30秒間隔のキネマティックGPS座標値に含まれるマルチパスノイズの低減手法の性能

伊東優治・青木陽介(東京大学地震研究所)
On the performance of position-domain sidereal filter for 30-sec kinematic GPS to mitigate multipath errors
Yuji Itoh and Yosuke Aoki (Earthquake Research Institute, The University of Tokyo)
Earth, Planets and Space (2022) 74:23 https://doi.org/10.1186/s40623-022-01584-8

 
 GPSによって求められる地上のあらゆる場所の座標値とその時間変化(すなわち東西、南北、上下の各方向への地面の動き)は地震火山現象に伴う地殻変動観測の有用な手段として広く使われています。地殻変動に関する研究では多くの場合で1日間隔のGPS座標時系列データ(例えば国土地理院・電子基準点日々の座標値F5解)が使われていますが、キネマティック解析と呼ばれる手法を使うことで1日以下の間隔(1秒や30秒等)で座標値を決めることができます。そのような座標時系列は、巨大地震・大規模火山噴火の最中や直後の数日間に亘る速い地殻変動の進行過程の詳細な追跡に極めて有用です。しかし、座標値の誤差が数cm程度のため、小規模な地殻変動(1cm以下)の検出は難しいとされていました。
 キネマティック解析による座標値決定(キネマティックGPS)の主要な誤差源の一つは「マルチパス」です。GPSによる座標値の決定では、衛星から伝搬する電波を用いて複数の衛星と地上観測点間の距離を計測します。その際、最短距離で観測点へ届く電波に加えて、観測点周辺の地面や建物、樹木等で反射されることで「遠回りした」電波(マルチパス)が生じ、両者を同時に観測してしまうことで観測点の座標値に誤差が生じます。マルチパスの影響は衛星、観測点、反射体の位置関係に依存するため、衛星の周回周期に基づき座標時系列の時間的な差をとること(サイドリアルフィルタ)で低減できます。本研究では小規模な地殻変動の検出への適用を目標として、もう一つの主要な誤差源である大気遅延の影響が無いと見なせる環境において、マルチパスの特性の検討とサイドリアルフィルタの性能評価を行いました。
 異なる期間に観測された座標時系列データ間の相関係数を解析し、マルチパスによる座標値のばらつきは比較的長周期(500-1000秒以上、10万秒以下)に現れ、短周期帯域でのばらつきの時間的な再現性は乏しいという結果が得られました。実際にサイドリアルフィルタを適用したところ、こうした長周期の座標値のばらつきをうまく除去できました(図中の左側と中央のパネル)。また、短周期成分を除去したサイドリアルフィルタを使う場合、除去しないものを使う場合と比べて、フィルタ適用後の座標値のばらつきがわずかに小さくなり、パワースペクトル密度に見られる短周期成分のノイズレベル上昇を避けられました(図中の右側のパネル)。
サイドリアルフィルタ適用後の座標値のばらつきは数㎝から6 mm以下に改善されました。標準的な解析設定で得られるキネマティックGPS座標値のノイズレベルの概ね最小値であると考えています。この値は、キネマティックGPS座標値を用いた地震、火山現象に伴う地殻変動の検出に関する研究を計画する上で参考になると考えられます。



図. (左)キネマティックGPS座標値のばらつきを色で示したもの。上段、中段、下段に異なる基線(2つの観測点のペア)の結果を示します。左列、中列、右列に南北、東西、上下成分の結果を示します。赤色が濃くなるほど北向き、東向き、上向きの見かけ上の座標値の変化があったことを示します。反対に青色が濃くなるほど南向き、西向き、下向きの見かけ上の座標値の変化があったことを示します。また、解析から除外した座標値を緑で示します。基線の長さの時間変化がないと仮定できることから、これらの図は白色で一様に塗られることが想定されていましたが、実際は座標値のばらつきによりそうなっていません。(中央)サイドリアルフィルタ適用後の座標値のばらつきを色で描いたもの。ばらつきが小さくなった結果、図の色が薄くなっています。(右)サイドリアルフィルタ適用前後のパワースペクトル密度。適用後(緑と赤)では、適用前(黒)のスペクトルのうち、500秒よりも長周期側に見られた多数のピークのうち大半が消えています。一方で、サイドリアルフィルタに含まれる短周期成分を除去しなかった場合(緑)は、除去した場合(赤)と比べて短周期側のパワースペクトル密度が大きくなっており、ノイズレベルの上昇を示しています。