カテゴリー別アーカイブ: 部門・センターの研究活動

3.10.5 超高精度な時計比較技術の標高差変動計測への応用

 遠隔地間の超高精度な時計比較技術が,標高差とその時間変化において1cm精度を有する新たな測地計測への応用として期待されている.異なる高さにある時計が設置位置での重力ポテンシャルの差によって異なる時を刻むという,アインシュタインの相対性理論に基づく効果を応用するものである.

 2点間の重力ポテンシャルには,標高差による静的な差と,地球物理的諸現象,特に,地球潮汐(ET)と海洋潮汐荷重(OTL)に伴う摂動による動的な差が生じる.標高差決定の全国規模での応用を見据え,最新のETとOTLのモデルと地球の構造(ラブ数)モデルを用いて重力ポテンシャル差の摂動を見積もった.理化学研究所(埼玉県和光市)を起点とすると,茨城県つくば市(距離約50km)でETとOTLの混合が4mm,富士山(約90km)でOTLが4mm,異なる海域に面する新潟県柏崎市(約200km)でOTLが1cm,鹿児島県阿久根市(約970km)ではOTLが4cm,の片振幅(相当する標高差)で摂動を持つ.つまり,時計比較の1cm精度での測地学的応用では,50kmの隔たりでもET・OTLの摂動補正が必要であり,柏崎との間ではOTLの摂動効果を検出可能ということになる.

 光格子時計の比較では1mmレベルの実現可能性も示唆されている.最新のET,OTLモデルを用いても,GPS連続観測網ではETに伴う上下変動が主要分潮で2mm超,超伝導重力計の連続観測ではマントル非弾性を取り入れたものでも0.05%,の観測との誤差が認められている.これらの観測に1mmレベルでの時計比較の連続観測を加えると,地球内部の構造・特性の理解進展につながる可能性も考えられる.

3.10.4 有珠山における噴火後の地殻変動

 有珠山は最近では1910年・1943年・1977年・2000年に噴火し,数10mをこえる地殻変動が記録された.有珠山において火山活動時の地殻変動が大きいのはマグマの粘性が高いからであるが,火山活動時に貫入したマグマの物性については必ずしもよく理解されていない.そこで,我々は1992年から2017年までの合成開口レーダーデータの干渉解析により,有珠山溶岩ドームの地殻変動の時空間変化を抽出することを試みた.その結果,1943年・1977年・2000年噴火にともなう溶岩ドームでは明瞭な沈降が観測されたが,1910年噴火に伴う溶岩ドームでは明瞭な地表変動が観測されなかった.マグマ貫入体積が小さかった2000年噴火にともなう溶岩ドームにおける沈降は短い時定数で減衰したが,貫入体積の大きかった1943年・1977年噴火にともなう溶岩ドームの沈降はほとんど減衰が見られなかった.観測された沈降の時空間変化は貫入したマグマの熱収縮によりよく説明できる.観測を最もよく説明する熱拡散係数は実験室で求められる岩石の熱拡散係数よりも約1桁大きい.これは,1) 有珠山の地下には地下水が豊富にあることから,地下水の流動が熱を効果的に拡散させている,2) マグマが固化する際の相転移により体積が減少している,のどちらかもしくは両方によるものと考えられるが,定量的な考察を行うには今後の研究が必要である.

3.10.3 相似地震

 ほぼ同じ場所で同一のすべりが再現される相似地震は,断層面のすべりの状態を示す指標として注目されている.また,地震の再来特性を考える上で重要な地震である.そこで,日本列島全域に展開されているテレメータ地震観測点で観測された地震波形記録を基に,日本列島および世界で発生している,小規模~中規模相似地震の検出を継続的に行っている.その結果,沈み込むプレートの境界で地震が発生する場所で,相似地震が多数検出された.相似地震群から推定されたすべり速度分布は,各地域のプレート間固着状態を反映した特徴を示している.また,本年度は,地殻内で発生する相似地震活動を用いたすべりモニタリングの可能性について検討を行った.地殻内でも,大地震の余震活動や群発地震活動,定常的に発生する地震活動中に相似地震活動が見つかり,すべり速度の時間変化を推定できる可能性が示唆された.さらに,相似地震活動と規模別頻度分布のb値との関係を調査した.相似地震の発生割合が高い地震クラスターについて見ると,プレート境界近傍で発生するものはb値が小さく,地殻内で発生するものはb値が大きい特徴が得られた.

