カテゴリー別アーカイブ: 部門・センターの研究活動

3.9.1 計算地震工学分野での大規模数値解析手法の開発に関する研究

(1) 断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発

断層-構造系システムとは,対象とする断層と構造物から成る地殻と構造物のモデル である.断層から生成される強震動と,その強震動に対する構造物の地震応答を計算 するために使われる.開発されてきた独自のマルチスケール解析手法を改良し,大規 模化・高速化を実現し,断層-構造系システムの解析を行っている.なお,大規模 化・高速化の結果,従来の手法を凌駕する時間・空間分解能で,断層から伝播する地 震動に対する構造物の地震応答を計算することに成功した.断層-構造系システムの根幹である地震波動の計算では,地盤・地殻構造の幾何形状 を詳細にモデル化することが重要であり,このためには有限要素法を用いる必要があ る.しかし,有限要素法は差分法に比べ,計算コストが膨大となる.数理的な観点か ら分析し,計算コストを低減させる効率的なアルゴリズムを考案し,マルチスケール 解析手法の計算コードに実装した.実装に際して並列化性能を上げることにも成功し た.断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発では,このように基礎的な数 理研究と計算科学研究にも重点が置かれている.
首都直下地震を対象として,山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析を行え るだけの解析技術が整いつつある.10Hzまでの精度保証可能な1000億自由度級の有限 要素法モデルを用いて,断層から地表までの地震動解析,地表近傍の堆積層による地 盤震動解析を行う.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立 脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞 のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年2015年の2年連続で選ばれ た.また,ポスト「京」重点課題アプリケーションのひとつとして選定され,ポスト 「京」計算機上へ向けたチューニングが実施されている.
断層-構造系システムの具体的な対象として,大規模地下トンネルや原子力発電所と いった実際の大規模構造物も挙げられる.実構造物に忠実な大自由度の解析モデルを 構築し,改良されたマルチスケール解析手法を適用し,地震応答を計算している.構 造物の特性を理解するためには,民間企業等の協力が必須であり,共同研究を介する ことで実構造物のより現実的な地震応答解析手法の構築をすすめている.地殻構造の 幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されている ことから,構築中の技術のこれらの解析への展開も進められている.2016年には,日 本列島全てを含む広領域において高詳細な地殻モデルから構築した100億自由度以上 の有限要素モデルを用いた弾性・粘弾性地殻変動解析等が行われた.また,2兆自由 度を超える有限要素モデル構築技術及びこれを用いた地殻変動解析技術を開発し,プ レート境界の応力分布推定のための超高分解能有限要素解析が可能であることを示し た.これらの成果は,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な 国際会議のひとつであるSCにおいて受賞するなど計算科学の分野においても高い評価 を受けている.

(2) 統合地震シミュレーションの開発

統合地震シミュレーションとは,断層から都市各地点までの地震波伝播過程,各種構造物の地震応答過程,そして地震被害に対する人・組織の行動をシームレスに計算するものである.地理情報システムに蓄積された都市データを利用して構築された大規模都市モデルに対し,地震学・地震工学・社会科学の分野で開発されたさまざまな数値解析手法を利用して,大規模計算を行う.この統合地震シミュレーションは,「京」計算機の戦略分野3「防災・減災に資する地球変動予測」の課題の一つとして,また,ポスト「京」重点課題アプリケーション開発の重点課題(3)の「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」の一つとして取り上げられている.
本年度は,validation(モデルの妥当性やパラメータの合理性)を進めた.東京工業大学との共同研究において,宮城県の一地区を対象に,地盤ボーリングデータと1,000戸程度の木造家屋データを収集し,地盤と家屋群の都市モデルを構築した.対象地区で観測された地震動を使って,地盤増幅と建物の地震応答のシミュレーションを行い,その結果から木造家屋の被害の再現を試みた.家屋のモデルには未知パラメータがあるが,パラメータの確率分布を設定し,被害も確率的に評価した.被害を過大評価するよう,パラメータの設定を安全側に設定したため,大破・中破の判定は過大評価であった.しかし,木造家屋の地震応答解析の代わりに,フラジリティカーブを用いる既存方法と比較したところ,大破の推定精度が約半分程度に向上することが確認された.
本年度はさらに,統合地震シミュレーションを利用し,多様な地震動を受ける際の建物被害の変容を分析した.一般に,地盤の固有周期と建物の固有周期が一致する場合,他の場合に比べて被害が増加することが知られている.統合地震シミュレーションでは,地盤の固有周期という離散的な指標ではなく,個々の地盤には,地盤応答が比較的大きくなる周波数域(増幅周波数域)があり,この周波数域に構造物の離散的な固有周期が含まれていると,被害が増加することが示された.すなわち,建物の固有周期が地盤の増幅周波数域から外れると,被害が小さくなる可能性は高い.地盤増幅周波数域-建物固有周期と建物被害の関係を明確にすることは,被害軽減に直結すると考えられる.

