分散型音響センシング(Distributed Acoustic Sensing,以下DAS)技術を用いて,四国中央部において超稠密な地震観測を2021年11月中旬から開始した.既設の光ファイバの末端にDAS装置を接続し,コヒーレントな光パルスを光ファイバに連続的に伝送し後方散乱信号を測定することで,ファイバ軸方向の動的ひずみデータを取得した.観測には,徳島県三好市池田町を起点に,国道32号線と国道192号線に沿う2本の光ファイバを使用した.たとえば,観測期間中の2021年12月30日にインドネシアで発生したMw7.3の地震による良好な波形データが取得された.さらに,測線近傍で発生した微小地震による双曲線形状の波面が光ファイバに沿ってシームレス且つ明瞭に記録されている.
「EPRC」カテゴリーアーカイブ
3.5.14 歴史地震に関する研究
2017年度より地震研究所と史料編纂所との連携研究機構として「地震火山史料連携研究機構」が設置され,地震予知研究センターからも教員・研究員が参画している.同連携研究機構では,東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の一環として「日記史料有感地震データベース」を構築しており,2018年度から試作版を公開するとともに,順次データを追加している.また,いくつかの地震の有感分布の分析や実在性の検討を行なった.「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」の一環で構築した「地震史料集テキストデータベース」(https://materials.utkozisin.org/)を2021年末に公開した.
1596年に畿内で発生した地震に関してGISデータを作成した.89件の史料群のうち登場する地名や場所について現代の位置を特定し,397件について緯度経度情報および震度判定結果を付したものである.18世紀の宮城県南部の地震活動や1855年安政江戸地震の余震活動の詳細を分析した.市民参加型の歴史資料解読プロジェクト「みんなで翻刻」に新規の資料を追加した.歴史時代から現代までを通して地震カタログや有感地点データを検索できるツールを試作した.
3.5.13 日向灘における国際深海科学掘削計画推進プロジェクト
日向灘は,巨大地震の発生してきた強い固着域である南海トラフの西端に位置し,固着が弱いと考えられている琉球海溝への遷移域である.日向灘・豊後水道における巨大地震の発生は確認されていないものの,南海トラフ地震の破壊領域の端に位置し,地震活動や固着メカニズムの解明及び防災計画立案に対し重要海域である.南海トラフと琉球海溝の境界に九州パラオ海嶺が存在し,そこを境として沈み込むプレートの凹凸や熱流量値が急激に変化している.また海山列の沈み込みが上部プレートの破砕や応力の局所的な増大をもたらし,日向灘・豊後水道における地震発生に大きく影響を及ぼしているであろう.これまでになされていない詳細な構造推定や原位置の岩石物性の把握を進め,定量的に地震分布・発生との関係を導く必要がある.
このプロジェクトでは,海山が現在沈み込みつつあるトラフ付近に焦点を当てる.沈み込む海山の前方に微動・超低周波地震が分布しており,明瞭な関連性が見られる.しかしながら,海山の具体的な位置・形状,プレート境界断層の形状,上盤内部の構造は十分に得られたとはいいがたい.加えて,過去に掘削が実施されていないため物性が不明であり,定量的なモデル評価が困難である.地震波による地殻構造推定が不可欠であると同時に,掘削を通じたコア採取・原位置計測・室内実験,孔内観測が必須である.
2020年4月に,国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program; IODP)に対して掘削予備提案を提出した.その後 2020 年 10 月に本提案を,2021 年 10 月に改訂案を提出した.提案は高評価を受けており,2024 年ごろに掘削実施を目指している.これと並行して,JAMSTECと共同で地震構造探査を 2020 および 2021 年度に実施し,解析をしている.地震学・地質学・地球化学など学際的な連携が不可欠であり,国内(海洋開発研究機構・京都大学・高知大学・神戸大学など)のみならず,アメリカ・カナダ・ニュージーランド・フランスなどを含めた国際性の高いプロジェクトである.日向灘~豊後水道域では,海底地震観測,GNSS 観測が継続的に実施されていることに加え,防災科学技術研究所による N-net の敷設が予定されており,関連研究と連携していく予定である.
