古記録画像からの深部低周波微動検出に向けた 深層学習モデル(畳み込みニューラルネットワーク)の構築

金子亮介,長尾大道,伊藤伸一,小原一成,鶴岡弘
Convolutional neural network to detect deep low-frequency tremors from seismic waveform images
Lecture Notes in Computer Science, Vol. 12705, pp. 31-43, doi:10.1007/978-3-030-75015-2_4, 2021.

高感度地震観測網(Hi-net)が整備されたことをきっかけに,今世紀初頭に深部低周波微動(微動)と呼ばれる新たな現象が発見されました.微動はスロー地震と呼ばれる現象の一つであり,通常の地震との関係が様々な研究によって強く推認されていることから,巨大地震の発生予測などに活用されることが期待されています.しかし,微動の解析に利用可能な観測データは,Hi-net運用開始以降の約20年分しか存在しません.微動についてより多くのことを明らかにし,巨大地震との関係などの時間スケールの長い地震活動を理解するためには,さらに過去までさかのぼってその特性を明らかにすることが重要です.

 現在は,地震計で観測された振動を高精度なデジタルデータとして記録しています.一方で,約50年前の記録方式では,振動に応じて記録紙の上でペンが動き,アナログデータとして振動波形を書き記していました.このようにして得られた紙記録(古記録)は,過去に発生した地球内部起源の振動現象を研究する上での貴重な情報源です.しかし,古記録から微動を検出しようとする場合,現在のデジタルデータに対して用いられている検出手法を,古記録にそのまま適用することはできません.また,古記録の数は膨大であるため,一つ一つ専門家が目視で微動を検出していくことは非現実的です.そのため,古記録から効率的に微動を検出するための手法の開発が極めて重要になります.

 本研究では,画像認識に特化した深層学習手法である畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いることにより,古記録をスキャンした画像データから微動検出を行う手法の開発に着手しました.すでに,地震研究所では和歌山観測所観測点のペン書き記録の画像化が行われており,効率的に手法開発を進めることが可能です.CNNモデルを用いる場合には,予め正解が分かっている教師データを用いてモデルを学習させる必要があります.今回の場合,すでに微動の発生について明らかになっているHi-netのデータを教師データとして用いることができますが,実データに含まれる様々なノイズが妨げとなり,モデルの学習が上手く進まない可能性があります.そこで,人工的に作成した地震波形画像に基づくモデルの学習と性能評価により,CNNモデルの有効性を検証する数値実験を行いました.その結果,教師データには各画像に微動が含まれるか否かのみを正解として与えたにもかかわらず,モデルは画像内のどの部分に微動が含まれるかまで正しく検出できることが確認されました.この数値実験の結果をもとに,今後はHi-netの実データを用いてモデルの学習を行い,実際の古記録画像から高精度で微動を検出するアルゴリズムを構築していきます.

.古記録画像を参考に,地震や観測ノイズなどの波形を人工的に再現し,微動を含まない画像(”none” 画像)と含む画像(”tremor” 画像)をそれぞれ作成しました.粗視化などの前処理を施した画像を,訓練用と検証用のデータに分割し,CNNモデルの学習を行いました.図の右下は,微動波形を2カ所(帯状の模様に見える部分)に含んだ”tremor”画像に対するモデルの予測を可視化したヒートマップであり,モデルが微動を正しく検出している様子を確認することができました.