(3) メタモデリング理論

構造物の地震応答を解析する際,モデルの選択は重要課題である.精緻なソリッド要素有限要素法のモデル,柱・梁・シェルの構造要素を使ったモデル,フレームや質点-バネを使った簡略化されたモデル,等さまざまなモデルがある.各々のモデルは独自の物理モデルに基づき,その結果,毒に数理問題に帰着している.そのため,モデルの優劣は実験結果の再現精度によっている.重要な挙動が選択されているものの,実験の計測には限界があり,モデルの優劣は計測されていない挙動の予測精度も左右する.
2013年度からこのモデルの質の問題を解決するため,メタモデリング理論の構築に取り組んでいる.メタモデリング理論は,連続体力学にも基づく物理問題を設定し,それをラグランジュアンとして定式化する.ラグランジュアンからは波動方程式が導出されるが,数理近似を加えると,他の形式の微分方程式が導かれる.このように数理的近似に導出された方程式をモデリングと称する.連続体力学の物理問題と同一の物理問題を解くという意味で,数理的近似から導出されたモデリングは連続体力学のモデリング(波動方程式)と整合し,かつ,波動方程式の近似解となることが保証される.
重要構造物の多質点系モデルや,支承等の接合部のバネモデルを対象に,メタモデリング理論を適用して,連続体力学と整合するモデルを構築する手法を開発した.この手法は,変位関数を近似するものであり,数理操作だけで適切な多質点系モデルやバネモデルが構築される.さらに,対象構造物や部材の非線形挙動に対しても,開発された手法を適用することで,非線形の多質点系モデルやバネモデルが構築される.近年,計算負荷が大きい多自由度の系に対し,計算負荷を低減させるために,その系の特徴を失わずに少自由度の系を構築する方法はモデル縮約として注目を浴びている.メタモデリング理論に基づく多質点系モデルやバネモデルを構築する方法は,合理的なモデル縮約の方法とも考えることができる.

(4) マルチエージェントシステム

マルチエージェントシステムとは,都市等を模擬した計算機の仮想空間であるエンバイロンメントの中を自律的に行動するエージェントを使う数値解析手法である.エージェントは人や組織を模擬するもので,独自のデータを持ち,その意味で「個性」を持つ.実際の都市空間を模擬するエンバイロンメントを使うことで,マルチエージェントシステムは.人・組織の行動に対してリアリティのあるシミュレーションを行う.
津波からの群集避難に対して,マルチエージェントシステムの開発を進めている.エージェントは,身体能力・地図等のデータと,「(周囲を)見る」,「(避難路を)考える」,「(避難)行動する」という機能を持つ.居住者や旅行者,自動車の利用者等のエージェントが開発されており,最適経路の選択や追い越しの機能を持つことで,群集避難の際の渋滞の発生・解消の状況のシミュレーションを行うことができる.
エンバイロンメントは実際の都市の道路ネットワークを模擬したものである.過去の経路や最適経路の探索にはネットワークはグラフ形式のデータとして表され,周囲を見て行動する際はグリッド形式のデータとして表さられる.この結果、避難場所の位置の情報を処理することが容易となり,地震動による建物被災の結果,生じうる道路閉塞も模擬することができる.
昨年度に引き続き,マルチエージェントシステムの並列化を進めた.具体的な成果として,「見る」の機能に関して計算効率を大幅に増大させることに成功した.「見る」は360度の全方向において,前方にある事物を認識することが基本的な機能であるが,周囲にある事物のデータを使って,前方にある事物を正確かつ効率よく認識することが必要である.アルゴリズムの改善によって正確性をさほど犠牲にすることなく,効率性を向上することに成功した.また,エンバイロンメントに使うデータは建物データであったが,これを道路ネットワークデータに変更することに成功した.建物データの場合,建物がない空間をエージェントが移動できる空間としていたが,道路ネットワークデータを使うと,道路の幅を設定したり,車道・歩道を区別することもできる.より現実的な道路ネットワークのエンバイロンメントが構築可能となった.