3.10.2 地震発生サイクルシミュレーション

 円形アスペリティを仮定し,Nagata et al. (2012)により修正された摩擦則に基づいて地震トリガーに関する数値シミュレーションを行なった.地震サイクルのある時点で,サイン波で変化する応力擾乱を与えると微小滑りが起こり,強度が下がる(滑り弱化).擾乱の振幅が大きくなるにつれ,滑り速度の変化が大きくなり,地震滑りに至るまでの時間が短くなる (図 3.10.1(a)赤丸).応力擾乱の周波数依存性はほとんど見られなかった.静的応力も同時に増加する場合は,図 3.10.1(a)の橙,緑丸が示すように,より小さな動的応力変化でトリガーされる.また,たとえ静的応力変化が負であっても,動的応力変化が大きければトリガーされることがあった(黒丸).菱形のプロットは応力変動が起こっている最中に地震が発生する場合で,2016年熊本地震の際にも観測された,地震波が通過中にトリガーされる地震に対応する.

 図 3.10.1(a),(b)に地震滑りに至るまでの時間と応力変化量との関係を示す.静的応力変化の場合は,動的応力変化の場合より小さな応力変化量でトリガーされており,応力変化量の大小だけでトリガー効果を見積もることはできないことがわかる.一方,図 3.10.1 (c)に示すように地震滑りに至るまでの時間とアスペリティの滑り速度の増加量との関係は動的と静的の場合でほぼ同じである.本研究では,ある動的応力変化に対し,トリガー効果が等価な静的応力変化量を評価した.

[図 3.10.1]

3.10.1 地震・火山噴火予知研究協議会企画部

 全国の大学等が連携して実施している「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」を推進するために,地震研究所には地震・火山噴火予知研究協議会が設置されている.地震・火山噴火予知研究協議会の下には,推進室と戦略室からなる企画部が置かれ,研究計画の立案と実施で全国の中核的役割を担っている.企画部推進室は,流動的教員を含む地震火山噴火予知研究推進センターの専任教員,地震研究所の他センターの教員,客員教員から構成されている.流動的教員は,地震研究所以外の計画参加機関にも企画部の運営に参加してもらうために,東京大学以外の大学,関連行政機関から派遣されており,2年程度で交代する.戦略室には,効果的に研究計画を推進するために,東京大学地震研究所以外の多くの大学の研究者も参加している.企画部では次のような活動を行っている.

  1. 協議会の円滑な運営のため常時活動し,大学等の予算要求をとりまとめる.
  2. 地震・火山噴火による突発災害発生時に調査研究を立ち上げるためのとりまとめを行なう.
  3. 大学の補正予算等の緊急予算を予算委員長と協議し,とりまとめる.
  4. 研究進捗状況を把握し,関連研究分野との連携研究を推進する.

 毎年3月に成果報告シンポジウムが開催され,大学だけでなく研究計画に参加するすべて機関の研究課題の成果が発表される.科学技術・学術審議会測地学分科会が毎年作成している成果報告書では,各課題の成果報告に基づいて全体の成果の概要をとりまとめている.

3.10 地震火山噴火予知研究推進センター

教授 加藤尚之,黒石裕樹,吉田真吾(センター長)
准教授 飯高隆,大湊隆雄
助教 青木陽介,五十嵐俊博
特任研究員 王 晓文
大学院生 臼田優太,アディティヤ アリフ

3.9.4 原子力発電所建屋の3次元地震応答シミュレーション

原子力発電所建屋の地震応答解析では,地盤-構造物連成,建屋の局所的損傷,機器への振動伝達等,さまざまな要因を計算しなければならない.計算機が未成熟の時代に開発された解析方法は,様々な工夫を考案して,このような要因を計算していた.大容量・高速の大型並列計算機が利用できるようになった今日,従来の解析方法の長所を踏襲しつつ,その短所を補う代替となる解析方法の研究開発が必要となっている.
3次元ソリッド要素を使った地盤-建屋一体の3次元地震応答シミュレーションは,従来方法の補間ないし代替となるよう,電力中央研究所・大成建設との共同研究として開発が進めれれてきた.本年度では,圧縮域から引張域まで拡張されたコンクリートの構成則を実装し,より正確かつより安定な数値解析が可能となった.耐震壁実験を相応の精度で再現することが確認され,さらに実原子力発電所建屋の地震応答解析への利用も進められている.コンクリートの他,マルチスプリングモデルと呼ばれる地盤構成則の実装の研究にも着手した.

