3章「準備過程における地殻活動」研究計画

 

1. はじめに

 

 大地震に至る準備過程の解明のためには,プレート間相互作用によって供給された応力が断層に伝えられて地震を発生させるまでのプロセスを,詳細に明らかにする必要がある.平成13年度においても前年度に引き続き,建議4項目のうち断層近傍に関連する2項目を1つにまとめ,下記3項目の計画を推進した.

 

(1) プレート間カップリングの時間変化の解明

(2) 地震多発域へのローディング機構の解明

(3) 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

 

これに基づき各機関で種々の観測・研究が行われた.また,「準備過程」計画推進部会では,米子での研究集会「地震発生準備過程の物理と解釈 —最近の成果と今後の課題—」及び拡大部会「東海サイレント地震検討会」を開催し,関連する研究成果の公表と議論を行った.以下ではこれらも含めて,平成13年度内の主な成果について報告する.なお,「定常・広域活動」や「直前過程」等の解明が主目的の課題であっても,「準備過程」にとって重要な成果が得られた研究については,ここでも取り上げて報告することにする.また,大学以外の研究機関の成果についても,重要なものについては簡単に紹介する.

 

2. 進捗状況

 

2-1. プレート間カップリングの時間変化の解明

 

(1) アスペリティ,準静的すべり,定常すべり領域の分布

 

(1-a) 三陸沖でのプレート間カップリング

 東京大学地震研究所[課題番号:0111]では,過去100年間の日本周辺海域での大地震についての強震記録の収集と解析を行い,アスペリティの分布を求めた.1968年十勝沖地震と1994年三陸はるか沖地震の震源過程の解析によって,地震時に大きくすべった領域(アスペリティ)の分布が得られ,かつ同一のアスペリティが繰り返しすべることが明らかになった(永井・他,2001).さらに領域を広げて解析した結果,三陸沖では,青森県東方沖,岩手県沖,宮城県沖でそれぞれアスペリティの特徴が異なることがわかった(1,山中・菊地,2001;山中・菊地,2002).青森県東方沖ではカップリング率がほぼ100%で,2030 年間隔で繰り返しM7.5 クラスの地震が起きている.ただし,隣り合うアスペリティの破壊が単独で起こる場合と,連動して起こる場合とがある.一方,岩手県沖では地震ではほとんど歪が解放されておらず,また,宮城県沖では中間のカップリング率を示す.

 GPS観測データの解析からは,1994年三陸はるか沖地震のアスペリティと,それに伴う準静的すべり領域(余効すべり領域)は,空間的に相補的な関係にあることが明らかになった.最大余震は余効すべり領域の縁に位置しており,余効すべりによって誘発されたことが示唆される(八木・他,2002).

 「地殻活動シミュレーション手法」研究計画においては,プレート境界型地震発生のシミュレーションが行なわれるようになっている(たとえば東京大学地震研究所[課題番号:0120])が,肝心の境界面の性質についての知見は限られたものであった.そのため,上記のようにアスペリティの分布やカップリング率の地域性が明らかになったことは,準備過程の解明に向けたシミュレーション推進にとっても大きな進歩である.

 

(1-b) 釜石沖 repeating earthquakes

 釜石沖ではM4.8±0.1の地震が繰り返し発生してきており,200111月末までに99%の確率で次の地震が発生すると予測されていたが,実際に20011113日にM4.7の地震が発生し,この予測の正しさが証明された(東北大学[課題番号:0501.2];長谷川,2002Matsuzawa et al., 2002).この2001年のイベントと1995年のイベントはまったく同一のすべり分布を示すことが広帯域地震波形の解析から明らかになった(Okada et al., 2002).この結果により,「釜石沖のような相似地震活動は準静的すべり域に囲まれた小さなアスペリティの繰り返し破壊である」とするこれまでの仮説が検証されたことになる.

 

(1-c) 相似地震解析

 釜石沖 repeating earthquakes のような小さなアスペリティの繰り返し破壊は,プレート境界の他の場所でも起っていることが期待される.五十嵐・他(2000)は,地震波形の相関係数を計算して相似地震の検出を行い,三陸沖プレート境界での相似地震を多数見い出した.五十嵐・他(2002)はそれに引き続き,関東地方においても相似地震の抽出を行った.その結果,茨城県下の地震クラスター(深さ50km70km付近)や茨城沖にも多くの相似地震が存在することがわかった.一方,内陸浅部や日本海で発生している地震にも数多くの相似地震が見られたが,これらのほとんどは中規模地震の余震活動や群発地震活動中に見られるという違いがあった.