3.9 巨大地震津波災害予測研究センター

教授 堀宗朗 (センター長),佐竹健治(兼務),佐藤慎司(工学系研究科,兼務)
准教授 市村強,ラリス・ウィジャラットネ,長尾大道
特任研究員 秋葉博,加納将行,伊藤伸一,Aguilar Melgar Leonel,Jayasinghe Supun
学術支援専門職員 阿部宏
外来研究員 桑谷立,中野慎也,羽場一基,澤田昌孝,阿部雅人,大塚悠一,椎名祐太,高橋勇人,中釜裕太,山本実
大学院生 Supprasert Sumet (D3),Riaz Muhammad (D3),Hewa Boruppage Ireshika (D3),縣亮一郎 (D3),Petprakob Wasuwat (D2),Adhikari Pradip (M2),石川大智(M2),為近奈央 (M2),山下茜 (M2),伊原翔 (M2),Quaranta Lionel (M2),勝島啓介(M1),黒河天(M1),山口拓真(M1),吉行淳(M1),Gill Amit(M1),Singhal Nishant(M1)
学部学生 猪苗代大路,山川一平
インターンシップ研修生 Mirzajani Nanehkaran Mohsen

巨大地震津波災害予測研究センターは,東日本大震災を契機として2012年4月に設立された研究センターである.巨大地震・津波と災害の予測に関する新しい計算科学の研究領域を開拓することを目的としている.新しい計算科学の研究領域は,解析手法の開発・利用による情報生成と各種解析結果の情報統合という分野である.情報統合は観測・実験等の融合強化も含む.また大規模数値計算を基盤とした理工学連携を進めることで,巨大地震・津波と災害の予測研究分野での新しい人材育成に貢献することも本センターは目指している. 巨大地震津波災害予測研究センターセンターのミッションは,大規模数値計算を使った巨大地震・津波と災害の予測研究である.このために,情報生成と情報統合の2つの分野を設け,理工学連携強化とシミュレーション研究統合を進めている.センターのスコープは,地震・津波・災害という対象に限定されるものではなく,新しい計算科学という手法も含んでいる.観測.実験の融合のための計算科学手法の研究開発や,火山噴火に関わる大規模数値計算の研究開発も進められている.

3.8.3 国際活動

2015年1月15~16日に東京都内で国際ワークショップInternational Workshop on KamLAND Geoscience; Toward Enhanced Reference Earth Models for Geoneutrino Analysisを東北大学ニュートリノセンターと共同主催し,わが国を含む3ヶ国から30名の参加を得た.

2015年6月7-9日に「MUOGRAPHERS 2015-素粒子,光がもたらす未来の技術は地球の可視化に革命をもたらすか」を田中宏幸教授が主宰した.この国際会議は東京大学地震研究所主催,同大学大学院理学系研究科,大阪大学大学院工学研究科,東北大学ニュートリノ科学研究センターの共催,駐日ハンガリー大使館,ハンガリー科学アカデミー,Nature Publishing Groupの協力により実現した.日本,英国,ハンガリー,インドネシアより160名の参加を得た.

2015年6月7日にハンガリー大使館及び外務省支援の下,MUOGRAPHERS 2015のPre-conferenceをハンガリー大使館内で開催し,日ハンガリーから約50名の参加を得た.これに引き続き,同大使館で東京大学地震研究所,ハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの国際協定の調印セレモニーを行い,素粒子を用いた地球科学研究の推進に合意が得られた.同日午後のセッションでは,日ハンガリー科学技術政府間協議が外務省で開催され,両国において,地球科学等の新たな分野における協力の可能性につき,確認した.

2015年6月8日には,Nature Publishing Groupの協力により国際パネル「Visualizing the Earth with Muons, Neutrinos and Photons- Technological revolution in Earth Observation」を実施した.会議レポートは2015年7月号のNatureに掲載された.

2015年12月4日より(5月8日まで会期延長)特別展示『ミュオグラフィ――21世紀の透視図法』展を,日本郵政株式会社と東京大学総合研究博物館の協働運営施設「JPタワー学術文化総合ミュージアム インターメディアテク」にて,東京大学地震研究所,東京大学総合研究博物館の主催,イタリア国立原子核物理学研究所,イタリア国立地球物理学火山学研究所共催,在日イタリア大使館,駐日ハンガリー共和国大使館,駒澤大学,新日鉄住金株式会社の協力を得て,実施した.地震研究所と総合研究博物館において東大発の新技術をより広く一般の方々に向けて発信するために企画されたもので,日本・イタリア国交150周年記念事業と認定されている.

3.8.2 ラジオグラフィー解析による研究

(a) ミューオンによる火山体内部のイメージング

 我が国は世界に先駆けて素粒子ミューオンによる火山透視(ミュオグラフィ)を成功させ,これまでにない解像度で火山浅部の内部構造を画像化した.例えば,浅間山では固結した溶岩の下にマグマ流路の上端部が可視化された.また,薩摩硫黄島ではマグマ柱上端部に発泡マグマが可視化された.これらはすべて静止画像であるが,2009年の浅間山噴火前後の火口底の一部に固結していた溶岩の一部が吹き飛んだ様子が透視画像の時系列変化として初めて可視化された.さらに,最近では薩摩硫黄島においてマグマの上昇下降を示唆する透視映像が3日間の時間分解能で取得された.

