カテゴリー別アーカイブ: 部門・センターの研究活動

3.10.4 法線応力に依存するNagata則に基づく地震のトリガーモデル:2016年三重県沖地震への適用

剪断応力依存性を取り入れたNagata 則(Nagata et al. , 2012)に, Linker & Dieterich (1992)が求めた法線応力依存性を組み込んだRSF則に基づき, 2016年4月1日に三重県南東沖で発生した地震(Mjma6.5)によるCFFを計算した.計算にはOpenSWPC (Maeda et al., 2017)をMaedaが応力テンソルも求められるように改良したソフトウェアを用いた.その計算手法では,粘弾性,複雑な地形形状,日本列島全体の不均質速度構造の仮定のもと安定な計算を可能とする最新鋭の数値計算技法が盛り込まれている.動的なCFFd(t)の最大値CFFd_max,および静的なCFFsのプレート境界面上での分布を求めた.CFFd_maxはCFFsの値より大きいが,過渡的なものであるためトリガー効果が大きいわけではない.静的なトリガー効果に焼き直すために,動的応力変動の時間積分,摩擦パラメータ,間隙水圧などを含む関数CFFeqを評価してみると,海溝軸に沿ってCFFeqが大き結果が得られた.この地震後の4月3日から4月18日に海溝軸付近でSSEや超低周波地震のまとまった活動がみられたが,その説明になるかもしれない.

3.10.3 相似地震

 ほぼ同じ場所ですべりが繰り返し発生する相似地震は,断層面のすべりの状態を示す指標として注目されている.また,地震の再来特性を考える上で重要な地震である.そこで,日本列島全域に展開されているテレメータ地震観測点で観測された地震波形記録を用いて,日本列島および世界で発生している小規模~中規模相似地震の検出を継続的に行っている.その結果,沈み込むプレートの上部境界では,長期間にわたって繰り返す相似地震群が多数検出された.相似地震群の再来間隔を基に推定したプレート境界におけるすべり速度分布は,大地震が発生した直後は速く,大地震発生間では遅いなど,各地域のプレート間固着状態を反映した特徴を示している.また,上盤側プレートで発生した大地震の余震活動や群発地震活動の中にも相似地震が見つかった.その多くは地震活動が活発な時期にのみ発生するバースト的な活動を示す.一方で,1995年兵庫県南部地震の余震域や2011年東北地方太平洋沖地震発生後に地震が誘発された福島県南部から千葉県銚子沖,2016年熊本地震の震源域周辺等では,長期間にわたり繰り返し活動する様子が見られている.推定されたすべり速度の時間変化は,各断層面において余効すべりが生じていることを示唆している.

3.10.2 陸域機動観測

 2011年に発生した東北地方太平洋沖地震以降,特定の地域において地震活度が増加したり減少したりするなど内陸部の地震活動に大きな変化がみられた.これは,プレート境界における変位により,日本列島の内陸部の地殻の応力状態が変化し,地殻活動の変化が見られたと考えられる.プレート境界の大きな変位に伴う内陸部での地殻活動の変化の把握と解明は,プレート境界の運動に対する日本列島の地殻応答として,内陸部に発生する内陸地震の発生メカニズムを把握するためにもひじょうに重要である.これまでに,東北地方太平洋沖地震以降,地震活動の急激な増加が見られたいわき地域を通り,島弧を横断する形で新潟に抜ける測線での,地球物理学的観測研究を行った結果,地震学的研究や電磁気学的観測研究から,脊梁地域や日本海側においても地殻内部に低速度域や低比抵抗域が見つかるなど,地殻内流体の存在についての証拠が示されてきた.しかしながら,地域的な違いが大きいため,全体の構造を理解するためには,さらに広い領域での解析と比較検討が必要となった.また,脊梁地域や日本海側で検出された低比抵抗域が地震発生域とどうつながるかについて,地震発生ポテンシャルの解明に向けた研究が重要な課題となった.

 これらの成果を踏まえ,東北地方太平洋沖地震発生後飛躍的に地震活動の増加した阿武隈山地より南側の,地震活動の増加が見られなかった北関東から2004年新潟県中越地震の震源域を通る島弧を横断する測線を調査対象とし,島弧の地殻・上部マントルの高精度な不均質構造モデルを構築するために29点の地震観測点を展開し,自然地震観測を開始した.

