3.1.1 地震発生場の研究

(1-1)地震発生タイミングに関するシミュレーション研究

 巨大地震発生後に観測される地殻変動データには,断層面で起こる余効すべりや地下の粘弾性媒質での応力緩和に伴う変形が含まれる.周辺断層での応力蓄積の推移を推定し地震の誘発可能性を評価するには,これらを区別して推定することが重要である.本研究ではこれらのデータ同化手法による推定法の開発を進めている.その準備段階として,巨大地震後に粘弾性変形のみが起きる二次元モデルを構築し,逐次データ同化手法であるアンサンブルカルマン法を適用して粘弾性媒質の粘性率及び粘弾性変形の時間発展を推定する手法を構築した.弾性・粘弾性の二層媒質を仮定し,モデルの時間発展シミュレーションから作成した模擬データを用いた数値実験において,粘弾性媒質の粘性率を正しく推定可能であることを確認した.

(1-2)構造不均質中の地震発生モデリングの研究

 付加帯構造という沈み込み帯に特徴的な構造不均質が地震発生の応力載荷過程にどのような効果を持つかを調べることを目的として,構造を単純化した「三角付加帯モデル」を考え,静的弾性変形を計算するための数値計算コードを拡張型境界積分方程式法 (XBIEM) を用いて開発した.固着域においてバックスリップを与え,上盤の付加帯と下盤のプレートの剛性率コントラストを系統的に変化させた場合に,上盤・下盤におけるバックスリップの分配,海底地殻変動の大きさ,およびプレート境界応力載荷量の定量的変化を数値解析で調べた.同一バックスリップ量に対して,上盤の剛性率が小さくなるにつれ,上盤変位への分配量が増し,海底地殻変動は大きくなる方向に変化するという既往研究と調和的な結果を得た.この結果として剪断応力場は,空間分布はそのままにその絶対値が小さくなった.地震サイクルにおいて,低剛性率の付加帯構造があると応力載荷レートが下がるという興味深い知見を得た.

(1-3)P波前地震重力信号の研究

 地震震源情報を早期に得る新たな観測窓として注目されるP波前地震重力変化について,2011年東北沖地震に対してZhang et al.(2020)の理論モデルを用いてP波前地震重力変化の全成分波形と観測記録とのミスフィットから傾斜角とマグニチュードが妥当に推定できることが世界で初めて示された (Kimura et al.2021).しかしながら,このP波前信号の特性は,従来の地球自由振動理論の震源励起からは説明が困難なままのこされている.そこで本研究では,理論モデルの波形間ミスフィットを用いて,同様の信号特性が観察されるかを数値実験で調べた.P波前信号は弾性変位加速度から重力加速度変化の差をとって合成される.弾性加速度と重力加速度の波形は,それぞれ単独では特性を示さず,差を取って初めてその特性が表れる結果となった.