野口科子(1) 前田拓人(2) 古村孝志(2)
(1) (公財)地震予知総合研究振興会 (2) 東京大学地震研究所
Geophysical Journal International, 205, 1108-1125, 2016, doi:10.1093/gji/ggw058
アウターライズ地震の際の海洋レイリー波が長周期地震動の継続時間に及ぼす影響
沈み込み帯の海溝軸より海側のプレート内部で起こるアウターライズ地震では,震源が陸域から遠く揺れの影響は比較的小さいものの,震源が浅いことから主に津波の危険性が指摘されてきました.我々は今回,日本の高密度な地震観測網によるアウターライズ地震の観測記録を解析し,より陸側で起こるプレート間地震よりも100秒以上長く続く長周期地震動が観測されていることを発見しました.また,その生成メカニズムを大規模3次元シミュレーションで解明しました.
東北地方の太平洋沖では,M6~7級のプレート間地震およびアウターライズの地震(日本海溝よりも東側の沈み込む前のプレートで発生する地震)が多数起こっています.我々は,防災科学技術研究所のHi-netによる高密度連続観測記録で記録される地震動の長周期成分に注目し,これらの地震の際の東北地方の波動場を調べました.その結果,アウターライズの地震では,長周期地震動がプレート間地震よりも100秒以上長く続くことを発見しました(図1).アウターライズの地震の記録には,表面波の到着以降に2つの波群が連続して到達しており(図1のR1・R2),これが振動継続時間を長くしていることがわかりました.これら2つの波群は共に周期13-14秒に卓越し,西へ向かって伝播するレイリー波の特徴を示しました.この現象がアウターライズ地震ではひろく見られ,一方プレート間地震では見られないことから,この現象の成因は日本海溝を横断する地震波の伝播経路にあるとみて,波動伝播シミュレーションによる検証を行いました.
波動伝播シミュレーションには,実際の地形,地下速度構造および海水層を考慮できる3次元差分法を用いました.シミュレーションの結果,アウターライズ地震の際にみられる2つの波群の生成が確認されました(図2).震央からP波とS波が広がった後に,表面波と思われる地震波相が確認でき,しかも実際に観測されたように,それが二つの波に分離している(図2 中のR1とR2)ことも確認できます.ところが,海水層を人工的に干上がらせた状況下で波動伝播シミュレーションでは,これらの波は現れません.したがって,長時間継続する地震波を生む原因は,海水層にあることがわかりました.この結果を踏まえたさらなる理論的な検討から,これら二つの波が海洋下のレイリー波(海洋レイリー波)の基本モードと1次の高次モードであり,しかも観測された帯域において,地震波のエネルギーが集中して大振幅になりやすい環境も整っていたことが確認されています.一方,このような波が生成されるためには深い水深が必須であり,その結果としてアウターライズの地震以外ではほとんど観測されなかったことも明らかになりました.
本研究は,地震の観測記録に基づいて海洋レイリー波の存在を示したもので,特にアウターライズの地震においては,海洋レイリー波の存在は無視できないものである事がわかりました.石油タンクのスロッシングなど長大構造物への被害を評価する上では,振幅だけでなく振動継続時間も重要な要素となってきます.これまで海域の地震による地震動評価などのためのシミュレーションでは,海水層を考慮することは計算コストを伴う事とされてきましたが,この論文を含む最新の複数の研究が,海水層が地震動に無視できない影響を及ぼしている事を示しています.防災科学技術研究所や海洋研究開発機構のS-net・DONETといった海域の稠密地震観測網のデータが蓄積されるにつれ,このような海洋レイリー波の実態や,それらの強震動評価への影響がより詳細に明らかになってくるものと期待しています.
地震波伝播のアニメーション(図クリックで動画再生)
東北沖アウターライズの地震の波動伝播シミュレーション結果.上段は地上および海底での上下動変位振幅,下段は震源を通る東西の断面図.左側は海水層を考慮した場合,右側は海水層を考慮しない場合.赤が上向き変位,青が下向き変位を示す.