3.5.12 海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程の研究
日本海溝海側における太平洋プレートの屈曲変形に伴い,プレート上層部で水や物質・熱が活発に移動することを示す現象が,近年相次いで発見された.プレート内火成活動(プチスポット),広域的な高熱流量異常,地震波速度構造の異常等である.速度構造の異常は,屈曲変形で生じた亀裂に水が取り込まれたことを示唆しており,熱流量異常も,海洋地殻の破砕により流体循環が発達し,熱を運ぶことで生じたと考えられる.このような海溝海側での水と熱の流動は,沈み込むプレートの温度構造と水分布を変化させ,プレート境界の地震発生帯付近の環境条件に影響を及ぼすものである.また,海洋プレートに水が侵入し沈み込み帯に持ち込まれる過程は,物質循環やマグマの成因等,物質科学の観点からも注目されている.
これらの海溝海側で生じる過程に関して,科学研究費・基盤研究(A)「海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程とその沈み込み帯への影響の解明」(2018~2021年度)を軸とした総合的な研究を行っている.この研究では,海洋プレート上層部における水の動きとそれによる熱輸送に焦点を絞り,複数の研究機関が共同することで,地球物理学的探査,物質科学的分析,室内実験,数値モデリングといった幅広い手法を用いている.
2018~2020年に三陸沖日本海溝及び北海道沖千島海溝海域で実施した観測調査航海では,高密度の熱流量測定,堆積物コアと底層水の採取・分析,海底電位磁力計による自然電磁場変動の観測等を行った.それにより,千島海溝海側アウターライズにおける熱流量分布は日本海溝と異なる特徴を示すこと,日本海溝海側斜面に発達する正断層の近傍で間隙水中にマントル由来のHeが検出されること,プチスポット火山近傍の熱流量分布が火山体を通る活発な流体循環の存在を示すこと,等が明らかになった.これらは,いずれも海溝海側の海洋地殻内における水・熱の流動について重要な情報となるものであり,地震波速度構造や反射法地震探査の結果,流体循環のモデル計算等と組み合わせて,海洋地殻の破砕とそれに伴う流体流動の過程の検討を進めている.
一方,多様な分野の研究者による議論や情報交換を推進する場として,地震研究所共同利用研究集会「海溝海側の過程に関する横断的研究:沈み込み帯インプットの実態解明を目指して」,及び日本地球惑星科学連合大会で同様な趣旨のセッションを開催した.また,日本海溝アウターライズを掘削し,海洋プレート屈曲断層の実体と水の流入過程の解明を目指す計画について,IODP掘削提案書の改訂に向けて議論を進めた.
3.5.11 2015年ネパール・ゴルカ地震 (Mw 7.8)
2015年4月25日に発生したネパール・ゴルカ地震(Mw7.8)は,インド-オーストラリアプレートとユーラシアプレートの境界で発生した逆断層型の地震である.ゴルカ地震の震源断層の形状を明らかにすることは,衝突帯のテクトニクスを理解する上で重要である.そこで,2015年以降,トリブバン大学,ネパール科学技術院,山形大学との共同研究を進めている.2019年に自然地震を用いた反射法の解析により,震源断層の形状を高い精度で明らかにした(Kurashimo et al., 2019).本震時における断層面上のすべり量が大きな領域は,地震波トモグラフィによる速度構造でHigh Vp, High Vp/Vsの特徴を示す領域と対応している.2020年以降,自然地震観測は新型コロナウィルス蔓延のため,中止せざるを得ない状況ではあるが,取得データの解析作業は継続している.
3.5.10 日本海地震・津波調査プロジェクト
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う大津波は,日本列島の広汎な領域に極めて甚大な人的・物的な被害を及ぼし,防災対策の見直しが必要になっている.日本海側には,津波や強震動を引き起こす活断層が多数分布している.このことを背景として,文部科学省の「ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究(2007〜2012年)」において新潟沖〜西津軽沖にかけての領域を対象に調査観測を進め,震源断層モデルを構築した.しかし,それ以外のほとんどの地域については,震源断層モデルや津波波源モデルを決定するための観測データが十分に得られていない.こうした問題点を解決するために,2013年度より「日本海地震津波調査プロジェクト」が開始された.本プロジェクトでは,日本海の沖合から沿岸域及び陸域にかけての領域で,津波の波高予測を行うのに必要な,日本海の津波波源モデルや沿岸・陸域における震源断層モデルを構築するための観測データを取得する.また,これらのモデルを用いて,津波・強震動シミュレーションを行い,防災対策をとる上での基礎資料を提供するとともに,地震調査研究推進本部の実施する長期評価・強震動評価・津波評価に資する基礎データを提供する.また,このような科学的側面に加えて,津波や強震動による被害予測に対する社会的要請の切迫性に鑑みて,調査・研究成果にもとづいて防災リテラシーの向上を目指して,地域研究会を立ち上げ,行政と研究者間で津波や強震動による災害予測に関する情報と問題意識の共有化を図っている.
