となってくるでしょう。

図1 爆弾低気圧と地震計の位置を示した。

用語解説:

(注1) 脈動: 海洋波浪起源のランダムな地震波
 地球は地震が起こっていない間も常にゆれ続けている。1 秒より短周期帯では人間の活動が主な励起源である。周期が1 秒より長くなると、人間活動起源の振動は小さくなってくる。これは周期が長くなるにつれて地震波の波長が長くなるため、励起源がより深い(kmスケール) 領域まで揺すらないといけないためである。  周期1秒より長周期の帯域では、海洋波浪が固体地球を常に揺すっており、表面波 (Rayleigh波Love波)を常に励起している。この現象を 脈動(microseisms)と呼ぶ。卓越周期は約15秒のprimary microseismsと約7秒のsecondary microseismsに分かれる。secondary microseismsの振幅の方が桁で大きい。海から遠くはなれた大陸の中央でも、脈動ははっきりと観測される。海洋波浪は海上を吹く風によって発生する。特に台風が通過するときには波高が高くなるため脈動が顕著に観測される。

嵐直下の地球内部を調べる

このような海洋波浪起源の地震波は、 近年、地球内部構造を調べる上で注目されています。 地震波を用いた構造探査手法は、全地球スケールの地球内部構造を知る上で大きな役割を果たしてきました。 その解像度は地震分布の偏りに大きく制約されてきました。近年この問題点を解決すべく、 海洋波浪によって励起された脈動を使い観測点間の構造を抽出する手法(注2: 地震波干渉法)が発展しきてきました。 実際に多くの地域で、地殻構造・上部マントル構造が決定されるようになってきましたた。しかしながら、 地震波干渉法は地震分布の偏りを克服することには成功しましたが、それでも構造推定は観測点の分布により制約されることとなります また、海洋波浪起源の脈動には地表付近にエネルギーを持つ表面波の振幅が大きいため、 地下深部構造の推定は原理的に難しいことが知られています。

近年、遠方の嵐が励起した脈動のP波成分が報告され注目され始めています。先行研究では数1000km以上離れた嵐が励起した P波が観測可能なことが示されており、励起源の空間分布が推定され議論されてきました。 この研究ではさらに一歩踏み込み、嵐によって励起された脈動実体波成分が点震源で表現出来るという事を示しました。 S波の存在も理論的には予測されていたが実際に観測されておらず、この研究で初めて実証しました。 実体波(P波・S波)は地球深部を伝播するため、 地球の深部構造を推定するためには重要な波です。しかし、 海洋波浪起源の表面波に比べ振幅がとても小さく、未解明な点が多く残っていました。この研究ではその点を明らかに した点でも重要です。

これらの研究結果はは地震に変わる新たな地球内部を照らす光を見つけ出した事を意味し、 嵐直下の地球内部構造推定できる可能性を示しました。 言い換えると、地震、観測点ともに存在しない海洋直下の構造を推定できる可能性を示唆し、 地球内部構造に対して大きな知見を与える可能性があります。台風・ハリケーン・爆弾低気圧など局在化された強い気象擾乱は 各地に存在します。今後これらの事例を集めカタログ化し、今後、地震がなく地震計がない地域(特に南半球)の地球内部構造推定を 目指していく予定す。

図3 推定されたP波、SH波、SV波の震源位置。(i):12月9日 0時 (ii) 同12時 (iii) 12月10日 0時 (iv) 同12時 (v) 12月11日 0時 でのP波の震源の位置を示している。地図の色は水深を示しており、 震源が等深線に沿って移動している様子が見て取れる。

(注2) 地震波干渉法: 脈動を使って地球内部構造を調べる手法
 地球内部の状態を知る上で、地震学的な手法は重要な役割を果たしてきた。地震が引き起す地震波は、固い場所を通ってくる場合には観測点に早く到達し、柔らかい場所を通ってくる場合には遅く到達する。1980年代以降、この到達時刻の“ずれ”をCTスキャンに似た方法で調べる事によって、地球の3次元的な内部構造が調べられてきた(地震波トモグラフィー)。地震以外の現象が引き起こす地面の揺れを使って地球の内部構造を知るための手法が地震波干渉法である。  2004年にShapiroらは、脈動と呼ばれる周期10秒程度の海洋波浪起源の地震波を使って、米国カリフォルニアの地殻構造を推定する事に成功した。脈動は、単に地震観測をする上での“ノイズ”であると、長い間考えられてきた。脈動は常に色々な方向から到来しているため、“地震”が引き起こした地震波を隠してしまうためである。彼らは、色々な方向から常に到来しているという事実を逆手に取り、脈動の伝わり方から地球の内部構造を調べることに成功した。 地震波干渉法と呼ばれる手法である。この研究に続き同種の研究が盛んに行われるようになった。