3.9.3 ポスト「京」重点課題③「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」

2020年から本格稼働が計画されているポスト「京」を有効に利用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的に重要課題が選定されている.その重要課題の一つが「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」である.地震研究所はこの重点課題の代表機関であり,海洋技術研究開発機構,神戸大学,九州大学,京都大学の分担機関や,10以上の協力機関とともに,このプロジェクトを推進する.課題は,理工学のシミュレーションを中心とするしたサブ課題Aと,地震・津波の災害に関わる社会科学のシミュレーションを中心とするサブ課題Bから構成される.また,アプリケーションの開発の他,システムの実用化を重視する点も特徴である.
昨年度度から重点課題は本格研究活動に入った.サブ課題Aの理学のシミュレーションでは,地震発生・地殻変動と津波発生に対し,億から兆の自由度の解析モデルを使う数値解析手法が開発された.サブ課題Aの工学のシミュレーションでは,都市のより精緻な解析モデルを使う統合地震シミュレーションの研究開発が進められ,全国をカバーする一定の品質を持った都市モデルが構築された.サブ課題Bではマルチエージェントシステムを使う群集避難シミュレーションにや,地震による交通障害・経済支障のシミュレーションを行う数値解析手法の研究開発が進められた.さらにサブ課題Aとサブ課題Bで開発されたプログラム群を連成し,地震の災害・被害・被害対応に対する理学・工学・社会科学のシミュレーションをシームレスで実行することも行われた.2018年3月に成果発表会を開催し,成果発信に努めている.また,この研究プロジェクトで開発された数値解析手法を実際に内閣府で利用する実用化も着実に進んでいる.

3.9.2 巨大地震関連現象の解明に資するデータ同化およびデータ駆動型モデリング技術の研究開発

(1) 革新的データ同化の創出を目指して

科学研究を進める上において,物理・化学法則等に基づく数値モデルと,観測・実験に基づくデータの比較が重要であることは論を待たない.しかしながら,近年の巨大スパコンの登場や大規模地球観測網・実験設備等の整備に伴い,大規模数値モデルと大容量観測データを突き合わせることすら容易ではなくなってきた.数値モデルと観測データをベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であるデータ同化は,時々刻々と入力する観測データに基づいて各時刻における状態の逐次推定を行う「逐次データ同化」と,予め決められた時間窓において観測データと最も整合する状態を探索する「非逐次データ同化」とに大別される.逐次データ同化で行う状態推定においては,アンサンブルカルマンフィルタや粒子フィルタに代表される逐次ベイズフィルタが用いられるが,ナイーブな実装をしてしまうと,世界最大のスパコンを以てしても計算機資源が全く不足するという事態が簡単に起こる.大規模数値モデルへデータ同化を実装する際には,4次元変分法を始めとする非逐次データ同化を用いるのが常套であり,例えば気象予報は主に4次元変分法に基づいて行われている.実装の手間は逐次ベイズフィルタよりも大きくなるが,必要な計算コストは格段に小さくて済む.
従来の4次元変分法は,事後分布の局所最大を与える状態を推定するのみであり,その不確実性を推定することが原理的に不可能であるという大きな欠点があった.例えば,台風の進路予測においては,中心位置の不確実性を「予報円」によって表現するが,これは従来の4次元変分法は算出することができず,アンサンブル計算によって求められている.すなわち,現在の天気予報では,非逐次/逐次データ同化をアドホックに組み合わせて実施されているのが実情である.我々は,2nd-order adjoint法を採り入れることにより,不確実性評価が可能な4次元変分法を開発することにより,これを解決した(後述(2)を参照).このようにして得られた不確実性は,観測デザイン最適化のためのフィードバックともなる極めて重要な情報である.
それでもなお,現行の4次元変分法には,初期解に強く依存した局所最適解しか得られないという問題がまだ残されており,固体地球科学の実問題に適用するためには,これを乗り越えるようなアルゴリズム開発が求められる.本年度は,後述(3)の研究でも用いたレプリカ交換モンテカルロ法をプラグインすることにより,「革新的4次元変分法」とも言うべき,初期解に依存しない大域的最適解を求めることが可能な4次元変分法のアルゴリズム開発に着手した.