 これらの成果は,ミュオグラフィが火山浅部の動的な構造を把握し,噴火様式の予測や,噴火推移予測に有用な情報を提供できることを示している.その一方で,現状には以下のような改善点も残されていることが痛感されるようになった.

  • ⅰ) ミュオグラフィデータ解析に時間を要し,仮に3日間の観測で十分な統計精度のミュオグラフィデータが得られたとしてもそのデータをすぐに透視画像として提供する事が出来ていない(解析の即時性の課題).
  • ⅱ)全ての火山学者が透視画像にアクセス出来る状況に無いため,火山学的研究とミュオグラフィとの相互インタラクションが乏しいこと(データへのアクセス性の課題).

桜島でのミュオグラフィ観測を例にとると,同点でのデータは,研究者が現地の計算サーバーにアクセスして,一定期間分を随時ダウンロードして解析しているのが現状である.

 これらの課題を克服して,リアルタイムで火山学者が透視画像にアクセス出来るようにするためには,

  • ①ミュオグラフィデータを自動的に処理して,そのまま透視画像として提供できる自動処理ソフトウェアの開発,
  • ②得られた火山体透視画像のオンラインデータベース化の環境整備を始めた.2016年度は,レンタル共用サーバー上に構築したウェブサイトに,観測点から高速かつ安定的にデータを自動転送するシステムの構築

が必要である.

 ①の課題をクリアするためには,観測装置にかかわる煩雑な諸元の補正を簡略に行うことが求められる.まず,ミュオグラフィ観測において,密度長の比とミュオンイベントレートの比が単純な関係式であらわされることを見出した(Tanaka and Ohshiro, 2016).ヘクトメートル水等量オーダーサイズの中規模ボリュームにおいて,この関係式を過去に行われた3つのミュオグラフィ観測の実例に適用して,その有用性を検証した.この論文はEuropean Geoscience Union (EGU)のハイライトジャーナルに選出された(2016年9月26日).また,②の課題をクリアすることを目指して,ミュオグラフィデータを観測点から高速かつ安定的に自動転送するシステムを試作した.

 原子核乾板を用いたミューオン観測は,スペイン・カナリア諸島の一つであるラパルマ島で実施した.同島では,1949年の火山活動により長さ数キロにわたる断層が生じた.地質学的調査及び考察から,この断層は大規模な山体崩壊の予兆であるとされ,崩壊が起きた場合,アメリカ東海岸まで高さ10mもの津波が届くという予測もされている.2016年に有効面積0.75m2の低雑音型乾板が3ヶ月に渡って設置され,現在, 回収・現像処理を経て,乾板中のミュオン飛跡の画像解析が進められている.

(b)  ラドン変換を用いた地球惑星物体の3次元イメージング

 ミュオグラフィを用いた3次元イメージングを試みた例としては,これまでに,2 方向からの観測を用いたTanaka et al.(2010)の研究がある.そこでは透視対象内部の密度値をさまざまに仮定して,観測結果をもっともよく説明する構造を決定するというインバージョン手法が取られている.一方,X 線CT として既に実用化されているラドン変換を用いた方法は,従来のインバージョンよりも再現性の高さや,計算速度において有利である.また,外形に関する先見情報も不要であるため,きわめて応用範囲が広い技術である.ミュオグラフィでは,これまで扱われて来なかったラドン変換の有用性を検証するため,数値シミュレーションを行なった.一辺が100m,密度3.0g/cm3の正四面体を対象物体とした1 年間の観測のシミュレーション結果から,観測点の配置を工夫すれば一定の分解能でイメージングが可能であることがわかった.また,従来のX線CT と異なり,観測の分解能やノイズ分布に非一様性が表れることがわかった.より現実的な物体に対する実証実験の準備として,静岡県伊東市の大室山火山(小型で円錐形状に孤立しているため,山体を囲うようにして検出器を設置しやすい)を選び,ミューオン透視のシミュレーションを行った.ラドン変換による密度再構成の系統誤差は,4点観測では21%に達していたものが,16点観測では9%,64点観測では6%と,観測点が増えれば誤差も小さくなる.観測効率からは少ない観測点のほうが望ましいことから,系統誤差の改善度とのトレードオフで実際の観測計画を立案することに役立つ.

