(a) 長期的静穏化が地震に先行する傾向の客観的評価
巨大地震のほとんどに数年以上の静穏化があるという傾向の有意性を客観的に評価するため,北海道大学と協力して,一定の基準に基いて静穏化を判断し,一定の領域に一定の期間,大地震がおきやすいという予測によってランダムに立てた地震より有意に良く当るかを検証した.千島から小笠原にかけて,客観的・網羅的な静穏化の検出をおこない,9-12年程度以上続く静穏化があればそこから50-70km程度の範囲に4-8年程度有効な警報を出すという試行予測による警報マップと,1988年から2014年におきたM7.5以上8.5未満の地震8個とを比較した結果,確率ゲインが2程度,p値が5%をきる有意な先行傾向を示す.しかし,学習に使ったデータと評価に使ったデータが同じなので,過学習による好成績である可能性がある.そこで,今年度は,実験期間を前半・後半にわけて,片方で最適化したパラメタで他方の予測を行うクロスバリデーションを行い論文にまとめた.この場合,評価はたった4個の地震に対して行うことになるので低いp値は得られなかったが,後半データで学習した予測モデルは,前半の地震の予測に対しても確率ゲインが2程度の予測ができ,また,最適化された予測モデルは全期間のデータで学習したモデルと同様であった.一方,前半データで学習した場合は,この期間におきた地震前の静穏化に継続期間の特に長いものが複数あったため,異常検出の閾値が厳しすぎるモデルが選好されてしまい,学習期間では確率ゲインが4を超えるが評価期間では1程度となる(予測できていない)典型的な過学習となった.いずれにしろ,8個の地震に対して学習したモデルはロバストに見えるので,評価に使える地震数を2倍にすれば,クロスバリデーションに合格できるかもしれない.
(a)長基線レーザー伸縮計の開発(観測開発基盤センターと兼務)
地震研では高精度のひずみ観測を可能にするレーザー伸縮計のネットワークを展開している.その中心として,神岡地下の重力波検出器KAGRAに併設して建設した全長1.5 kmの基線をもつレーザー伸縮計と,神岡鉱山内で100 mのレーザー伸縮計を運用して観測を行っている.本年度は1.5 kmレーザー伸縮計の長さ基準となる周波数安定化レーザーの周波数安定度を評価する実験を行い,最高で10^-13オーダーの分解能を実現していることを確認した.100 m伸縮計については,設置場所である地下実験室の空調が更新されたことに伴いレーザーの周波数安定化制御が度々外れるようになったので,その原因調査と対策に取り組んだ(継続中).
1.5 kmレーザー伸縮計では,2022年1月15日のトンガ噴火によるひずみ変化を観測した.詳細な分析を通じて,気圧応答などの知見が得られると期待できる.
他に,愛知県犬山市の名大観測所の30 mレーザー伸縮計や,気象研との共同研究として静岡県浜松市船明トンネルに設置された400 mレーザー伸縮計による観測も継続している.
(b)反磁性を利用した小型傾斜計の開発
永久磁石と組み合わせることによって,受動的に浮上させた反磁性体(熱分解カーボン)を基準とした傾斜計の研究開発を行っている.これは以前本部門で行った重力計の研究を発展させたものである.浮上体(参照振り子)にはたらく水平面内での復元力を小さくすることによって傾斜に対する感度を高めることができる.これまでの研究で,磁石と浮上体の形状や配置を工夫することによってこのような状態は比較的容易に実現可能であることがわかった.一昨年度より科研費を取得して研究を継続している.山梨県立産業技術短期大の研究者と連携して浮上体の理論モデルの精度を高め,実際に10秒程度の周期をもつ浮上振り子を製作した.今年度はこれを元にして実際に傾斜計を設計して試作機を製作し,性能評価実験を行った(一部継続中).
