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2.7 Ocean Hemisphere Research Center

3.7.4 深海底を含む西太平洋地域への地震・電磁気・測地観測網の展開・維持とデータ公開

(1)地震・電磁気・測地観測網(海半球観測ネットワーク)の展開・維持

(1-1)海洋島地震観測網

ジャヤプラ(インドネシア),パラパト(インドネシア),デジャン(韓国),ポナペ(ミクロネシア),マジュロ(ミクロネシア),犬山(日本),石垣(日本),パラオ(パラオ),バギオ(フィリッピン),父島(日本),カメンスコエ(ロシア),サパ(ベトナム),ハイフォン(ベトナム),ビン(ベトナム)の9ヵ国14定常観測点における観測を, 海洋研究開発機構と共同で継続した.このうちマジュロ(ミクロネシア),父島(日本),カメンスコエ(ロシア)を除く11観測点からはリアルタイムで地震波形データを収集した.

(1-2)海洋島電磁気観測網

ポナペ(ミクロネシア連邦),アテーレ(トンガ王国),モンテンルパ(フィリピン),カンチャナブリ(タイ),ワンカイヨ(ペルー),南鳥島の各観測点における地磁気3成分と全磁力の観測を海洋研究開発機構と共同で継続した.絶対観測値を用いて2017年以降の地磁気三成分確定値の検討を開始した.また,2019 年までの観測値の公開準備を行った.通常はポナペおよびアテーレ観測点において年に1度の頻度で絶対観測と関連する観測を行うが,COVID-19 による各国の渡航制限により,この観測が実施できなかった.

(1-3)海底ケーブルネットワークによる電位差観測

フィリピン-グアム,二宮沖-グアム(TPC-1),グアム-沖縄(TPC-2),上海沖-苓北(上海ケーブル)の海底ケーブルについて電位差観測を継続し,これらの電位差に含まれる長期変動成分の解析を継続して行った.電位差成分の永年変動(時間1階微分)と,短期主磁場変動の地磁気ジャークや海流変動との関連の調査を継続した.また,電位差変動から地下電気伝導度構造の推定を目的として,海洋潮汐による電磁誘導数値モデリング手法の開発も継続して行なうとともに,海洋潮汐起源信号の強度と環境変化に伴う海水電気伝導度変化の関係に関する研究を開始した.

 

(2)海半球観測網を補完する長期アレイ観測

(2-1)海底地震観測

海底観測網直下の構造を浅部から深部まで決定する「広帯域海底地震探査」の手法開発を継続して行った.周期3–30秒においては地震波干渉法を,周期30–100秒においては遠地地震のアレイ解析手法をもちいることで,地震波異方性も含めた深さ10–150 kmの構造の定量的な議論が,浅部の構造を仮定せずに行うことが可能となった.既存の海底観測アレイにこの手法を適用する中で,使用するデータの選別の重要性が明らかになった.また,海洋底を伝播する Love波は複数のモードがほぼ同時に到着するためモード分離が困難であったため、位相速度測定が困難であった.観測波形を基本モードと1次高次モードの合成波として扱う新手法を開発し,Love波の基本モード位相速度の測定を可能とした.

 本センターが実施した海底地震観測の記録は,「ふつうの海洋マントル計画」までの記録がOHPデータセンターより公開済みである

(2-2)海底電磁気観測

三陸沖日本海溝では,太平洋プレートの沈み込みに伴う変遷と地震発生との関連を電磁気学的手法と熱学的手法で解明することを目的とした研究を,2007年よりJAMSTECと共同で進めた.またこの海域での観測は,2009年度以降は,「地殻流体」計画の一環として継続している.2012年度までに海溝軸を横切る複数の測線上の合計31観測点でデータを取得し,2次元構造解析を進めている.なお,本研究で2010年に設置したOBEMは,2011年3月11日の東北沖地震に伴って生じた大津波によって誘導された磁場変動を記録しており,巨大振幅津波の波源域推定に貢献した(Ichihara et al., 2013, Earth Planet. Sci. Lett.).更に2013年4月から8月にかけて,新潟・秋田県沖日本海でも6台のOBEMを用いた観測を行った.同時に周辺の島で観測したデータ,過去に秋田県沖日本海で取得したデータを加えて3次元解析が進行中である.これらの観測データを統合的に解析し,最終的には日本海溝から日本海にかけての島弧断面の電気伝導度構造を明らかにすることを目指している.

