大正関東地震の波形記録

地震研究所には大正関東地震の記録が多く保管されており、そのうち代表的なものを先に2点紹介します。それぞれ違う地震計で録れた記録ですが、いずれも東京都の本郷に設置されていたものです。

今村式2倍強震計で録れた記録

 この記録は,1923年9月1日に発生した関東地震の際に,東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた今村式2倍強震計によって得られたものです.今村明恒博士の報告(震災予防調査会報告第百号甲)には,P波の初動は11時58分44秒に観測したと記されています.ついでS波が来るとすぐに南北動成分(一番上の波形.記録紙の上側が南方向)と上下動成分(一番下の波形.記録紙の上側が下方向)の描針は外れ,東西動成分(真ん中の波形.記録紙の上側が東方向)だけが記録を続けました.それも揺れが大きかったために,振り子が南北動成分のフレームに当たってしまったようで,正確な最大振幅はとらえていません.上下動成分には,1分間ごとにマークが入っており(タイムマーク),このときは1分間4cmの速さで記録紙を巻いたドラムが回転していました.
 おそらく記録紙に書かれている赤字は今村ら当時の人たちが解析や研究のために記載したもので,白字はマグニチュードの記載があることから後世の研究者が記載したものと思われます(注:マグニチュードという指標ができたのは関東地震より後で,関東地震のマグニチュードが7.9と言われるようになったのは1951年以降です).
 国立科学博物館(東京,上野)に展示されている今村式2倍強震計が,この記録を取ったと言われています.

     (地震火山情報センター 外来研究員 室谷 智子)
今村式2倍強震計
今村式2倍強震計

ユーイングの円盤型記録式地震計で録れた記録

 円盤が回転し,煤をつけた記録紙に地震動が記録される.
 Beginningが記録開始で,SW-NW, SE-NWおよびU-Dの3成分が記録されている. 1回転は約2分,最大振幅はSW-NE成分で15cm,SE-NW成分で40cm程度と推定されている.

        (地震火山情報センター 鶴岡 弘 准教授)
地震研究所所蔵のユーイングの円盤型記録式地震計(復元模型)
波形記録のトレース


今村式2倍強震計、ユーイング円盤記録式地震計の両方とも機械式地震計で、当時主流であった「煤書き記録方式」で録られているものです。

2号館の地下に残っている煤付け作業部屋で、今では見ることの少ない記録紙の煤付けの全工程を技術部総合観測室の渡邉技術職員が再現している動画ですす。

【煤書き式記録について】
 ドラムに巻き付けた「アート紙」に、石油ランプから出る「煤(すす)」をまんべんなく付着させることで記録紙を準備する。そのドラムを地震計に組み付けて回転させ、重りと繋がっている細い金属製の針先で記録紙を引っ掻くことで地面の揺れが記録される。記録終了後は紙を外し、「ニス」の中に通して煤を固定する。煤はやや薄目に一様に付けるのがよく、煤付けやニス掛けには熟練を要する。
 煤書き記録の特長は、記録線を数十ミクロンと非常に細くできることである。また煤は炭素であるから耐久性が良い。針先の固体摩擦も比較的小さく、振り子に対する反作用も小さいが、その影響を一層小さくする目的で、重りの非常に大きな(例えば 1 トン)地震計も作られた。
(東京大学地震研究所地震計博物館、2013年、p2「地震計発展の流れ」より)

地震研究所が所蔵するその他の大正関東地震波形記録

上記で紹介した代表的な2点に限らず、地震研究所で保管されている大正関東地震の波形記録は他にもあります。下記にそれらをご紹介します。

今村式1倍強震計

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた今村式1倍強震計(倍率1倍)によって得られたものです.白い矢印が,本震の各成分のP波を示しています.今村式2倍強震計で得られた波形は振り切れていましたが,1倍でも振り切れていたことが分かります.余震もいくつか記録されています.論文にこの地震計の特性は書かれていますが,写真や詳細は残っておりません.

普通地震計(強震計)

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた水平動2倍,上下動3倍の倍率の普通地震計による記録です.「a」とあるところから記録が始まっています.地震が起きてから地震計が起動するため,P波初動は記録されません.記象紙の一番下にタイムマークらしきものがありますが,地震の影響か間隔は均一ではありません.

普通地震計

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた水平動5倍,上下動30倍の倍率の普通地震計による記録です.記象紙の左に縦線があるところから記録が始まっています.地震が起きてから地震計が起動するため,P波初動は記録されません.記象紙の一番上にタイムマークがありますが,地震の影響か途中から間隔は均一ではありません.