(2) 4次元変分法による大規模データ同化に基づく予測不確実性評価法の開発

非逐次型データ同化法である4次元変分法は,フォワード計算を実施するための数値モデルから「アジョイントモデル」と呼ばれる方程式系を構成する必要があるため,アンサンブルカルマンフィルタや粒子フィルタのような逐次ベイズフィルタを用いたデータ同化手法と比較して,実装は容易ではないものの,必要なメモリ容量と計算時間を数値モデルと同等に抑える事ができるため,連続体計算のような自由度の大きい数値モデルを用いるデータ同化を実施する際には,極めて有効である.しかしながら,従来の4次元変分法に基づくデータ同化では,勾配法による最適化を行うため,逐次型データ同化法では自然に得ることができる推定値の不確実性を評価することが不可能であった.昨年度本センターでは,その4次元変分法の弱点を解決する新アルゴリズムを開発し,大自由度系の数値モデルに対する推定値の不確実性の高速かつ高精度な評価を可能した.しかしながら、この手法は変数の初期値に対する不確実性評価法であり,その得られた不確実性が未来の状態の予測へどの程度影響するかは未知であった.この未来の状態予測への影響を評価することにより,予測の高精度化・観測へのフィードバック等へ利用できるため,その評価法を確立することは喫緊の課題である.そこで,本年度は昨年度の手法をさらに高度化させ,得られた推定値の不確実性が系の将来予測に及ぼす影響(予測不確実性)を調べるアルゴリズムを開発した.一般に,不確実性の伝搬を評価するためには,事後分布の時間発展を計算する必要があるが,それを直接評価すると自由度の指数関数オーダーに比例する計算コストを必要とするため現実的ではない.そこで本センターでは,事後分布を直接評価しない代わりに,事後分布を最大にする解の時間発展を考えることで,計算コストを劇的に抑える計算手法を開発した.具体的には本提案手法では,まず,事後分布の変数をモデル変数のベクトルZ(t)とパラメータベクトルmに分解する.そしてパラメータベクトルmの推定・不確実性評価を昨年度開発した手法により行ない,最適推定値m’とその不確実性?mを得たのち,それらを用いて3つの解,Z(t|m’),Z(t|m’+m),Z(t|m’-m)の時間発展を計算する.事後分布の時間発展を直接評価することは困難であるが,これらの解の時間発展は元の数値モデルと同程度の計算コストで計算できる.これらの時間発展を追うことで,パラメータの不確実性がモデル変数の時間発展に及ぼす影響を定量的に評価することが可能となる.この手法は系のパラメータの自由度がモデル変数の自由度に比べて少ない場合には,事後分布の直接評価に比べて,圧倒的に計算コストを軽減できる.本提案手法を多相系の大規模フェーズフィールドモデルに適用したところ,モデルパラメータの不確実性に依存した系の時間発展の予測不確実性を高速かつ高精度に評価できることを確認した.本提案手法は,一般の自励系モデルに対して適用できるため,浅水方程式などの津波モデルや,断層運動を取り扱う弾性体モデルなど,固体地球科学で用いられる様々な大規模シミュレーションモデルへの応用が可能である.