(2-3)陸上電磁気観測

1998年以来,中国地震局地質研究所の協力を得て中国東北部吉林省中部および遼寧省西部・中部においてネットワークMT観測を行ってきた.そのデータの解析から,吉林省内の4地点においてマントル遷移層の深さで電気伝導度が他地域に比べて有意に高くなる傾向が認められた.ただ,その解析において,深部構造を決定する鍵となる数日以上の長周期データは,長春の磁場観測に基づく鉛直磁場-水平磁場変換関数のみを用いていたという問題点があった.このため,上記の変換関数の空間的な分布特性を調べるために,2007年より,中国全域にわたる既存磁場データのコンパイルと解析を始め,周期数日から100日程度の超長周期の変換関数推定を試み,誤差の小さな質の良い応答関数を推定した.その応答関数に基づき,1次元層構造を仮定した構造推定を試みた.その結果,中国東北部の広域にわたってマントル遷移層が高い電気伝導度をもつことが明らかとなった.しかし一方で,特に低磁気緯度地域で,下部マントルに至るまで異常に低電気伝導度となる結果が得られた.このため,昨年度に引き続き,3次元順計算によって,大規模な低比抵抗域に電流が集中することが磁場ー磁場変換関数にどのような影響を与えるかを見積もった(地震予知研究センターと共同).

(3)海半球ネットワークデータの編集・公開

Boulder Real Time Technologies社のAntelopeというソフトウェアを用い,オーストラリア地質調査所,台湾中央研究院地球化学研究所,及びIRISとリアルタイムデータ交換を継続した.

 各種機動観測データの公開を継続した.定常観測点データに関しては,海洋研究開発機構と共同で,広帯域地震データ,GPSデータ,電磁気データの公開を継続した.

3.7.3 最先端の地球物理海底観測システムの開発

(1)次世代の海底地震・測地観測システムの開発

本所において共に海域地震観測を行う観測開発基盤センターと共同し,海底地震観測の高度化として複数次元での観測帯域拡大を進めている.現在,広帯域地震観測での機器の高機能化,機動的海底観測での測地学的帯域への拡大,および水深6000 mを越える超深海域での地震観測の実現,の3項目を具体的課題として機器開発を実行中である.

 広帯域海底地震計(BBOBS)の平均的ノイズレベルを評価すると,長周期側での水平動のノイズレベルが陸上観測点での統計的上限に対して数倍以上高い.この対策として,低背なセンサー部をデータ記録部から独立させ海底面に突入させて自己埋設する構造の新型広帯域海底地震計(BBOBS-NX)を,ROV等の潜水艇による支援(設置・回収時)を要する運用方式で実用化した.2010年以降での複数の観測結果から,陸上観測点並のノイズレベルが確保できることを確認した.更に,このBBOBS-NXと同等の観測がROVを使用せず,自律動作により可能となる次世代機(NX-2G)の開発研究を科研費基盤研究(A)の補助を受け2015年から進めた.2016年10月にNX-2G試験機での実海域試験を実施,2017年4月に福島県沖日本海溝陸側斜面にて,既設置のBBOBS近傍にNX-2G試験機を設置,長期試験観測を開始し,2018年10月に回収,基本的な自律動作の機能が想定通りであることを検証した.更なる改良によるデータの質向上を確認するため、再試験を2023年度以降に実施する予定である.