(a)粉体層の摩擦強度に対する圧密効果と時間効果
有効法線応力以外で断層の摩擦強度を変化させる要因としては,断層面の真実接触部の固着が時間とともに強固になるエージング効果が主に考慮されていて,その強度変化は断層面の音波透過率でモニタできることが実験で示されている.いっぽう,天然の断層でよく観察されるように,断層面が粉体層をはさんでいる場合には,鉱物粒子の幾何学配置が変化し剪断力を支える粉体層内の巨視的な骨組構造が変化することで大きな強度の変動がおきる.このような圧密強化が静止時の剪断除荷量に比例し,またその滑り弱化はエージング効果のそれに比べて著しく緩やかであること,エージング効果は静止時間の対数に比例しておこることを利用して,これらのメカニズムによる音波透過率への影響を気象研究所と共同して室内実験により明らかにした.両者の強度変化メカニズムに対応する音波透過率の変化を区別することに成功し,断層全体の強度は,両者のメカニズムのうちの強い方で決まっていることを見い出した.さらに,エージング効果,あるいはその解消は,断層全体の強度に反映される主滑り面以外でも粉体層全体にあまねく存在する粒子のミクロな接触部でおきているため,音波透過率と断層全体の強度が一対一対応にならないことが見い出された.そこで今年度は,主滑り面以外のバルクガウジの状態変化を,ガウジ層内にある多数の副次的滑り面の状態変化として捉えることで,エージング効果と圧密骨組効果が共起する状況での,巨視的滑りと音波透過率を実験条件全域で定量的に再現・説明できるモデルを作ることに成功した.
(b)高温・高圧での岩石の性質に関する研究
沈み込み帯深部のような熱水条件で期待される脆性-延性遷移領域では,岩石強度に対する有効封圧則の適用について,真実接触面積の割合が大きいため,間隙圧による機械的拘束の減少が中途半端にしか働かなくなるという説と,脆性域と同様に間隙圧の効果がフルに適用できるという説がある.本年度は,メリーランド大学と協力して,軟らかい多孔性堆積岩であるSolnhofen石灰岩のインタクト試料を用い,これまでに実験データのない,高封圧(360MPa)・高間隙圧(340, 350, 360MPa)での高温(400, 500℃)変形試験を地震研の三軸試験機で行った.載荷歪み速度と,有効封圧(=封圧-間隙熱水圧)に応じて,巨視的な脆性破断を伴う変形から,延性変形(応力指数4から12程度)までが系統的に生じることを観察できた.深部スロー地震ゾーンで期待されているような,高封圧かつそれに近い高間隙圧が働いている環境で,数日間シールを保って実験できたことは大きな意義がある.
(c)間隙水圧でトリガされた地震活動に関する研究
2011年東北沖太平洋地震による間隙水圧の変化で誘発されたと考えられている,既存断層面に沿った微小地震活動の移動については,活動が移動した向きと個々の微小地震の破壊伝播の向きが反対であったものが知られている.これは,高間隙水圧の拡散による断層のクーロン強度の低下によって誘発地震を説明する従来の理論からは期待されないことである.そこで,東北大学等と共同して,速度・状態依存摩擦則を用いた動的地震サイクルシミュレーションを用いた研究を行い,摩擦の不安定性が比較的小さい場合には,応力変化に誘起された断層のクリープが活動の移動に影響を及ぼし,観察されたような破壊の向きは,微小地震のおきる固着パッチへのクリープが顕著に進入することで起きることがわかり,論文にまとめた.
(d)地震波到達前の重力信号の研究
巨大地震などでは断層運動に伴う震源の質量移動と,物質の粗密に伴う地震波の広がりにより,重力場が時間・空間変動する.地震波の到達よりも前に微弱な重力場の変化が計測され,理論的な予測と比較検証されるようになった.究極の地震早期検知手法として,地震波到達前の重力信号を地震波解析し,地震の発生位置や時刻,マグニチュードや発震機構解を求める手法を開発している.
