ETSの始まりにおける微動とスロースリップイベントの相互作用:カスケード沈み込み帯の例

伊東 優治(1)、Socquet Anne(2)、Radiguet Mathilde(2)
1東京大学地震研究所 2グルノーブルアルプ大学地球科学研究所

Slip-Tremor Interaction at the Very Beginning of Episodic Tremor and Slip in Cascadia
Yuji Itoh (1), Anne Socquet (2), Mathilde Radiguet (2)
1ERI, University of Tokyo, Japan
2ISTerre, Université Grenoble Alpes, France
AGU Advances, 6, e2024AV001425
https://doi.org/10.1029/2024AV001425


 北米西海岸のカスケード沈み込み帯や南海トラフでは、スロースリップイベント(SSE)と微動と呼ばれるスロー地震現象が時空間的に近接して発生することが知られており、大規模なイベントはEpisodic Tremor and Slip (ETS)と呼ばれている。多数の観測に支持されるETSのメカニズムの概念的なモデルの一つは、SSEは断層帯の延性的な変形であり、その断層帯の中に埋め込まれた小さな脆性的なパッチが微動を起こすというものである。しかし、ごく小さな微動や、微動を起こすパッチが、それよりも何桁も大きな規模のSSEのすべり挙動に影響を及ぼしうるかどうかは検証されていなかった。そこで、本研究では、カスケードで発生した大規模なETSの始まりの過程のみに着目した解析を実施することで、微動とSSEの間の力学的な関係の議論を試みた。典型的な逆解析手法で推定されるSSEの時間発展は実際のものよりも滑らかになることが知られており、すべり速度やモーメント解放速度が急激に変化するSSEの始まりの推定結果に顕著な影響を及ぼすと考えられる。また、通常の解析で使われる1日ごとのGPS地殻変動データではSSEと微動の時間的関係を詳細に比較することはできない。そこで、本研究では、SSE開始地点付近の複数観測点における1日以下の時間間隔のGPS地殻変動データを足し合わせる(スタックする)ことで、SSEの開始に伴うモーメントの時間発展を推定した。その結果を微動の累積発生個数の時間発展と比較することで、SSEのモーメントのシグナルが、微動の発生よりも0~2日程度遅れて検出可能になることがわかった。一方で、SSEのモーメントが検出可能なくらい大きくなると、微動の発生域の面積がより効率的に広がることがわかった。これらの解析結果は、ETSの始まりの段階では、微動がSSEの挙動に影響を及ぼしうることことや、SSEが検出可能なくらい成長した後は、微動とSSEが相互作用しながら拡大していくことを示唆している。本研究では、これらの解析結果と先行研究による知見を統一的に説明し得る概念的なモデルとして、Unpinningモデルを提案した。このモデルでは、微動を起こす小さなパッチの強度が周囲のSSEを起こす断層帯よりもやや強く、微動のパッチがプレート境界断層面を留めるピンのような役割を持つ。そのため、破壊強度に達していない微動のパッチはSSEの成長を妨げ、無数にある微動のパッチが破壊強度に達して集合的に破壊された後に、SSEはGPSデータで観測可能な大きさに成長することが可能となる。提案するモデルは概念的なものであるため、数値シミュレーションや室内岩石実験等による定性的な検証が待たれる。

図1: (a) 2010年8月中旬のETS発生期間を含む、5分間隔のGPS地殻変動データ(赤い点)。4桁のコードは観測点名を表し、その位置をdに示す。(b) aに示すデータを、重みづけしてスタックする(足し合わせる)ことで得られたSSEのモーメント時間関数(赤)と、ETSの始まりに伴う微動の累積発生個数(青)。c-dの赤い四角の中で発生した微動のみを考慮している。(c) 微動の分布(色付きの点、色は時間を表す)。赤い四角はETSが始まったと仮定した領域を表す。赤と黒の矢印は赤い四角の領域で一様なすべりが発生した場合のGPS観測点での変位パターンを 表し、この変位パターンをスタックの重みづけに使った。(d) cの一部を拡大したもの。赤の四角はaに示したデータの観測点位置を示す。
図2: 本研究で提案したETSの始まりの過程に関する概念的なモデル。オレンジ色の領域は滑っていない領域、青色の領域はすべっている領域。SSEはETS zone全体で生じ、小さな丸と吹き出しはそれぞれ、微動のパッチと、その破壊(微動の発生)を表す。(a) 大規模なETSが発生していない期間。(b) 大規模なETSが始まっているがSSEのシグナルが観測可能な大きさに達していない期間。(c) 大規模なETSが始まっており、SSEと微動の両方が観測可能なほど大きく、両者の相互作用が顕著な期間。(d)ETSの拡大が終了し、走向方向(等深線方向)への移動が始まる期間。