地球内部の温度構造を推定するためのモデリング研究では、これまで多くの場合等方的な物性値を仮定してきた。しかし実際は地球内部を構成する鉱物の結晶選択配向などにより、物性は異方性を持つ。そのような物性値の1つとして、かんらん石の結晶選択配向に伴う熱伝導率の異方性が東北地方沈み込み帯の温度構造に及ぼす影響を見積もった。ここでかんらん石の熱伝導率は結晶軸によって最大2倍程度異なることが報告されている。かんらん石結晶選択配向のパターンとして、Aタイプ、Cタイプ、そしてEタイプの3種類を考慮した。異方性はマントルウェッジでのみ生じると仮定し、2次元のモデル領域で計算を行なった。その結果、スラブ直上と上盤プレート底部の2箇所で熱伝導率の異方性が大きくなることが明らかになった。これらはスラブの沈み込みに伴う変形が大きな場所に対応している。またそのような場所では熱伝導率が等方的である場合と比較して温度の変化が見られ、それは主に、スラブ直上においてはスラブ表面に対して垂直方向の、また上盤プレート底部では鉛直方向の熱伝導率にそれぞれ支配される。しかし熱伝導率の異方性によるスラブ内部の温度変化は最大でも30度であり、大きいとは言えない。今後スラブ内部の異方性まで合わせて考慮することで、この効果は大きくなる可能性がある。
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3.3.7 高温マグマプロセス解明に向けた物質科学的研究
プレート収斂域での火成活動において、部分溶融によるメルトの発生からメルトの上昇・冷却・定置といった一連の過程がどのような時間スケールで進行するのかを明らかにすることは、大陸地殻-マントル間での物質的・化学的分化の過程を理解する上で重要である。こうしたマグマ活動の中でも、特に高温(>600℃)でのプロセスに時間軸を設定する上で鍵となる手法が高い閉鎖温度(約900℃)を持つジルコン鉱物のウラン・トリウム系列年代測定法である。物質科学系研究部門・坂田研究室ではジルコン鉱物から得られる時間情報の高精度化を進めると共に、従来法では得ることのできなかったメルトの発生から鉱物晶出までの期間を定量化する新たな年代測定法の開発を進めている。さらに、マグマ溜まり中での温度や化学組成の変化を追跡する目的で鉱物中の微小領域(15-30μm)からチタンや希土類元素を精確に定量する技術を確立した。こうした年代・元素分析を国内の第四紀火山噴出物(三瓶火山、戸賀火山、霧ヶ峰等)や深成岩体(黒部川、大崩山、遠野等)の試料に適用し、数千年-1万年程度の時間分解能でマグマ中の温度変化や化学組成変化を復元することに成功した。
また、現存する物質的記録が極めて少ないとされる地球誕生から最初の5億年間(冥王代)の地殻の化学進化を解明する研究も進めている。西部オーストラリアより採取した礫岩より500粒子以上の冥王代ジルコンを発見し、高精度のU-Pb年代測定や化学組成の分析を進めている。特にこれまで冥王代ジルコンでも報告数の少なかった42-44億年前のジルコンも数十粒子集積しており、報告されている最古の地球ジルコン(約44億年前)と同等の年代を持つものも発見した。現在冥王代ジルコンの年代、化学組成を用いて独立成分解析を行うことで44-40億年前の地球最初期の表層・地殻の環境を変化させる機構についての推察を行っている。
3.3.6 地球ダイナミクス:水・マグマと固体地球の相互作用