 東北日本太平洋下のプレート境界で発生する相似地震群が同じアスペリティの繰り返し破壊であるとすると,相似地震の発生時刻・規模から,プレート境界でのすべりの時間変化を推定することができるはずである.東北大学[課題番号:0501.4]及び内田・他(2002)は三陸沖の相似地震群を改めて抽出し,Nadeau and Johnson (1998) のスケーリング則が成り立つと仮定して,すべり量の時空間変化の推定を行った.その結果,1994年三陸はるか沖地震の余効すべりは震源域の西側で大きく,かつ時定数も長いことが,GPSデータとは独立に検証できた(2).

 

(1-d) 福島県沖での準静的すべり

 福島県沖では2001年2月25日にM5.8の地震が発生した.地震データ・GPSデータの解析結果から,プレート境界で以下のような活動が進行したと推測される(東北大学[課題番号:0501.4];長谷川,2002).M5.8の地震が引き金となって,それから約半年間にわたって,プレート境界面上のおよそ20km×35kmの範囲で準静的すべり(余効すべり)が発生した(図3).余震は準静的すべり領域に分布し,余震の多くは,準静的すべりによって小さなアスペリティが破壊したものであることを示唆する.ここで見つかった準静的すべり領域が1987年の3つのM6級の地震のアスペリティ内までは及んでいないことは,三陸沖と日向灘におけるアスペリティと準静的すべり領域の空間的相補性と共通する特徴である.

 

(1-e) 日向灘でのプレート間カップリング

 GPS観測データの解析から,日向灘地域で発生した最大規模の地震(1968年日向灘地震,Mw7.5)におけるアスペリティ領域は常に固着していること,アスペリティ・準静的すべり領域・定常的すべり領域の空間分布は,それぞれ相補的な関係にあることが明らかになった(東京大学地震研究所[課題番号:0111];八木・他,2002).

 日向灘に面する九州東岸での重力異常と速度構造,および隆起速度から,日向灘〜宮崎のモホ面からスラブ上面付近に,蛇紋岩などの低密度物質の存在が推定された.この低密度物質は,この地域の上盤側プレート内に張力場を生み出して,この地域での正断層型地震の原因になり得るほか,上盤側とスラブのカップリングを弱めることで,準静的すべりを発生させている可能性がある(九州大学[課題番号:1105];Nakada et al., 2002).

 

(2) 東海サイレント地震

 

 2001年春からの国土地理院GEONET観測網のGPSデータは,浜松を中心とした東海地方一帯において,定常的なトレンドとは異なるパターンの動きを示すようになった(小沢・他,2001).その後の経過を見ると,この現象はプレート境界での準静的すべりによる「東海サイレント地震」とする見方が大勢を占めている.地殻変動は主なすべり領域を浜名湖直下に置くと説明できるが,その領域は東側に移動しつつあるように見える(小沢・他,2002).一方,浜名湖直下のクラスターの地震活動度は,20009月頃から顕著な静穏化を示している(松村,2002).御前崎〜掛川間の水準測量データを含め,今回観測された変動データに対して各種モデル(Time-to-Failure,地殻応力臨界現象,バリア侵食/フラクタルアスペリティ・モデル)をあてはめると,2002~2005年頃に最終破壊が発生する結果となる(山岡・他,2001;角森・他,2002;瀬野,2002a, 2002b).一方,過去のデータから,浜名湖直下を変動域とする準静的すべりは,何回か繰り返し起きていたことも明らかになった(4,名古屋大学[課題番号:0903];木俣,2001;木俣・他,2001).すべり速度・状態依存摩擦構成則を仮定した単純な2つのブロックモデルによる数値実験を行った結果,一方のブロックが安定・不安定の境界付近にあるときに,間欠的すべりを起こすことがわかった.この結果によると,東海サイレント地震は,平衡状態に収束していく過程での減衰振動という解釈ができそうである(吉田・加藤,2002).

