人工知能による約50年前の地震計紙記録からの低周波微動の検出

金子 亮介 1,2 長尾 大道 1,2 伊藤 伸一 1,2 鶴岡 弘 1 小原 一成 1
1: 東京大学地震研究所 2: 東京大学大学院情報理工学系研究科

Detection of Deep Low-Frequency Tremors From Continuous Paper Records at a Station in Southwest Japan About 50 Years Ago Based on Convolutional Neural Network, J. Geophys. Res. Solid Earth, Vol. 128, Issue 2, doi:10.1029/2022JB024842, 2023.

http://doi.org/10.1029/2022JB024842

この成果の掲載が大変遅くなりました。お詫びいたします(広報アウトリーチ室長 木下)

1995年兵庫県南部地震を契機にわが国で整備された高感度地震観測網Hi-netをはじめとする空間的に稠密な地震計ネットワークの構築により、スロー地震の一種である「低周波微動」(以下、微動)が西南日本で発見されました(Obara,2002)。微動は通常の地震よりもはるかに振幅が小さく、継続時間が数時間以上に及ぶこともあるのが特徴で、西南日本でも月に数回程度の頻度で発生していることがわかっています。
微動は沈み込むフィリピン海プレートと上盤プレートとの境界に沿って、通常のプレート境界型大地震よりもやや深いあるいはやや浅い領域で発生しており、これらの大地震とも関連していることが予想されています。これまでの微動の発生時刻や震源位置をリスト化した「微動カタログ」(例えば、Obara et al., 2010)が公開されていますが、通常は複数観測点の連続地震波形デジタルデータから信号処理によって微動の
検出を行っていることから、微動カタログはこれらのデータアーカイブが充実した2001年以降のものしか存在していません。南海トラフのプレート境界型大地震がおよそ100〜200年周期で発生していることを考えると、現代の地震観測網が構築される以前の微動を検出して、過去の微動カタログを作成することが極めて重要であることは明白です。


そこで本研究では、人工知能を利用して、約50年前に稼働していた東京大学地震研究所 和歌山観測所の大量の地震計古記録からの微動の検出を行いました(図1)。当時の地震計はドラムに巻かれた紙にペンで1日分の波形を直接描いており、近年、その画像化とデータベース化が進められていま(Satake et al., 2020)。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)として残差学習モデルResNetを採用し、古記録を模した人工的な波形画像データ(Kaneko et al., 2021)および現代のHi-netのデジタルデータから生成した5万枚以上の波形画像データをCNNに学習させました。
学習済みのResNetを和歌山観測所 熊野観測点(三重県)で得られた1966年から1977年の古記録に適用したところ、これまでに知られていなかった当時の微動を多数発見することに成功しました(図2)。一方で、地震波形を紙に安定して記録するには多くの技術と経験が必要であり、ペンの太さの時間変化などが微動検出の障壁になる場合があることも判明しました。今後ますますデータベース化が進められていく古記録に普遍的に適用できるよう、文部科学省「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」(STAR-Eプロジェクト)のご支援によって最近導入した最新鋭の深層学習用GPU計算機を利用し、さらに大量のデータをCNNに学習させることにより、本研究で開発した古記録からの微動検出のための人工知能技術を強化していく予定です。

図1: 人工知能に基づく地震計古記録からの低周波微動検出の概略。
図2: (a)熊野観測点で得られた1974年9月17日(上)と9月19日(下)の地震波形記録、および(b)人工知能によって検出された低周波微動。