大規模データ同化に基づく摩擦特性空間分布不確実性の高解像評価

伊藤伸一1,2、加納将行3、長尾大道1,2
1東京大学地震研究所、2東京大学大学院情報理工学系研究科、3東北大学大学院理学研究科
Shin-ichi Ito, Masayuki Kano, Hiromichi Nagao, Adjoint-based uncertainty quantification for inhomogeneous friction on a slow-slipping fault, Geophysical Journal International, Volume 232, Issue 1, January 2023, Pages 671–683, https://doi.org/10.1093/gji/ggac354

 地震は断層がすべることで発生しますが、その運動形態は断層面内に発生する摩擦力の空間分布に依存します。摩擦力の空間分布の詳細を調べることは複雑な断層運動の物理的理解に大きく役立ちます。地下深くの断層を直接見て調べることは困難なので、取得可能な限られた観測データを使って、「現実に観測されている運動が実現されるには摩擦力の空間分布はどうあるべきか」を推定し、さらに、その不確実性の空間分布を評価することで、「主要な運動に寄与している場所はどこか」を推定する必要があります。これらを達成するために地震のシミュレーションモデルとベイズ統計学を合わせたデータ同化などの手法が近年利用されつつありますが、地震のモデルは一般に規模が大きく、既存のデータ同化法では「次元の呪い」により計算が大規模化し推定が困難になるという問題がありました。この計算量的な困難さは推定したい空間分布の解像度を制限してしまうので、本来あるべき空間分布の詳細な構造およびその不確実性の評価を達成するための新しい手法の開発が求められています。本研究では、近年提案された数値解析の知見に基づいた新しいデータ同化手法[Ito, Matsuda, and Miyatake, BIT Numer. Math., 2021]を豊後水道沖のスロースリップ発生帯を模擬した地震モデル[Hirahara and Nishikiori, GJI, 2019]へ適用し、摩擦力空間分布の不確実性を高解像・高精度に評価する手法を開発しました[図1]。これにより、解像度を制限することなく不確実性の詳細な構造を現実的な計算量で評価できるようになりました。本研究成果は、地震運動の物理的理解への一助となるだけでなく、推定される詳細な不確実性の構造と運動の比較に基づいた効率的なデータ取得の指針へのフィードバックなど、実用的な問題への貢献も期待されます。

図1:(上)本研究で用いた豊後水道スロースリップ発生域を模擬した地震モデル。(下)本提案手法で推定された摩擦力パラメータ不確実性の空間分布。既往研究に比べて高解像な不確実性評価が可能となっている。