3.10.1 地震・火山噴火予知研究協議会企画部

 全国の大学等が連携して実施している「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」を推進するために,地震研究所には地震・火山噴火予知研究協議会が設置されている.地震・火山噴火予知研究協議会の下には,推進室と戦略室からなる企画部が置かれ,研究計画の立案と実施で全国の中核的役割を担っている.企画部推進室は,流動的教員を含む地震火山噴火予知研究推進センターの専任教員,地震研究所の他センター・部門の教員から構成されている.流動的教員は,地震研究所以外の計画参加機関にも企画部の運営に参加してもらうために,東京大学以外の大学,関連機関から派遣されており,2年程度で交代する.戦略室には,効果的に研究計画を推進するために,東京大学地震研究所以外の多くの大学の研究者も参加している.企画部では次のような活動を行っている.

  1. 協議会の円滑な運営のため常時活動し,大学等の予算要求をとりまとめる.
  2. 地震・火山噴火による突発災害発生時に調査研究を立ち上げるためのとりまとめを行なう.
  3. 大学の補正予算等の緊急予算を予算委員長と協議し,とりまとめる.
  4. 研究進捗状況を把握し,関連研究分野との連携研究を推進する.

 毎年3月に成果報告シンポジウムが開催され,大学だけでなく研究計画に参加するすべて機関の研究課題の成果が発表される.科学技術・学術審議会測地学分科会が毎年作成している成果報告書では,各課題の成果報告に基づいて全体の成果の概要をとりまとめている.

 2019年度から開始された「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画(第2次)」では,災害科学として重要な次の5つの対象について,研究分野を横断した総合研究を実施することとなっている.南海トラフ沿いの巨大地震,首都直下地震,千島海溝沿いの巨大地震,桜島大規模火山噴火,高リスク小規模火山噴火.これら総合研究を効果的に実施するために,それぞれについて総合研究グループを設置して,研究集会等によりグループ内での密接な情報交換ができるようにした.2019年6月の山形県沖の地震に際しては,地震活動をより精度良く把握するための緊急研究実施のための援助を行った.また,地震・火山噴火予測研究の現状を正確に社会に伝えることを目的として,主に報道関係者を対象とするサイエンスカフェを開始した.

3.10 地震火山噴火予知研究推進センター

教授 加藤尚之(センター長),吉田真吾,加藤愛太郎(兼任),森田裕一(兼任),大湊隆雄(兼任)
准教授 鎌谷紀子,飯高隆
助教 小山崇夫,五十嵐俊博,西山昭仁(兼任)
特任研究員 GRESSE Marceau

3.9.4 原子力発電所建屋の3次元地震応答シミュレーション

原子力発電所建屋の地震応答解析では,地盤-構造物連成,建屋の局所的損傷,機器への振動伝達等,さまざまな要因を計算しなければならない.計算機が未成熟の時代に開発された解析方法は,様々な工夫を考案して,このような要因を計算していた.大容量・高速の大型並列計算機が利用できるようになった今日,従来の解析方法の長所を踏襲しつつ,その短所を補う代替となる解析方法の研究開発が必要となっている.

3次元ソリッド要素を使った地盤-建屋一体の3次元地震応答シミュレーションは,従来方法の補間ないし代替となるよう,共同研究として開発が進められてきており,実用レベルに達したと評価されている.コンクリートの他,マルチスプリングモデルと呼ばれる地盤構成則の実装の研究も,従来よりも合理的な定式化に成功し,従来の定式化では負担となっていた非線形計算の負荷を大幅に削減することに成功した.コンクリートと地盤の高度な構成則を有する数値解析手法の需要は高く,防災科学技術研究所・電力中央研究や,民間企業との共同研究と実務利用を進めている.

3.9.3 ポスト「京」重点課題③「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」

2020年から本格稼働が計画されているポスト「京」を有効に利用するため,ポスト「京」で重点的に取り組む社会的・科学的に重要課題が選定されている.その重要課題の一つが「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」である.地震研究所はこの重点課題の代表機関であり,海洋技術研究開発機構,神戸大学,九州大学,京都大学の分担機関や,10以上の協力機関とともに,このプロジェクトを推進する.課題は,理工学のシミュレーションを中心とするサブ課題Aと,地震・津波の災害に関わる社会科学のシミュレーションを中心とするサブ課題Bから構成される.また,アプリケーションの開発の他,システムの実用化を重視する点も特徴である.