(c) 大気ニュートリノおよび太陽ニュートリノを用いた,地球深部の化学組成・密度構造推定

低エネルギーのニュートリノは,断面積が極めて小さく,地球を容易に貫通するため,質量密度の測定には適さない.しかし,大気中で生成されたニュートリノの観測などにより,ニュートリノは質量を持ち,その結果,ニュートリノは伝播中に別のニュートリノに変化することが分かっている(ニュートリノ振動).なお,この現象はスーパーカミオカンデによって発見され,その功績によって本学宇宙線研究所の梶田教授は2015年にノーベル賞を受賞したことで広く知られるようになった.

ニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する割合は,ニュートリノと他のニュートリノの質量の差,エネルギー,伝播距離,媒質中の電子数密度で決まる.したがって,電子ニュートリノが他のニュートリノに変化する割合を,エネルギー毎に測定すれば,地球内部の電子数密度を測定できる.ニュートリノ振動測定で得られた電子数密度と,地震波測定等で得られている物質密度とを組み合わせることにより,地球内部の平均的な化学組成を測定することが可能となる.この手法を,既知の地球の物質密度分布と組み合わせることで,原子番号(Z)と原子量(A)との比(A/Z比)をイメージングすることも可能である.

これまでは大気中で生成されるニュートリノに限定して,感度見積もりを行ってきた.今年度は太陽内部で生成されるニュートリノが,下部マントルの電子数密度測定に有用であることを見出した(図3.8.2).その過程において,現在用いられている太陽ニュートリノの断面積の計算式は,次世代のニュートリノ観測に求められる精度を持たないことが判明したため,新たに断面積計算を行った.また,PINGU計画の検出器構成の変更によって,地球外核の化学組成の測定感度が向上することを明らかにした.

2017年度以降は,以下の項目について研究を行う.

  • 太陽ニュートリノと大気ニュートリノを組み合わせて,下部マントルの化学組成や電子密度分布の測定を行った場合の,測定感度の見積もりを行う.下部マントル中に含まれる水の量は,これまで考えられていたよりも多い可能性があることが近年報告された.ハイパーカミオカンデ検出器やその他の実験結果を組み合わせて,下部マントルの水分含有量が測定可能かどうか,検証する.
  • ハイパーカミオカンデ計画や南極に建設が計画されているPINGU計画,ロシア国内に建設が計画されているBAIKAL-NERPA計画に積極的に参加し,ニュートリノ振動を用いた地球深部の化学組成の測定感度の向上に貢献していく.
  • 既存の観測データ(Super-KamiokandeやDeepCore)を複数組み合わせて,地球中心核の電子数密度ないし平均化学組成に制限を加える.この制限は地球科学的には有用ではないと予想されるが,ニュートリノ振動を用いた化学組成測定のデモンストレーションという観点で重要である.

(d) 地球ニュートリノグラフィの開発

 東京大学地震研究所と東北大学ニュートリノ科学研究センターは,KamLANDで得られる世界最高精度の地球ニュートリノデータを用いて,核-マントル中に含まれる放射性元素の量を世界最高精度で決定することを目標として,地震波速度構造を用いた島弧地殻の岩相モデリングに着手した.数か月に一回のペースで研究集会を開催し,より現実性の高い岩相モデリングを目指した議論を行ってきた.

 2016年度は地震波速度構造から得られた岩相分布の結果を用いて,日本島弧地殻のウラン・トリウム濃度を推定するために,一万点以上のデータ数,約100の論文や報告書のデータからなる,日本列島を構成する岩石の化学組成データベースを構築した.データベースを用いてモデル化された,日本列島を構成する各種の岩石のウラン・トリウム濃度を用いることで,日本島弧地殻ウラン・トリウム濃度の推定,ひいては地殻由来のニュートリノフラックスのより現実的な推定が可能となる.また,メルトの効果を加味した島弧地殻の岩相モデリングを行うために, メルト量や化学組成と,地震波速度の関係性の定量的なモデル化を行った.

 主に岩石の同位体比を用いた地球化学的研究によって,マントルの化学組成に全地球スケールでの不均質性が存在していることが指摘されている.全地球の火山岩組成の空間分布の解析を行い,ウラン・トリウムの濃度分布にも大規模構造が存在する可能性があることを示した.

