南海トラフ西方プレート境界浅部すべりについての新たな知見 ~九州東方・日向灘で発生する浅部低周波微動の発見と移動特性の解明~

山下裕亮(1)†,八木原寛(2),浅野陽一(3),清水洋(1),内田和也(1),平野舟一郎(2),馬越孝道(4),宮町宏樹(2),中元真美(1),福井海世(1),神薗めぐみ(1),兼原壽生(5),山田知朗(6),篠原雅尚(6),小原一成(6)

(1)九州大学地震火山観測研究センター,(2)鹿児島大学南西島弧地震火山観測所,(3)防災科学技術研究所,(4)長崎大学大学院水産・環境総合研究科,(5)長崎大学水産学部,(6)東京大学地震研究所, †現所属:東京大学地震研究所

Science, vol. 348 (6235), 676-679, doi:10.1126/science.aaa4242

南海トラフ西方プレート境界浅部すべりについての新たな知見

~九州東方・日向灘で発生する浅部低周波微動の発見と移動特性の解明~

 プレート境界において海溝型巨大地震がたびたび発生する南海トラフ域では,スロー地震(注1)と呼ばれる,通常の地震とは異なる特徴を有する断層すべり現象が発生していることが,ここ10数年の間に明らかにされてきました(参考文献【1】).特に,プレート境界固着域の深部隣接側では,低周波微動(注2)・超低周波地震(注3)・スロースリップ(注4)という,3種類の異なるスロー地震が時空間的に同期して観測されています.トラフ軸近傍のプレート境界浅部領域についても同様の現象が起こっていると考えられてきましたが,震源域が陸から遠い場所であり,その詳細はほとんどわかっていませんでした.本研究では,南海トラフ巨大地震震源域の西方に位置する日向灘において,スロー地震を含むプレート境界浅部すべり現象を明らかにするため,海底地震計(注5)を用いた直上観測を行いました(海底地震観測は,九州大学,鹿児島大学,長崎大学・東京大学の共同研究).その結果,スロー地震の1つである「浅部低周波微動」を観測することに成功し,その詳細な活動特性を初めて明らかにしました.

本研究の重要な成果の1つは,浅部低周波微動と浅部超低周波地震の異なる2つのスロー地震について,活動の一致性を初めて明らかにしたことです.また,浅部低周波微動が明瞭な「震源移動」を示すこと,深部低周波微動とよく似た2種類の移動特性(参考文献【1】など)を有することも明らかになりました.以上のように,プレート境界の深部と浅部で発生するスロー地震の活動様式が共通していることが初めて明らかされました.これまでの観測・シミュレーション研究によると,深部の低周波微動や超低周波地震は,数日間継続するスロースリップによって引き起こされると考えられるため,本研究で明らかとなった観測結果は,プレート境界浅部におけるスロースリップの存在を証明したものと考えられます.

このほか,南海トラフ沿いのセグメント境界と考えられている九州パラオ海嶺が,スロー地震のようなゆっくりとしたすべりに対してはセグメント境界の役割を果たさないことも明らかにしました.さらに,浅部低周波微動の活動域がプレート境界の固着が弱い領域の浅部側に限定されていることから,浅部低周波微動の活動はプレート境界の固着の程度をよく反映した現象である,という新たな解釈を提示しました.この解釈が正しければ,浅部低周波微動活動の時空間変化をモニタリングすることで,プレート間固着の変化を把握することが可能となり,将来的に巨大地震発生の切迫度評価への応用ができる可能性があります.

本研究により新たに発見された浅部低周波微動の移動現象は,それそのものが間接的にプレート境界浅部すべりを表していると考えられるため,スロー地震の発生メカニズム解明に寄与するだけでなく,巨大津波発生の可能性を有するプレート境界浅部すべりを理解や,将来発生が危惧される南海トラフ沿い巨大地震の発生モデル高度化への寄与など,学術上・防災上重要な成果であると位置づけられます.

一方で,陸から遠く離れたプレート境界浅部で起こっている現象を詳細に把握するためには,海底における地震動と地殻変動の同時かつ長期にわたる観測を行うことが必要不可欠です.国内外の様々な場所でより多くの観測事例を重ね,異なる浅部スロー地震間の相互関係や活動の普遍性・地域性などを明らかにし,プレート境界浅部すべりについての理解をより一層深めていく予定です.

 

謝辞:海底地震観測においては,長崎大学水産学部練習船・長崎丸の共同利用枠を利用し,乗組員の皆さまに多大なるご協力を賜りました.また,宮崎県・鹿児島県の漁業関係者の皆さまには,観測実施に際しご理解・ご協力をいただきました.本研究は,「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」の一環として行われました.

 

図1.海底地震観測網(黄色の四角:数字は観測点番号)によって捉えられた浅部低周波微動の震央分布(丸印:色は発生日時を示す).オレンジの丸は小繰り返し地震(プレート境界で繰り返し発生するM2~4程度の地震:Yamashita et al., 2012),緑の太線は大陸プレート下に沈み込んでいる九州パラオ海嶺の外縁(Yamamoto et al., 2013),赤い矢印はフィリピン海プレートが大陸プレート下に沈み込む方向(Miyazaki and Heki,, 2001)を示している.グレーの領域は,それぞれ1968年日向灘地震,1996年10月・12月日向灘の地震で地震時に大きくすべった領域を示す(八木・他, 1998; Yagi et al., 1999).
図1.海底地震観測網(黄色の四角:数字は観測点番号)によって捉えられた浅部低周波微動の震央分布(丸印:色は発生日時を示す).オレンジの丸は小繰り返し地震(プレート境界で繰り返し発生するM2~4程度の地震:Yamashita et al., 2012),緑の太線は大陸プレート下に沈み込んでいる九州パラオ海嶺の外縁(Yamamoto et al., 2013),赤い矢印はフィリピン海プレートが大陸プレート下に沈み込む方向(Miyazaki and Heki,, 2001)を示している.グレーの領域は,それぞれ1968年日向灘地震,1996年10月・12月日向灘の地震で地震時に大きくすべった領域を示す(八木・他, 1998; Yagi et al., 1999).

