2021年7月より,文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」(通称:STAR-Eプロジェクト)の研究課題として,「人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開」(略称:SYNTHA-Seis)が発足した.本研究課題は地震研究所(計算地球科学研究センター,地震予知研究センター,観測開発基盤センター,地震火山情報センター)を中核機関とし,大阪大学大学院基礎工学研究科をはじめとする全国の情報科学・統計科学・数理科学関連の大学・研究機関が参画しており,2026年3月までの約5年間に及ぶプロジェクトである.
今世紀初頭に始まった現在の第三次人工知能ブームは,いまだに止まるところを知らず,地震分野においても深層学習による地震波形データからのP波やS波の検出能力は,時に経験豊かな地震学者の目を上回ることもしばしばである.しかしながら,地震研究において取り扱う地球内部起源の振動現象には,通常の地震以外にも多種多様なものが混在しており,それらを分類しながら検出する人工知能技術は,まだ確立されたとは言えない.また,地震研究においては現象の検出だけではなく,検出された現象の情報に基づく地震活動の時空間分布や地球内部構造等のモデリングにより,地震の発生環境や発生メカニズムの解明を目指すことが地震防災・減災の観点からも重要である.この地震学におけるモデリングでは,「自然知能」と言うべき人間の頭脳によるところがまだ大きく,人工知能が自然知能を凌駕するまでにはまったく至っていない.本研究課題では,「人工知能と自然知能の対話と協働」をテーマに,深層学習と経験者の目による地震・微動検出手法の深化,および人工知能と自然知能による地震モデリング手法の共進化をねらい,地震研究の新展開と地震防災に貢献する.
2021年は,画像データからの深部低周波微動シグナル検出に向けた深層学習モデルの構築を行なった.現在のようなデジタル記録以前においては,地震波形データはペンによって振動を連続的に記録紙に直接書き記したドラム式のアナログ紙記録として保存されていた.数十年〜数百年という地震発生サイクルの時間スケールを考えると,過去の地震波形データにスロースリップイベントに伴う深部低周波微動が記録されているかどうかを詳しく調べ,その特徴をさらに明らかにすることは,地震学において当然検討すべき重要課題である.本研究において開発した学習済みの畳み込みニューラルネットワークを数値実験によって検証したところ,人工データに含まれる微動の有無をほぼ確実に正しく判定することを確認した(Kaneko et al., 2021).
文部科学省「情報科学技術を活用した地震調査研究プロジェクト」
https://www.mext.go.jp/a_menu/kaihatu/jishin/projects/
令和3年度採択課題:人工知能と自然知能の対話・協働による地震研究の新展開
https://www.eri.u-tokyo.ac.jp/project/SYNTHA-Seis/
企業,家庭,銀行などの経済主体は,他の経済主体やライフラインなどのインフラストラクチャと密接な依存関係を持って機能しているため,これらの経済主体の集合である経済システムは大地震などの局地的な自然災害に対して脆弱となりがちである.そのため,大規模な災害に対する復旧計画を立案する際には各経済主体間の依存関係を考慮することが望ましい.このような分析においては,個々の経済主体を時系列で自律的に動くエージェントとしてモデル化しその相互作用を陽に解像するエージェントベース経済シミュレータが適しているが,数億エージェントからなる大規模経済においてはシミュレーションコストが膨大となり災害復旧の分析に適用するための課題となっている.
この課題を克服するため,計算地球科学研究センターでは多数のCPUを搭載した分散メモリ型並列計算機において高速実行可能な,高性能計算に基づく高分解能エージェントベース経済シミュレータ(HP-ABES)の開発を進めている.このHP-ABESは,日本のような大規模経済圏の数億の経済主体をシミュレーションすることが可能であり,ガス,水道,交通などのライフラインネットワークやサプライチェーンネットワークのような現実世界の複雑性を考慮するのに十分な柔軟性がある.広域都市をモデル化し,その地震時応答をシミュレーションする統合地震シミュレータ(IES)と連携することで自然災害に対する長期的な経済的影響を分析可能としてきた.本年においては,マクロ経済データを分析することで日本経済のシミュレーションに必要なモデルパラメータを試行的に同定し,阪神工業地帯における地震災害の経済的影響を推定するなどの試行解析を進めた.より詳細なデータを活用し,HP-ABESの性能向上を図ることで,災害が経済にもたらす影響の定量的検討への貢献が期待される.
