3.11.3 活動的火山における多項目観測研究

地震研究所では,文部科学省科学技術・学術審議会が5年ごとに関係大臣に建議する研究計画に基づき,火山噴火予測に関連する観測研究を全国の大学・研究機関と協力し,その中核となって実施している.この研究計画は,その前身の火山噴火予知計画から約半世紀の間,その内容を学術の進歩に合わせて変更しながら継続してきた.火山噴火は発生すると大きな被害をもたらすが,発生頻度が低いため,長期の観測データの蓄積が不可欠であり,この50年弱のうち,特に最初の約20年間は火山観測網の充実が図られ,さらに研究者及び観測を支える技術職員が増員され,日本の火山学の進展に大きく貢献してきた.最新の研究計画は2019年1月に建議され,2019年4月から5年間に渡り実施中の「災害の軽減に貢献する地震火山観測研究計画(第2次)」である.この計画は前計画に引き続き火山災害の軽減を目指して,観測,実験,理論の各手法を用いて火山現象の解明とその成果に基づく火山噴火予測に関する研究行なうことになっている.現建議において火山の研究に関して特筆すべき点として2つ挙げることができる.一つは,火山噴火予測の精度向上を目指すために火山活動推移モデルの構築を重点的研究とした点である.もう一つは,2014年9月に発生した御嶽山噴火で多くの犠牲者が出たことを重視し,観光地となっていて登山客や観光客が火口近傍まで訪れる火山については,小規模な噴火であっても大きな災害を引き起こす火山噴火であるとして「高リスク小規模火山噴火」と位置づけ,地球物理学観測だけでなく,地球化学,地質学,史料研究を含めて包括的な研究を実施することを打ち出した点である.

当センターにおいては,長年継続して整備されてきた火山観測網やそれを支えるシステムの維持・強化を担っており,火山噴火予知研究センターをはじめとする他のセンター及び部門と協力し,観測に基づく火山噴火予測研究を実施している.火山噴火予測においては,噴火発生時の諸現象を精度良く捉えて噴火現象に関する新たな知見を得ることも重要であるが,火山噴火の準備段階は往々にして数十年を超える長期にわたることもあることから,長期にわたり観測を継続し,噴火に至るまでの火山内部のわずかな変化を捉え,その原因を科学的に解明することも極めて重要である.このようにして得られた火山活動に関する知見を火山噴火予測に活かすことが,火山噴火予測研究の重要な目的である.従来の火山噴火予測は,噴火に先行する現象に基づく経験則に大きく依存していた.火山噴火前のさまざまな火山現象を科学的に解明することによって,より普遍的かつ科学的な火山噴火予測に発展させることを目指すべきであり,そのためには精度の高い各種観測データを長期に安定して蓄積することが重要である.

本研究所では,これまでの「火山噴火予知計画」で観測網が整備された浅間山,伊豆大島,富士山,霧島山,三宅島の5火山を中心に長期的・継続的な観測を行っている.これらの火山においては,地震・地殻変動・全磁力変化・空振観測・熱映像・可視画像等の多項目の観測を行い,噴火に伴う諸現象,噴火前に起こる前兆現象を捉え,その物理・化学過程を明らかにする研究を実施している.また,この他の火山においても,他大学・機関との協力し様々な観測を実施している.ここでは主として,それぞれの火山における観測の現状と観測研究の目的や意義について述べる.

(1)浅間山

浅間山では,広帯域地震(17点),短周期地震(2点), GNSS(13点),傾斜(5点),全磁力(3点),空振(1点),熱映像(1点),可視画像(3点)の多項目観測を行い,浅間火山観測所と小諸火山観測所を拠点として観測網の維持管理を行っている.山頂付近のデータは無線LANによる中継あるいは光ファイバーを経て浅間火山観測所に集約され,本研究所までインターネット高速回線を用いて伝送されている.また,観測点の通信状況などに応じて 衛星回線や有線回線,携帯データ通信を利用したデータ転送も行われている.

浅間山の最近の活動としては,山頂付近の観測網が増強されつつある中で発生した2004年の中規模噴火,2009年と2015年の小規模噴火,2019年8月の極小規模噴火を挙げることができる.2004年噴火では,噴火前に浅間山西方深部にあるマグマ溜まりの増圧を示す地盤変動がGNSS観測等で捉えられた.また,噴火前に山頂付近で発生する長周期の地震動(VLP)の発生様式が変化するなどの現象が捉えられた.さらに,VLPの波形解析から推定される火道浅部の体積変化と火山ガス(SO2)放出量の相関の高さから,VLPは火山ガス放出の指標となると考えられている.一方,2019年8月に発生した小規模噴火では,2004年の中規模噴火や2009年と2015年の小規模噴火とは異なり,これまで知られていた噴火に先行して現れる明瞭な先行現象は見られなかった.しかし,火口付近のデータを精査すると,火口の西側に設置している赤外カメラの解析から,噴火の約10日前の7月27日から火口底の温度が急激に低下し,それが噴火発生まで継続していたことがわかった.また,その間,火口直下浅部を震源とするBL型地震の発生頻度が低下していること,火口直下を震源とするBH型地震については7月末ごろから明らかに活動度が上昇していたことがわかった.これらのことから,2019年8月噴火は他の噴火のように深部からのマグマの供給により発生するものではなく,深部から火口に通じていた火山ガスの通路が一時的に閉塞して噴気が火口から放出されなくなり閉塞した火道に蓄積した火山ガスが岩塊を吹き飛ばした現象であると推定された.この結果は,火口近傍での多項目観測の重要性を如実に示すものである.

