大規模災害続発

所員の研究意欲をかき立てた大きな要因は、研究所発足後の10年間に、大規模な噴火や地震・津波が続発したことでした。

大正15年(1926) 十勝岳の水蒸気噴火(岩屑なだれ・大規模泥流  死者・行方不明者144名)
昭和2年(1927) 北丹後地震  M7.3(死者2,925名)
昭和4年(1929) 北海道駒ヶ岳の大規模マグマ噴火(死者2名)
昭和5年(1930) 伊東群発地震
                               北伊豆地震  M7.3(死者272名)
昭和6年(1931) 西埼玉地震  M6.9(死者16名)
昭和8年(1933) 三陸沖地震・津波  M8.1 波高28.7m(死者・行方不明 者 3064名)

十勝岳で発生した火砕流は積雪を融かして泥流となり大きな被害を出しましたが、所員による克明な調査は、地震研究所の現地調査の先例となりましたし、調査から戻ると間もなく、公開講演会を行っています。こうした一般を対象とした講演会は、その後の北丹後地震や三陸沖地震・津波の際にも開かれました。

また興味深いのは、昭和7年(1932)の大阪府の地滑り、昭和9年(1934)の室戸台風など、調査対象は地震・津波・火山噴火以外にも及んでいることで、当時の所員の防災に対する意欲が幅広く強く感じられることです。