 また,BBOBS-NXを基に,機動的に広帯域地震・傾斜同時観測を行うBBOBST-NXの開発・実用化を進めると共に,海底での条件次第ではこれまでのBBOBSでも傾斜変動が計測可能であることも,複数地点での試験的観測データにより分かってきた.使用している広帯域地震センサーの長期間での安定性には問題は無さそうで,観測対象次第では有用と考えられる.2020年10月に,房総半島南東沖に2015年7月に設置したBBOBST-NXを5年ぶりに回収し[図3.7.4],2年間の地震・傾斜連続データを得ることに成功した.水温データも4年間分を取得した.これらのデータの解析処理を進めたところ,過去の傾斜観測時には不明瞭であったBBOBST-NXのセンサー部での温度依存性が明確になり,今後はセンサー内部で精密な温度記録を得て,より高精度な傾斜変動データの取得を狙う.なお,上記のNX-2Gでも傾斜観測は可能であり,機動的で高密度な海底地震・地殻変動観測アレイの実現性が見えてきた.

(2)最先端の海底電場観測装置(EFOS)の開発

 電磁気探査の到達可能深度は,測定する電磁場変動の周期によって制御される(表皮効果).OBEM観測データのインバージョンによる最大探査深度は,周期1日以上で電場のS/Nが悪くなるために上部マントルの数百kmに限定される.新しい長基線電場観測装置(EFOS)は,長いケーブル(EFOS-6は6km,EFOS-2は2km)を海底に展張して良質な長周期電場データを取得する目的で開発された.上記「ふつうの海洋マントル計画」では,海域Aに合計3台のEFOS-2と1台のEFOS-6を設置し,2014年9月に3台のEFOS-2を,2015年9月に1台のEFOS-6を回収した.観測点NM16に設置したEFOS-2[図3.7.5]とOBEMの電場データのノイズスペクトルを比較すると,105秒よりも長い周期でEFOS-2のノイズが約1桁低いことが示された.このデータを用いて遷移層の電気伝導度を求め,地震波のレシーバ関数解析結果と統合して,遷移層に存在しうる水の量の上限を推定することができた.

 今後進めるべき方向の一つは,EFOSによる観測を世界中の様々な海域で実施して,遷移層の水のグローバルな分布を明らかにすることである.しかし現状のEFOSは,設置および回収に無人探査機(ROV)を必要とし,このことがEFOS観測のグローバル展開を困難にする要因となっている.現在のEFOSは耐圧容器にガラス球を用いているために深海有人探査機での取り扱いができない.2017年度はこの点を改善して有人探査機でも扱えるよう,耐圧容器を金属製に変更した.2018年度および2019年度には,科研費基盤研究(B)により有人探査機による展張・回収システムを検討し,作成した.このシステムを有人潜水調査船「しんかい6500」により設置する観測航海がこれまでに2度採択された(2019年8月・小笠原海盆,2021年6 月・伊豆諸島青ヶ島東方沖)が,いずれも海況の不良により,機器設置を行うことができなかった.次回の設置機会に向けて,さらなる開発と観測準備を継続している.

 深海でのEFOSの設置・回収作業が可能な有人/無人探査機は世界中を見ても,極めて数が限られる.一方,マニピュレータがないため複雑な作業はできないが,深海底でケーブルを展張する機能はある各種曳航体が使用可能な研究船は,多くの国で保有している.これらの曳航体を用いた設置・回収が可能になれば,EFOSによる観測の機会が格段に増えることが期待される.我々は,深海曳航体(ディープトウ)によって設置/回収できるよう,EFOSの全面的設計変更を行い,このシステムについても本格的な開発を進めている.

図3-7-4 「かいこう7000Mk-IV」によって撮影されたNX-2Gの観測状態(左)から回収状態への遷移(中央—右).錘と記録部(オレンジ色の耐圧球,直径65cm)を繋いでいた細いロープを外し,上方の浮力体と耐圧球の浮力により,海底堆積層に埋まっていたセンサー部を引き抜き自己浮上動作を行う.