3.8.1 素粒子検出デバイスの開発研究

(a)  ミュオグラフィ検出器 - 同期並列化とガス検出器

高い時間分解能でミューオン透視画像を取得できれば,火山噴火に関与するマグマの動きを動画として可視化することができ,火山学的なブレークスルーにつながる.前年度までの研究開発で,口径が1.5 m × 1.5mのミュオグラフィ装置を用いて,直径1~2kmの火山(薩摩硫黄島)を透視する場合,3日程度の分解能を達成することができた.しかし,桜島程度(直径数km)のサイズの火山を,1日より短い時間分解能で,透視画像を得ようとすると,ミューオン装置の受信部面積を現状の数平米から10倍以上に巨大化せざるを得なくなり,現実的ではなくなる.そこで電波干渉計アレイと同様のアイデアが浮上する.すなわち,多数の低雑音ミュオグラフィ装置を並列で稼動させ,それらの時間同期を取りつつ運用して,「実効的に」受信面積を拡大することである.この並列運用技術を実現するため,手始めに,ミュオグラフィ観測装置2台をつなぐ高速同期電子回路システムを開発し,並列運用試験を行っている.このシステムでは,独立したミュオグラフィ観測装置に10nsの時間分解能で時間情報を付加し,世界最高精度の並列ミュオグラフィを実現している.桜島ではこれまでに実績にあるシンチレーターベースのミュオグラフィ観測装置を並列化することで,世界最大の有感面積(4.5平米)によるミュオグラフィ観測が実現された.

さらに並列化は,エアボーン・ミュオグラフィへの展開を可能とした(http://www.nature.com/articles/srep39741).エアボーン・ミュオグラフィとは,航空機に小型のミュオグラフィ観測装置を搭載し,観測現場でホバリングすることで,地形的制約を受けずに自由な場所からミュオグラフィ観測を立案から観測までを短時間で実現する技術である.今回,有感面積0.25㎡の観測装置2台を並列運用することで,雲仙岳平成新山の山頂部中心の高密度領域と周囲の低密度領域の密度差を2時間半程度のホバリング(図3.8.1)で約2σの統計的有意度で分離できることを世界で初めて実証した.

 同技術は長期間のモニタリングには向かないが,装置の設置許可等も不要で,空港から観測現場へと迅速に到着することができることから,将来,ドローンなどの無人航空機技術と組み合わせることで,成長中の溶岩ドーム浅部などの内部状態をいち早くとらえる技術に発展することが期待される.また,地理的制約を受けないので,多方向から火山観測を行うことができ,高精度な3次元トモグラフィの実現にもつながる.

ガス検出器の技術を応用した低価格,軽量,高解像度ミュオグラフィ観測装置の実現を目指して,2016年度,第3世代ミュオグラフィ観測装置mMOS(multi wire proportional chamber muography observation system)の開発を行った.従来のガス検出器はゲインの温度依存性が強く,振動耐性も非常に弱く,野外のミュオグラフィ観測には不向きであったが,ハンガリー科学アカデミーウィグナー物理学研究センターとの国際共同研究によってこれが可能となった.検出器の位置分解能は従来のシンチレーターベースの検出器の10倍の1 cmである.単位有感面積あたりの重量,価格も一桁小さい.9月より実機を用いたラボベースでの実験観測を続け,結果としてすでに実績のあるシンチレーターベースの第2世代ミュオグラフィ観測装置と比べて高い解像度と近い性能を得ることが実証されたため,桜島に同機の設置を行い2017年1月20日よりテスト観測を開始した.

 (b) ボアホール設置型ラジオグラフィー

 宇宙線ミューオンは上空からのみ飛来する.したがって,断層破砕帯や地滑り面等の地下構造を透視するためには,測定対象を見上げるように,ミューオン検出器を地下深く掘削坑(ボアホール)等に埋設することが必要となる.ボアホールのような狭隘な空間では,センサーの有効面積を大きくとることが困難なであり,ミューオン・フラックスは限られた量しか得られないので,それを有効に活用する観測技術の開発が不可欠となる.

 2014年度までに,跡津川断層(岐阜県飛騨市の山中)近傍に掘削された最大深度350mのボアホールを利用して,深度100mまでのミューオン・フラックスデータを取得した.その解析結果では,断層破砕帯の走行方向に有意なフラックス増加を検出し,それが深度50mから95mにかけて存在する破砕帯沿いに期待される空隙率の増加と整合することが見出された.また,断層の傾斜角が従来のモデル(〜90°)とは異なり,約70°であることも判明した.これを受け,昨年度は検出器の高感度化・高分解能化のため,新型の検出器を製作した.新型検出器は,方位角方向8方向に分割された二層のシンチレーターで構成され,方位角方向に分解能を有する.また,検出器内の構成要素の配置を最適化し,シンチレーターの面積を最大化することで幾何学的に計算される検出器のアクセプタンスは約3倍となった.更に,電源供給を除く全ての装置を検出器筐体中に収め,超低消費電力データ収集エレクトロニクスを採用した.これらの改良により,検出器の感度・分解能および観測作業性が大きく向上した.

