自然地震波の解析で明らかとなった沈み込む堆積層内の高間隙流体圧

悪原 岳1 , 辻 健2 , 利根川貴志3

1 東京大学地震研究所, 九州大学工学研究院, 3海洋研究開発機構

Geophysical Research Letters, 47(15),  https://doi.org/10.1029/2020GL088280

沈み込み帯の地下構造の推定には、一般的に、エアガンによって発生させた人工地震波を海底地震計やストリーマーケーブルと呼ばれる受信機で捉えたものを用います。人工震源波ではなく、自然に起こる地震の波形を用いる場合もあります。しかし、自然地震は毎回波の形が変わるうえに、人工地震波に比べて波長が長いため、細かな地下構造を調べるには不向きであると考えられてきました。

前回の研究(新しい地震波形解析手法の開発、Akuhara et al., 2019)では、海底地震計で記録された自然地震の波形から、短い波長の変換波や反射波を抽出する新しい解析手法を開発しました。今回は、抽出された波形を用いて、地下の地震波速度構造を推定する解析(波形インバージョン解析)を行いました。その結果、自然地震波形を用いても、人工震源に匹敵する細かい解像度で地下構造を推定できることが分かりました。

 この波形インバージョン解析には、紀伊半島沖に設置された海底ケーブル地震観測網のデータを用いました。一般的な波形インバージョン解析では、どのくらいまで細かな構造を推定するか、解析者の主観であらかじめ決めておく必要があります。今回の研究では、解像される構造の細かさを主観に頼らずに、波形の複雑さによって客観的に決定できるよう、現代的な統計学の手法を採用しました。その結果、これまでは人工震源を使った探査でしか解像できなかった、プレート境界面上の厚さ1 km 程度の細かな堆積層を、統計的に有意に解像できることが分かりました(図1a:観測点KMD13の真下、深さ6 kmあたり)。  今回の解析の結果、沈み込む堆積層のP波とS波の速度比が、とても高い値を示すことが明らかとなりました。P波/S波速度比は、堆積層に含まれる流体の圧力が高いほど、高くなることが知られています。高い流体の圧力によって、この場所では断層面がすべりやすくなり、スロー地震(図1bのオレンジ色星印)が発生する一因になっていると考えられます。

図 1 (a)人工震源探査で得られた沈み込み帯の地下構造と本研究で得られたP波/S波速度比(Vp/Vs)の比較。(b)本研究で結論づけられた上図の解釈。