地震波形の縦軸の話

もくじ

はじめに
■機械式地震計(振り子)の仕組み
 ① 振り子の固有周期より速い振動の場合
 ② 振り子の固有周期よりゆっくりした振動の場合
(③ 振り子の固有周期と同じくらいの振動の場合)
■電磁式地震計(振り子+電磁石)の仕組み
□ここまで(機械式地震計&電磁式地震計)のまとめ
■フィードバック型地震計(振り子+電磁石+電子回路)の仕組み
■フィードバック型加速度計と速度計の違い
■まとめ


■はじめに

UTCC(東京大学コミュニケーションセンター)で販売中の「波形手ぬぐい」。
近年日本で起きた3つの地震の波形が印刷されています。

これらの波形の横軸は地震発生時刻からの経過「時間」です。
中学の理科の授業で「初期微動」「PS時間」等を習った覚えのある方は、横軸の目盛りをみてPS時間を調べたのではないでしょうか。
では、縦軸は何でしょうか?

地震波形は地震計のある場所の地面の動きを表したものです。

地面の動き、というと何センチメートル動いたか?という長さ(位置の変化なので、この長さのことを「変位」といいます)を思い浮かべると思うのですが、地震計から出てくる波形は「変位」だけでなく「速度」や「加速度」の場合があります。 (参考:変位・速度・加速度について

地震計は歴史的に
「機械式地震計(振り子)」
 →「電磁式地震計(振り子+電磁石)」
  →「フィードバック型地震計(振り子+電磁石+電子回路)」
…という流れで、さまざまな仕組みのものが開発されてきました。その出力(地震波形の縦軸)は地震計の仕組みによって決まります。

(ちなみに波形手ぬぐいの波形は「フィードバック型地震計」の一種である広帯域地震計の出力で速度の波形です。)

地震波形の縦軸の違いについて理解するには、地震計の仕組みやそれぞれのタイプの違いを理解する必要があるので、それぞれについて説明していきます。


■機械式地震計(振り子)の仕組み

まずは基本的な「機械式地震計」から見ていきましょう。

地面の上に置かれたものは地面と一緒に動いてしまいます。地面と一緒に動いているものからは地面の動きを測ることはできませんが、地震計は「振り子の性質」を利用して地面の動きを測っています。振り子の動きをそのまま紙に記録する地震計を「機械式地震計」と呼びます。これらは昔の地震計の主流でした。
(下の写真の萩原式変位地震計では、振り子(のおもりにつけられた針)と地面(と一緒に動く煤のついたドラム)との間の動きが煤書きの波形として記録されています。)

萩原式地震計

それでは、振り子の性質…「振り子の動き」と「地面の動き」の関係を見ていきましょう。

振り子のおもりを持ち上げて、手を放すと、振り子ごとに決まった周期の揺れ方をします。
この周期を振り子の固有周期といいます。

この振り子は、おもりが行って帰ってくるまでが約1秒ですので、この振り子の固有周期はだいたい1秒です。

次に、この振り子の置いてある地面を揺らしてみます。

地面の揺れる速さと振り子の固有周期の大小によって、振り子のふるまいは異なります。

① 振り子の固有周期より速い振動の場合

動かない地面(ナマズ視点)から見ると、振り子のおもりはあまり動きません。
動いている地面(人間視点)から見ると、おもりは(振り子の固有周期よりも速く)振動しています。

この状態で振り子の振動を記録できれば、地面の動き=変位を記録できることになります。
このような変位を記録するタイプの地震計を変位型地震計といいます。

変位型地震計は振り子の固有周期より速い振動しか測れません。ゆっくりした動きを測るためには振り子の周期を長くする必要があります。(上の装置のような単純な振り子では、おもりをつる紐が長い程固有周期が長くなります。形状を工夫してできるだけコンパクトにする努力がされてきましたが、長周期化を目指すと装置が巨大化する傾向があります。)
また、変位型地震計では、振り子は地面の揺れととほぼ同じ振幅で揺れるため、強震動が来た時には振り子も強震動で揺れてしまいます。

そのため、他の仕組みによる機械式地震計もつくられました。


さっきは振り子の固有周期より早く往復する振動を与えましたが、今度は固有周期よりもゆっくりした動きを与えてみます。

② 振り子の固有周期よりゆっくりした振動の場合

動かない地面(ナマズ視点)から見ると、振り子は地面と一緒の動きをします。
動いている地面(人間視点)から見れば振り子は動かないので地面の動きが分かりません。

…ですが実は、全く動かないわけではなくわずかには動いていて、その変位は地面の加速度に比例します。

このわずかな動きを検知すれば、これは加速度型の地震計となります。
ただし、小さい動きを検知するための工夫が必要になります。

変位型地震計では固有周期の短周期側を使って測るのに対し、加速度型では固有周期の長周期側を使って測る思想です。
先に紹介した萩原式変位計はやわらかいバネを使う事で固有周期を6秒~8秒としているのに対し、下の写真の石本式加速度計ではカチカチの固い倒立バネを使う事で固有周期が0.1秒と短くなるようつくられています。

石本式加速度計上下動
石本式加速度計水平動

③ 振り子の固有周期と同じくらいの振動の場合:振り子は激しく振れます。が、ここでおもりをネバネバの油につける等して動きにくくする工夫をすると、おもりの変位は地面の速度に比例することが分かっています。このことを利用した「速度型地震計」もありますが、あまり一般的ではないのでここでは説明を省きます。