図3-7-4 「かいこう7000Mk-IV」によって撮影されたNX-2Gの観測状態(左)から回収状態への遷移(中央—右).錘と記録部(オレンジ色の耐圧球,直径65cm)を繋いでいた細いロープを外し,上方の浮力体と耐圧球の浮力により,海底堆積層に埋まっていたセンサー部を引き抜き自己浮上動作を行う.

太平洋アレイの配置構想図. 単位アレイをスパイラルで模式的に示す.☆は2018年に設置された観測点(US1a:5月, Oldest-1:11月).既存の海底機動観測点を小黒点で示す.Oldest-2, HEB, 20Ma, Samoa, MPMはアレイ候補である.US1bは,既にNSFによって採択された米国の第1期計画の2番目のアレイである.

太平洋アレイの配置構想図. 単位アレイをスパイラルで模式的に示す.☆は2018年に設置された観測点(US1a:5月, Oldest-1:11月).既存の海底機動観測点を小黒点で示す.Oldest-2, HEB, 20Ma, Samoa, MPMはアレイ候補である.US1bは,既にNSFによって採択された米国の第1期計画の2番目のアレイである.

3.7.2 フロンティア解析による地球の内部構造と内部過程の解明

 グローバルトモグラフィーによる浅部構造の解像を実現するため,エンベロープ形状の直接フィッティングを用いた構造解析手法の開発を行った.広帯域海底地震計で記録された比較的短周期の表面波波形(8-60s)のエンベロープを,弾性体の運動方程式を直接解くことにより得られる理論地震波形のエンベロープと直接比較することにより活用した.急激な群速度変化が起こる周波数帯域や,複数のブランチが干渉しあう帯域の活用が可能になり,地殻のP波速度,S波速度,厚さを独立に解像するなど,浅部構造を高解像度で推定することに成功した.こうして得られた構造モデルを初期モデルとし,比較的長周期の表面波波形(12.5-200s)の観測波形を波形インバージョンにより解析することにより,地殻からアセノスフェアにわたって深さ方向に連続的なモデルを推定できることを確認した.

 海域から陸域までの幅広い領域にわたる東北日本弧下のレシーバー関数イメージングを,海陸にわたるamphibiousなアレイデータを統合解析することで達成し,その成果を国際論文誌に発表した.海底の低速度堆積層がレシーバー関数解析の障害となることは知られているが,その影響を詳細に分析し,補正する手続きを提案し,海陸にわたり連続的な速度不連続面をイメージングした.東北日本弧下の海陸のデータに適用することにより,海溝近傍に特異な不連続面が検出されたことを報告した.

 北西太平洋に展開された広帯域海底地震計のデータから北西太平洋下のP波速度異方性を推定し,この領域の選択配向様式を制約した.P波速度の詳細な方位依存性が,選択配向様式の有力な情報源であることが示された.従来の他地域の解析結果を再検討したところ,領域ごとに選択配向様式は異なっていることが見出された.プレート形成時の応力や化学組成が時間や場所ごとに変化することが示唆された.

 2012~2013年にかけてドイツGEOMARの研究グループと共同で実施した南大西洋トリスタン・ダ・クーニャホットスポット下のマントル電気伝導度構造について,Usui et al. (2015; 2018)に基づく先進的3次元インバージョン解析手法を用いた再解析に着手した.先行研究(Baba et al., 2017)で用いられたマグネトテルリック応答関数に,新たに鉛直・水平磁場応答関数を入力データとして加えることで,トリスタン・ダ・クーニャホットスポットに関連したマントルのダイナミクスをより強く制約することを目指す.

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図3-7-5 「かいこう7000II」によって撮影されたNM16に設置したEFOS.2014年9月17日,記録計の入った耐圧容器が回収された.