 

(3) その他の観測・解析

 東京大学地震研究所[課題番号:0108]では,日本海から伊豆・小笠原に至る海域における,海底地震計と陸域観測網を組み合わせた十字アレイ観測のうち,日本海側の測線での観測を開始した.また.三陸沖のケーブル式海底地震計とその周辺に展開した海底地震計により,地殻活動の把握とプレート間カップリングの不均質性を調べた.南西諸島海域では地殻内の速度構造の水平方向の不均質性を調査した(中東・他,2001Nakahigashi et al., 2001Sato et al., 2001).

 京都大学防災研究所[課題番号:0215]では,広帯域地震波形データを用いたレシーバ関数解析により,紀伊半島南部の地殻およびスラブ構造を推定した.

 

2-2. 地震多発域へのローディング機構の解明

 

(1) 地殻内の脆性・塑性領域の空間分布

 

 東北地方で得られた詳細な Vp/Vs 構造を見ると,地震発生域は低 Vp/Vs となっており,脊梁から西側の下部地殻と脊梁直下の上部マントルで高 Vp/Vs となっている(東北大学[課題番号:0502.1];Nakajima et al., 2001).このことと,高Vp/Vs域に水や溶融体が存在している可能性が高いこと(2-3 (1) を参照)を合わせて考えると,低 Vp/Vs 域では脆性・弾性的性質が卓越し,高 Vp/Vs 域で塑性変形が卓越しているとする仮説が考えられる.これが正しければ,地殻内の歪は脊梁付近と,上部地殻については太平洋側よりも日本海側に集中する.東北地方脊梁山地周辺地域を中心とする稠密GPS観測網データを精密単独測位(PPP)によって解析した結果,同地域が東西歪の集中帯であることが明らかとなった(5,東北大学[課題番号:0502.3];Miura et al., 2001;佐藤・他,2001).歪分布は応力分布と異なる可能性があるが,実際の地震活動度は,観測された歪分布に対応するように見える.

 

(2) 断層の強度

 

 断層へのローディング機構を考える上で,地殻内の脆性・塑性領域の空間分布と並んで,断層の強度とその時間変化に関する理解が必要となる.一度大きな地震が発生した場所では,その直後にまた大きな地震が発生することはないと先験的に考えられてきたが,これは必ずしも自明なことではなかった.地震時の応力降下量(~MPa程度)は,地震発生域における鉛直応力に比べれば僅かなものである.地震発生域における剪断応力の大きさはよくわかっていないが,もしこの剪断応力よりも応力降下量がはるかに小さければ,地殻は基本的に常に臨界状態にあり,同じ場所で続けて大地震が発生してもよいことになる.しかし,以下の観測事実は必ずしもこの考えを支持しない.

 東北地方と鳥取の地震に関して,続発した地震の震源域がオーバーラップしないことが明らかになった(岡田・他,2001;梅田・他,2001).このことは,断層がすぐに繰り返しすべることはできないことを示唆している.三陸はるか沖地震のアスペリティでの余効すべりは,地震後1年程度で停止したことがGPS観測により明らかになっている(Nishimura et al., 2000).野島断層における注水試験やS波偏向異方性の解析等によっても,断層強度の回復過程を示唆する現象が捉えられている(京都大学防災研究所[課題番号:0207];東京大学地震研究所[課題番号:0107];Tadokoro and Ando, 2002).また,小規模なアスペリティの繰り返し破壊と考えられる三陸沖の相似地震には,数か月程度で再来しているものがある.これらのことから考えると,同じ場所で地震が繰り返して発生するためには,前回の地震で開放された応力降下量と同程度の応力の蓄積を待たなければならないのであろう.

 野島断層沿いでの応力測定によると,最大水平圧縮応力が断層にほぼ垂直で,最大剪断応力と法線応力の比が周囲に比べて小さいことから,断層は極めて弱いと考えられている(Yamamoto and Yabe, 2001).断層面に働く応力の法線成分に対する大きなヤング率,剪断成分に対する小さな剛性率が強度の低下をもたらすと考え,室内実験と破壊過程の理論に基づいて断層の摩擦係数を見積ると,断層のほぼ前面が破砕帯によって占められる場合には,0.15以下と極めて小さくなる可能性が示された(東北大学[課題番号:0502.4];山本・他,2001).