■電磁式地震計(振り子+電磁石)の仕組み

昔の地震計(機械式地震計)では、これらの振り子の動きを煤書き等の方法で記録していました。

ユーイングの円盤型記録式地震計

現代の地震計では、振り子の動きを磁石とコイルを使って電気信号に変えています。
「ファラデーの電磁誘導の法則」で、コイルに発生する電圧はコイルの中の磁束の変化に比例します。
(振り子が中心から1㎝ずれていたとしても、そのまま止まっていれば信号はゼロ。
振り子が中心から1㎝動くのに1秒かかった場合と、0.1秒かかった場合だと、0.1秒の方が10倍大きい信号が出ます。)

つまり、地震計の機械的な仕組みが変位型の場合、電気信号として取り出される出力は速度に変換されたものになります。

紙に描かれた波形とちがい、電気信号として記録された波形はコンピューターで取り扱うことができます。遠隔で記録を送るテレメーターも可能になりました。また、数値化されたデータからは、いろいろな計算や解析…たとえば速度から加速度や変位を計算したり、機種の違いによる差を補正したり…することができるようになりました。

電動コイル型の地震計:プレス・ユーイング

ここまで(機械式地震計&電磁式地震計)のまとめ

地震計は振り子の性質を使って、地面の動きを測っています。

振り子の固有周期よりも短い周期(速く往復する運動)の地震では、地面が揺れても振り子は動きません。
ですので、地面に対しての振り子の動きを測れば、地面の動きが分かります。
この動きを煤書き等で記録した地震波形の縦軸は変位となります。

近年では、この動きを磁石とコイルの電磁誘導を使って電気信号として記録しています。
電磁誘導は磁石~コイル間の速度に比例するので、この仕組みで記録された地震波形の縦軸は速度となります。

振り子の固有周期よりも長い周期(ゆっくり往復する運動)の地震を測る仕組みの地震計もあり、それによって記録された地震波形の縦軸は加速度でした。
変位式地震計では振り切れてしまうような大地震の観測に用いられてきました。

まとめの図

…ただ、この中の機械式変位型と機械式加速度型は今ではほとんど使われていません。

今は新しい仕組みの地震計「フィードバック型地震計」が使われています。


■フィードバック型地震計(振り子+電磁石+電子回路)の仕組み

先の実験と同じ振り子ですが、今度はおもりのそばにコイル、さらにコイルの中に位置センサーが入っています。
この振り子のおもりは磁石ですので、コイルに電流を流すことで振り子に力を加えることができます。

振り子のおもりが動こうとしたときに、そのわずかな動きを検出して、おもりを動かないようにする力を加えて、装置の中でのおもりの位置が動かないようにします。
(おもりは地面と一緒に動くようになります。先の加速度型の状態です。)

地面が動いていないとき=おもりに加える力はゼロ、地面が大きく動くとき=大きい力を入れる必要がある、といったようにおもりに加える力の大小で地面の動きが分かります。
質量×加速度=力(ニュートンの運動の法則)より、加えた力は加速度に比例するので、この力の大小は加速度の大小を示すことになります。

これがフィードバック型加速度計のしくみです。

また、加速度をフィードバックしておもりを動かないようにするのではなく、速度をフィードバックする速度型もあります。(この場合おもりは動きますが、機械式変位型地震計のように地面の変位と同じ揺れ方はしないため、強い揺れやゆっくりした揺れも記録できます。)

広帯域地震計の主流はこの「速度型」です。

振り子を制御せずに利用する地震計では、振り子の固有周期によって測れる振動の周期が決まってしまうという欠点がありました。しかし振り子の動きを制御する方式では、制御によって振り子の「みかけ」の固有周期を変えることで、振り子の本来の固有周期にしばられず(*)周期の長い地震が測れるようになりました。
(*ただしノイズを少なくするためには長周期の振り子が必要になります。)


■フィードバック型加速度計とフィードバック型速度計の違い

フィードバック型加速度計とフィードバック型速度計は、出力が加速度か?速度か?という他にも違う点があります。

それは出力の範囲です。

  1. 小さい地震を測れる地震計は大きい地震では出力が振り切れてしまいます。
    逆に大きい信号を扱える地震計では小さい信号はノイズに埋もれてしまいます。
  1. 周期の短い(速い動きの)揺れでは加速度は大きくなるので、加速度計でこの周期の地震を測れるようにする周期の長い(遅い動きの)揺れは加速度が小さすぎて測れないことになります。
    速度型の方が測れる周期の範囲を広くとることができます。

このように出力の範囲といっても、揺れの大きさ(震度1か震度7か?)だけでなく、地震波の周期(速いかゆっくりか)についても「どこからどこまでの範囲を測りたいか?」を決めたうえで地震計をつくる/選ぶ必要があります。

参考:変位・速度・加速度について:振り子の周期が異なる場合


■まとめ

地震波形の縦軸は、震度を求める場合や強震分野など地震の「力」に着目する場合は今も昔も「加速度」、それ以外では昔(機械式地震計の時代)は「変位」、今は「速度」が主流です。

地震計から出てくる波形の縦軸は地震計の仕組みで決まってしまいますが、変位、速度、加速度はそれぞれ計算によって変換できるので、何を使うかは研究目的によります。

波形手ぬぐいの波形は、フィードバック型地震計の章でご紹介した速度型の広帯域地震計のものですので、縦軸は速度ということになります。