2016年度から重点課題は本格研究活動に入った.サブ課題Aの理学のシミュレーションでは,地震発生・地殻変動と津波発生に対し,億から兆の自由度の解析モデルの数値解析を実行している.サブ課題Aの工学のシミュレーションでは,都市のより精緻な解析モデルを使う統合地震シミュレーションの研究開発を継続し,大阪近辺の高度な都市モデルが構築された.サブ課題Bではマルチエージェントシステムを使う,群集避難シミュレーションと交通障害・経済支障シミュレーションの研究開発が進められた.大規模化・高速化に成功し,10億単位のエージェントのシミュレーションが可能となっている.サブ課題Aとサブ課題Bで開発されたプログラム群を連成し,大阪近辺を対象に,地震の災害・被害・被害対応に対する理学・工学・社会科学のシミュレーションをシームレスで実行することを進めた. 2020年3月に最終成果発表会を開催し, 2019年度末で本プロジェクトは予定通り終了した.

都市モデルの自動構築解析手法が,理化学研究所計算科学研究センターと共同で開発され続けている.国交省のi-construction計画とも連動し,解析手法の高度化とともに,実務利用を見据えた研究プロジェクトの企画・参画も進めている.

3.9.2 巨大地震関連現象の解明に資するデータ同化およびデータ駆動型モデリングの研究開発

(1) 革新的データ同化の創出を目指して

科学研究を進める上において,物理・化学法則等に基づく数値モデルと,観測・実験に基づくデータの比較が重要であることは論を待たない.しかしながら,近年の巨大スパコンの登場や大規模地球観測網・実験設備等の整備に伴い,大規模数値モデルと大容量観測データを突き合わせることすら容易ではなくなってきた.数値モデルと観測データをベイズ統計学の枠組みで統融合するための計算技術であるデータ同化は,時々刻々と入力する観測データに基づいて各時刻における状態の逐次推定を行う「逐次データ同化」と,予め決められた時間窓において観測データと最も整合する状態を探索する「非逐次データ同化」とに大別される.逐次データ同化で行う状態推定においては,アンサンブルカルマンフィルタや粒子フィルタに代表される逐次ベイズフィルタが用いられるが,素朴な実装をしてしまうと,世界最大のスパコンを以てしても計算機資源が全く不足するという事態が簡単に起こる.大規模数値モデルへデータ同化を実装する際には,4次元変分法を始めとする非逐次データ同化を用いるのが常套であり,例えば気象予報は主に4次元変分法に基づいて行われている.実装の手間は逐次ベイズフィルタよりも大きくなるが,必要な計算コストは格段に小さくて済む.
従来の4次元変分法は,事後分布の局所最大を与える状態を推定するのみであり,その不確実性を推定することが原理的に不可能であるという大きな欠点があった.例えば,台風の進路予測においては,中心位置の不確実性を「予報円」によって表現するが,これは従来の4次元変分法は算出することができず,アンサンブル計算によって求められている.すなわち,現在の天気予報では,非逐次/逐次データ同化を恣意的に組み合わせて実施されているのが実情である.我々は,2nd-order adjoint法を採り入れることにより,不確実性評価が可能な4次元変分法を開発することにより,これを解決した(Ito et al., 2017).このようにして得られた不確実性は,観測デザイン最適化のためのフィードバックともなる極めて重要な情報である.本年度はこの不確実性評価法を、豊後水道沈み込み帯を模擬した境界要素モデルに適用し、断層面内の摩擦パラメータを空間場として推定し、その不確実性を評価するアルゴリズムを構築した.これにより沈み込み帯で発生するスロースリップ現象の物理と摩擦パラメータ空間場の関係の定量的評価が可能となる.
それでもなお,現行の4次元変分法には,初期解に強く依存した局所最適解しか得られないという問題がまだ残されており,固体地球科学の実問題に適用するためには,これを乗り越えるようなアルゴリズム開発が求められる.昨年度に引き続き本年度は,レプリカ交換モンテカルロ法に基づく,初期解に依存しない大域的最適解を求めることが可能な「革新的4次元変分法」のアルゴリズム開発を継続している(後述(2)を参照).さらに,固体地球科学分野で得られる非時系列データへ適用可能なデータ同化法開発にも取り組んでいる(後述(3)を参照).元来,データ同化は,時系列データへの適用が前提であったが,この手法が確立することで,より広いクラスのデータへの適用が期待され,データ同化がより効率的な情報抽出を実現する方法論へと昇華する.