 

図2.図2のN-S測線に沿った距離で投影した浅部低周波微動の時空間プロット。横軸は時間(日付)を表している。グレーのエリアは海底地震観測網の外側(南側)に位置するため、震源決定精度が悪い領域。全体として、南から北へ移動しており、1回目と2回目の移動の平均的な速度は1日あたり30~60 km。6月12日~14日にかけての逆方向(北から南)の高速移動はRTR(Rapid tremor reversal: 参考文献【7】)と呼ばれる移動現象。
図2.図2のN-S測線に沿った距離で投影した浅部低周波微動の時空間プロット。横軸は時間(日付)を表している。グレーのエリアは海底地震観測網の外側(南側)に位置するため、震源決定精度が悪い領域。全体として、南から北へ移動しており、1回目と2回目の移動の平均的な速度は1日あたり30~60 km。6月12日~14日にかけての逆方向(北から南)の高速移動はRTR(Rapid tremor reversal: 参考文献【7】)と呼ばれる移動現象。

 

図4.浅部スロー地震の移動と、通常の地震発生域(深さ10~30 km)のプレート間固着との関係についての解釈図。プレート間固着が弱い場所の浅部側では広範囲に渡って浅部スロー地震活動が活発で、明瞭な移動現象が見られる。一方、固着が強い場所の浅部側では活動が限定的で不活発である。
図3.浅部スロー地震の移動と、通常の地震発生域(深さ10~30 km)のプレート間固着との関係についての解釈図。プレート間固着が弱い場所の浅部側では広範囲に渡って浅部スロー地震活動が活発で、明瞭な移動現象が見られる。一方、固着が強い場所の浅部側では活動が限定的で不活発である。

 

用語解説

(注1)スロー地震(Slow earthquake)
スロー地震は,通常の地震よりも断層面がゆっくりとした速度でずれ動く現象の総称で,低周波微動や超低周波地震,スロースリップなどがあります.

(注2)低周波微動(Low-frequency tremor)
通常の地震と異なり,P波(初期微動)・S波(主要動)の到達が不明瞭なイベントで,火山活動に伴って発生する火山性微動と,本研究で観測された非火山性の微動があります.非火山性の微動は,周期0.5秒(周波数2 Hz)程度に卓越する(通常の地震に比べ)低周波で微小な震動であり,数分から数時間継続します.

(注3)超低周波地震(Very low-frequency earthquake: VLFE)
10~20秒程度の非常に長い周期の波が卓越する特異な地震で,主に広帯域地震計によって捉えることができます.

(注4)スロースリップ(Slow slip)
地震波を出すことなく,数日間~数年程度の時間をかけてゆっくりと断層面がすべる現象で,GNSS(GPSなどの衛星測位システムの総称)や傾斜計など地殻変動観測によって検知されます.数ヶ月以上継続する長期的スロースリップと,長くて数週間程度の短期的スロースリップがあります.

(注5)海底地震計(Ocean bottom seismometer: OBS)
海底地震計には大きく分けて自己浮上式とケーブル式に分けられます.本研究で用いた自己浮上式海底地震計は,設置時は船上からの自由落下,回収時には船上からの音響通信による命令によって強制電蝕により錘を切り離した後,自身の浮力を利用して海面に浮上させる仕組みです.地震計(今回は,固有周波数4.5Hzもしくは1Hz),記録装置,精密時計,電池を直径17インチの耐圧ガラス球内に封入して海底に設置します.ガラス球の容量と浮力の関係から内部に入れることができる電池容量が限られ,標準で3ヶ月間程度観測が可能です.ガラス球の他に,地震研究所で開発された500mm もしくは 650mmの耐圧チタン球を用いた1年以上の長期観測が可能なタイプもあります.水深約6000mまで設置可能ですが,日本海溝など6000mを越える超深海でも観測可能な耐圧球を用いた海底地震計も近年開発されています.

 

参考文献

【1】    Obara, Journal of Geodynamics 52, 229-248 (2011).
【2】    Yamashita et al., Geophysical Research Letters 39, L08304 (2012).
【3】    Yamamoto et al., Tectonophysics 589, 90–102 (2013).
【4】    Miyazaki and Heki, Journal of Geophysical Research 106, 4305–4326 (2001).
【5】    八木・他, 地震 2, 139–148 (1998).
【6】    Yagi et al., Geophysical Research Letters 26, 3161–3164 (1999).
【7】    Houston et al., Nature Geoscience 4, 404–409 (2011).


 

*Science誌に掲載された研究成果です山下裕亮特任研究員らの論文がScienceに掲載

*UTokyo Researchで紹介されました:「移動する「低周波微動」をプレート境界浅部で初観測 プレート境界が時々ゆっくりとした速度でずれ動いている可能性