(2)伊豆大島

現在,伊豆大島には24点(うち4点は広帯域地震計を併設)からなる地震観測網と14点からなるGNSS観測網によって地震及び地盤変動観測を行っている.これらの観測網は,従来の地震及び地盤変動観測機器が老朽化したため,2003~2004年に一気に更新したものである.この更新以降期間にわたり精度の高い地震及び地盤変動の観測データを蓄積してきたが,近年これらの機器の老朽化が再び目立つようになってきた.そのため,最新の観測機器に更新する作業を2018年度から実施し,地震観測ロガーやGNSS受信機の更新を進めている.電磁気的観測については,プロトン磁力計による全磁力の連続観測に加え,能動的な比抵抗構造探査手法の一つである ACTIVE観測や長基線の電位差を計測するネットワークMT観測を実施している.

これらの各種観測データは,様々な手段を用いて地震研究所に集約されている.通信会社による有線回線サービスを利用することのできる観測点では高速で信頼性の高い光回線網を,有線回線サービスを利用することが難しいが携帯通信網が利用可能な観測点では4G携帯電話回線網を用い,そのいずれも利用できない観測点では無線LAN装置を設置してデータ伝送を行っている.有線回線網ほど安定的なデータ伝送が行われない携帯電話回線網を利用した観測点では,自動的に最適速度でのデータ送信や再送を行うACTプロトコル(当研究所で開発)を用いて,人手をかけず安定的なテータ収集を行っている.

伊豆大島では,1986-87年の前回の噴火から34年以上が経過している.明治以降の平均噴火間隔が36~38年であることから,次の噴火が近づいており,現在は噴火に至る諸現象が地下で進行していると考えられる.噴火前に地下で起こる諸現象を捉え,それを理解することにより,噴火の発生時,規模,噴火様式を予測することが重要である.

科学的な記録が残っている伊豆大島のこれまでの噴火では,他の火山と異なり噴火初期(発生時)には,火山性微動は発生するものの明瞭な地震活動の高まりが見られないとされている.これは,伊豆大島のマグマが低粘性の玄武岩に富むものであるため,マグマに含まれる火山性ガスが噴火前から効率的にマグマから放出され,噴火初期には比較的爆発性の低い噴火様式になると考えられる.実際,前回1986年の噴火ではマグマに先行してそこに含まれる高温の火山ガス等の揮発性成分が地下浅部に上昇し,地中の温度上昇による熱消磁,地下の電気伝導度の変化が噴火に前に起こり,その後,火山性微動が発生してその振幅が大きくなったのち,マグマが火口に満たされる山頂噴火に至ったと考えられている.その間,顕著な地震活動の増加は見られなかった.そのため,伊豆大島では来るべき噴火活動に備えて,山頂火口周辺での広帯域地震観測網の増強,土壌火山ガス連続観測,空振観測網の整備も検討されている.2018年9月には,三原山の火口近傍に,理学研究科火山化学研究施設と共同で土壌火山ガス連続観測装置を設置した.また,カルデラ内にある三原西観測点の深度1000m井戸については,マグマに先行して上昇してくる揮発性成分(火山ガス)を捉えるため,観測装置の設置を模索している.

次回の噴火の発生初期も前回と同様な経過をたどる可能性が高いと考えられるが,現時点では熱消磁や火山性微動の発生は観測されておらず,噴火が切迫している証拠は見つかっていない.今後も,これまでに蓄積された精度の高い地震及び地盤変動の観測データを併せて解析することにより,噴火の準備段階として山体内部で進行する現象の理解を目指す.

(3)富士山

富士山では9点からなる地震観測網を主体とした観測を行っている.この内4点は地表設置型広帯域地震計,3点はボアホール型広帯域地震計である.ボアホール観測点には3成分歪計,高感度温度計,傾斜計も設置されている.また全磁力観測も継続している.他の火山同様,富士山に於いても観測点の条件に応じて様々な伝送方式が用いられている.

富士山は,三宅島や伊豆大島に比べて噴火間隔が長く,1707年の宝永噴火以降,噴火していない.しかしながら,2000年10~12月及び2001年4~5月に深部低周波地震が多発し,火山活動の活発化が懸念された.深部低周波地震は火山活動の活発化に先行して発生する例が多いが,その発生機構については未だ解明されていない.そのため,広帯域地震計を主体として,長周期振動を捉えることに重点を置いて観測を行っている.2001年以降,深部低周波地震の活発化は見られない.今後の発生と,その後の火山活動の変化を見据えて,観測を継続している.