 ここに挙げたように,断層の強度とその回復に関して,新しい知見が得られつつある.しかし,プレート間カップリングの時空間変動から明らかになってきたように,断層の強度は,静的摩擦係数と動的摩擦係数の2種類しか考えないような,古典的摩擦法則では理解が困難になってきている.今後は,すべり速度・状態依存の摩擦法則を考慮に入れて,断層強度とその時間変動の解明を進める必要がある.

 

(3) その他の観測・解析

 

 この課題の解明に向けて,各地で集中的観測が行われた.その進捗状況と成果は以下の通りである.東北脊梁山地では,精密な震源分布とS波反射面の空間分布を得た.また,反射体の内部構造の推定も行い,反射体内部を構成するクラックには水が存在する可能性が高いことがわかった(東北大学[課題番号:0502.1],Ujikawa et al., 2002).長町−利府断層周辺では,1998年の地震(M5.0)震源域の西側深部延長からの反射波を,また,この地震の震源域深部にS波の低速度域を見い出した(6,東北大学[課題番号:0502.1, 0502.2];長町・利府断層深部構造研究グループ,2001).御岳群発地震域周辺では,GPSと水準測量の再測を実施した(名古屋大学[課題番号:0902]).日奈久断層系近傍においては,臨時地震観測点での観測を行うとともに,断層に直交する測線上でGPS測量を行った(九州大学[課題番号:1104]).紀伊半島では,ヒンジラインGPS観測のための全10か所の観測網が完成した(京都大学防災研究所[課題番号:0215]).花折断層周辺では,稠密GPS観測網の5点において,1周波受信機を使用した連続観測化を完了した(京都大学防災研究所[課題番号:0210, 0214]).

 

2-3. 断層周辺の微細構造と地殻流体の挙動の解明

 

 ローディング機構の理解に基づき,大地震に至る過程を解明するためには,断層およびその周辺の不均質性の把握と,断層への歪や応力の集中過程を調べることが必要である.13年度においても,断層周辺の微細構造と地殻流体との関連を示唆する結果が多く得られた.

 

(1) 断層周辺の地震学的構造と比抵抗構造

 

 東京大学地震研究所[課題番号:0118]では台湾地震の震源域で実施した反射法地震探査のデータを解析した.その結果,地殻深部から複数の反射波が到達していることがわかった.それらは地震断層やその他の活断層の深部延長,ユーラシアプレートとその上面の付加帯との境界に対応している(Hirata et al., 2001).

 断層周辺の微細構造と地殻流体との関連については,東北地方脊梁山地合同観測によっても多くの成果が挙がっている.地殻流体の存在を示すと考えられる地震波反射面や低周波地震は,下部地殻の高Vp/Vs 域と良い対応を示している(東北大学[課題番号:0502.1];Nakajima et al., 2001).高Vp/Vs 域の深部は部分溶融していると考えられるので,その固結に伴なって水が放出されることが期待される.従って,下部地殻の高Vp/Vs 域から流体がまず下部地殻に供給され,それが上部地殻まで移動することに伴なって,低周波地震が発生したり地震波反射面が形成されるというモデルが考えられる.

 鳥取県中部から兵庫県北部にかけての地域では,広帯域MT観測データを基にした2次元構造解析により,比抵抗構造を明らかにした(鳥取大学[課題番号:1005]:京都大学防災研究所[課題番号:0202];東京工業大学[課題番号:0801];笠谷・他,2002;塩崎・他,2002).それによると,兵庫県北部,鳥取県東部・中部,及び鳥取県西部地震震源域においては,地震活動が活発な地域の地殻深部に10Ωm前後の低比抵抗領域が存在することと,地震活動域は高比抵抗領域であることが明らかになった.一方,ほとんど地震活動が見られない鳥取県西部~大山火山周辺地域では,火山下の上部地殻内に10Ωm前後の低比抵抗領域が存在することがわかった.

 このように地震発生域の下に低比抵抗領域が存在する例は,東北脊梁山地や宮城県北部においても見られる(東北大学[課題番号:0502.5];秋田大学[課題番号:0602];Mituhata et al., 2001Ogawa et al., 2001).宮城県北部の低比抵抗領域はS波の低速度域にもなっており,この領域に流体が存在することが示唆される.しかし,実際の比抵抗分布とVp/Vs 等の地震学的情報との対応関係は,必ずしもこの例の通りになっているとは限らない.比抵抗分布で流体が見つかるとすれば,流体がかなりの広がりをもって連結している場合に限られるので,比抵抗構造と地震学的構造の違いは,流体の存在形態の違いを反映している可能性がある.新たな事例研究として,岩手山山麓部に発生する地殻底部低周波地震の震源域でも,広帯域MT観測に着手した(東北大学[課題番号:0502.5];高橋・他,2002).