観測開発基盤センターでは、所管の観測施設や観測機器・データ等を共同利用として、希望者からの利用申請に対応している。特に、16項目総計約1000台の観測機器については特定機器利用として共同利用に供し、2 ヵ月以上の長期利用を希望する利用者が利用希望年度の前年度に行われる特定機器利用公募に申請した際に、申請内容を踏まえ観測開発基盤センターにて採否を審議している。2021年度の特定機器利用の採択件数は4件で貸出台数は64台であった。また、2 ヵ月未満の短期利用については随時受け付けており、2021年度の利用件数は10件、貸出台数は91台であった。
教育学研究科海洋教育センターの海洋教育基盤研究プロジェクトの一環として,災害科学に関する知見の社会還元を目指し,学校現場で防災に関する出張授業を行い,この実践例についてまとめた.
地球内部の温度構造を推定するためのモデリング研究では、これまで多くの場合等方的な物性値を仮定してきた。しかし実際は地球内部を構成する鉱物の結晶選択配向などにより、物性は異方性を持つ。そのような物性値の1つとして、かんらん石の結晶選択配向に伴う熱伝導率の異方性が東北地方沈み込み帯の温度構造に及ぼす影響を見積もった。ここでかんらん石の熱伝導率は結晶軸によって最大2倍程度異なることが報告されている。かんらん石結晶選択配向のパターンとして、Aタイプ、Cタイプ、そしてEタイプの3種類を考慮した。異方性はマントルウェッジでのみ生じると仮定し、2次元のモデル領域で計算を行なった。その結果、スラブ直上と上盤プレート底部の2箇所で熱伝導率の異方性が大きくなることが明らかになった。これらはスラブの沈み込みに伴う変形が大きな場所に対応している。またそのような場所では熱伝導率が等方的である場合と比較して温度の変化が見られ、それは主に、スラブ直上においてはスラブ表面に対して垂直方向の、また上盤プレート底部では鉛直方向の熱伝導率にそれぞれ支配される。しかし熱伝導率の異方性によるスラブ内部の温度変化は最大でも30度であり、大きいとは言えない。今後スラブ内部の異方性まで合わせて考慮することで、この効果は大きくなる可能性がある。
(1)テレメータシステムの運用管理
観測開発基盤センターの地震・火山観測網で,地震波形データをはじめとする,各種リアルタイム観測データの伝送および連続収録を行うテレメータシステムの運用管理を継続している.研究者が目的に応じて接続するセンサーの連続データを,途切れなく伝送し収集・提供するとともに,一部イベント収録処理も行う.伝送手段としては衛星通信(VSAT)や,ISDN・ADSL・光回線・無線LAN・モバイル通信等,最新の通信技術を取り入れた各種IP通信回線を利用している.管轄する観測点は地震・火山合わせて約200観測点である.特に衛星通信については,全国の大学の共同利用設備として,VSATシステムのハブ局を東京と長野の2か所で運用し,140局のVSATの維持管理を行い,地上回線の利用が困難な山間僻地や離島での機動的な観測研究に貢献している.観測点からフレッツ系およびモバイル系回線でデータをSINET5のデータセンタ(長野,松江)へ直接収集して直ちにJDXnetに乗せる,耐災害性の高いデータ伝送システムを運用継続し,2020年度末には,地震予知振興会等の観測点を含め合計239点に対応した。
(2)全国の大学を含む各機関とのデータ交換システムの運用管理
リアルタイム観測データの全国的な流通のため,各大学や地震火山情報センターと協力して,高速広域網新JGNとSINET5のそれぞれ L2VLANサービスや,フレッツ系回線等を利用し,全国の大学等を結ぶJDXnet(Japan Data eXchange network)を構築・運用管理している.また,地震観測に関係する全国の大学を代表して,東京大手町に防災科研が設置したTDX(Tokyo Data eXchange)を介した,気象庁・防災科研等他観測機関とのリアルタイムデータ交換の窓口の役割を果たしている.そのために,TDX,衛星通信ハブ局 等の拠点間を接続する延長約300kmの光ファイバー通信網を構築・運用管理している.これらの高速広域ネットワークにより,全国の研究者が様々な機関 の約2000観測点ものリアルタイム観測データを研究利用することが可能になっている。
(3)収集データの利用支援
テレメータシステムやデータ交換システムによって収集されたデータは,所内ネットワークやインターネットを通じて所内外の研究者に提供される.それ には収録済みデータのオンライン利用やオフライン利用(テープの再生等)とともに,インターネットやJDXnetを介したリアルタイム配信サービスも含まれる.これら所内外の共同利用ユーザーに対する技術的および手続き面での支援を行っている.また,これまでに蓄積されたすべての地震データをオンライン提供するため,地震予知研究センター・地震火山情報センターと協力して,記憶容量1.3 ペタバイトの長期間地震波形データ等解析システムを導入し,システム開発を継続した.地震波形データについては,地震研究所の保有する1989年からのデータ507TBが本システムに格納された
(4) 観測機材の全国共同利用への対応
地震観測用VSATシステムおよび地上テレメータ装置,データロガー等を地震研共同利用の手続きに従って,全国の大学の研究者に提供(貸し出し)しており,2020年1月24日現在の貸し出し数は741件である.