(3) データ駆動型モデリングに基づく首都圏を中心とした地震動イメージング技術の開発

本センターは,防災科学技術研究所データプラットフォーム拠点形成事業(防災分野)「首都圏を中心としたレジリエンス総合プロジェクト(首都圏レジリエンスプロジェクト)」に参画し,稠密な観測網に基づく都市の地震被害評価技術の開発を実施している.
巨大地震発生時に,首都圏を中心とした都市部における構造物の地震応答を即時的に評価することは,構造物の被害推定だけでなく,地震後の迅速な救助活動や二次災害の軽減に繋がる.この地震応答の計算の際には,初期条件として構造物直下における入力地震動が必要となるが,すべての構造物において地震動を直接観測することは現実的でない.そこで,本センターではこれまで,観測された地震データから,地震観測網よりも圧倒的に密に分布した構造物直下における入力地震動のイメージング手法の開発を行ってきた.
昨年度までに,観測データから入力地震動を推定するスパースモデリングに基づくデータ駆動型モデリング手法に加え,波動方程式を物理的な拘束条件として課すことで観測データをより定量的に説明する入力地震動をイメージングする手法を開発した.具体的には,波動方程式に含まれる地震波速度や層厚といった地下構造に関するパラメータや,震源に関するパラメータを未知変数とし,観測データと数値モデルの定量的な適合度を示す事後分布を定義する.一般に,この事後分布は極めて複雑な形をしており,解析的に最適化を行うことは容易ではない.そこで,マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法に基づく事後分布からのサンプリングを行い,未知パラメータの最適化を図りながら,同時に入力地震動のイメージングを実行するという方針をとった.MCMC法としては,多峰性を持つ分布からでも効率的にサンプリングすることが可能なレプリカ交換モンテカルロ(REMC)法を採用した.レプリカ交換モンテカルロ法は,サンプリングを実行すべき分布に加え,それを滑らかにした形状を持つ複数の分布から同時にサンプリングを行う.このとき,適当なタイミングでサンプルの交換を分布間で行うことにより,広範囲かつ効率的な探索を行うことが可能である.
本年度はREMC法を用いて,関東地方の地震動イメージングを行い,速度応答スペクトルを用いて構造物の揺れの簡易的な評価を行った.関東地方では,首都圏における地震像の解明を目的として,2007年度以降,都心部を中心に数kmの観測点間隔でおよそ300点の地震計が設置されている(首都圏地震観測網,MeSO-net).本年度は,1923年大正関東地震時に被害が大きかった地域の一つである東京都北東部の10km四方の領域を対象に,MeSO-netで得られた観測波形を用いて地震動イメージングを行った.その結果,高層建築物で卓越する周期5-10秒の長周期地震動に対して,観測波形の大部分を説明可能な地震動のイメージングに成功した.このような長周期の帯域では,観測波形が再現されている上,推定された応答スペクトルも観測から得られる応答スペクトルと良い一致を示した.一方,中小規模の建物を含む一般的な構造物は0.2-0.5 秒程度の周期帯が卓越する.しかしながら,被害を受けた構造物の卓越周期は長くなることから,一般的な構造物の大規模被害のみを想定する場合は周期1秒以上の地震動を評価すれば十分であると考えられる.そこで,様々な規模の構造物の揺れの評価に向けて,周期1-10秒の地震動イメージングを行ったところ,振幅の大きな成分の直達波の地震動がある程度再構築でき,また応答スペクトルを再現することに成功した.この結果は,構造物の応答評価という観点において,地震動イメージング手法が1秒程度の短周期帯まで適用可能であることを示している.また,得られた観測データから,REMC法による地震動イメージング,また速度応答スペクトルまでの一連の計算を可能とする地震動イメージングモジュールの開発を行っている.今後,地震動イメージング手法の更なる高度化や高速化により,将来的に地震発生時の即時的な被害推定や二次災害の軽減に貢献することが期待される.

