三反畑修1,2・齊藤竜彦2
1. 東京大学地震研究所, 2. 防災科学技術研究所
Sandanbata, O., & Saito, T. (2024). Quantifying magma overpressure beneath a submarine caldera: A mechanical modeling approach to tsunamigenic trapdoor faulting near Kita-Ioto Island, Japan. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 129, e2023JB027917. https://doi.org/10.1029/2023JB027917
・研究の要点
- 小笠原諸島の火山島・北硫黄島の周辺では、数年おきにマグニチュード5.2–5.3の地震が発生し、中程度の地震規模にしては大きな津波を引き起こしていたことを明らかにした。
- 2008年の津波と地震波の波形解析を行い、北硫黄島の北西側にある海底カルデラ・北硫黄島カルデラにおいて、「トラップドア断層破壊」と呼ばれる急激な隆起現象が発生したことを示した。
- 観測された津波規模から、地震発生直前にはカルデラ地下に蓄積していたマグマは周辺地殻にかかる応力よりも5–20MPa程度高い、過剰な高圧状態にあったと推定し、北硫黄島カルデラが地下に大量のマグマを蓄積しており、将来的な噴火の可能性を秘めた火山活動を有することが示唆された。
- 研究の背景
日本の南方沖に連なる伊豆・小笠原島弧沿いには、認識されているだけでも数十の海底火山の存在が知られています。しかし、海底観測の難しさと本島から遠いという地理的な要因のため、多くの海底火山活動への理解は乏しいのが現状です。本研究では、東京から1,100 kmほど南方に位置する火山島・「北硫黄島 (Kita-Ioto Island)」の北西側には、大きさ12 km x 8 kmの海底カルデラ・「北硫黄島カルデラ (Kita-Ioto Caldera)」に着目しました(図1a–c)。北硫黄島カルデラの中央には「噴火浅根 (Funka Asane)」と呼ばれる火口丘が存在し、1930年から1968年までの期間に、しばしば海底噴火が発生していた活火山として知られています。しかしながら、それ以降にこの周辺では海水変色が時折観測されるものの、詳しい調査観測は行われておらず、現在の活動状況の詳細はわかっていませんでした。
- 研究の内容
本研究では、北硫黄島カルデラ周辺の地震活動、および地震に伴う津波記録の解析を行い、北硫黄島カルデラにおける火山活動の実態とその活動度を調査しました。
まず、Global Centroid Moment Tensor (CMT) catalogという、世界中の中〜大規模地震を網羅した地震カタログを調べると、北硫黄島カルデラ周辺の地下浅くでは、2008年から2019年までの期間に約2〜5年間隔でマグニチュード(M)5.2–5.3の火山性地震が発生していました。さらに、震源から約1,000 km離れた海底に設置された津波計(図1a)の記録を調べると、2008年と2015年に発生した地震の直後に、地震に伴って発生した津波が明瞭に記録されていました(図1d)。観測された津波の振幅は約2 mm程度と小さいものの、観測点が震源から離れていることと、M5.2–5.3という中程度の地震規模を考えると、地震規模の割に特異に大きな津波を発生させたと言えます。
そこで地震・津波現象の発生メカニズムを調べるため、上記の津波記録と地震波の遠地観測記録を用いて波形解析を行いました。その結果、北硫黄島カルデラにおいて、地下のマグマ圧力を動力源としてカルデラ内の曲がった断層構造が一気に破壊し、最大数メートルにも及ぶカルデラ隆起を急激に引き起こす、「トラップドア断層破壊*」というカルデラ火山特有の地震現象をモデル化することで、地震波および津波記録を高精度に再現できることが分かりました(図2a–b)。
また上述のトラップドア断層破壊のモデル化においては、カルデラ直下のマグマだまりに蓄積したマグマの圧力と、それによって発生しうる地震・津波規模を定量的に結びつける、新たな力学的な地震モデルを開発しました(図2c)。この地震モデルの適用によって、実際に観測された地震・津波規模を再現するトラップドア断層破壊を引き起こすために必要なマグマ圧力の定量化を行うことができます。震源構造の不確定性によるばらつきはあるものの、地震発生直前にカルデラ地下のマグマが周辺地殻の応力場よりも5–20 MPa程度高い、過剰な高圧状態にあったことを示しました。
- 研究の重要性
海底カルデラにおいてトラップドア断層破壊が発生することで、地震規模に基づく推定よりも大きな津波が発生した観測事例は、これまで伊豆諸島のスミスカルデラ (Sumisu Caldera; Sandanbata et al., 2022)、ニュージーランド北方沖のカーティスカルデラ (Curtis Caldera; Sandanbata et al., 2023)で報告されています。本研究による北硫黄島カルデラにおける同現象の発見は、上記に次ぐ三例目の観測事例となります。海底での火山性地震に伴って発生した津波の波形記録を詳細に解析した一連の研究によって、数メートルを超える隆起を伴う火山現象が世界各地の海底カルデラにおいて発生している実態が明らかになってきました。
また、本研究で明らかにした北硫黄島カルデラ直下における高圧マグマの存在は、同カルデラが活発にマグマを蓄積している活動的な海底火山であることを示しています。別のカルデラ火山においては、周辺地殻の応力場よりも10–15 MPa程度高いマグマ圧によって、カルデラ噴火が誘発されたとする先行研究もあり、北硫黄島カルデラが将来的に噴火活動に移行する可能性を秘めていることを示唆します。
海底火山における火山性地震・津波の遠地観測を用いて、海底火山地下に蓄積したマグマ圧力などの力学状態の定量的推定を試みた研究は、これまでにありませんでした。今後もこうしたアプローチを通して、海底火山監視体制の強化に繋げていきたいと考えています。
*トラップドア断層破壊については、2022/09/30に掲載の「地震規模に比べて大きな津波を繰り返し引き起こす火山性地震の発生メカニズム」で解説しています。
謝辞:本研究では、米国海洋大気庁(NOAA)の津波観測システムDARTの水圧計記録、米国地震学連合(IRIS)から入手した地震波形記録、防災科学技術研究所・広帯域地震観測網F-netの地震波形記録、日本水路協会の海底地形データを使用しました。また、Global CMT Catalogの地震情報を使用しました。記して、感謝申し上げます。
引用文献
- Sandanbata, O., Watada, S., Satake, K., Kanamori, H., Rivera, L., & Zhan, Z. (2022). Sub‐decadal volcanic tsunamis due to submarine trapdoor faulting at Sumisu caldera in the Izu–Bonin arc. Journal of Geophysical Research, [Solid Earth], 127(9), e2022JB024213. https://doi.org/10.1029/2022jb024213
- Sandanbata, O., Watada, S., Satake, K., Kanamori, H., & Rivera, L. (2023). Two volcanic tsunami events caused by trapdoor faulting at a submerged caldera near Curtis and Cheeseman Islands in the Kermadec arc. Geophysical Research Letters, 50(7), e2022GL101086. https://doi.org/10.1029/2022gl101086