(a)南アフリカ鉱山における半制御地震発生実験
南アフリカの金鉱山の地下深部の採掘域周辺に多数の高感度微小破壊センサを設置し,半径100m以上の範囲にわたってM-4以下という数cm程度の微小破壊までを検出・位置標定する,世界でも例をみない観測を行い,その鋭敏な検出感度とセンサの高密度配置をいかして,自然地震では観測されたことのない,既存弱面への極端な集中や,プレート境界のそれにくらべて極端に高い効率で発生するリピーター活動など様々な発見をしてきた.一方,現場のボアホールに設置されたセンサの周波数・角度指向性は複雑で,個々のイベントの規模や震源メカニズムの推定は困難であった.しかし,一様な媒質環境の下で多数のイベント波形があることから,京都大学と協力して,一般化逆解析法を適用してセンサ個々の現位置特性を推定した.
(b)キネマティックGNSS測位の高度化
短期的スロー地震と長期的スロー地震の中間の帯域にあたる,数時間から数日の継続時間をもつスロー地震をGNSS観測から検知することを試みている.この帯域のスロー地震を検知しその性質を精査できれば,スロー地震の発生メカニズムの理解を進めることが期待される.この目標を達成するためにはGNSSキネマティック測位によるGNSS観測点の高品位の時系列が必要である.そのため,我々はGNSSキネマティック観測のノイズ源の最も大きなもののうちの一つである電波のマルチパスの影響を評価した.我々は3 mから65 mの基線長を持つ3つのペアのGPS観測点をキネマティック解析し,時系列を求めた.この時系列には電波の大気による影響はほとんどないと考えられるため,ほとんどマルチパスの影響のみを抽出していると思われる.マルチパスの影響はGPS衛星の配置によって決まると考えられるため,その影響はGPS衛星の再来周期の2倍である1恒星日(23時間56分4秒)ごとに繰り返すことが予想されるが、実際には1恒星日よりも約10秒短い時間で繰り返すことが明らかになった.周期が10秒ずれる原因は不明である.また,繰り返すマルチパスの影響は500-1000秒よりも長い周期に卓越することが明らかになった.得られた知見をスロー地震発生域のGPS観測データに適用することにより,ノイズレベルが50 %以上減少することが明らかになった.
(a)長野県松代における精密重力観測
長野県松代において,超伝導重力計を用いた重力連続観測を行っている.重力計の記録から,2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震のあと,年間およそ10マイクロガルという大きなレートで重力が減少を続けていることが明らかになった.この観測点は,地震の震源域からは400km以上離れており,GEONETによるGNSSデータから推定される上下変動は比較的小さいにもかかわらず,このように大きな重力変化が見られるのは,地震のあと継続しているアフタースリップあるいは粘弾性緩和による地下の密度変化をとらえていると考えられる.超伝導重力計のドリフトを補正する目的で,絶対重力測定と組み合わせることにより,長期的な重力変化を追跡している.
(b)東日本における長期的重力変化
前項で述べたような,東北地方太平洋沖地震後の長期的重力変化は,東日本の広い範囲で継続している.この現象を詳しく調べるため,北海道から中部地方にいたる数カ所において,絶対重力測定を実施している.2021年には弟子屈,水沢,蔵王において測定を行なった.また,絶対重力測定データの長期的な均一性を担保するために,絶対重力計の器差を厳密に検定する作業を開始した.
(c)伊豆大島における重力測定
近年の伊豆大島は約1~2年周期の短期的な膨張・収縮を繰り返しながら,長期的には膨張傾向にある.地震研は,1998年頃から断続的に絶対重力計と相対重力計を組み合わせたハイブリッド観測を行ってきた.2021年も11月上旬にハイブリッド観測を実行した.また,重力変動のデータに加えて,GNSSによる地殻変動のデータ,降雨量のデータを組み合わせたモデル化を行うことで,膨張源での質量増加量を推定することを試みている.