図3-7-2「技術革新」以前は,分解能は高いが海底下10 km程度までしか解像できない屈折法地震探査か,深部(–50 km以深)はわかるが分解能が低いグローバル表面波トモグラフィーが,LAS探査の手段であった.小スパンアレイによる「広帯域海底地震探査」の開発は,LAS全体を深さ方向に連続的にかつ高分解能で探査することを可能にした.

図3-7-2「技術革新」以前は,分解能は高いが海底下10 km程度までしか解像できない屈折法地震探査か,深部(–50 km以深)はわかるが分解能が低いグローバル表面波トモグラフィーが,LAS探査の手段であった.小スパンアレイによる「広帯域海底地震探査」の開発は,LAS全体を深さ方向に連続的にかつ高分解能で探査することを可能にした.

3.7.1 海・陸機動観測による地球内部構造とダイナミクスの解明

海半球センターでは,センターの立ち上げ当初から固体地球科学分野の基礎的な重要課題を解明することを目的にした,大型科研費によるプロジェクトを実施してきた(海半球ホームページ).また並行して,常に一段質の高い観測研究を進めるための観測機器開発と解析手法開発を行なってきた.海半球計画(1996–2001 年)においては,西太平洋域に総合的地球物理観測ネットワークを構築して地球内部をグローバルな視点で見る基盤を整えた.また,地震と電磁気の海底長期機動観測装置を開発して,グローバルな観測網よりも高い解像度を獲得した.2004-2009年度の特定領域研究「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」(スタグナントスラブ計画)では,太平洋プレートの沈み込みに焦点をあて,観測網と機動観測からアプローチする我々のグループに国内の高温高圧実験グループと計算機シミュレーショングループを統合して,スラブの滞留と崩落のメカニズムおよびそのマントルダイナミクス,更にその地球史上の意義を明らかにした.2007–2011年度の科研費基盤研究(S)(NECESSArray計画)では,日中米の国際協力により,中国東北部に120点の広帯域地震観測網を展開し,直下のマントル遷移層に横たわるとされるスタグナントスラブ構造解明を目指した.その結果,中朝国境に存在する巨大火山・長白山の下の遷移層で横たわるスラブが欠如していることが描出され,マントル深部から長白山にマグマを供給する経路が存在する予想外の可能性が明らかとなった.2010–2014年度の科研費特別推進研究「海半球計画の新展開:最先端の海底地球物理観測による海洋マントルの描像」(ふつうの海洋マントル計画)では,自ら開発した世界最先端の海底観測装置と観測技術を駆使して,海底拡大軸・ホットスポット・プレート収束帯などの影響を受けずにほぼ水平なマントル流があると期待される,「ふつう」の海洋マントルにおいて,(a) リソスフェアーアセノスフェア境界(LAB)の原因および (b) マントル遷移層の水分布という,2つの固体地球科学分野の根本的課題の解明を目指し,北西太平洋のシャツキーライズの北西側(海域A)および南東側(海域B)の2海域[図3.7.1]における観測を実施した.年代が近い両海域においても構造が顕著に異なることが明らかとなり,マントル史をふまえた成因の解明の必要性を再認識した.

 2014年度からは,以下に示すように,太平洋域の約2億年に渡る進化の解明からマントルダイナミクスの理解を深化させることを目的とした,国際共同による「太平洋アレイ(Pacific Array)計画」に基づいた観測研究を実施している.これに加え,オントンジャワ海台,小笠原西之島,チリ三重会合点の観測研究を実施するとともに,観測機器開発を継続している.