(2) 4次元変分法による大規模データ同化に基づく予測不確実性評価法の開発

本センターは,科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CRESTの研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」において,平成29年度に採択された研究課題「ベイズ推論とスパースモデリングによる計測と情報の融合」に参画し,本学大学院新領域創成科学研究科との協働により,ベイズ推論に基づいて実験計測効率を最大限に高める「ベイズ計測」を実現するための情報数理基盤の開発研究を実施している.非逐次型データ同化法である4次元変分法は,フォワード計算を実施するための数値モデルから「アジョイントモデル」と呼ばれる方程式系を構成する必要があるため,アンサンブルカルマンフィルタや粒子フィルタのような逐次ベイズフィルタを用いたデータ同化手法と比較して,実装は容易ではない.しかしながら,実装さえしてしまえば,必要なメモリ容量と計算時間を数値モデルと同等に抑えることができるため,連続体計算のような自由度の大きい数値モデルを用いるデータ同化を実施する際には,極めて有効である.従来の4次元変分法に基づくデータ同化では,勾配法による最適化を行うため,逐次型データ同化法では自然に得ることができる推定値の不確実性を評価することが不可能であった.これまでに本センターでは,その4次元変分法の弱点を解決する新アルゴリズムを開発し,大自由度系の数値モデルに対する推定値の不確実性の高速かつ高精度な評価を可能にした.さらに,得られた不確実性が系の将来状態へ与える影響を高効率に予測する方法論を構築した.この手法群は,任意の自励系のシミュレーションモデルへの適用が可能であり,浅水方程式などの津波モデルや,断層運動を取り扱う弾性体モデルなど,固体地球科学で用いられる様々な大規模シミュレーションモデルへ応用することにより,得られた不確実性が未来の状態の予測へどの程度影響するかといった客観的評価を与えると同時に,予測の高精度化や観測デザインの最適化への還元が期待できる.本年度は,本手法群をさらに高度化させるため,レプリカ交換モンテカルロ法と4次元変分法を組み合わせる,Metropolis-adjusted Langevin algorithm (MALA)の実装を推進した.MALAは,4次元変分法で用いられる勾配法における状態更新の際に確率的な揺らぎを導入することで,より高速かつ大域的な最適推定値の探索を可能にする手法である.一般に4次元変分法で探索する評価関数は多峰性をもち,通常の4次元変分法の枠組みでは局所解に留まる可能性が非常に高いが,確率的要素を組み込んだMALAにより,評価関数の峰を超えて,大域的な最適推定値を探索することができる.MALAの試行として,岩石組織の成長プロセスを表現する多相フェーズフィールドモデル(PFM)に対して,観測量が不十分で評価関数が大量の局所解をもつ問題に適用した結果,MALAは初期解に依存しない大域的推定値を得ることを確認している.これを足がかりとして、本年度より,本手法の地震波動モデルへの本格的な適用に着手した.実際の観測量は地上観測点での波動場のみであるので,この限られた観測量から地下構造や震源位置などを推定する場合,評価関数が複雑な多峰性を持つことが予想される.既存の4次元変分法では,そのような場合には極めて良い初期モデルを与える必要があったが,MALAはある程度ラフな初期モデルから出発しても,地下構造や震源位置などについての安定した推定が可能になると考えられる.さらに,Ito et al. (2017) の不確実性推定法を適用することにより,波動場の不確実性を高速評価が可能になり,観測点の最適配置に向けたフィードバックや推定の高度化などへの応用が期待される.