 

(2) 低周波微動と低周波地震

 

 西日本のフィリピン海プレートの沈み込み域において,低周波微動が広域に多数発生していることが発見された(小原,2001).微動の原因は特定できていないが,沈み込んだフィリピン海プレートからの脱水反応によって,地殻底部に多量の水が供給されることが考えられている.

 十和田においては,地殻深部だけではなく,地殻浅部においても低周波地震が発生し,その震源分布域は通常の地震の震源分布域とは棲み分けていることがわかった(弘前大学[課題番号:0402],渡邉・他,2002).十和田は火山近傍であるために地殻浅部への流体の供給があるのかもしれないが,この地域の低周波地震の解析は,地殻深部から地殻浅部にかけての領域における流体の挙動を知る手がかりとなる可能性がある.

 

(3) 流体の挙動

 

 野島断層では,注水の際の誘発地震発生特性の理解を目指し,定常的な極微小地震活動の特性を調査した(京都大学防災研究所[課題番号:0207]).その結果,注水誘発地震は定常的地震に比べて波形の高周波数成分が少なく,震源分布のクラスター形成の割合が高いことが見い出された.

 鳥取県西部地震発生時に,野島において水圧と歪の変化のほかに,アクロスによって地震波速度の変化が観測された.歪と地震波速度変化の方位分布は,水圧上昇に伴なうクラックの増加として説明可能であるが,水圧上昇は断層運動に伴なう静的弾性応答では説明できない.一つの可能性として,地下のシールが地震動によって破れ,深部高圧水が上昇したことが考えられる(生田・山岡,2001).

 三宅島においては,流体移動の検出を目的に,絶対重力の連日観測を実施した(東京大学地震研究所[課題番号:0106];古屋・他,2001).

 

(4) 鳥取県西部地震震源域の微細構造

 

 鳥取県西部地震の解析が進み,地震発生域の特徴や地震の準備過程に関するさまざまな知見が得られつつある(京都大学防災研究所[課題番号:0202];九州大学[課題番号:1104];Joint Group for the Dense Aftershock Observation, 20012000年鳥取県西部地震合同稠密余震観測グループ,2001;松本・他,2001Shibutani et al., 2001;梅田・他,2001). たとえば,地震発生域の下は低比抵抗であり,顕著な反射面が存在する.また,P波速度の高速度域で,かつ,高 Vp/Vs でもある領域が存在する可能性がある.さらに,地震の主なモーメント解放域は,本震発生前の群発地震域を避けている事もわかってきた.現在,各種の観測データの解析が進行中であり,それらの解析によって地震発生域の構造のさらなる特徴抽出が期待できる.

 

3. まとめ

 

 上述のように,平成13年度には,プレート間カップリングの時空間変化の解明に関する多くの成果が得られた.震源過程・GPSデータ・相似地震の解析などから,三陸沖や日向灘のプレート境界においては,アスペリティと準静的すべり領域の分布をかなり特定することができた.これらの結果を基に,プレート境界においては,準静的すべりの蓄積によりアスペリティに応力が集中して地震に至るという,新しいアスペリティ像ができつつある.また,アスペリティと準静的すべりを生じる領域の組みあわせによって,カップリングの時空間変化が生じるという,重要な成果も得られた.今後はこれらの仮説を検証するための観測研究が重要な課題となるので,「定常的な広域地殻活動」の計画によって実施される観測とも密接な連携をとりつつ,研究を推進する必要がある.

 東海サイレント地震については,すべり領域の大きさとその時間変化を推定することができたが,地震活動度の変化を説明することや,過去の活動履歴をシミュレートすることなどが課題として挙げられる.