 

(1)太平洋アレイ計画 (Pacific Array)

(1-1) 経緯と計画の概要

特別推進研究「ふつうの海洋マントル計画」では,プレートテクトニクスの基本的な構造が存在すると考えられる海洋リソスフェア・アセノスフェアシステム(LAS)の解明を目指した先端的観測研究を行った.その成果として,十数台の広帯域海底地震計/電磁力計からなる小スパンアレイによる1–2年程度の観測により,アレイ直下の地震波速度(方位異方性を含む)・電気伝導度構造について,空白域であったモホ面からアセノスフェアまでの深さにわたる連続探査を可能にする技術革新を達成した(Takeo他, 2013, 2016, 2018; Baba他, 2010, 2017).海洋マントルの地震観測研究が,これまで主に屈折法探査による海洋モホ面直下(海底下10 km程度),またはグローバル表面波トモグラフィーによる深部(ー50 km以深)の大まかな構造(水平波長が数千 kmの解像度)のみにとどまっていたことに比べると,この「広帯域海底地震探査」の手法を適用することで,LAS全体を深さ方向に連続的に探査できる[図3.7.2]ようになったことは,観測研究上のブレークスルーと考えられる(同様の解析は電磁気観測データについても可能になった).「太平洋アレイ(Pacific Array)計画」は,このブレークスルーに基礎を置き,海洋底における1–2年間の広帯域地震計・電磁力計アレイ観測(各十数台)を1単位として,時期をずらしながら十年程度で太平洋の広い領域をカバーする観測網の実現を構想している[図3.7.3].“アレイのアレイ” を考えることで国際協力の下,十年程度の時間枠で到達可能な目標となり,海外の当該分野の第一線の研究者らの賛同のもと国際連携体制が作られ,第1期の観測を2018年から日韓共同および米国により太平洋の2カ所の海域で開始した.また2019-2021年には,新たに日台共同及び米国の二つのアレイ計画が採択され,観測網展開(第2期)が開始される予定である.

 日韓共同の太平洋アレイ観測は,地球上最古の海域でOldest-1海域観測と称して,2018年11月に広帯域海底地震計12台と海底電磁力計7台をマリアナ東方の太平洋で最も古い海域に展開し,2019年に回収が行われた.本アレイ観測は,太平洋アレイの1アレイとして全体計画に貢献すると共に,太平洋プレート生成のダイナミクスの解明と海洋プレート成長モデルの検証を目的としている.最古の太平洋(170Ma)がより若い太平洋(140Ma)と非常に似たマントル構造を持つこと,最古の太平洋域の中に有意な不均質があり異方性構造などが明確に異なるなど,重要な発見がなされつつある.

 日台共同の太平洋アレイ観測は,Oldest-2海域観測と称して,2022年9-10月に展開する予定であり,現在準備を進めている.Oldest-2のあとには,ハワイー天皇海山列屈曲点周辺での海底地震・電磁気観測(HEB)を,日独共同で実施することを検討している.

(1-2)海底地震観測

「太平洋アレイ計画」の第1期のアレイ観測として,太平洋最古の海洋底(グアム島東方沖)での海底地震・電磁気観測研究を行なっている.その前半部(Oldest-1観測)は韓国ソウル大学との国際共同観測研究として実施した.Oldest-1観測自体は2018年秋から2019秋にかけて実施され,回収された記録を用いて,日韓共同でのデータ解析が継続して行われている.また,第1期アレイ観測の後半部(Oldest-2)として台湾との国際共同観測が計画され、2021年から基盤研究(A)により実施されている.当初,2021年初頭に観測を予定していたが,COVID-19の世界的流行のため延期され,現在2022年秋の観測開始に向けて準備を進めている.また,第2期のアレイ観測として,ハワイー天皇海山列屈曲点周辺での海底地震・電磁気観測(HEB)を,ドイツとの国際共同観測として計画し、2024年夏の観測に向けて準備を進めている.

(1-3)海底電磁気機動観測

海底電磁気機動観測は,全12観測点の内の7観測点に自由落下・自己浮上方式の海底電磁力計(OBEM)を設置し,すべての観測点より有効なデータを回収した.現在,韓国の共同研究者と共同してデータ解析を進めており,観測アレイ下のマントル最上部からマントル遷移層上面までの電気伝導度構造を明らかにできると期待している.予察的な解析結果は,この海域ではリソスフェアに相当すると考えられる低電気伝導度層の厚さが200km程度にまでおよぶことを示した.この値は,北西太平洋の「ふつうの海洋」域よりも厚く,むしろ東北アウターライズ沖の構造に近いので,古い海盆の構造が単一のリソスフェア冷却モデルでは説明できないとした,従来の研究成果を補強するものである.