3.9.1 計算地震工学分野での大規模数値解析手法の開発に関する研究

(1) 断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発

断層-構造系システムとは,対象とする断層と構造物から成る地殻と構造物のモデルである.断層から生成される強震動と,その強震動に対する構造物の地震応答を計算するために使われる.開発されてきた独自のマルチスケール解析手法を改良し,大規模化・高速化を実現し,断層-構造系システムの解析を行っている.なお,大規模化・高速化の結果,従来の手法を凌駕する時間・空間分解能で,断層から伝播する地震動に対する構造物の地震応答を計算することに成功した.
断層-構造系システムの根幹である地震波動の計算では,地盤・地殻構造の幾何形状を詳細にモデル化することが重要であり,このためには有限要素法を用いる必要がある.しかし,有限要素法は差分法に比べ,計算コストが膨大となる.数理的な観点から分析し,計算コストを低減させる効率的なアルゴリズムを考案し,マルチスケール解析手法の計算コードに実装した.実装に際して並列化性能を上げることにも成功した.断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発では,このように基礎的な数理研究と計算科学研究にも重点が置かれている.
首都直下地震を対象として,山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析を行えるだけの解析技術が整いつつある.10Hzまでの精度保証可能な1000億自由度級の有限要素法モデルを用いて,断層から地表までの地震動解析,地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行う.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年2015年の2年連続で選ばれた.また,ポスト「京」重点課題アプリケーションのひとつとして選定され,ポスト「京」計算機上へ向けたチューニングが実施されている.
断層-構造系システムの具体的な対象として,大規模地下トンネルや原子力発電所といった実際の大規模構造物も挙げられる.実構造物に忠実な大自由度の解析モデルを構築し,改良されたマルチスケール解析手法を適用し,地震応答を計算している.構造物の特性を理解するためには,民間企業等の協力が必須であり,共同研究を介することで実構造物のより現実的な地震応答解析手法の構築をすすめている.地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,構築中の技術のこれらの解析への展開も進められている.2016年には,日本列島全てを含む広領域において高詳細な地殻モデルから構築した100億自由度以上の有限要素モデルを用いた弾性・粘弾性地殻変動解析等が行われた.また,2兆自由度を超える有限要素モデル構築技術及びこれを用いた地殻変動解析技術を開発し,プレート境界の応力分布推定のための超高分解能有限要素解析が可能であることを示した.これらの成果は,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞するなど計算科学の分野においても高い評価を受けている.また,2017年には上述の山手線内の1000億自由度級の有限要素法モデルを用いた解析と人工知能を組み合わせた地震の揺れの推定高度化に関するする成果がSCにおいて受賞するなど,新たな研究の展開が進むと同時にその内容も高い評価を受けている.

(2) 統合地震シミュレーションの開発

統合地震シミュレーションとは,断層から都市各地点までの地震波伝播過程,各種構造物の地震応答過程,そして地震被害に対する人・組織の行動をシームレスに計算するものである.地理情報システムに蓄積された都市データを利用して構築された大規模都市モデルに対し,地震学・地震工学・社会科学の分野で開発されたさまざまな数値解析手法を利用して,大規模計算を行う.この統合地震シミュレーションは,「京」計算機の戦略分野3「防災・減災に資する地球変動予測」の課題の一つとして,また,ポスト「京」重点課題アプリケーション開発の重点課題(3)の「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」の一つとして取り上げられている.
本年度は,validation(モデルの妥当性やパラメータの合理性)を進めた.東京工業大学との共同研究において,宮城県の一地区を対象に,地盤ボーリングデータと1,000戸程度の木造家屋データを収集し,地盤と家屋群の都市モデルを構築した.対象地区で観測された地震動を使って,地盤増幅と建物の地震応答のシミュレーションを行い,その結果から木造家屋の被害の再現を試みた.家屋のモデルには未知パラメータがあるが,パラメータの確率分布を設定し,被害も確率的に評価した.被害を過大評価するよう,パラメータの設定を安全側に設定したため,大破・中破の判定は過大評価であった.しかし,木造家屋の地震応答解析の代わりに,フラジリティカーブを用いる既存方法と比較したところ,大破の推定精度が約半分程度に向上することが確認された.
本年度はさらに,統合地震シミュレーションを利用し,多様な地震動を受ける際の建物被害の変容を分析した.一般に,地盤の固有周期と建物の固有周期が一致する場合,他の場合に比べて被害が増加することが知られている.統合地震シミュレーションでは,地盤の固有周期という離散的な指標ではなく,個々の地盤には,地盤応答が比較的大きくなる周波数域(増幅周波数域)があり,この周波数域に構造物の離散的な固有周期が含まれていると,被害が増加することが示された.すなわち,建物の固有周期が地盤の増幅周波数域から外れると,被害が小さくなる可能性は高い.地盤増幅周波数域-建物固有周期と建物被害の関係を明確にすることは,被害軽減に直結すると考えられる.

