DTG」カテゴリーアーカイブ

3.1 Division of Theoretical Geoscience

3.1.3 大気・海洋現象が引き起こす固体地球の弾性振動現象

大量の地震計・気圧計・水圧計などのデータを丹念に解析し,ノイズと思われていた記録の中から新たな振動現象を探り当て,その謎の解明を目指している.その際,大気-海洋-固体地球の大きな枠組みで現象を捉える事が重要である.

(3-1)脈動実体波に関する研究

 地動の脈動の存在自体は1940年代から知られている.励起源が海洋 波浪であることは既に確立されており,その励起の特徴から大きく2つに分類され る.1つ目は,primary microseisms と呼ばれる約 0.07 Hz の特徴的な周波数を持つ振 動である.この周波数が海洋波浪の特徴的な周波数と対応している事と Love波の 振幅が卓越している事から,海岸線付近の斜面に打ち寄せる海洋波浪 が励起源だ と考えられている.2つ目は secondary microseimsと呼ばれ、海洋波浪のちょうど倍 の卓越周期 (0.15 Hz) をもつ.海洋波浪の非線形効果が励起に寄与していると考え られている [LonguetHiggens, 1950].ともに海洋波浪が励起源のため,表面波が卓 越していることがよく知られている.

 2014 年 12 月 9 日爆弾低気圧が大西洋で発生しイギリスやアイルランドに被害をもたらした. その際に海洋波浪により発生した P 波は地球深部を伝播し日本にまで到達した.観測された P 波の振幅は 0.1μm と一見小さいが,同じ地域で起こったマグニチュード 6 の地震にも匹敵す る.このような海洋波浪起源の地震波は,近年地球内部構造を調べる上で注目されている.そこで,嵐による海洋波浪が励起する脈動 S 波を初めて検出し,観測データから嵐がどのように地震波(P 波・S 波などの実体波)を励起しているかを明らかにした. 大西洋で発生した爆弾低気圧時の日本の地震計記録を解析し,爆弾低気圧によって励起され た周期 5-10 秒の P 波・S 波を検出し,震源位置と強さを推定した.低気圧の移動にともない 震源は海底の等深線に沿って移動している事が分かった.同様の脈動実体波の検出を系統的に行い普遍的に存在することを示した.

 爆弾低気圧だけではなく、脈動P波は爆弾低気圧だけではなく数多くの嵐や台風などによっても励起されるされることが報告され注目され始めている。そこで、全球的なP 波脈動の活動をモニタリングするために、2004-2020年の期間の日本列島データに設置された地震計データ(Hi-net)を系統的に解析した。その結果、脈動P波活動は北半球の冬で、多くのcentroidは北西太平洋・北大西洋で活発である事が分かった。一方南半球の冬には、南太平洋・南極海で活発である事が分かった。また、これらの活動は海洋波浪モデルによっておおよそ説明出来る事が分かった。例外として、海洋波浪モデルと最も活動の違いは、オーストラリア北部 (カーペンタリア湾)で顕著であった。その原因を解明することは、今後の大きな課題である。

 本研究は、遠く離れた嵐によって励起された地震波を使って嵐直下の地球内部構造が推定で きる可能性を示している.地震、観測点ともに存在しない海洋直下の構造を推定できる可能性 を意味し,地球内部構造に対して大きな知見を与える可能性がある.

(3-2)海洋島の地震計記録から海洋外部重力波活動を推定する

 海洋島に設置された広帯域地震計のノイズレベルを解析してみると、しばしば周期100秒から数100程度のブロードなピークが観測される。原因として海洋外部重力波起源だと考えられているが、定性的な議論が中心となっている。最近、津波(物理的には海洋外部重力波と同一の減少)の伝搬にともなう海洋島の弾性変形 (Nishida et al.,2019) の定量的な評価できろことがわかってきた。しかし津波は物理的には外部重力波であるが、平面波を仮定していたため、そのままではその活動の見積もりに使うことは出来ない。そこで、津波に対して開発した手法をランダムに励起された海洋重力波に対して拡張し、海洋外部重力波の定量的な議論の可能性を示した。

(3-3)地震波干渉法による地震波速度構造モニタリング

 地震・火山現象を理解する上で、地震波速度構造の時間変化を捉える事は重要である。これは、地震や火山噴火に伴った応力変化や流体の移動は、近傍の地下構造に大きな影響を与えるため、地震は速度構造の変化から応力状態や流体の分布などに制約を与えることが期待できるためである。実際に地下構造の時間変化を求めようとする場合、コントロールソースを用いて繰り返し地震波トモグラフィを繰り返す事が想的である。しかし多くの場合現実的ではない。一方自然地震を使う場合、震源の不確定性や震源分布の偏りなどに起因する不確定性が速度構造の不確定性を引き起こす。そのため、たとえ時間変化が見かけ上見えたとしても、それはただのノイズなのか本当の速度変化なのか判然としがたい。地震波干渉法による解析では、励起源の分布がランダムかつ一様な場合には、一方の観測点を仮想的な震源とみなすことができるためこの問題を回避することが可能である。地震波干渉法によって検出された地震波速度構造の時間変化は地震・火山現象以外にも、降水量に伴う変化等表層付近の現象に強く影響されていることも分かってきた。本研究では、降水量等の影響を定量的に評価するために、状態空間モデルが有効であることをしめし、拡張カルマンフィルターによる地震波速度構造の推定手法を開発した。この手法を、2011年新燃岳噴火時の地震波形データに適応し、火口近傍のみ噴火に1ヶ月ほどまえから噴火に向けて、約5%程度地震波速度構造が低下していることを示した。

3.1.2 火山現象の数理的研究

爆発的噴火から溶岩ドーム噴火までの多様な火山噴火現象の統一的理解と,観測データに基づく噴火条件の推定手法の確立を目指し,数値実験と理論的研究を進めている.具体的研究課題は,火山噴煙・火砕流のダイナミックスに関する数値モデルの開発,火道中のマグマ上昇に関する数値モデルの開発,および,これらのモデルに基づく逆解析の理論的研究である.