太陽系の岩石惑星の中でも、地球は、海と陸、活発な地震・火山活動、プレート運動と大陸移動、地球磁場を有し、生命を宿す「にぎやかな惑星」である。なぜ兄弟惑星である火星や金星と異なりこれほど活発で多様性に富むのか、その仕組み・鍵の一つは水にあると考えている。物質科学系研究部門・岩森研究室では、これらのユニークな地球の営み(=地球ダイナミクス)について、特に水と固体地球の相互作用に注目しながら、温泉や火山の調査、室内分析、データ統計解析、数値シミュレーションなど、さまざまなフィールドや手法を組み合わせて研究している。2020-2021年には、昨年度の内容(1.と2.)の発展に加え、新たに3.を実施した。
- 島弧火山岩および地下水組成解析(地球化学解析および統計解析)に基づき、沈み込んだプレートから物質が供給され,マグマや深部流体が地表に達するまでのプロセスを、特にカムチャッカ半島、箱根火山、阿蘇火山などでの岩石・流体試料とそれらの組成解析・統計解析に基づき、定量的にとらえた。
地球表層を覆うリソスフェアが,地球内部のアセノスフェアと熱的・物質的にどのように相互作用するかは,プレート運動や地球内部物質循環,および地球の熱的進化を規定する重要なプロセスである。アフリカ・カメルーンでは,大陸リソスフェアがプルームあるいはマントル対流の上昇流と相互作用し,火山(カメルーン火山列)を生み出していると考えられている。カメルーン火山列のマグマの組成およびその時空間から、リソスフェア-アセノスフェアの相互作用とその時間変化を明らかにした。
地殻-上部マントルでの液体(水溶液、超臨界流体、マグマ)の存在量や分布形態をとらえるため、観測される地震波速度と電気伝導度を同時解析する手法を開発した。ある与えられた、しかし多様な温度・圧力、岩質、液体の種類・組成と分布量・形態に対して、地震波速度と電気伝導度を予測するモデルを構築した。またこのモデルを用い、逆問題として、すなわち観測される地震波速度と電気伝導度に基づいて岩質や液相の量・分布形態が推定可能であることを示した。
3.3.5 地球化学分野
「地球化学グループ」は、火山の諸現象、地球や惑星を構成する物質の進化、地球内での物質循環などを探求する研究を、微量元素、同位体などのトレーサーを用いた地球化学的手法で行っている。
沈み込み火山のマグマの生成には、沈み込むスラブからの流体が関与していることが知られている。流体の関与の指標として、ホウ素(B)の濃度や、ホウ素と他の微量元素との比(例えばB/Nb)が有効であることが知られている。ホウ素は化学的な取り扱いが難しく、また分析中に環境からの汚染を受けるため、今世紀にはいってから、化学処理が不要な即発ガンマ線分析により定量が行われてきた。しかし、2011年の原発事故以降、実験用の原子炉の利用が難しくなり、国内での研究は止まっている。そこで所内の既存の実験設備をホウ素分析に適した環境に改善し、ホウ素を湿式分析により定量分析を行えるようにした。クリーンルームの空気導入フィルターを低ホウ素の素材に切り替えるなどでブランクの低減を図り、同位体希釈分析による定量法を確立した。ホウ素の信頼できる定量値が報告されている標準岩石試料を用いて、分析の正確さ、精度や、どの程度の低濃度の試料が分析可能かについて検討した。その結果、比較的ホウ素濃度の高いJB2から、ホウ素濃度が1ppm以下のBIR2にいたるまで、これまでの報告値と、よく一致する定量結果が得られた。この成果は論文発表され、一般共同利用研究などで島弧マグマの研究に適用されている。
また、火山岩や隕石中に含まれる希ガス同位体組成を調べ、それをもとに火成活動の時空分布、惑星内部からの脱ガスや大気形成過程、惑星の形成・進化史の解明を目的とした研究も行っている。希ガスは不活性なため物理的プロセスを探求するのに有用なトレーサーであり、4He 、40Ar 、129Xe など年代測定に応用できる放射起源同位体を有する。特に分化隕石(火成活動を伴う小惑星・惑星・月からもたらされた隕石)の希ガス同位体組成や月惑星探査データをもとに、太陽系初期の形成・進化や起源物質に関する新たな知見の取得、分化の熱源や熱史の解明、地球型惑星の大気進化モデル構築、などを行っている。また、火星着陸探査機への搭載を念頭に新手法である「分離膜を用いるNe同位体分析法」の開発を進めている。火星衛星探査計画(MMX)(JAXA主導の火星衛星サンプルリターン計画) における試料採集・揮発性元素分析のための機器や測定手法の検討、はやぶさ2回収試料(小惑星Ryuguからの試料)の初期分析・揮発性元素分析の共同研究、に参加している。