(3) 非時系列データへのデータ同化の応用

通常のデータ同化は,観測データが時系列であることを前提とする.そのため,非時系列データは,本来はデータ同化の適用範囲外である.しかしながら,岩石組織や地層など,時間発展の情報を持たない非時系列データが固体地球科学分野では多く存在する.このような非時系列データから,系の時間発展に関わる情報を抽出する方法論を構築することは,固体地球科学分野にとって重要な問題であるだけでなく,データ同化をより広い分野と広いクラスの問題へ適用可能な手法へと拡張するという数理科学的な意味においても,挑戦的な課題である.本センターでは,岩石や金属の組織データから系の時間発展を抽出する問題を課題とし,それを実現する新規データ同化アルゴリズムの開発に取り組んでいる.またこれに関連して本センターでは,内閣府・JSTによる戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」に参画し,特にデータ同化を軸として,複雑かつ限られた材料データから最大限の情報を抽出し,高効率な材料開発を実現するための数理基盤技術の開発研究を実施している.
岩石および金属物質の内部に普遍的に存在する結晶方位の食い違いに起因する特徴的な空間構造(粒構造)は,その物質のマクロな物性に直結するため,数値シミュレーションによって外部からは観測できない粒構造の予測およびその不確実性を評価することは,物性評価およびその時間発展の予測のために極めて重要である.粒構造の時間発展は前節で挙げたPFMで記述されるが,PFMは実験で直接観測不可能な現象論的パラメータを多く含む大自由度モデルであるため,既存の統計学的手法を用いて限られた観測データからシミュレーションに必要なパラメータや場の初期状態を推定・評価することは困難であった.さらに,通常得られる計測データは時間発展の途中の粒構造の静止画像であり,必ずしもPFMの時間発展に寄与するパラメータの情報を含む時系列データが得られるとは限らないため,パラメータ・初期状態推定を効率的に行なうための計測データの設計が必要不可欠となる.鋼の粒構造の写真データをテストデータとして,本研究ではPFMと大自由度モデルデータ同化を用いて粒構造写真データからパラメータや場の初期状態を効率的に推定する方法論を提案した.具体的には,温度履歴の異なる複数の粒構造静止画像データから粒構造の時間発展の特徴を表現する統計量の時系列データを構築し,PFMから計算される理論値と比較することでパラメータの事後分布の評価を行なう.さらにその事後分布を経験ベイズ法に基づいて評価することで,与えられた粒構造の候補からデータを最も再現する最適な初期粒構造の選択を可能にした.この手法により,自由度の大きいPFMを用いた場合でも,現実的な計算機資源・実行時間内でパラメータ推定および不確実性評価や初期粒構造推定,ひいては粒構造の成長予測の効率的な評価が可能になった(Ito et al., 2019).

3.9.1 計算地震工学分野での大規模数値解析手法の開発に関する研究

断層-構造系システムとは,対象とする断層と構造物から成る地殻と構造物のモデルである.断層から生成される強震動と,その強震動に対する構造物の地震応答を計算するために使われる.開発されてきた独自のマルチスケール解析手法を改良し,大規模化・高速化を実現し,断層-構造系システムの解析を行っている.なお,大規模化・高速化の結果,従来の手法を凌駕する時間・空間分解能で,断層から伝播する地震動に対する構造物の地震応答を計算することに成功した.

断層-構造系システムの根幹である地震波動の計算では,地盤・地殻構造の幾何形状を詳細にモデル化することが重要であり,このためには有限要素法を用いる必要がある.しかし,有限要素法は差分法に比べ,計算コストが膨大となる.数理的な観点から分析し,計算コストを低減させる効率的なアルゴリズムを考案し,マルチスケール解析手法の計算コードに実装した.実装に際して並列化性能を上げることにも成功した.断層-構造系システムの大規模数値解析手法の開発では,このように基礎的な数理研究と計算科学研究にも重点が置かれている.

首都直下地震を対象として,山手線内の30万を超える構造物の地震動応答解析を行えるだけの解析技術が整いつつある.10Hzまでの精度保証可能な1000億自由度級の有限要素法モデルを用いて,断層から地表までの地震動解析,地表近傍の堆積層による地盤震動解析を行う.これらの解析技術は上記の基礎的な数理研究と計算科学研究に立脚する成果であり,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な賞のひとつであるゴードンベル賞の最終選考論文5編に2014年2015年2018年に選ばれた.また,ポスト「京」重点課題アプリケーションのひとつとして選定され,ポスト「京」計算機上へ向けたチューニングが実施されている.