(d)桜島における重力測定
地震研は,絶対重力計を用いた桜島での連続測定を2008年頃から続けてきた.絶対重力計は,京都大学防災研究所と国土交通省大隅河川国道事務所の協力の下,桜島南麓にある有村観測坑道の入り口付近に設置されてきた.2020年はわずか数日間のデータ取得しか行えなかったが,2021年10月には約1か月間の連続データを取得することに成功した.2017年頃からのデータを概観すると,約4マイクロガル/年の重力増加の傾向にあることが分かってきた.
(e)沖縄県石垣島における精密重力観測
沖縄県石垣島において,2012年から超伝導重力計による重力連続観測を行なっている.この地域の地下では,約半年に一度,スロースリップが発生していることがわかっている.この観測では,地下の高圧流体がスロースリップの発生にどのように関わっているかを,重力をとおして解明することを目的としている.この場所では,大気・海洋・地下水が相互作用を及ぼしあい,重力に複雑な影響を及ぼしていることがわかってきた.それを効果的に補正するため,周辺地域において水文観測や重力サーベイを繰り返し実施している.
(a) 火山性津波の研究
2015年5月に発生した鳥島近海地震はM5.7と小さいが,東南海地域で広範囲に津波が観測された.津波波形・地震波形の同時インバージョンから,地震発生時にはカルデラ底がその下部で水平に広がるマグマの増圧により傾斜運動を起こし,カルデラ壁に沿って跳ね上げ運動を起こしたことが判明した.スミスカルデラ付近で繰返し発生するCLVD型の火山性津波地震は,カルデラ浅部の複合断層運動により地震波発生効率が低下していると推定される.
同様のカルデラ内地殻の跳ね上げ運動は,ガラパゴス諸島のシエラネグラカルデラで発生し,カルデラ内に設置されたGPS観測で運動の詳細が記録されている.跳ね上げ運動にともなう長周期の遠地地震波の解析から,環状断層運動パラメタ(傾斜角・環状円弧の広がり角・カルデラ底部の地殻の傾斜運動)を決定する手法を開発し,シエラネグラカルデラ地震に適用し,成果を論文にまとめた.
(b) 津波を利用した巨大地震の研究
2004年12月に発生したスマトラ・アンダマン地震(M9.1)の再解析を実施した.新たにアフリカ・南極沿岸を含むインド洋全域の衛星海面高度計データと検潮記録に対し,最新の津波波動理論を用いて断層運動分布を求め,波源域が震源から1400キロ伸びていることを明らかにした.また.北米西岸まで到達した2004年スマトラ地震津波では,第1波は波源域から東方へオーストラリア南岸と太平洋を経由しており、第2波は西方へアフリカ喜望峰沖から南米南端のドレーク海峡さらに太平洋を経由していることが判明した.これらを論文にまとめた.
(c)津波伝播の研究
水深分布を与え,任意の位置に津波の波源と観測点を置いたときに津波波線を計算する手法を新たに提唱した.これまでの手法では計算コストと波線収束の問題が存在していたが,新手法では任意の波源と観測点に対して一度の計算で波線が描けることを示した.1960年チリ地震津波では波源域北部で発生した津波は北海道東方から、また南部で発生した津波は本州南方から日本に到達していることを明らかにし,これらを論文にまとめた.
教授 | 中谷正生,新谷昌人(兼任),吉田真吾(兼任) |
准教授 | 青木陽介,今西祐一(部門主任),綿田辰吾 |
助教 | 高森昭光,西山竜一 |
特任研究員 | 伊東優治,ジャン・イージュン |
外来研究員 | 永田広平 |
大学院生 | 清藤大河(M1),髙部太来(M1) |
地球計測系研究部門では,波動場の観測と理論から地震や津波の理解を深める研究,精密な重力観測に基づいて地球内部で起きている現象を解明する研究,最先端の地震観測や地殻変動観測等によって地震発生や火山活動などを詳細に解析する研究,観測や室内実験のデータと理論を結びつける研究,超精密機械工作やレーザー干渉など最先端の技術を用いた高度な観測機器を開発するための研究などを進めている.