(1-4)マントルの高分解能イメージング

 Oldest-1アレイ観測で回収された広帯域地震波形連続記録に対して,「広帯域海底地震探査」手法を適用し,太平洋最古の海洋底(約1.7億年)の一次元S波速度構造を求めた.また,位相速度測定が困難であったLove波の基本モード位相速度測定する新手法を開発し,Oldest-1アレイデータに適用して,アレイ直下の異方性を含む1次元S波速度構造を得ることに成功した.得られた構造は等方・異方性構造ともに東西で異なることが明らかになった.また,太平洋域の陸上および海底地震計記録を用いた表面波トモグラフィー解析により,太平洋全体の3次元上部マントルS波速度構造を明らかにする研究を継続的に行っている.これまで一部の海底地震計データにのみ施していたノイズ除去処理を全ての海底地震計データに適用し,構造モデルの改善を図った.

 電気伝導度構造については,「ふつうの海洋マントル計画」の海域A・Bそれぞれで等方3次元構造の解析を進めている.予察的な結果では,海域Aのアセノスフェアの深さにおいてアレイとほぼ同等の幅を持って北東-南西方向に伸張する高電気伝導度領域の存在を示している.前年に公表した1次元電気伝導度異方性モデル(Matsuno et al., 2020)は,高電気伝導度の軸が北東-南西方向であることを示しており,今後、不均質構造モデルと異方性モデルを調和的に説明する解釈を検討する必要がある.

 

(2)その他のプロジェクト

(2-1)太平洋オントンジャワ海台

 オントンジャワ海台においてJAMSTEC等との共同観測を2014年から科研費基盤研究(B)の採択を受け実施した.このプロジェクトは,これまで充分な海底物理観測がなされていなかったこの巨大海台下の深部構造とその成り立ちを明らかにすることを目的としている.2014年末から2017年初頭にかけて観測が実施された.電磁気データについては,現在時系列データの1次処理を進めている.地震波データについては,表面波を用いた3次元上部マントルS波速度構造解析の結果,オントンジャワ海台のリソスフェアが周辺海域のリソスフェアより有意に厚いことが明らかになった.岩石学的結果と地球内部物性論の知見とあわせた結果,これは,オントンジャワ海台形成時の脱水された溶け残りマントルがオントンジャワ海台下部に底付けされたためであることを示唆していることを明らかにした.また、有限波長P波速度構造解析により、オントンジャワ海台下深さ500-600kmに沈み込んだ太平洋プレートの残骸が存在していること,マントル最深部からの上昇流が太平洋プレートの残骸にぶつかり,カロリン火山列に沿ったシート状に形状を変えて上昇していることを明らかにした.これらの成果をプレスリリースとして公表した.