(4)霧島山

地震研究所は新燃岳周辺を含む広域で地震観測(17点),GNSS観測(3点),全磁力観測(1点),空振観測(3点)を行っている.これらの観測は,火山噴火予知研究センター・鹿児島大学などと協力して進めている.

霧島山新燃岳では2011年1月に爆発的な噴火が発生した.この噴火に先立ち2009年12月頃から新燃岳南西数㎞,深さ約8㎞にあると推定されているマグマ溜まり(以下,深部マグマ溜まり)に徐々にマグマが蓄積したことが明らかになった.噴火時にマグマの噴出により一挙にマグマ溜まりが収縮し,その後は2011年10~11月頃までマグマの蓄積が続き,一旦停止した.これに呼応して,新燃岳の活動は一旦休止した.この深部マグマ溜まりの膨張は,霧島山全体の大局的な活動の重要な指標となっていることが徐々に明らかになっている.

2013年8月から2014年10月までは再度深部マグマが膨張し,その後膨張は停止した.それに呼応するかのように,2014年8月以降えびの高原の硫黄山から韓国岳に掛けて地震活動が活発化し,火山性微動の発生とそれ同期する傾斜変動も観測された.その後この地域の活動は一旦低下したが,2015年8月頃より硫黄山周辺で傾斜変動を伴う火山性微動が度々発生するようになり,2016年1月には顕著な地表高温域の拡大と噴気の増大が見られるようになった.

2017年7月からは深部マグマ溜まりが再度膨張を始め,10月11日に新燃岳で小規模な噴火が発生した.噴火に先立ち傾斜変動を伴う低周波の微動が観測されたほか,噴火中に様々な火山性微動が火口近傍の複数の広帯域地震観測点で観測された.この活動は約1ヶ月程度継続した後一旦活動が低下した.2018年3月1日から3度目の噴火活動が再開し,3月8日には爆発的な噴火に移行し,1週間程度活動が継続した.その後新燃岳の活動は小康状態になっている.

硫黄山の活動は2017年9月以降低下していたが,2018年3月初旬に新燃岳が3度の爆発的噴火を起こした直後から再度活発化し,2018年4月19日に硫黄山に隣接するえびの高原で水蒸気噴火が発生した.

一連の活動を通じ,霧島山では,深部マグマだまりの膨張が引き金になって,新燃岳のマグマ噴火,硫黄山の水蒸気噴火を引き起こしていることが明らかになってきた.新燃岳の噴火と硫黄山の熱水活動や水蒸気噴火は,いずれも同じマグマ溜まりにマグマが供給された後に発生しており,共通のマグマの供給システムで駆動されていると推定される.即ち,霧島山は多くの火口を有する山容が示すように複雑なマグマや高温の火山ガス供給システムが地下に存在すると考えられ,新燃岳の噴火及び硫黄山付近での熱水活動や水蒸気噴火は,一連の火山活動として捉えられる.霧島山の一連の活動は噴火現象の推移の複雑さを理解する上で大変興味深い事例と言える.今後も観測を継続し,噴火活動の推移の理解につながる研究を目指す必要がある.

(5)三宅島

三宅島では,2000年噴火後は2010年頃まで山体収縮が続いていたが,それ以降山体膨張に転じた.これは,次の噴火に向けて,マグマ溜まりでのマグマの蓄積が再開したことを示している.また,2000年以前はそれほど地震活動が活発でなかったが,噴火後,大きく崩落した火口南側直下浅部を震源とする地震が非常に多く発生している.しかも,その活動度は季節により大きく変動していることが明らかになった.

2000年噴火直後と最近の地下の比抵抗構造の時間変化を研究するため,2012年と2019年にMT観測を実施した.これは,地下の温度変化,地下水の回復過程に着目して,今後の火山活動を評価し,その推移を解明するための基礎となるデータである.また,無人ヘリコプターにより,中腹の周回道路内側全域と火口周辺において空中磁気測定を2014年5月,2016年11月,2021年3月に実施した.磁化構造の変化から,火口直下では帯磁傾向が続いており,地下浅部では前回2000年噴火から地温の低下が継続していると推定されている.今後も,定期的にこのような観測を繰り返し,時間推移を捉えることが重要である.

三宅島では近年の噴火周期が20年程度であることから,次回の噴火が遠くないと思われる.このような火山における噴火前後で発生するマグマや地下水の移動とそれに起因する諸現象を捉えることが,火山噴火現象の解明と噴火予測に重要であることから,文部科学省委託事業「次世代火山研究推進事業」の課題B「先端的な火山観測技術の開発」サブテーマ4「火山内部構造・状態把握技術の開発」で,他機関の観測点が少ない火口近傍に広帯域地震観測点を3点,GNSS観測点を2点設置して観測能力の向上をはかった.次回の噴火が同じマグマ溜まりが活動して発生するかは大変興味がある問題で,これらの知見の積み重ねを経て,次回の噴火の予測や噴火現象の理解の深化を目指している.