3.5.12 海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程の研究

 日本海溝海側における太平洋プレートの屈曲変形に伴い,プレート上層部で水や物質・熱が活発に移動することを示す現象が,近年相次いで発見された.プレート内火成活動(プチスポット),広域的な高熱流量異常,地震波速度構造の異常等である.速度構造の異常は,屈曲変形で生じた亀裂に水が取り込まれたことを示唆しており,熱流量異常も,海洋地殻の破砕により流体循環が発達し,熱を運ぶことで生じたと考えられる.このような海溝海側での水と熱の流動は,沈み込むプレートの温度構造と水分布を変化させ,プレート境界の地震発生帯付近の環境条件に影響を及ぼすものである.また,海洋プレートに水が侵入し沈み込み帯に持ち込まれる過程は,物質循環やマグマの成因等,物質科学の観点からも注目されている.

 これらの海溝海側で生じる過程に関して,科学研究費・基盤研究(A)「海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程とその沈み込み帯への影響の解明」(2018~2021年度)を軸とした総合的な研究を行っている.この研究では,海洋プレート上層部における水の動きとそれによる熱輸送に焦点を絞り,複数の研究機関が共同することで,地球物理学的探査,物質科学的分析,室内実験,数値モデリングといった幅広い手法を用いている.

 2018~2020年に三陸沖日本海溝及び北海道沖千島海溝海域で実施した観測調査航海では,高密度の熱流量測定,堆積物コアと底層水の採取・分析,海底電位磁力計による自然電磁場変動の観測等を行った.それにより,千島海溝海側アウターライズにおける熱流量分布は日本海溝と異なる特徴を示すこと,日本海溝海側斜面に発達する正断層の近傍で間隙水中にマントル由来のHeが検出されること,プチスポット火山近傍の熱流量分布が火山体を通る活発な流体循環の存在を示すこと,等が明らかになった.これらは,いずれも海溝海側の海洋地殻内における水・熱の流動について重要な情報となるものであり,地震波速度構造や反射法地震探査の結果,流体循環のモデル計算等と組み合わせて,海洋地殻の破砕とそれに伴う流体流動の過程の検討を進めている.

 一方,多様な分野の研究者による議論や情報交換を推進する場として,地震研究所共同利用研究集会「海溝海側の過程に関する横断的研究:沈み込み帯インプットの実態解明を目指して」,及び日本地球惑星科学連合大会で同様な趣旨のセッションを開催した.また,日本海溝アウターライズを掘削し,海洋プレート屈曲断層の実体と水の流入過程の解明を目指す計画について,IODP掘削提案書の改訂に向けて議論を進めた.