(2-1) 火山噴煙・火砕流のダイナミックス

 火山噴煙については,近年,気象レーダーや人工衛星を用いた観測によって噴煙高度やその拡大が高精度で測定されるようになってきた.そこで,3次元噴煙モデル・1次元噴煙モデルを開発し,これらの観測データを定量的に再現する数値実験を進めた.また,実際の噴火で得られる多項目野外観測データ(噴煙の気象レーダー・人工衛星観測や降下火砕堆積物の地質データなど)から火口における噴火条件を推定するために,噴煙ダイナミクス・火山灰拡散・降灰過程モデルの逆問題について理論的研究を進めた.さらに,著しい粒子濃度勾配を持つことで特徴付けられる火砕流のダイナミクスを再現する数値モデル(2層重力流モデル)を開発し,火口における噴火条件と火砕流の到達距離の関係を調べた.

(2-2) 火道中のマグマ上昇

 火道流については,1次元・3次元火道流モデルを用いて,爆発的噴火における噴火様式の推移に対する火口形状の影響,および,溶岩ドーム噴火から爆発的噴火への遷移に対するマグマの脱ガスや結晶化の影響を調べた.また,火山周辺の地殻変動観測と噴出率観測データを組み合わせて1次元火道流モデルによる噴火の推移予測を行うデータ同化手法の理論的枠組みを構築した.

3.1.1 地震発生場の研究

(1-1)地震発生タイミングに関するシミュレーション研究

 巨大地震発生後に観測される地殻変動データには,断層面で起こる余効すべりや地下の粘弾性媒質での応力緩和に伴う変形が含まれる.周辺断層での応力蓄積の推移を推定し地震の誘発可能性を評価するには,これらを区別して推定することが重要である.本研究ではこれらのデータ同化手法による推定法の開発を進めている.その準備段階として,巨大地震後に粘弾性変形のみが起きる二次元モデルを構築し,逐次データ同化手法であるアンサンブルカルマン法を適用して粘弾性媒質の粘性率及び粘弾性変形の時間発展を推定する手法を構築した.弾性・粘弾性の二層媒質を仮定し,モデルの時間発展シミュレーションから作成した模擬データを用いた数値実験において,粘弾性媒質の粘性率を正しく推定可能であることを確認した.

(1-2)構造不均質中の地震発生モデリングの研究

 付加帯構造という沈み込み帯に特徴的な構造不均質が地震発生の応力載荷過程にどのような効果を持つかを調べることを目的として,構造を単純化した「三角付加帯モデル」を考え,静的弾性変形を計算するための数値計算コードを拡張型境界積分方程式法 (XBIEM) を用いて開発した.固着域においてバックスリップを与え,上盤の付加帯と下盤のプレートの剛性率コントラストを系統的に変化させた場合に,上盤・下盤におけるバックスリップの分配,海底地殻変動の大きさ,およびプレート境界応力載荷量の定量的変化を数値解析で調べた.同一バックスリップ量に対して,上盤の剛性率が小さくなるにつれ,上盤変位への分配量が増し,海底地殻変動は大きくなる方向に変化するという既往研究と調和的な結果を得た.この結果として剪断応力場は,空間分布はそのままにその絶対値が小さくなった.地震サイクルにおいて,低剛性率の付加帯構造があると応力載荷レートが下がるという興味深い知見を得た.

(1-3)P波前地震重力信号の研究

 地震震源情報を早期に得る新たな観測窓として注目されるP波前地震重力変化について,2011年東北沖地震に対してZhang et al.(2020)の理論モデルを用いてP波前地震重力変化の全成分波形と観測記録とのミスフィットから傾斜角とマグニチュードが妥当に推定できることが世界で初めて示された (Kimura et al.2021).しかしながら,このP波前信号の特性は,従来の地球自由振動理論の震源励起からは説明が困難なままのこされている.そこで本研究では,理論モデルの波形間ミスフィットを用いて,同様の信号特性が観察されるかを数値実験で調べた.P波前信号は弾性変位加速度から重力加速度変化の差をとって合成される.弾性加速度と重力加速度の波形は,それぞれ単独では特性を示さず,差を取って初めてその特性が表れる結果となった.

3.1 数理系研究部門

教授小屋口剛博(部門主任)
准教授亀 伸樹,西田 究
助教大谷真紀子
外来研究員石井憲介
大学院生大竹和機(M2), 加藤翔太(D1),河合貫太郎(M1)

本部門では,地震や火山活動およびそれに関連する現象を理解するために,数学・物理学・化学・地質学の基本原理に基づく理論モデリングの研究を行っており,その内容は多岐にわたる.