大森式地動計(教室一号)

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による東西成分(倍率30倍,周期約40秒)によって得られたものです.記象紙の下部に本震の波形が書かれています.小さい赤い矢印が示しているところが,P波の初動です.1分半ほどで波形は振り切れています.

大森式地動計(教室三号)

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による南北成分(倍率10倍,周期約30秒)によって得られたものです.記象紙の上側が南,下側が北方向になります.左下部の赤と白の矢印がP波の初動ですが,北方向に波形が振れてすぐに振り切れています.

大森式地動計(教室二号A)

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による東西成分(倍率1.5倍,周期30秒)によって得られたものです.記象紙の左下部から記録がスタートしており,赤枠部分が本震の記録です.地震動の衝撃のためか,P波の初動部分が突然立ち上がっていて,すぐに振り切れています.

大森式地動計(教室二号B)

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による南北成分(倍率1.5倍,周期26.2秒)によって得られたものです.記象紙の上側が南,下側が北方向で,左下部から記録がスタートしています.P波の初動(白い矢印)は北方向に伝わり,すぐに振り切れてしまいました.また,地震動の影響か,まっすぐな線ではなく,うねりながら記録されていることが分かります.

簡単微動計

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた簡単微動計(水平動)によって得られたものです.記象紙の上側に南北成分,下側が東西成分が書かれており,白い矢印の部分がP波の初動です.この地震計の倍率は100倍のため,記録はずっと振り切れています.断続的ではありますが,南北成分は記録を続けていたようです.

上下動地震計

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていたグレイ・ユーイング型上下動地動計(倍率10倍)の記録です.地震の前から安定して動いていなかったようで,P波の初動は良く分かりません.

大森式地動計(耐震家屋一号)

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による東西成分(倍率10倍,周期約30秒)の記録です.白い矢印が示しているところが,P波の初動です.他の記録とは,弧の書き方が逆になっています.これは,記象紙を巻いているドラムが,他の地震計とは逆回転をしているからです.

大森式地動計(耐震家屋甲号)

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による東西成分(倍率15倍,周期約60秒)の記録です.白い矢印が示しているところが,P波の初動です.初動は東方向に動いていることが,はっきりと分かりますが,すぐに振り切れてしまいました.

大森式地動計(耐震家屋乙号)

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていた大森式地動計による南北成分(倍率20倍,周期約50秒)の記録です.白と赤の矢印が示しているところが,P波の初動です.北方向に大きく動き,すぐに振り切れていますが,針もしくはドラムが移動してしまったのか,記録する位置が途中でかなり移動しています.その後はまっすぐな線しか書かれていません.余震がたくさんあったので,針がどこかに固定されたままになってしまったのかもしれません.

大森式微動計

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていた大森式微動計による東西成分(倍率120倍)の記録です.白い矢印が示しているところが,P波の初動です.記象紙の上下が東西どちらを表しているか分かりませんが,他の地震計の東西方向の記録(初動は東方向)から,記象紙の下側が東方向ということが分かります.また,初動の近くのタイムマークの部分に11:46と赤字で書いてあるのですが,地震の発生は11:58なので,当時の時計の精度は良くなかったことも分かります.

大森式微動計

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていた大森式微動計による南北成分(倍率120倍)の記録です.白い矢印が示しているところが,P波の初動で,北方向に動いたことが分かります.倍率120倍のため,本震の前からずっと小さい揺れを観測しているのが分かります.風や何かしらによる地面の揺れがあったのでしょうか?

田中舘式地震計

東京帝国大学地震学教室(東京,本郷)に置かれていた田中舘式地震計による倍率1倍の記録です.3成分記録できる地震計ですが,真ん中の成分(水平動と思われますが成分不明)は記録できていないようです.記象紙の一番上は水平動,タイムマークの上の記録は上下動と思われます.詳細は不明ですが,本震がきちんと記録できている訳ではないようです.

Pantagraph

東京帝国大学耐震家屋(東京,本郷)に置かれていたPantagraphによる記録です.東西南北の地面の軌跡を20倍に拡大しています.大きく見て,北東方向に揺れていることが分かります.機器の詳細は不明です.

大森式微動計(筑波山)

東京帝国大学が筑波山に置いていた大森式微動計による南北成分(倍率120倍)の記録です.記象紙中央より左よりの白い矢印が示しているところが,P波の初動です.残念ながら,記録は薄くて良く読めません.

普通地震計(浅間山)

東京帝国大学が浅間山に置いていた水平動5倍,上下動10倍の倍率の普通地震計による記録です.揺れが起きてから動き始めるため,地震の初動の記録はされません.ゆったりとした長周期のゆれを記録しているように見えます.成分は書かれていませんが,余震の記録から,3段記録があるうちの一番上が上下動成分ということは分かりました.