(2-2)小笠原西之島

 小笠原西之島周辺海域において,西之島下のマグマ溜りおよび海洋島弧の電気伝導度構造を推定することを目的とした電磁気観測を2016年より継続的に行っている.本研究は,火山噴火予知研究センター,地震火山噴火予知研究推進センター,観測開発基盤センター,海洋研究開発機構,名古屋大学および気象庁との共同プロジェクトである. 2016年10月から2017年5月にかけての第1次観測では,当センターのOBEM4台と海洋研究開発機構のベクトル津波計(VTM)1台を設置・回収した.続いて2018年5月から同9月にかけての第2次観測では,当センターのOBEM5台を設置・回収した.第2次観測の回収の際に海洋研究開発機構のOBEM6台を新規に設置し,2019年5月にそのうち4台を回収した(第3次観測).2台のOBEMは,錘を切り離せず浮上しなかった.いずれのOBEMも音響による錘切離し信号には正常に応答したこと,着底位置が設置時より数10mずれていたことなどから斜面崩壊などで切り離し部が埋まってしまった可能性がある.この航海では,当センターの2台のOBEMおよび海洋研究開発機構のVTM3台を新たに設置した(第4次観測).これらの機器は同年8月の航海で回収予定であったが,台風の影響で航海を実施できなかった.2020年12月および2021年1月には無人潜水艇による潜航調査を含む航海を実施した.第4次観測で設置した機器は5台中2台を自己浮上にて回収したが,これらの機器は設置時の位置から3 km前後も島から離れる方向に移動していたことが判明した.また自己浮上にて回収できなかった機器(当センターの2台のOBEMを含む)のうちのVTM1台および第3次観測で回収できなかったOBEM2台について無人潜水艇を用いて探索したが,機器の発見・回収には至らなかった.構造解析は全ての観測データの収集を待って行う予定であるが,副次的成果として,第1次観測中の2016年11月中旬に全磁力と傾斜に顕著な変動があったことが確認された.この期間,西之島の噴火活動は休止していたが,西之島を取り囲むように設置した5台全ての機器で同時期に変動が観測されたので,火山内部で生じた何らかの現象を捉えたものと考えられる(Baba et al., 2020).第2次観測中の2019年7月には小規模の噴火があり,これに関連すると考えられる全磁力の変化が各観測点で観測された.また西之島東側の斜面に設置したOBEMは設置時と回収時で位置が大きくずれており,OBEMの傾斜変化や磁場データが示すOBEMの回転などと併せて考えると,観測点付近で斜面崩壊を起こったことが推定される.また第4次観測期間中の2019年12月から2020年8月にかけては大規模な噴火が確認されており,回収できなかった機器はこの噴火活動の影響をうけて自己浮上が不可能な状態になった可能性がある.その後,第3次観測で未回収のままとなっていたJAMSTECのOBEM2台のうち1台が西表島に漂着していることが2021年2月に発見され,回収された(Tada et al., 2021).今後は回収に成功したOBEMのデータ解析を進め,所期の目的達成を目指す.

(2-3)チリ三重会合点での海底地震観測

 南米チリ南部の三重会合点において,地震研究所・コンセプション大学・神戸大学・JAMSTECとの共同研究として海底地震観測を2019年1月に開始,2021年1月まで実施した.同海域は生成されたばかりの海底と高温の拡大軸(リッジ)が南米大陸下へ沈み込もうとしている場所で,2009–2010年に実施した予備的海底地震観測(5観測点)では多数の微小地震活動や非火山性低周波微動が検出された.今回の観測研究プロジェクトでは,より詳細な成果を目指し,広帯域海底地震計(BBOBS)8台と1Hz長期海底地震計(LTOBS)5台を,約10km間隔で展開した.設置は研究船「みらい」(MR18-06航海),回収はチリ海軍パトロール船「Cirujano Videla」にて実施した.1台のBBOBSを海面浮上後に亡失したが他は無事に回収し,ほぼ2年間の観測データが12観測点で得られた.データ解析は日本・チリで分担し進行中,本観測期間で2000個以上にもなる微小地震の震源が決まりつつある.

3.7 海半球観測研究センター

教授清水久芳(センター長),塩原 肇,竹内 希
准教授馬場聖至
助教一瀬建日,森重 学(物質科学系研究部門兼務),竹尾明子(観測開発基盤センター兼務),臼井嘉哉(地震予知研究センター兼務)
特任研究員川勝 均,KUMAR Singh Roshan,歌田久司
外来研究員原田雄司,松野哲男,多田訓子
大学院生川野由貴 (D3),KIM Hyejeong (D3),丸山純平 (D3),永井はるか(M2)
技術支援員横山景一
地震研究所特別研究生WAN Xiaoli