 今年度は,新型検出器を同ボアホールに設置し,試験的に地下100 mまで観測を実施した.データ解析の結果,前回の観測と矛盾のない方向にフラックス増加を認め,期待通りの方位角方向分解能向上および統計を得た事を確認した.今後は詳細なデータ解析を進め,検出器および周辺地形と断層を含めたシミュレーション結果と比較することで,断層の三次元構造を決定する.また,来年度は今年度の結果を基に検出器・データ収集系の改良および観測計画の調整をした後,地下350 mまで観測を実施し,より深部まで断層の三次元構造探査を進める.

 更にこれらと並行して第三世代検出器の開発に着手し,現行検出器では実現されなかった仰角方向分解能の実現と方位角方向分解能向上のため,シンチレーター構成および光検出器の変更とデータ収集エレクトロニクスの改良を進めている.

3.8 高エネルギー素粒子地球物理学研究センター

教授 相原博昭(兼任), 大久保修平(センター長), 田中宏幸
助教 宮本成悟, 武多昭道
特任研究員 保科琴代, 上木賢太, 山崎勝也
大学院生 長原翔伍(M2), 仲達大輔(D3), 高木悠(D2)

本センターの設置目的は,宇宙線ミューオンやニュートリノ等の高エネルギー素粒子を用いて,これまでにない高い分解能(10-100m程度)で断層や火山などの固体地球内部を透視し,地震・火山現象の解明と防災・減災に貢献することである.そのためには素粒子透視技術(ラジオグラフィー)の一層の高度化が必要となる.とくに素粒子検出デバイス開発に対しては,小型・軽量・低消費電力という野外観測からの要求に応えつつ,一方で空間的にも時間的にも高い解像度を確保することが,世界の中でのリーディング・エッジを今後も確保することが欠かせない.また,一方でこれまでは火山に限定されてきた応用分野を,地震断層等にも広げていくことが望まれてきた.これらのことを念頭に,当センターで進めてきた研究活動を以下に述べる.

3.7 海半球観測研究センター

教授 歌田久司,川勝均,塩原肇(センター長)
准教授 清水久芳,竹内希,山野誠
助教 一瀬建日,馬場聖至,綿田辰吾,竹尾明子(兼務)
学術振興会特別研究員 石瀬素子,南拓人
特任研究員 三好崇之,Noisagool Sutthipong
技術支援員 横山景一
外来研究員 川村喜一郎,多田訓子,濱元 栄起
大学院生 Liang Pengfei(D3),Li Ruibai(D1), Long Xin(M2)

3.6 火山噴火予知研究センター

教授 武尾実 (センター長),中田節也,森田裕一(兼)
准教授 市原美恵,大湊隆雄(兼),上嶋 誠(兼)
助教 及川純,金子隆之,小山崇夫,前野深,青木陽介(兼)
客員教授 伴雅雄
客員准教授 安井真也
外来研究員 嶋野岳人,鈴木由希,吉本充宏,長岡優,常松佳恵
大学院生 菅野洋(D1),大橋正俊(M2),山河和也(M1),Yuki Natsume (M1)