2021年は本プロジェクトの最終年度にあたり,これまでの構造探査の成果に加えて, 日本海側の平野下で新たに見出された伏在活断層を含め,震源断層モデルを構築した.これらの震源断層モデルをもとに,日本海沿岸での津波予測を行った.また,大和海盆と日本海盆で実施してきた広帯域海底地震計を含む地震観測記録の解析により,日本海海域下のリソスフェアーの厚さを明らかにした.被害地震発生の中期予測のための基礎資料をえるために,プレート形状を含め上盤プレートのモデル化を行い,測地データや発震機構から推定される応力状態のデータを基に,断層面に作用するクーロン応力の変化を求めた.これらの成果は,プロジェクトの成果報告書として公表されると共に, 日本海沿岸の道府県での研究会を通じて広報された.
3.5.9 地震活動の特徴に関する研究
最近の観測・理論・実験的研究の成果をもとに,大地震の発生過程に関する統合的なモデルを提案した(Kato and Ben-Zion, 2021).移動を伴う前震活動やスロー地震が同時に発生することで,断層面近傍に変形の集中(局在)化が進み,大地震の発生を促進した複数の事例を概観した.このプロセスは時間とともに段階的に進むため,大地震の精度の高い直前予測が困難な点についても言及した.さらに,不均一性の強い構造をもつ断層面を用いた近年の室内実験や理論研究にもとづいて,大地震発生に至るプロセスの多様性・複雑性について議論を展開した.
地震活動の統計モデルを用いて,気象庁地震カタログから地殻内の背景地震活動度の列島スケールにおける空間分布を推定した.内陸に位置する5地域のひずみ集中帯において,背景地震活動度とひずみ速度(測地データより推定)との関係性について検証した.分析の結果,背景地震活動度とひずみ速度には正の相関が確認され,山形県沖合いで見出された関係(Ueda et al., 2021)が広範に成立することが明らかになった.さらに活火山近傍では,同じひずみ速度の地域と比較して背景地震活動度が高くなる傾向が見られた.活火山近傍では,火山性流体により断層強度が低下するため,同じひずみ速度の地域と比較して地震活動度が高くなると解釈される.
3.5.8 Slow-to-Fast 地震学プロジェクト:情報科学と地球物理学の融合による Slow-to-Fast 地震現象の包括的理解
「スロー地震学」プロジェクトの更なる進展を目指して,2021年10月より学術変革領域研究(A) 「Slow-to-Fast 地震学」プロジェクトが開始した.スロー地震の様々な性質に関する知見は世界的にも増えているものの,社会的関心の高いスロー地震と巨大地震との関係は良く分かっていないのが現状である.「Slow to Fast 地震学」では,スロー地震から普通の地震まで,地震という現象を幅広くとらえなおし,深く理解することを目標としている.地震研では,全国11の大学・研究機関に所属する情報科学と地球物理学の若手研究者を中心に,データに潜む Slow・Fast 地震のシグナル検出や活動様式・震源特性の解明や,Slow・Fast 地震のモニタリング手法の刷新,Slow・Fast 地震の統計科学的・地球物理学的性質を明らかにするための研究を先導している.
3.5.7 スロー地震学プロジェクト:スロー地震発生領域周辺の地震学的・電磁気学的構造の解明
南海トラフ沈み込み帯の深部低周波地震(LFE)の移動現象を解明するために,四国西部に展開された稠密な短周期地震計アレイにより取得された連続波形記録の解析を進めた.LFE震源の時空間発展を推定しところ,震央分布は現在のフィリピン海プレートの収束方向と平行な西北西-東南東の走向に加えて,過去の収束方向に平行な北西-南東走向の2つの構造で特徴づけられることが示された.同様な構造は,Ide (2010)でも広域スケールにおいて指摘されているが,数㎞スケールでも類似の構造が存在することが明らかになった.スロー地震発生域のマルチスケール構造を示唆する意義深い結果である.また,LFEの大規模活動は,先行研究(Ide, 2010; Kato and Nakagawa, 2020)で報告されているように,深部から浅部へ移動後にプレート走向方向へと向きを変え,低速且つ拡散的な様式で移動することが示された.低速移動中には,短時間に短距離を高速(約30km/hr)で移動する現象を複数見出した.プレートの傾斜方向と走向方向の両方への移動が見られ,順方向・逆方向の移動が数㎞のスケールで頻繁に生じていることが分かった.