 

 ローディング機構の解明のうちのマクロな不均質性については,東北地方におけるVp/Vs 構造が詳細に解明されたことが成果として挙げられる.今後は,非弾性的性質に密接に関連するQ構造の研究を推進することと,東北地方以外の地域との比較・検討を行って,より普遍的なモデルを構築することが重要である.よりミクロな不均質性としての断層の強度に関しては,その回復が比較的短期間に行われること,同じ場所で地震が繰り返して発生するためには,応力蓄積過程の存在が不可欠であるとわかったことなどは大きな成果である.しかしながら,応力の空間分布に関する理解が依然として不足しているために,ローディング機構と断層への応力集中機構の全容解明までの道のりは遠いと言わざるを得ない.今後は,現在の応力測定手法を改善しながら測定例を増やすこと,地震データを用いた応力テンソルインバージョンを広域に実施すること,地下構造の不均質性の分布と応力分布の関係を解明すること,などを推進する必要がある.

 

 断層およびその周辺の不均質性の調査により,断層周辺の微細構造と地殻流体との関連を示唆する結果が多く得られた.東北地方脊梁山地合同観測によって,地殻流体の存在を示すと考えられる地震波反射面や低周波地震は,下部地殻の高Vp/Vs 域と良い対応を示すことがわかった.また,東北脊梁山地・宮城県北部・兵庫県北部・鳥取県においては,地震活動が活発な地域の地殻深部に低比抵抗領域が存在することと,地震活動域は高比抵抗領域であることが明らかになった.しかし,比抵抗分布とVp/Vs 等の地震学的情報との対応関係は単純ではない.今後は,流体の存在形態の違いを考慮に入れつつ,その違いを解明する必要がある. 

 西日本のフィリピン海プレートの沈み込み帯において低周波微動が広域に多数発生していること,鳥取県西部地震や岩手県内陸北部地震の発生前に深部低周波地震が発生したことなども,地殻流体の存在と移動を強く示唆する.しかし,いずれも状況証拠からの推論の域を出ていないので,直接的な証拠を得るための観測・研究を推進する必要がある.

 

 

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図の説明

 

1(a)三陸沖の地震(1930年以降でMJMA6.9以上)のアスペリティ分布.図中の数字は地震の発生年.コンターはすべり量を表し,間隔は0.5m.星だけが書かれているところは最大スリップ量が0.5m以下の場合.(b) 三陸沖のアスペリティの時空間分布.各四角形は1回の地震で個々のアスペリティがすべった量を示す.

 

2 1994年三陸はるか沖地震の余効すべりの時空間分布.(A) 相似地震解析により求められた,本震後100日毎の余効すべりの分布.(B)八木(2001)によるGPSデータ解析から求められた余効すべり分布.(C) Nishimura2000)によるGPSデータ解析から求められた余効すべり分布.

 

3 19847月から20017月の期間に福島県沖で発生したM2.5以上の相似地震の震央分布.2001225日のM5.8の地震の後に発生した相似地震を赤丸で表す.青枠はGPSデータから推定された,このM5.8の地震の余効すべり域.

 

4 2001年東海サイレント地震に関連する地殻変動.国土地理院による1987-91年(短縮緩和期に相当)の上下変動とそのコンター図(左上)と2000-01年の変動(左下).(右)短縮緩和期に相当する期間での浜名湖周辺の隆起を説明するための,プレート境界面でのスロースリップ領域.すべり速度は矩形の領域でおよそ2cm/yr

 

5 GPS観測により得られた東北地方の東西歪成分の分布.期間は1997年から2000年まで.黒点は同期間に発生した微小地震の震央を示す.

 

6 反射体の分布とその内部構造.(A) 地震波トモグラフィーによる長町-利府断層付近の速度構造.長町-利府断層の走向に直交する鉛直断面図を示す.丸印は,1998915日に発生したM5.0の地震とその余震を示す.赤実線は,本研究で推定された地震波反射体の位置を,黄実線は,堀ほか(1999b)により推定されたS波反射面を示す.図上部の緑実線は,長町-利府断層を示す.(B) 反射体内部の地震波速度比.3地域における観測値を丸印で,クラックモデルによる計算値(Yamamoto et al., 1981)を曲線で示す.クラック内部が溶融しているとするモデルではデータを説明できず,クラック内部には水が存在している可能性が高い.

 

7 鳥取県西部地震震源域における2次元比抵抗構造.本震の震央付近の地殻深部に低比抵抗領域が見られる.

 

図8 十和田における地殻深部低周波地震,浅部低周波地震,及び浅部の通常の高周波地震の震源分布.低周波地震と高周波地震の震源は棲み分けている.