断層-構造系システムの具体的な対象として,大規模地下トンネルや原子力発電所といった実際の大規模構造物も挙げられる.実構造物に忠実な大自由度の解析モデルを構築し,改良されたマルチスケール解析手法を適用し,地震応答を計算している.構造物の特性を理解するためには,民間企業等の協力が必須であり,共同研究を介することで実構造物のより現実的な地震応答解析手法の構築をすすめている.地殻構造の幾何形状が地殻変動の弾性・粘弾性挙動に大きな影響を及ぼすことが指摘されていることから,構築中の技術のこれらの解析への展開も進められている.2016年には,日本列島全てを含む広領域において高詳細な地殻モデルから構築した100億自由度以上の有限要素モデルを用いた弾性・粘弾性地殻変動解析等が行われた.また,2兆自由度を超える有限要素モデル構築技術及びこれを用いた地殻変動解析技術を開発し,プレート境界の応力分布推定のための超高分解能有限要素解析が可能であることを示した.これらの成果は,ハイパフォーマンスコンピューティング分野における世界的な国際会議のひとつであるSCにおいて受賞するなど計算科学の分野においても高い評価を受けている.また,2017年には上述の山手線内の1000億自由度級の有限要素法モデルを用いた解析と人工知能を組み合わせた地震の揺れの推定高度化に関するする成果がSCにおいて受賞するなど,新たな研究の展開が進むと同時にその内容も高い評価を受けている.さらに,2018年には人工知能により高性能計算を高速化するというあらたな「人工知能と高性能計算の融合の在り方」を試みた超並列ソルバーを開発し,2018年時点で世界最速のスーパーコンピュータである米国Summitにおいて従来を凌駕する高性能を達成し,上述のようにゴードンベル賞の最終選考論文に選ばれた.また,2019年には人工知能用演算加速器を物理シミュレーションに適用可能とすることで,エクサ級のkernelにより全系で400ペタの速度を実現した新たなソルバーを開発した.以上のように,新しい分野を開拓するとともに,継続的に高い国際的評価を受けている.

3.9 巨大地震津波災害予測研究センター/計算地球科学研究センター

教授 市村強 (センター長),古村孝志(兼務),佐竹健治(兼務),田島芳満(工学系研究科,兼務)
准教授 ラリス・ウィジャラットネ,長尾大道, 鶴岡弘(兼務), 中川茂樹(兼務)
助教 藤田航平,伊藤伸一
特任研究員 長谷川慶,中釜裕太,大塚悠一
学術支援専門職員 阿部宏, 吉田美和
外来研究員 桑谷立,澤田昌孝,椎名祐太,高橋勇人,羽場一基,三橋祐太,森川耕輔,山本実,吉田健太,小山宏史
大学院生 山口拓真(D3),Quaranta Lionel (D3),Gill Amit(D2),日下部亮太(D1),羽場智哉(M2),Wang Pengxiang (M2),Dharmasiri Migel Arachchillage Kasun (M2),村上和也(M2),石川大智(M2),小田倉雅人(M2),櫻井航(M1),村上颯太(M1), Akram Muhammad Naveed(M1)
学部学生 山名祐輔(B4), 菊地由真(B4)

巨大地震津波災害予測研究センターは,東日本大震災を契機として2012年4月に設立された研究センターである.巨大地震・津波と災害の予測に関する新しい計算科学の研究領域を開拓することを目的としている.新しい計算科学の研究領域は,解析手法の開発・利用による情報生成と各種解析結果の情報統合という分野である.情報統合は観測・実験等の融合強化も含む.また大規模数値計算を基盤とした理工学連携を進めることで,巨大地震・津波と災害の予測研究分野での新しい人材育成に貢献することも本センターは目指している.巨大地震津波災害予測研究センターのミッションは,大規模数値計算を使った巨大地震・津波と災害の予測研究である.このために,情報生成と情報統合の2つの分野を設け,理工学連携強化とシミュレーション研究統合を進めている.センターのスコープは,地震・津波・災害という対象に限定されるものではなく,新しい計算科学という手法も含んでいる.観測.実験の融合のための計算科学手法の研究開発や,火山噴火に関わる大規模数値計算の研究開発も進められている.

計算地球科学研究センターは,巨大地震津波災害予測研究センターで培ってきたシミュレーション技術等の計算科学分野における知見を十分に活用しうる目途がついたことにより,当該分野の研究体制をさらに強化するとともに,従来の地球科学との融合をより加速していくため,巨大地震津波災害予測研究センターからの改組により2019年9月に設立された.本研究センターでは,地震研究所で培ってきた固体地球観測と高速計算によるシミュレーション技術を融合した計算地球科学の創成を目指している.関連する学内連携を強化しつつ,観測データを活かす高性能計算プログラムとそれを使った大規模シミュレーションの研究開発を行い,計算地球科学の国際的卓越性の確立を目指すとともに,地震・津波・災害の現象解明・予測研究分野での学際的・国際的に卓越した若手世代の育成を目指している.