(3) メタモデリング理論

構造物の地震応答を解析する際,モデルの選択は重要課題である.精緻なソリッド要素有限要素法のモデル,柱・梁・シェルの構造要素を使ったモデル,フレームや質点-バネを使った簡略化されたモデル,等さまざまなモデルがある.各々のモデルは独自の物理モデルに基づき,その結果,毒に数理問題に帰着している.そのため,モデルの優劣は実験結果の再現精度によっている.重要な挙動が選択されているものの,実験の計測には限界があり,モデルの優劣は計測されていない挙動の予測精度も左右する.
2013年度からこのモデルの質の問題を解決するため,メタモデリング理論の構築に取り組んでいる.メタモデリング理論は,連続体力学にも基づく物理問題を設定し,それをラグランジュアンとして定式化する.ラグランジュアンからは波動方程式が導出されるが,数理近似を加えると,他の形式の微分方程式が導かれる.このように数理的近似に導出された方程式をモデリングと称する.連続体力学の物理問題と同一の物理問題を解くという意味で,数理的近似から導出されたモデリングは連続体力学のモデリング(波動方程式)と整合し,かつ,波動方程式の近似解となることが保証される.
重要構造物の多質点系モデルや,支承等の接合部のバネモデルを対象に,メタモデリング理論を適用して,連続体力学と整合するモデルを構築する手法を開発した.この手法は,変位関数を近似するものであり,数理操作だけで適切な多質点系モデルやバネモデルが構築される.さらに,対象構造物や部材の非線形挙動に対しても,開発された手法を適用することで,非線形の多質点系モデルやバネモデルが構築される.近年,計算負荷が大きい多自由度の系に対し,計算負荷を低減させるために,その系の特徴を失わずに少自由度の系を構築する方法はモデル縮約として注目を浴びている.メタモデリング理論に基づく多質点系モデルやバネモデルを構築する方法は,合理的なモデル縮約の方法とも考えることができる.

(4) マルチエージェントシステム

マルチエージェントシステムとは,都市等を模擬した計算機の仮想空間であるエンバイロンメントの中を自律的に行動するエージェントを使う数値解析手法である.エージェントは人や組織を模擬するもので,独自のデータを持ち,その意味で「個性」を持つ.実際の都市空間を模擬するエンバイロンメントを使うことで,マルチエージェントシステムは.人・組織の行動に対してリアリティのあるシミュレーションを行う.
津波からの群集避難に対して,マルチエージェントシステムの開発を進めている.エージェントは,身体能力・地図等のデータと,「(周囲を)見る」,「(避難路を)考える」,「(避難)行動する」という機能を持つ.居住者や旅行者,自動車の利用者等のエージェントが開発されており,最適経路の選択や追い越しの機能を持つことで,群集避難の際の渋滞の発生・解消の状況のシミュレーションを行うことができる.
エンバイロンメントは実際の都市の道路ネットワークを模擬したものである.過去の経路や最適経路の探索にはネットワークはグラフ形式のデータとして表され,周囲を見て行動する際はグリッド形式のデータとして表さられる.この結果、避難場所の位置の情報を処理することが容易となり,地震動による建物被災の結果,生じうる道路閉塞も模擬することができる.
昨年度に引き続き,マルチエージェントシステムの並列化を進めた.具体的な成果として,「見る」の機能に関して計算効率を大幅に増大させることに成功した.「見る」は360度の全方向において,前方にある事物を認識することが基本的な機能であるが,周囲にある事物のデータを使って,前方にある事物を正確かつ効率よく認識することが必要である.アルゴリズムの改善によって正確性をさほど犠牲にすることなく,効率性を向上することに成功した.また,エンバイロンメントに使うデータは建物データであったが,これを道路ネットワークデータに変更することに成功した.建物データの場合,建物がない空間をエージェントが移動できる空間としていたが,道路ネットワークデータを使うと,道路の幅を設定したり,車道・歩道を区別することもできる.より現実的な道路ネットワークのエンバイロンメントが構築可能となった.