前野深 中田節也 金子隆之
Geology, April 2016, v. 44, p. 259–262, doi:10.1130/G37461.1
溶岩流による成長する新火山島の形態的進化
小笠原諸島西之島では,2013年11月から約2年におよぶ噴火活動により,新しい火山島が誕生しました.火山噴火により新たな島ができる様子が観測された例は,国内では1973–74年の前回の西之島噴火と,1934–35年の薩南諸島の昭和硫黄島噴火のみであり,また国外では1960年代のスルツェイ噴火(アイスランド)が知られていますが,詳細な観測が行われた事例は他にほとんどありません.西之島の成長過程を詳しく調べることにより,溶岩流がどのように海を埋め立てて新たな島(陸地)をつくり出すのか,どのようなマグマがどのような条件(噴出量,噴出率など)で噴出しているかなど,新たな島の誕生と成長に関する様々な知見が得られる可能性があります.
この研究では,衛星画像の解析や,新聞社の協力による上空からの観察結果をもとに,西之島の表面地形の変化や,面積・噴出量・噴出率などの物理量の変化,そして形態的特徴(フラクタル次元)の変化にも着目し,西之島の成長過程を追いました.
西之島は中央火口でのストロンボリ式噴火と浅海への溶岩流出により島を成長させましたが,とくに,溶岩流が分岐を繰り返しながら樹枝状に多数の溶岩ローブ(丸みを帯びた舌状・袋状の構造)を形成したことが特徴と言えます(図1).溶岩ローブ群は,継続的な溶岩の供給により膨張したり,溶岩表面の皮殻(クラスト)を破り新たなローブを形成し,また,チューブ状にローブ先端から溶岩を流出することにより,徐々に大きく成長していきました(図2).こうした多数のローブをつくる溶岩流はCompound lava flows(複合溶岩流)と呼ばれ,一般に玄武岩など低粘性の溶岩流に多く見られます.噴出量に対して噴出率が低く,溶岩流の動きに対する冷却の効果が大きい場合や,溶岩表面のクラストができやすい環境では,このようなタイプの溶岩流が生じやすいと考えられます.西之島溶岩の2015年1月までの噴出量と噴出率は,衛星画像と海底地形との比較などをもとに,それぞれ約0.1 km3,約2.3 m3/sと見積もられましたが,この噴出量と噴出率の関係はCompound lava flowができやすい条件と言えます.
西之島溶岩流の特徴を他の火山の溶岩流や室内アナログ実験の結果と比較したところ,溶岩流の形態やフラクタル次元の特徴から,西之島溶岩は粘性が低く,玄武岩溶岩に似た挙動を示していることがわかりました.一方,従来の研究や火山灰の分析結果から,西之島溶岩は安山岩と判断されます.溶岩の種類(組成)と粘性との関係は単純ではありませんが,安山岩溶岩はふつう玄武岩溶岩よりも数桁以上高い粘性を示すので,西之島溶岩の組成と形態の関係は一見矛盾しているように思えます.しかし西之島の噴出物を詳しく調べると,結晶量が低いあるいは温度が高いために,安山岩組成であっても粘性が比較的低く(104–106 Pas程度),玄武岩に近い挙動をとり得ることがわかります.このように低粘性のマグマが低い噴出率で長期間流出し続け,かつ海水との接触による冷却効果もある場合,溶岩ローブ表面や周縁にはクラストができやすくなり,結果としてクラストの破断・ローブの分岐が起こりやすくなると考えられます.このようにして,西之島では溶岩ローブ群からなる特徴的な形態の溶岩流地形が形成されたと考えられます.
これらの研究結果は,西之島における新島の成長過程を理解する上で重要なだけでなく,西之島と似たような環境で生じた溶岩流(例えば浅海に流出した桜島大正溶岩流など)の流動過程や流出条件,あるいは似たような特徴をもつ古い時代の溶岩流の流出環境を推定する際の制約にもなると考えられます.