 火山センターでは,火山やその深部で進行する現象の素過程や基本原理を解き明かし,火山噴火予知の基礎を築くことを目指し,火山や噴火に関連した諸現象の研究を行っている.その基本的な研究方針は,2009年サイエンスプランで掲げられた「火山活動の統合的解明と噴火予測」と2013年11月に出された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究の推進について(建議)」に基づいている.本センターでは 2004年度に作成した「火山観測の将来構想」に基づき観測体制の整備を実施しそれによる観測研究を続けた.すなわち, a)観測網を強化し研究成果を上げるべき火山として,浅間山,伊豆大島, b)研究成果が短期的には大きく望めないが,将来のために観測を継続・改良すべき火山として,三宅島,富士山,霧島山. c)他機関が既に観測網を整備している等の理由で基本的には撤退する火山として草津白根火山を挙げ,この方針について全国の火山噴火予知研究コミュニティーで了解を得て,順次整備を進めてきた. 2010年度以降は,観測所等の施設は観測開発基盤センターに移管されたが,同センターの火山担当教員との協力・共同の元に研究方針に沿った整備を進めている.2011年1月26日に開始した霧島連山・新燃岳における約300年ぶりの本格的な準プリニー式噴火を契機に,我々は霧島山における観測体制の見直しを進め,全国の火山噴火予知研究者との協力の下に霧島山における観測網の整備を行ってきた.また,2013年11月には伊豆・小笠原弧の西之島において1973〜74年以来の噴火活動が開始し,2015年に入っても活動を継続していたが,2015年12月以降明瞭な活動の低下が確認され,2016年8月には火口周辺規制が500mに縮小された.それを受け,2016年10月に西之島の噴火活動後初めての上陸調査を実施し,噴出物試料の採取と旧島への地震・空振観測点を設置を行った.この間の火山噴火予知研究センターの主な成果をここに簡潔に纏める.広域の地殻構造解析と火山周辺の地震活動・地殻変動解析から,浅間山と伊豆大島において,上部地殻から火口に至るマグマ供給系の概要を明らかにした.富士山では,地質学・岩石学的データに基づいて長期的発達史についての重要な知見が得られた.さらに,遠地地震のレシーバ関数と富士山周辺の表面波分散曲線を合わせて逆解析することで富士山直下の深さ約50km以浅のS波速度構造を明らかにし,富士山直下の深さ20kmから40kmの深さに大きなマグマ溜まりが存在する可能性を示した.火口近傍の多項目観測データの解析を通じて,浅間山,霧島山新燃岳におけるブルカノ式噴火時の火道内部現象の理解が進んだ.ミュオグラフィによる密度観測と地震・地殻変動の解析結果を統合して,浅間山の火道浅部の位置を明らかにした.霧島山新燃岳の噴火では,噴火の推移とともにマグマの物理化学的性質がどのように変化したかを準リアルタイムで特定し,他の地球物理学的観測結果と比較する事により噴火モデルパラメータに制約条件を与え,当該火山噴火の総合的描像を得る上でも重要な役割を果した.小笠原諸島の西之島で2013年11月から始まった噴火は,周辺の浅海を溶岩で埋め立て新しい火山島を作り出し,約2年の活動を経て終息した.この間,航空機や人工衛星による画像解析,父島に設置した空振アレイ,西之島周辺の海域に設置された海底地震計の観測により,西之島の成長の様子が把握されてきた.2016年以降の火山活動の低下を受け,我々は10月16日から25日にかけて西之島の火山活動の調査を実施した.今後,2017年6月に回収される海底地震計,海底電位磁力計の解析結果とあわせて,地質学と地球物理学の両面から火山島成長のプロセスを明らかにしていく.

 以下に,火山毎に主な研究を紹介する.

3.4 災害科学系研究部門

等々力賢、原田智也

教授 古村孝志(部門主任), 壁谷澤寿海, 纐纈一起
准教授 楠浩一, 三宅弘恵(兼務)
助教 飯田昌弘
特任助教 原田智也
特任研究員 鈴木舞
日本学術振興会外国人特別研究員 Li Yutong
外来研究員 大木聖子, Rami Ibrahim, 司宏俊
共同研究員 伊藤嘉則, 大石裕介
学術支援職員 齊藤麻実
技術補佐員 鎌田恭子
大学院生 郭雨佳(D3), 小林広明(D3), 引田智樹(D3), 尹淳恵(D3), Loic Viens(D3), チョウ紅旗(D2), 干畑まい(M2), 金杰(M2), 近藤利明(M2), 長尾 有紗(M2),  荻野亮(M2), 洋見駿(M2), 潘浩然(D1), 陳一飛(M1), 河本洋輝(M1), 向井優理恵(M1), 王傑英(M1), 李禹彤(M1) , 佐竹高佑(M1), 瀬口大誠(M1)

災害科学系研究部門は,地震による強震動や津波などの現象の解明と予測を行い,それらによる災害を軽減するための基礎研究を理学と工学の視点から行う.観測,実験,解析,理論,シミュレーション,被害調査,資料分析などの手法によって,強震動地震学・津波地震学や耐震工学・地震工学などの分野の基礎的あるいは応用的な研究を行っている.本部門における最近の主な研究対象は,大地震による強震動の生成過程の理解のための震源過程研究,高密度強震観測,地震波伝播・強震動のコンピュータシミュレーション,構造物の被害調査,耐震性能評価に関する研究などである.

3.5 地震予知研究センター

教授 平田直(センター長),佐藤比呂志,岩崎貴哉(兼任),加藤尚之(兼任),小原一成(兼任),篠原雅尚(兼任)
准教授 加藤愛太郎,望月公廣,上嶋誠,飯高隆(兼任),酒井慎一(兼任)
助教 福田淳一,石山達也,蔵下英司,山田知朗,五十嵐俊博(兼任),田中愛幸(兼任)
特任研究員 CLARINGBOULD Johan,郭一村,橋間昭徳,片桐昭彦,加藤直子,大塚浩二, PANAYOTOPOULOS Yannis, VAN HORNE Anne
学術支援専門職員 川北優子,柳澤恭子
外来研究員 ALANIS Paul Karson B. ,畑真紀,笠原敬司,塩谷太郎
大学院生 岩﨑友理子(M1),池口直毅(M2),山内紘一(D2),仲谷幸浩(D3),米島慎二(D3)
特別研究生 Yuan Yiren