プレート収斂域での火成活動において、部分溶融によるメルトの発生からメルトの上昇・冷却・定置といった一連の過程がどのような時間スケールで進行するのかを明らかにすることは、大陸地殻-マントル間での物質的・化学的分化の過程を理解する上で重要である。こうしたマグマ活動の中でも、特に高温(>600℃)でのプロセスに時間軸を設定する上で鍵となる手法が高い閉鎖温度(約900℃)を持つジルコン鉱物のウラン・トリウム系列年代測定法である。物質科学系研究部門・坂田研究室ではジルコン鉱物から得られる時間情報の高精度化を進めると共に、従来法では得ることのできなかったメルトの発生から鉱物晶出までの期間を定量化する新たな年代測定法の開発を進めている。さらに、マグマ溜まり中での温度や化学組成の変化を追跡する目的で鉱物中の微小領域(15-30μm)からチタンや希土類元素を精確に定量する技術を確立した。こうした年代・元素分析を国内の第四紀火山噴出物(三瓶火山、戸賀火山、霧ヶ峰等)や深成岩体(黒部川、大崩山、遠野等)の試料に適用し、数千年-1万年程度の時間分解能でマグマ中の温度変化や化学組成変化を復元することに成功した。
また、現存する物質的記録が極めて少ないとされる地球誕生から最初の5億年間(冥王代)の地殻の化学進化を解明する研究も進めている。西部オーストラリアより採取した礫岩より500粒子以上の冥王代ジルコンを発見し、高精度のU-Pb年代測定や化学組成の分析を進めている。特にこれまで冥王代ジルコンでも報告数の少なかった42-44億年前のジルコンも数十粒子集積しており、報告されている最古の地球ジルコン(約44億年前)と同等の年代を持つものも発見した。現在冥王代ジルコンの年代、化学組成を用いて独立成分解析を行うことで44-40億年前の地球最初期の表層・地殻の環境を変化させる機構についての推察を行っている。
巨大地震が発生した場合,早急に損傷を受けた建物の損傷度を評価し,建物の継続利用の可否を評価する必要がある.そこで本研究では,比較的安価の加速度計を設置し,建物の地震時応答を計測して,等価線形化法を用いた損傷度評価システムの開発を進めている.等価線形化法とは,建物に作用している力と変形の関係を等価一自由度に縮約してその耐震性能を評価する方法である.このシステムの有効性を実証するため,既存構造物に実際に設置して,計測を続けている.観測建物は,中層事務所ビル,学校建物,低層木造歴史建造物,低層戸建て住宅,60m級通信用鉄塔などである.本年度には、SINETとの接続を試み、超高層集合住宅、60m級の2つの通信鉄塔の常時観測をSINETを経由して行っている。
2021年度には、特に技術的に問題となる一方向へ塑性変形が累積する場合を再現する鉄骨フレーム試験体を数種類作成し、振動台実験を実施した。さらに実験結果を用いて、加速度記録から精度よく残留変形を算出する技術の研究開発を行っている。