3.3.4 高温高圧実験装置を用いた地球内部の物質科学的研究
川井型マルチアンビル高温高圧発生装置やダイヤモンドアンビル高温高圧発生装置等を用いて、地球の進化や地球内部の物理化学的状態を明らかにするための研究を行っている。地球内部に水が多く存在する場合、温度圧力条件によってはマグマとともに水を主体とする流体とが共存しうる。高温高圧下ではマグマの中に大量の水が溶解し、同時に水を主体とする流体中にも大量のマグマ成分が溶解する。そして、ある臨界条件以上の高温高圧下では水を主体とする流体と含水マグマとは完全に混和して、1つの超臨界流体マグマとなる。我々は国内外の研究者と共同で、現在までにマントルや沈み込むプレート中に水がある場合のこの臨界温度圧力条件を実験的に決定し(図3.3.2)、さらにはこの臨界条件近傍で共存する含水マグマと水を主体とする流体の両方の主成分元素化学組成を決めることに成功している。これらの結果から、これまで別々の条件で生成したと考えられてきた2種類のマグマが、実は同じ温度圧力下で同時に生成した可能性があることが明らかになりつつある。これらの研究に加え、高温高圧下での鉱物やマグマの弾性波速度測定実験や、電気伝導度測定実験なども行っている。
3.3.3 浅部マグマ活動に関する研究
浅部マグマ活動に関する研究では,マグマ活動の実体を明らかにすることを目標に,化学組成,含水量測定や組織観察を中心とした火山噴出物の解析を行なっている.マグマ中の含水量は火山噴火のポテンシャルとして重要であり,噴火に到る準備過程を理解する上でマグマ中の含水量変化を明らかにする意義は大きい.また,含水量を適切に評価することによって,斑晶鉱物やマグマの液組成を用いた熱力学的温度圧力計の精度向上も期待できる.斑晶の組成累帯構造や石基組織の観察からは,噴火に伴うマグマの運動についての情報が得られる.これらの情報を総合して,火山噴火の前駆現象の解明に取り組んでいる.
2021年度は火山噴火予知研究センター,山梨県富士山科学研究所,常葉大学,静岡大学,熊本大学等との共同研究を実施し,西之島,諏訪之瀬島,伊豆大島,富士山,雲仙,阿蘇山,霧島、桜島など,いくつかの活動的火山について,噴火前のマグマの状態を検討した.加えて,受託研究「次世代火山研究推進プロジェクト」の一環として,火山噴出物の分析・解析プラットホームの構築を進めている.これは,膨大な量の火山噴出物を高精度かつ高効率に解析可能にするとともに,火山噴出物解析の自動化と分析結果のデータベース化によって火山噴火の推移予測に資することを狙っており、分析結果をもとにして、マグマ供給系の時代変化についての検討や様々な火山のマグマ供給系の類型化を行なっている.
例えば、富士山では、およそ2900年前の御殿場岩屑なだれの発生を境にして小規模で爆発的な噴火が続く時期がしばらく継続した。火山噴出物解析からは、この期間の噴火は浅部マグマの影響をほとんど受けておらず、深部のマグマ供給系像を得るのに適した噴出物であることが明らかになった。この時期の深部マグマは温度が高く含水量が低い。そのため、周辺岩石との密度差によって自発的に噴火に到る可能性は低く、マグマの上昇はより深部からのマグマ注入によって生じた過剰圧力を解消するために起きていた可能性が高いことが明らかになった。