飯高隆(1),平松良浩(2),濃尾地震断層域合同地震観測グループ
(1)東大地震研,(2)金沢大学
Earth, Planets and Space (2016)68:164
DOI 10.1186/s40623-016-0540-z
1891年に発生した濃尾地震は,マグニチュード8というひじょうに大きな地震でした。日本の活断層で発生した内陸地震としては,観測史上最大規模の地震といえます。この発生原因を調べるために地震研究所は,全国の大学や関係機関と共同で臨時の観測点を展開し,様々手法を用いて解析をおこないました。この研究では,S波偏向異方性解析という手法を用いて,この地域の地殻やマントルの構造を調べることを行いました。
異方性というのは,地震波の伝播速度が伝播方向によって異なる現象を言います。S波偏向異方性解析は1つの振動方向の波が異方性媒質を伝播することにより,直交する2つの方向の波に分離する原理を用いて異方性構造を検出するものです。マントルの異方性構造を調べることによって,マントル内の対流の方向や不均質構造を知ることができます。日本列島の下には,太平洋プレートが東から西に向かって沈み込み,西日本においてはフィリピン海プレートが沈み込んでいます。これらのプレートが沈み込むことによってマントル対流がおこることが知られています。濃尾地震断層域下のマントルの異方性を調べると,フィリピン海プレートが沈み込んでいる北東側では,北東-南西方向の異方性が観測され,太平洋プレートの沈み込みが卓越している南側では東北東-西南西方向の異方性が観測されました。これらの異方性は,フィリピン海プレートや太平洋プレートの沈み込みに関係するマントルの対流によって説明できました。しかしながら,濃尾地震断層域では東南東-西北西方向の異方性が観測され,沈み込む海洋プレートが引き起こすマントルの流れでは説明できませんでした。この地域では,他の研究グループの研究により,地殻やマントルに地震波の伝播速度のひじょうに遅い領域や電流が流れやすい低比抵抗域が検出されています。今回観測された異方性の領域と,低比抵抗である領域が存在する場所がよく一致します。これらのことから,この異方性がマントルを上昇する流体によって作り出された不均質構造によるものとすると,観測結果を説明することができました。このようなマントルを上昇するマグマや流体によって引き起こされる異方性構造については,これまでに他の地域においても観測されています。今回の観測結果も,沈み込むプレートから脱水した水によって不均質構造が形成され,そのために異方性構造をもつようになったと考えると観測データをよく説明できます。
これまでに発生した内陸地震の解析から,活断層によって引き起こされる内陸地震は断層域近傍に存在する水によって引き起こされるという説が提唱されており,多くの地震発生域において地殻下部に存在する流体の証拠が示されてきています。この研究は,これらの成果と調和的で,1891年の濃尾地震の発生もマントルから排出した水が断層下部に到達し,その水が地震発生に大きく関係していることが考えられます。