ひび割れのふるまいをAIで読み解く

伊藤伸一1  

1東京大学地震研究所

Ito, S., Fragment size density estimator for shrinkage-induced fracture based on a physics-informed neural network, Journal of the Physical Society of Japan 94, 104001 (2025).
https://doi.org/10.7566/JPSJ.94.104001

 
 地面の泥が乾くと細かい割れ目ができたり、塗装やガラスにはひびが走ったりすることがあります。こうした現象に早くから着目した寺田寅彦先生や平田森三先生やかれらの門下の研究者たちは、そのような亀裂模様を実験的に調べ、その規則性を明らかにしようとしてきました。日常に潜む複雑な自然現象の中から秩序を見出そうとするそのような姿勢は、現代の複雑系研究の源流になっています。

 このような「収縮によるひび割れ」は身の周りのさまざまな場所で見られますが、その割れ方には一見すると気づかない秩序が隠れています。例えばランダムに見えるひび割れも破片の大きさを計測してその分布を調べると、時間がたつにつれて“ある決まった分布”へと近づいていくことがあることが知られています。これは「動的スケーリング」と呼ばれる現象で、自然界でしばしば観察される美しい統計的特徴です。

 このような割れ方の特徴を正しく捉えるためには、破片サイズの分布を高い精度で推定する必要があります。しかし実際には十分にデータが得られないことが多く、さらに従来の数値計算では時間がかかったり、計算格子の取り方で結果が不安定になってしまったりと、多くの困難がありました。そのため、実データを使った詳細な解析は十分に進んでいませんでした。

 本研究では、この問題を解決するために「物理法則を組み込んだAI(Physics-Informed Neural Network, PINN)」という手法を導入しました。これは、単にデータを学習させるAIではなく、ひび割れの背後にある物理モデルをAIの中に組み込み、モデルが満たすべき条件を守りながら学習させる方法です。これにより、従来の計算で生じやすかった数値的な不安定性を抑え、より信頼できる破片サイズの分布を得ることができるようになりました(図1)。さらにこの手法で一度学習してしまえば、物理パラメータを入力するだけで破片サイズの分布を即座に予測できます。これは、従来の方法に比べて数千倍も高速です。高速で正確な分布の予測が可能になったことで、多くの条件を試して原因を探る「逆解析」や、実験条件の最適化、さらには将来の割れ方の予測など、これまで難しかった解析が現実的になりました。

 この研究で開発した方法は、材料工学、土木・地盤工学、地質学など、ひび割れ現象が関わるさまざまな分野で役立つと期待されます。ひび割れに隠れた普遍的な法則を解き明かし、より安全で高性能な材料設計につながる可能性もあります。今後はさらに多様な材料や条件への応用を通じて、自然現象の理解と工学的応用の両面で新しい展開が生まれると期待されます。


本研究は JPS Hot Topics にて紹介されました。https://doi.org/10.7566/JPSHT.5.052

図1:本提案手法の概念図。従来の計算手法は高コストな上に不安定化を避けるためのチューニングが必須であったため逆解析に膨大な計算リソースを必要としたが、ニューラルネットワークを用いた新規手法は既存手法を圧倒的に凌駕する計算速度と精度を実現し、高速な逆解析を可能にする。JPS Hot Topics 5, 052 (2025)の図面を改変。